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「なんで変わってくれないんだろう」——その奥で、私が欲しかったのは安心だった


「なんで変わってくれないんだろう」
そう思って苦しくなることがある。

相手のためを思っているはずなのに、
気づくと、こっちまでしんどい。

今日、そこにあった気持ちの正体が、
少し見えた気がしました。

いつも読んでくださり、ありがとうございます。
スキやコメント、フォロー、本当に嬉しいです。ひとつひとつ、大切に読んでいます。
そして、マガジンに追加してくださったみなさまもありがとうございます。見つけるたびに、嬉しく受け取っています。
今日もここに置いていきます。

「こうしてほしい」が強くなるほど、苦しくなっていた

家族に対して、
「こうしてほしい」
「このままじゃなくなってほしい」
「少しは変わってほしい」

そんなふうに思うことがあります。

もちろん、どうでもいいからじゃありません。
心配だからです。
苦しそうに見えるからです。
このままで大丈夫なのかな、と思うからです。

でも、その願いを強く握れば握るほど、
なぜか私は苦しくなっていきました。

相手のことを思っているはずなのに、
だんだん、相手を見ているというより、
相手の状態に振り回されている感じになっていく。

その感じが、ずっとしんどかったんです。

欲しかったのは、相手の行動そのものじゃなかった

今日、やっと見えたことがありました。

私は、相手の行動そのものを望んでいたわけじゃなかったのかもしれない。

たとえば、
何かをする。
ちゃんとする。
前に進む。
そういう“形”があったとしても、
その人自身が苦しそうだったら、私は安心できません。

逆に、形は理想どおりじゃなくても、
その人が少し息をしやすそうにしていたり、
少しでも力が戻っている感じがしたら、
私は少しほっとする。

もっと言えば、
私が見たかったのは、
その人が「生き生きしている」感じだったのだと思います。

つまり、欲しかったのは
相手の変化そのものじゃなかった。

その変化があれば、
私が安心できると思っていたんですよね。

ここが、今回いちばん大きかったところでした。

「変わってほしい」の奥にいたのは、不安な私だった

相手を変えたかったんじゃない。

本当は、
大丈夫であってほしかった。
苦しすぎないでいてほしかった。
その姿を見て、私が安心したかった。

そう思ったとき、
「ああ、私は不安だったんだな」
と、やっと見えました。

このままで大丈夫かな。
ずっとこのままだったらどうしよう。
先が見えなかったらどうしよう。

その不安があるから、
「こうしてほしい」
「なんで変わってくれないんだろう」
「どうにかしたい」
になる。

相手を思っていたのは本当です。
でも、その奥には
安心したい私がいた。

そこを、私は頭では知っていたはずなのに、
肚ではわかっていなかったんだと思います。

知っていたはずなのに、今回はじめて動いた

こういう話って、
たぶん法則としては、もうあるんですよね。

相手を変えたいとき、
本当は自分が安心したいだけなんじゃないか、とか。
外側を動かそうとするより、
自分の内側を見たほうがいい、とか。

たぶん私は、そういう話を知っていました。
知識としては、もう十分知っていた。

なのに、今回は泣くほど動いた。

それは、新しいことを知ったからじゃないと思います。
はじめて、自分のこととして見えたからです。

知っていた。
でも、つながっていなかった。

その“つながっていなかったもの”が、
今回、やっと一本につながった感じがありました。

きっかけは、答えそのものじゃなかった

しかも面白いのが、
今回の「あ」は、
まさにこのことが書かれた文章を読んでいて起きたわけじゃありませんでした。

無意識について書かれた記事を読んでいたときです。

そこに、今回の答えがそのまま書いてあったわけじゃない。
でも、その文章に触れた瞬間、
今まで自分の中にたまっていたものが
「あ」
と組み上がる感じがありました。

知っていたこと。
わかっていたつもりのこと。
言葉になりきっていなかった感覚。
ずっと悶々としてきた時間。

それが、その瞬間に一本につながった。

だからこれは、
急に降ってきた正解、というより、
いろんな蓄積が、ある瞬間に姿を見せた感じに近いです。

知識と、肚落ちは、別ものだった

知っていることと、
肚に落ちることは、やっぱり違う。

知識のままだと、
「はいはい、そういうことね」
で終わる。

でも、自分の苦しさの流れの中で、
「あ、これか」
と見えた瞬間は、全然違う。

相手の変化が欲しかったんじゃない。
私は安心したかった。

たぶんこの一文自体は、
どこかで見たことがあるような話です。

でも今回はじめて、
それが“ただの正論”じゃなくなった。

だから時間がかかったし、
だから泣いたんだと思います。

願いの芯が見えると、持ち方が少し変わる

相手に願いを持つことが悪いわけじゃない。
心配することが悪いわけでもない。

ただ、
「こうしてほしい」
の奥にある本音が見えないままだと、
願いはどんどん力みに変わっていく。

私が本当に欲しかったのは、
相手を思いどおりに動かすことじゃなかった。
その人が少しでも息をしやすそうにしていたり、
その人らしく、生き生きしている感じを見て、
私自身が安心したかった。

そう思ったら、
相手を押す力が少しだけ抜けました。

願いをなくしたわけじゃない。
でも、願いの芯が少し見えた。

それだけで、持ち方が変わることがあるのかもしれません。

今日は、
「なんで変わってくれないんだろう」と思っていた気持ちの奥にあったのは、
相手への要求だけじゃなく、
安心したい私の不安だった、という話でした。


よければ一言だけ。いまのあなたにいちばん近かった一文、どれでしたか。(読むだけでももちろん大丈夫です)

▼合わせて読みたい

相手のことはよく見えているのに、自分の本音や不安は後ろに下がってしまう。
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・「人のことは気づけるのに、自分のことは後回しだった。」

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「安心したい」が別の形で出る流れとして、こちらも近いです。
・「これ送って大丈夫かな」で、手が止まる。——相手の気持ちを考えすぎて、“正しい返し”を選んでしまう

▼気持ちの輪郭を、やさしく言葉にしたい方へ
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記事をご紹介いただいたマガジンを、気づいたものから掲載しています。
見つけるたびに、嬉しく受け取っています。

もし見落としがあったらごめんなさい。あとから気づくこともあるのですが、その分もちゃんとありがたく受け取っています。

ご紹介くださり、ありがとうございました。
これからも、置いてよかったと思っていただける記事を、ひとつずつ書いていきます。


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