どうしたら文章を書けるようになるのか? 焚き火を見ながら語る夜in山猫堂|コラム
『文章をどうしたら書けるのか知りたい』といった問いを向けられる機会が度々ある。彼是10年以上にわたり文筆業を営み、この数年は企業で社員として勤務する傍ら年間200本程度の記事を書いている手前、そんな問いを向けられるのはある種自然と言えるし、一介の文筆業者として尋ねられないのはどうかと思わなくない。
一方で、『文章をどうしたら書けるのか』との問いは、中々どうして答えに悩む問いである。許されるのであれば、『私もその方法を知りたい』と答えたくなる程には難解な問いだ。固より文章を全く書けない人間は、少なくとも教育水準の高い日本においてあまり居ない。ゼロと言わないまでも、大半の人間は文章を書けると思われる。
だから『文章をどうしたら書けるのか』の問いには、言外に様々な意味を孕んでいるのは容易に想像がつく。たとえば『巧い文章を書くにはどうすれば良いか』『儲かる文章を書くにはどうすれば良いか』『人の心に響く文章を書くにはどうすれば良いか』などだ。
そうした言外に込められた何らかの目的や意図、想い等を言葉にしてもらえれば、回答の難解さは幾らか和らぐ。もっとも、その答えを筆者が持っているかはまた別の話だ。巧い文章も儲かる文章も人の心に響く文章も、筆者は具体的に指南できる程の技術や知見を有していない。
そうした技術や知見を有していたならば、今尚文筆業に専念している。とまでは言わないし、そもそも会社員に舞い戻ったのは、何も金だけが目的だったわけでないので、明白に違うのだけれども、それはそれとして、そうした技術や知見は持っているに越したことはなく、自身磨くべきなのだと想いはしている。
その意味で、途上にあり半可通である筆者が回答して良い問いではないと思わずにはいられない。もちろん一介の文筆業者として文章を生業にしている以上、問われれば出来るだけの回答をするし、そのために必要な最低限の技術や知見を有してはいるけれど、さりとて違和感は拭えない。
ところで、突然こんな話をしたのは、丁度先日、岩手県陸前高田市の山猫堂で行われた焚き火の際に、『文章をどうしたら書けるのか知りたい』といった類いの問いを向けられたためだ。その際は、眼前で廃材がくべられ燃える焚き火に目を配らせながら答えた。
一方で、焚き火と違って自身の中で消化不良が幾らかあり、その日以降、折に触れてその問いについて考える機会が生じたため、せっかくならば一度この題材で何かしたためようかと思い、キーボードを手繰ったのである。ただ一点予め伝えることがあるとすれば、これから先に書くのは文章の書き方などではなく、あくまで筆者自身の話である。
※前回・前々回の山猫堂での焚き火の様子
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文章歴は長いが読書歴は短い
筆者が文章というものを書き始めたのは、20年以上以前に遡る。この文章は、学校の授業や宿題等を含めず、個人的に書いた物を指す。最初に書いたのは日記で、10年近く書き続けた。日々書くことがなくなったことで止めてしまったが、今にして思えば続けておけば良かったと思う。
日記を書き始めた後、小説を書き、そして仕事として様々な文章を書くに至った。Webメディアの記事に書き起こし、SNSやメルマガの文章代行、電子書籍のブックライティングなど、紙媒体における文章以外は概ね経験した。それについての話は、先日書いた通りである。
個人で運営するメディア・ブログは、何度も作っては壊し、作っては壊しを繰り返しており、このnoteが最も長く続いたと言って良いものになっている。そんなこんなで、こと文章を書くという行為は、筆者にとっては公私共に身近な行為だった。
元々生徒時代から小論文を書くのは好きで、文章を書くのも好ましく思っており、数学を文章を説く程度には文章というものを好んで扱っていた一方で、まさか文章を仕事にするとは思っていなかった。人生何があるか分からないものである。
ところで、文章を書く行為を好む人間、或いは文章を仕事にするような人間は、子供の頃から本を読むのが好きで文章に関する造詣が深いと思われがちである。昨今のWebライターの氾濫を思えばこそ、間違いなくそんなことはないと断言できるのだけれども、世の中的にはそんなイメージを未だに持たれるケースが多いと思う。
筆者の場合はどうかというと、実のところ読書というものを余り経験していない。少なくとも愛読家と言える程には本を読んでいない。そもそも小説というものを多く読み始めたのは、成人してからである。しかも読んだ小説と言えばライトノベルが大半だった。
今でこそ純文学を読んでいるけれど、それとてnoteを書く材料になると思ってのことで、特別本を好んでいるわけでない。もっとも、老いを感じる機会が増え始め、自身の内にある価値観というものが狭まり、狭量になっていくのを肌に感じるようになってきているため、自身に無い価値観を求め、様々な本を読まなければいけないと思ってはいる。
また、そもそもが内向的な人間であり、他者と話すのが得意でなく、人付き合いもてんで出来ないからして、いつまで経っても独り身で在り続けている。そんな自らを俯瞰したとき、やはり多種多様な価値観を取り込むには、本を読むよりないと考えざるを得ない。ある種、そんな人間でも文筆業をやれているのだから、好い時代だと想う。
『文章をどうしたら書けるのか』に対する回答
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