【与論島星空案内人シンポジウム旅行記4日目】与論を離れる日 旅の余韻と最後のやらかし
「はっ!!」
1:45…?!
もうちょっと早く起きたかった。
本当は南の漁港へ行き、みなみじゅうじ座の撮影に挑戦する予定だった。
ただ、今から向かっても間に合わない可能性が高い。
今回は諦めることにした。
再び布団に入る。
おやすみなさい。
最終日、与論の朝
6:30起床。
昨日と同じ時間だ。
また普段より遅く起きてしまった。
カーテンを開けて寝ていたのに起きられなかったのは、疲れていたのか、2日目のフェリーの影響なのか、それとも単に窓が北向きだったからなのか。
理由はよくわからない。
本当は百合ヶ浜で天の川を見たり、ビーチで日の出を見たりしたかった。
ただ、今回の旅ではこういう朝になったということで、後悔はしていない。
だらだらと初日のnoteを書き綴っていたら、まもなく8:00になった。
月曜日なので朝ドラばけばけの時間だ。
先週の話から、作中では10年が経っていた。
焼津が出てくるのは今週なのか来週なのか。ちょっと楽しみにしている。
チェックアウト騒動
荷物をまとめてチェックアウトしようとしたところ、宿代は現金だと言われた。
ネットの表示を見て、すっかりカード払いを済ませたものだと思っていた。
しかし、この宿は現金払いのみ。払っていないことは明らかだ。
ところが、手持ちの現金が少し足りない。
9:00のATM開きを待ち、現金をおろすことにした。
その前に、先にガソリンスタンドでガソリンを満タンにしてバイクを返却したり、朝食を摂ったり。
その後ようやく宿に戻り、宿代を支払って正式にチェックアウトとなった。
宿のおばちゃん
宿のおばちゃんが、会場まで送っていくよと言ってくれた。
ペットボトルのお茶までくれた。
与論の人のやさしさをビシビシ感じ始めた。
今日はシンポジウム3日目最終日。
9:20ごろに会場の砂美地来館へ行き、11時過ぎには終わる予定だ。
その話を宿のおばちゃんにすると
「じゃあ両方送るよ」
ということになった。
なんと、シンポジウム終了後の砂美地来館に11:10に迎えに来てくれるそうだ。
道中、与論マラソンの話もしてくださった。
おそらく島の最大行事で、毎年1200人ほど参加するらしい。
シンポジウム最終日のワークショップ
会場に到着。
だんだん顔なじみが増えてきた感がある。
今日はワークショップ。
6つのテーマの中から参加したいものを選び、グループを作り、困りごとのテーマを決めて原因と対策を話し合い、最後に発表するという形式だった。
僕は「地域連携」と「伝え方・接し方」で迷ったが、「伝え方・接し方」を選んだ。
グループは5人。
国頭村の方が2名、
与論島の方が1名、
三重の方が1名、
そして僕、静岡県焼津市。
困りごとのテーマは「子どもへの伝え方・接し方」になった。
やんちゃすぎる子どもがいると困ることがあるという僕の話も採用された。
議論の中でさまざまな意見が出たが、明日からできるアクションとして出てきたのが
「名前を覚えて呼ぶことが大切」
ということだった。
これは対大人でも同じことが言えるので、コミュニケーションの基本に立ち返ることが大切だと感じた。
ワークショップの発表
三重の方は帰りの便の都合で発表前に帰られ、4人での登壇となった。
国頭村の方が代表して発表してくださった。
みんなで討論した内容を聞きやすい流れにまとめてくださった。
その後、僕も宿の迎えの時間が迫ってきたため、グループ内でこっそり名刺交換をしつつ、閉会を待たずに抜けようとした。しかし、そうこうしているうちにちょうど閉会となった。
星のソムリエ®機構の運営は時間厳守が素晴らしい。
(逆に発表者は守れない人が多い。)
来年は山形
今からワクワクしている。
まず、僕と山形のエピソードをお話ししたい。
僕は47都道府県制覇まであと4県(鳥取、長崎、大分、宮崎)だ。
山形には行ったことあるのだが、夜中に仙台から新潟に移動している時に、たまたま寄ったコンビニが山形だった、というだけなのである。
これについては
「それって行ったことになるのか?」
と指摘もされるし、何より自分が後ろめたい。
これはそんな気持ちを満たすチャンスなのである。
そして、なんと言っても山形は新潟と並ぶラーメン大国。
僕の魂が喜んでいるのがわかる。
何年か前に焼津の商店街で顔馴染みだった方が山形に引っ越してしまった。
「今年は行きますね!」という約束を破り続けて、ああ、何年。
スイデンテラスにも泊まりたい。
こんな背景の中でシンポジウムが開催されるのは、僕にとっても願ったり叶ったりなのである。
与論の話を聞きながら空港へ
宿の方とお話をしながら空港へ向かう。
その前にもう一度宿に寄り、大きな荷物を回収。
さらにまた水を一本いただいた。
おばちゃん、とてもうれしいけれど、せっかく僕が支払った宿代が減っちゃうよ!と心の中で思った。
車の中ではさらに与論の話をいろいろ聞いた。
猫を見かけた時に、与論には近づいても逃げない猫が多いですね、と伝えた。
与論では犬よりも猫を飼っている家が多いそうだ。
宿のおばちゃんの話では、犬は注射や登録が必要で手間がかかるから、あまり飼われないという。
さらに、猫はネズミなどをとってくれることもあり、暮らしの中で役に立つ存在でもあるらしい。
天敵もおらず、島の人たちにも大切にされているからだろう、この島の猫たちはあまりビクビクしていないように見えた。
与論の言葉では猫のことを「みゃんか」と言うそうだ。鳴き声から来ているのだと教えてくれた。
与論空港の拡張が決定している話も聞いた。
大きな飛行機にも対応できるようになるらしい。
つまり、本州からの直行便の可能性も出てくるわけだ。
沖縄本島から与論島まで、およそ30kmの海を渡る「Okinawa to Yoron(O2Y)」というチャレンジイベントの話も聞いた。
スタートは沖縄本島最北端の辺戸岬付近。そこから風と潮に乗って与論へ向かう。SUPなどで自分の力で漕いで進むレースで、条件が揃わなければ成立しないという。
なかなか過酷なものだ。
おばちゃんが、ここに泊まった人がそのレースで2位になったことがあると教えてくれた。
与論空港
宿のおばちゃんのおかげで11:30前には与論空港に到着した。

中に入ると、先にグループワークを抜けた三重の方と再び会った。
お連れ様のフェリーの時間があって先に帰ったとのことだ。
「良いシンポジウムでしたね。」
そんな話をしながら感想を共有した。
与論最後の食事
搭乗手続きを終え、12:20まで少し時間があったので、腹ごしらえをすることにした。
空港内のレストランで与論名物もずくそばをいただく。

もずくとそばの食感がよく、これは家でも再現してみたいと思った。
さらに御翔印も購入した。
JALが仕掛けている空港の印のようなもので、こういうコレクションはつい集めたくなる。

島の人との再会
レストランを出ると、柴田先生ほか運営の方々やリコットさんがいらっしゃった。
僕と一緒の便で帰ると思いきや、どうやらツアー参加者の方は次の便とのこと。
最後に会えて良かった。
与論から那覇へ
小型のプロペラ機に乗り込み、12:30に那覇へ向けて出発した。

13:00には那覇に到着した。
30分で着いてしまうなんて、行きの地獄のフェリーの5時間20分がバカらしくなる。
今回、初めて次の便への乗り継ぎを経験した。
あらかじめ与論空港で手続きをしたが、搭乗手続きや荷物の預け入れを省いてくれる、なかなか便利な仕組みだ。
15:20那覇発羽田行きの便を予約していたが、こういう仕組みがあるのならば、もう少し早い便でも良かったかもしれない。
時間があるので那覇空港の御翔印を買おうと思ったが、自分が乗るのはソラシドエア、ANAとのコードシェア便。
JALはちょうど反対側にあった。
良い散歩だと思い、空港内を横断してJAL側へ。
無事、那覇空港の御翔印も手に入れた。

那覇から羽田へ
機内では主に読書をして過ごした。
しばらく前にドラマで見た城塚翡翠の1作目の文庫版だ。
羽田への到着が近づき、高度を下げていく。
そのとき、窓に映る富士山と雲の景色がとても綺麗だった。
僕の席は前方で富士山とは反対側。
富士山側の窓は空席だった。
iPhoneのズームを駆使して撮影していると、客室乗務員の方が声をかけてくれた。
席、移動されますか?
お言葉に甘えて移動し、しっかり撮影することができた。

この方には、いつかもう一度会えたら良いなと思う。
羽田から静岡へ
羽田空港に到着。
乗り継ぎがあったので荷物が届いているか少し不安だったが、しっかり受け取ることができた。
羽田空港で御翔印も考えたが、JALのある第1ターミナルまで行くのは少し手間だった。
それよりも早く帰りたかった。またJALを使う日も来るだろう。
帰りはこれまで乗ったことのない東京モノレールをわざわざ選び、天空橋へ。
そこから京急に乗り、京急蒲田、品川へと移動した。
そして東京の帰りによく乗る19:38のひかりで静岡へ向かった。
最後のやらかし
しかし、最後の最後にやらかしてしまった。
荷物を新幹線の荷棚に置き忘れたのだ。
そのまま新大阪へ行ってしまったようだ。
こういうことは初めてで、問い合わせをしようとネットを調べた。
するとLINEのサービスにたどり着いた。
最近は荷物の問い合わせもLINEで対応するらしい。
焼津へ
幸いにも別れた荷物には財布が入っていなかったため、余裕の心を持って駅構内のさぼてんで、とんかつと牡蠣フライを食べた。

旅の締めとしてはなかなか良い。
お腹いっぱいになったところで、4日分の駐車料金を支払い、車で帰路へ。22時、帰宅。
本当に良い旅だった。
数日後
無事荷物が見つかり、何も欠けることなく戻ってきた。
JR、素晴らしい!
