見出し画像

うずらの五行日記 9月14日〜9月20日

文字通り五行の日記。五行と謳っているけれど、五行以上だったり、五行以下だったりするのでそこはご愛嬌で。毎日X(@uzzra_inoue)にて更新しているので、よければそちらのフォローもお願いします。
また「一言」についてはnote更新の際に後日談として付け足しています。
なんだかんだと続けています。寄り道する感覚で覗いていただけると嬉しいです。
言い訳ですが、少し掲載ペースが遅れています。ゆるとお付き合いいただければ幸いです。


2025/09/14 百五日目 「四都市しかない物産展」

体調がいまいちだった、昨晩深く眠れずその体で彷徨いていたからか熱中症のような感じになってしまい午後いっぱい横になっていた。
ほっつき歩いていた日中、私は百貨店にいた。小さな催事をやっており、常連とも思える「京都物産展」が開かれていた。
この、時折見る物産展について。北海道と京都。そして大九州と、たまに沖縄県というラインナップばかりで、物産展基準で見ると日本には四都市しかないことになる。例えば山梨や滋賀については見たことがないし、「大九州」のように東北展とひとくくりにされることはあるのかもしれないが、新潟や青森がワンマンで催事をやっているのも見たことがない。
圧倒的に人気なのは北海道で次いで京都という印象、地域としてのブランドというか、でかいステージを埋めれるヘッドライナーはこの二都市らしい。そんな北海道といえばちょうど父からエスコンフィードに行くと連絡が来ていた。年金生活者なのに、よくほいほいと旅ができるなぁと意地悪く思う自分がいるも、身体が動くうちに行きたいところへは、足を向けて欲しいとも思った。

物産展のものではないけれど、虎屋の羊羹を食べました

2025/09/15 113日目 「何もしないままの三連休」

三連休は体調を崩したのもあり、特にこれと言って目覚ましいトピックがなかった、そんないかにも連休らしい連休となった。流石に寝てばかりでいけないと近所に出かけたのだが、相変わらずサウナに入っているように蒸し暑い。スマホに落としてある天気予報のアプリに「マイ天気」として自分の住む都市と、ここ近年で行った海外の都市の天気を登録しているが、ドイツではすでに最高でも20度を切る日が出始めていて羨ましいく思った。
バス通りではなく、裏通りを歩いていると、葉に似たバッタがいた。よくいる細めのバッタではなく、擬態でもしているような青く大きな羽を持つバッタだった。私も虫は得意でないので少し離れて彼を観察していたのだが、腹の部分がちぎれて見える気がした。もしかしたらすでに絶命しているのかもしれない。せめて道の真ん中ではなく脇に寄せてやろうかとも思ったがやはり触るほどの勇気はなく、その場を立ち去った。
用事を済ませて再びその道を通ると、彼が往路で遭遇した時と同じ体制で立っていた。闘いながら絶命した歴史上の人物のようだと、勇ましさを感じたが、やはり脇に寄せてやることはできなかった。

2025/09/16 114日目 「まあ、生きてるし」

入院していた同僚から復帰した!という報をもらい、なぜかその後の話題がシリアスな展開に。
私が母を亡くしていることや、父が病気の玉手箱状態であることを証し、そのせいか「実はうちも〜、我が家も〜」と中年の年齢帯あるあるな話題が続いた。普段は仕事のグチを載せ合っている会社のteams上で、いきなり各自の「これもまた人生かぁ」という、やや重ための話が展開されていくのが、面白がってはいないが、ある意味面白くもあった。互いに傷口というか、大小抱えているものがわかると、途端に同志のように思えて労い合うのはなぜだろう。とにかく業務の合間のチャットで人生を感じる話をした。話題は別としておいて楽しかった。
人生としてもう一つ、興味本位で投稿した小説公募が思った通りと言ってはなんだが、箸にも棒にも引っ掛からなかった。当然なのだがやはり気落ちはする、そして冒頭の同僚からの連絡につながり「まあ生きてるしね」という大枠に帰着した。
生きているのだからまた小説は書けるし、他の公募にも応募ができる!と今は自分を鼓舞するしかない。そして公募だなんだの前に文フリの原稿が詰んでいて、それもまた落ちる要因ではあるけれどとにかく向き合うしかないのだと言い聞かせている。

2025/09/17 115日目 「水の中から来たモノ」

『我々はどこからきたか、我々は何者か、我々はどこへ行くのか』と、大そうな問いを掲げたのは、フランスの画家のポール・ゴーギャンだ。奇しくも彼と同じことを私は市民プールで感じた。所用があって有給をとっていた私は、室内型の温水プールに来ていた。
プールに着くと10本ほどのレーンがありレベル分けがなされている、早く泳ぐ人、ゆっくりと泳ぐ人、ウォーキングなどの自由エリアという形で。私はゆっくり泳ぐ人用のレーンを選択した。
二十五メートルで区切られたプールを平泳ぎで泳いでいく。最初こそ要領が掴めず息が切れたけれど、だんだんと水を掻くのが楽しくなってくる。ヒレがあるように水をかき、カエルを模して足で水を押し出ていく。すると、私の体は前進する。すうっと、水中を滑るように。イルカや他の海洋哺乳類のように。
ヒトが他の哺乳類に比べ体に毛がないのは、進化の途中で一度水中に帰ったからだという説をどこかで読んだ。それが真実かどうかはわからないけれど、市民プールでの私は人間ではない、歩行を捨てた別の生物になっていた。我々は水の中から来たのだと、それをゴーギャンに伝えたいと思うほどに。
→この後、筋肉痛に。普段大して使っていないのでしょう、上腕筋(胸と腕を繋ぐ部分)がめちゃくちゃ痛くなりました。

プールへまたいきたいものです

2025/09/18 116日目 「廊下側の一番後ろのやつ」

金八先生に出てくる、廊下側一番後ろの席に私は憧れがあった。もしくは窓際の一番後ろ。共通するものとして、優等生でもなく、クラス一番の不良でもなく、その中庸というポジション。頭は切れ、品行方正だけれど、どこか冷めた目で学校や大人を見ているそんな生徒。もちろん私の印象ではあるけれど。
大人になってもあの廊下側の一番後ろの席に対する憧れがあり、ちょっと斜に構えてみたりすることがある。まあこの年でやると単なるイタイやつになるわけだが。
今日オンラインの公開型研修に参加した「中堅社員のための〜」と銘打ったもので、みな一様にしっかりと会社員という役を演じている人たちだった。「研修、ダリい」と言っていた私であるが、そんな周りの空気もあって率先してグループでの進行役を買った。外面がいいというのが私の長所&短所なので、自分で言うのも何だけれどいい回し役を担ったと思えた。
大人になったなあと、中年の身で今更何を言う……ではあるが、大人になった自分を感じた。
数日前から気になっていたシャクティマットをようやっと購入した。ありふれた感想だけれど、届くのが楽しみだ🪡

→一言。
中堅社員研修、内容はさておき受けて楽しかったです。もう二度と触れ合うことはない人たちだけれど、最終的に画面越しで労いあって、「色々ありますが、無理しないでいきましょう」と言い合って終わりました。またどこかでお会いできれば!会わないでしょうけれど。
▼そして購入したシャクティマットについてはこちら

2025/09/19 117日目 「二つの信号」

職場を出てから最寄り駅までの間に、二つの信号を通過している。仮に職場に近い信号をA、駅側をBとするとしよう。私はこのAB間をいつもタイミングよく渡り切ることができない。AとBとには絶妙な距離があり、信号Aを青に変わった瞬間から渡ったとしても、信号Bの終盤となってしまう。往路も復路も、必ずどちらも横断歩道の中央にある安全帯で立ち往生することとなる。
今日もまた私はAを頭から渡り、Bへと向かっていた。Bの前では宗教勧誘のため二人の女性が立っていて、にこやかに微笑んでいた。誰に向けられたわけでもない笑顔は、女性の顔にペタリと張り付いた光学迷彩のマスクみたいだと。彼らが手前に置いていたキャリーの表面で「戦争のない世界を」という文字と、幸せそうな家族の写真が光っていた。
「その謎のキャリー、いったいどこで手に入れているものなんですか?」
そう尋ねたいほどに、彼らは私の気を引いた。特注なのか、はたまた販促品として意外にアスクルなんかで発注できるものなのか、と。どうでもいいことが気になるタチで、私の内で好奇心がモゾモゾとうずく。とはいえ相手が相手なので、当然尋ねはしなかった。そんな葛藤があったのもあり、今日もまたBを渡り切ることができなかった。周りは小走りになって、点滅する信号を渡っていく。私は安全地帯に一人残され、人々の往来をぼんやりと眺めていた。明るかった空も気づけば秋の様相を成していて、ああやっと夏が逝ったのかと、私はつぶやくように思った。視線の先で、ビルの中をエレベーターが光りながら降りていった。

→一言
宗教勧誘の彼らを日々観察してしまうのですが、昨日フレックスで早めに退勤した時も立っていたので、「あの……お仕事は?」と気になってしまいました。

2025/09/20 118日目 「THE DAYとドンキ」

"The day" 自分の状態がよく、また自分を取り巻く環境も、なんかだいい。そんな時口にするのが"The day"というスラングらしい。そんなTHE DAYという名を、そのまま冠した水が発売された。仕掛け人はラッパー兼クリエィティブディレクターのTaiTanだった。彼のポッドキャストの愛聴者である私は、普段全く足を踏み入れないドンキホーテへ、くだんの水を嬉々として求めに行った。
ドン・キホーテといえば私が地元にいた20年前は福岡に無く、名前だけをやけに知っている店だった。大学進学とともに上京した私は初めて迷うことなく憧れのドン・キホーテに足を踏み入れた。うず高く積まれた商品、特徴的なポップ、惑う視野、淫靡なアダルトグッズと、混沌が圧縮されたものがドンキだった。東京という街を店舗にしたらドンキとなる、そう言い切れるほどに。
久々に出向いたドンキは、あの頃と寸分違わずドンキ然としていた。日本が低迷し、街の個性が褪せていく中で、ドンキだけは変わらずに雑多でカオスで、それらを誇るようにどんっと、ドン・キホーテが座していた。

THE DAY

◼️ゆるくお知らせ

11/23に東京ビッグサイトで開催される「文学フリマ東京41」に出店側として参加します。よろしくお願いします。

◼️過去の五行日記

◼️今更な自己紹介投稿です


いいなと思ったら応援しよう!

井上 うずら なにかいいなと思ったら、ぜひお願いします。いただいたチップはZINEの制作に使わせていただきます。