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「どうしたらいい?」と聞く前に、私は自分の答えを手放していたのかもしれない。

「どうしたらいいと思う?」

そう聞いた瞬間、
少しだけ、肩の力が抜けることがある。

自分で決めなくていい気がする。
誰かが正解を出してくれたら、
私は間違えずに済む気がする。

迷っているときほど、
その答えがほしくなる。

「こっちでいいよ」
「それはやめた方がいいよ」
「普通はこうだよ」

そう言ってもらえたら、
不安が少し静かになる気がする。

でも最近、ふと思った。

私は「どうしたらいい?」と聞く前に、
もう自分の答えを手放していたのかもしれない。

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今日は、
「どうしたらいい?」と聞きたくなる気持ちの奥にあるものについて、少し考えてみます。

「どうしたらいい?」は、助けを求める言葉でもある

もちろん、
「どうしたらいい?」と聞くこと自体が悪いわけではない。

ひとりでは見えないことがある。
経験のある人に聞いた方が早いこともある。
言葉にしてみて、初めて整理されることもある。

私も、何度も人に聞いてきた。
AIにも聞く。
「どうしたらいいですか」と、よく聞く。

そのおかげで進めたことも、たくさんある。

だから、この言葉を否定したいわけではない。

ただ、最近気になったのは、
その手前にあるものだった。

私は本当に、
「方法」を聞いているのだろうか。

それとも、
「正解」を外に預けようとしているのだろうか。

自分の「どうしたい」が抜けたまま聞いていた

たぶん、順番がある。

本当は先に、

私はどうしたいのか。
何を大事にしたいのか。
どこまでなら受け取れて、どこからは違和感があるのか。

そこがある。

そのうえで、
「そのためには、どうしたらいい?」と聞くなら、
それは道具を探している状態だと思う。

でも、
自分の「どうしたい」が曖昧なまま、
先に「どうしたらいい?」を差し出すと、
相手の答えが、そのまま自分の答えのように見えてしまう。

「こうした方がいいよ」
「それはやめた方がいいよ」
「普通はこうだよ」

そう言われたときに、
自分の内側に確かめる場所がないと、
そのまま受け取ってしまう。

相手に悪気があるかどうかではない。

親切心かもしれない。
心配かもしれない。
経験からの助言かもしれない。

でも、それはあくまで、
相手の前提から出た答えだ。

相手にとっての正解が、
私にとっての正解とは限らない。

心配の形をした干渉を、受け取りすぎていたのかもしれない

「心配だから言ってるんだよ」
「あなたのためを思って」
「で、結局どうしたいの?」

そう言われると、
私はつい、受け取らなきゃいけない気がしてしまう。

心配してくれているのに拒んだら、
冷たい人みたいに見える気がする。

でも、本当はそこで一度止まってよかったのだと思う。


心配という仮面を被った干渉は、相手の行動だけではなく、
感じ方や考え方や判断の中まで入ってこようとする。

もちろん、全部がそうではない。
本当に力になろうとしてくれている場合もある。

けれど、自分が外に正解を求める癖を持っていると、
その線引きがぼやけやすい。

相手が差し出してきたものを、
「これは受け取った方がいいのかな」
「心配してくれているんだから、拒んだら悪いかな」
と、どんどん受け入れてしまう。

でも、心配されることと、
自分の判断を明け渡すことは違う。

協力してもらうことと、
内面まで預けることも違う。

ここを分けないと、
気づかないうちに、
自分の感覚が薄くなっていく。

「どうしたらいい?」を繰り返すと、外に答えを探す回路が強くなる

一度や二度なら、ただの相談かもしれない。

でも、
迷うたびに外へ聞く。
不安になるたびに正解を探す。
誰かの言葉で安心しようとする。

それを繰り返していると、
自分で感じる前に、
自分で選ぶ前に、
外側へ答えを取りに行く回路が強くなっていくのかもしれない。

そうなると、
誰かが答えを渡してくれる関係ができやすくなる。

こちらが正解を求めているから、
相手も正解を渡してくる。

こちらが判断を預けるから、
相手も判断の中に入ってくる。

そしていつの間にか、
「私はどうしたいんだっけ」
が、見えにくくなる。

これは、相手が悪いという話ではない。

私の側にも、
答えを外に預けたくなる不安があった。

間違えたくない。
責められたくない。
損したくない。
ちゃんとしたい。
正しく選びたい。

そういう気持ちが、
「どうしたらいい?」という言葉の奥に隠れていたのかもしれない。

先に取り戻したいのは、自分の純度

最近、「自分の純度」という言葉が浮かんでいる。

それは、
正しい自分になることではない。

誰にも影響されない強い自分になることでもない。

他人の不安。
他人の期待。
他人の心配。
他人の正解。
他人の「あなたのため」。

そういうものが混ざりすぎる前に、
自分の感覚の輪郭を確かめること。

私は、本当はどう感じているのか。
それを聞いて、胸が少し重くなったのか。
それとも、少し安心したのか。
その助言は、ありがたいのか。
それとも、どこか苦しいのか。

大げさな答えでなくていい。

「なんか違う」
「ちょっと重い」
「今は受け取れない」
「それは私の答えじゃない気がする」

そのくらいの小さな感覚を、
なかったことにしない。

それが、自分の純度を守ることなのかもしれない。

「どうしたらいい?」は、自分を進める道具として使えばいい

だから、
これからも私は「どうしたらいい?」と聞くと思う。

でも、たぶん順番を変えたい。

先に、
「私はどうしたい?」と自分に聞く。

そのうえで、
「そのためには、どうしたらいい?」と聞く。

たとえば、

私は距離を取りたい。
そのためには、どう伝えたらいい?

私は断りたい。
そのためには、どんな言い方がある?

私はまだ決めたくない。
そのためには、どう保留したらいい?

私は相手を助けたいけれど、背負いすぎたくない。
そのためには、どこで線を引いたらいい?

この順番なら、
「どうしたらいい?」は、
自分を明け渡す言葉ではなくなる。

自分の答えを進めるための道具になる。

正解を探す前に、自分に戻る

「どうしたらいい?」と聞きたくなるとき、
私はたぶん、少し怖い。

間違えたくない。
ちゃんとしたい。
誰かに大丈夫だと言ってほしい。

その気持ちは、悪いものではない。

でも、その怖さのまま外に正解を探しに行くと、
自分の答えを置き去りにしたまま、
誰かの答えを握ってしまうことがある。

だから、まず一度だけ立ち止まりたい。

私は、どうしたい?
私は、何を受け取りたくない?
私は、どこからが干渉だと感じている?
私は、本当はどの答えに少し息がしやすくなる?

そこに戻ってから、
必要なら聞けばいい。

「どうしたらいい?」は、
自分を消すための言葉ではなく、
自分の答えを形にするための言葉として使えばいい。

正解を外に探す前に、
私はもう一度、自分の足元を見たい。

たぶんそこに、
小さくても、私の答えはある。

よければ一言だけ。
いまのあなたにいちばん近かった一文、どれでしたか。
読むだけでももちろん大丈夫です。

▼合わせて読みたい

今回の話は、
「どうしたらいい?」と外に答えを探しに行く前に、
自分の感覚へ戻る話でした。

似たところで、
相手を心配して口を出したくなるときも、
奥には「相手のため」だけではなく、
自分の不安を落ち着かせたい気持ちがあるのかもしれません。

「このままで大丈夫かな」——口を出したくなるとき、私が見ていなかったもの

もうひとつは、
外にある“正解っぽい言葉”をどう選ぶかの話です。

誰かの答えをそのまま採用するのではなく、
いまの自分に合うものを見つけたいときに、つながる記事です。

「結局、どれが正解?」――今の自分に合う答えの選び方

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◆ マガジン掲載お礼
記事をご紹介いただいたマガジンを、気づいたものから掲載しています。
見つけるたびに、嬉しく受け取っています。


ご紹介くださり、ありがとうございました。
これからも、置いてよかったと思っていただける記事を、ひとつずつ書いていきます。

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