夏目漱石「三四郎」16 僕の母は憲法発布の翌年、森有礼は憲法発布の翌日
夏目漱石の小説「三四郎」、明治41年(1908年)連載。
先日、夏目漱石作品についてこんなことを考えた。
「坊っちゃん」の主人公:坊っちゃんと、「彼岸過迄」の謎の登場人物:森本は、ともに近いうちの死去が想定されているのではないか、と。
そこでふと、漱石作品の中で描かれた、「死」について考えてみたくなった(なお私自身は生に執着している人間である、この十数年は)。
漱石作品なら、たとえば「こころ」にはKの自死(私は他殺と確信しているが)と、「先生」の死が記されている。
しかしまず、主要登場人物は亡くならない「三四郎」から、そこに書かれた死去をさぐってみたい。なぜかそう思った。
私は、作品読解よりも作者論を優先して語るような論は好きではないが、なんとなく、夏目漱石の自殺願望・あるいは作者の過去にあった自殺願望のようなものを、感じてしまう。
それを語ります。
1、描かれた死
今後どこまでふれるかは別にしてとりあえず、「三四郎」に出て来る「死」を挙げてみる。
1(1)汽車のじいさんの息子(本人談)
三四郎が帝大(東大)に入学するため、九州から上京する汽車内。女と爺さんとの会話
夫は呉にいて長らく海軍の職工をしていたが戦争中は旅順の方に行っていた。戦争が済んでからいったん帰って来た。まもなくあっちのほうが金がもうかるといって、また大連へ出かせぎに行った。はじめのうちは音信もあり、月々のものもちゃんちゃんと送ってきたからよかったが、この半年ばかり前から手紙も金もまるで来なくなってしまった。(略)
じいさんは蛸薬師も知らず、玩具にも興味がないとみえて、はじめのうちはただはいはいと返事だけしていたが、旅順以後急に同情を催して、それは大いに気の毒だと言いだした。自分の子も戦争中兵隊にとられて、とうとうあっちで死んでしまった。
(いままで、この「汽車の女」の話は、事実かどうか怪しいと勝手に思ってたが、爺さんの話も事実ではない可能性も一応あるな、、、)
1(2)毒樹の果実
汽車で名古屋駅から乗り合わせた中年男性(後に広田萇(広田先生)とわかる)の、三四郎に対する会話。
「豚をね、縛って動けないようにしておいて、その鼻の先へ、ごちそうを並べて置くと、動けないものだから、鼻の先がだんだん延びてくるそうだ。ごちそうに届くまでは延びるそうです。どうも一念ほど恐ろしいものはない(略)じっさいあぶない。レオナルド・ダ・ヴィンチという人は桃の幹に砒石を注射してね、その実へも毒が回るものだろうか、どうだろうかという試験をしたことがある。ところがその桃を食って死んだ人がある。あぶない。気をつけないとあぶない」と言いながら、さんざん食い散らした水蜜桃の核子やら皮やらを、ひとまとめに新聞にくるんで、窓の外へなげ出した。
(豚の話とダヴィンチの話は、この小説においてなにか意味があるのだろうか、、、)
1(3)「作」、ここにもいた
これは人間の死ではないが、気になったので挙げます。
東京についた三四郎に届いた、母からの手紙
三四郎が動く東京のまん中に閉じ込められて、一人でふさぎこんでいるうちに、国元の母から手紙が来た。(略)
この欄外にはそのほか二、三件ある。作(さく)の青馬が急病で死んだんで、作は大弱りである。三輪田のお光さんが鮎をくれたけれども、東京へ送ると途中で腐ってしまうから、家内で食べてしまった、等である。
いま気付いた。「三四郎」にも「作」はいたのだ。
漱石の他作品にもあと二人、「作」はいる。
・「彼岸過迄」の、須永市蔵が急に気に入り出す自宅の十九歳の小間使いも、「作」
・「こころ」で、「私(わたくし)」の父が病に倒れ死期も近い際に、見舞いに来てくれた旧友(男性)も、「作」である。さらに「私」の母親は「お光」であり、「私」の実家は三四郎の地元とかぶらされているようだ。
子供の時分から仲の好かった作(さく)さんという今では一里ばかり隔たった所に住んでいる人が見舞に来た時、父は「ああ作さんか」といって、どんよりした眼を作さんの方に向けた。
「作さんよく来てくれた。作さんは丈夫で羨しいね。己はもう駄目だ」
(十三)
父は時々囈語(うわこと)をいうようになった。
「乃木大将に済まない。実に面目次第がない。いえ私もすぐお後から」
(略)室の中を見廻して母の影が見えないと、父は必ず「お光(みつ)は」と聞いた。(略)突然「お光お前にも色々世話になったね」などと優しい言葉を出す時もあった。(略)「あんな憐れっぽい事をお言いだがね、あれでもとはずいぶん酷かったんだよ」
母は父のために箒(ほうき)で背中をどやされた時の事などを話した。
(十六)
(改めて気付くと「お光」は二回、「作さん」は五回と、妙にその名が強調されているように見える。この意味は、、、)
この記事からはそれるが、「作さん」以外にももう一つ、「三四郎」と「こころ」との共通点を急に見つけてしまった。というか今まで見落としていた。
共通項は、「夫が妻を、棒状の凶器で暴行する、田舎の夫婦」である。
上記「こころ」で、「私」の父が妻(お光)をほうきで殴ったとあるが、「三四郎」においてもこうあった。
きょうも、いつもなら、神秘的講義の最中に、ぱっと電燈がつくところなどを繰り返してうれしがるはずだが、母の手紙があるので、まず、それから片づけ始めた。
手紙には新蔵が蜂蜜をくれたから、焼酎を混ぜて、毎晩杯に一杯ずつ飲んでいるとある。新蔵は家の小作人で、毎年冬になると年貢米を二十俵ずつ持ってくる。いたって正直者だが、癇癪が強いので、時々女房を薪(まき)でなぐることがある。
こうなると三四郎と「私」とが同郷なのではと思えるが、三四郎は少なくとも九州出身。「私」の実家は九州からは遠いので同郷ではない。
私の兄はある職を帯びて遠い九州にいた。これは万一の事がある場合でなければ、容易に父母の顔を見る自由の利かない男であった。
1(4)轢死の若い女
話を「三四郎」に戻して、三四郎が野々宮宗八から留守番を頼まれた夜のこと。
庭の先で虫の音がする。ひとりですわっていると、さみしい秋の初めである。その時遠い所でだれか、
「ああああ、もう少しの間だ」
と言う声がした。(略)三四郎の耳には明らかにこの一句が、すべてに捨てられた人の、すべてから返事を予期しない、真実の独白(ひとりごと)と聞こえた。三四郎は気味が悪くなった。ところへまた汽車が遠くから響いて来た。その音が次第に近づいて孟宗藪の下を通る時には、前の列車よりも倍も高い音を立てて過ぎ去った。座敷の微震がやむまでは茫然としていた三四郎は、石火のごとく、さっきの嘆声と今の列車の響きとを、一種の因果で結びつけた。(略)
「轢死(れきし)じゃないですか」
三四郎は何か答えようとしたが、ちょっと声が出なかった。(略)半町ほどくると提灯が留まっている。人も留まっている。人は灯をかざしたまま黙っている。三四郎は無言で灯の下を見た。下には死骸が半分ある。汽車は右の肩から乳の下を腰の上までみごとに引きちぎって、斜掛けの胴を置き去りにして行ったのである。顔は無傷である。若い女だ。(略)
(ここで「ああああ、もう少しの間だ」の声を聞いた際に、性別も世代も示されていない。後で「若い女」と示される。この意味は、、、)
1(5)子供の葬式
三四郎が、画家原口の家まで、そこでモデルをしてる里見美禰子に会いに行く途中の出来事。
子供の葬式が来た。羽織を着た男がたった二人ついている。小さい棺はまっ白な布で巻いてある。そのそばにきれいな風車を結いつけた。車がしきりに回る。車の羽弁が五色に塗ってある。それが一色になって回る。白い棺はきれいな風車を絶え間なく動かして、三四郎の横を通り越した。三四郎は美しい弔いだと思った。
三四郎は人の文章と、人の葬式をよそから見た。もしだれか来て、ついでに美禰子をよそから見ろと注意したら、三四郎は驚いたに違いない。三四郎は美禰子をよそから見ることができないような目になっている。第一よそもよそでないもそんな区別はまるで意識していない。ただ事実として、ひとの死に対しては、美しい穏やかな味わいがあるとともに、生きている美禰子に対しては、美しい享楽の底に、一種の苦悶がある。三四郎はこの苦悶を払おうとして、まっすぐに進んで行く。進んで行けば苦悶がとれるように思う。苦悶をとるために一足わきへのくことは夢にも案じえない。これを案じえない三四郎は、現に遠くから、寂滅の会を文字の上にながめて、夭折の哀れを、三尺の外に感じたのである。しかも、悲しいはずのところを、快くながめて、美しく感じたのである。
正直、よくわからないが解釈するとしたらこうか。
「いま三四郎は美禰子への片思いをこじらせて苦悶の真っ最中だから、赤の他人の死去には、なにかが終結したような、『美』『穏やかさ』を、離れた距離から感じた」ということだろうか。
1(6)森有礼と広田先生の母と、三四郎の父
三四郎が広田先生の宅を訪ねた際、昼寝をしていた広田先生は夢の話を語る。
「ぼくがさっき昼寝をしている時、おもしろい夢を見た。それはね、ぼくが生涯にたった一ぺん会った女に、突然夢の中で再会したという小説じみたお話だが、そのほうが、新聞の記事より聞いていても愉快だよ」
「ええ。どんな女ですか」
「十二、三のきれいな女だ。顔に黒子(ほくろ)がある」
三四郎は十二、三と聞いて少し失望した。
「いつごろお会いになったのですか」(略)
「憲法発布は明治二十二年だったね。その時森文部大臣が殺された。君は覚えていまい。いくつかな君は。そう、それじゃ、まだ赤ん坊の時分だ。ぼくは高等学校の生徒であった。大臣の葬式に参列するのだと言って、おおぜい鉄砲をかついで出た。(略)やがて行列が来た。なんでも長いものだった。寒い目の前を静かな馬車や俥が何台となく通る。そのうちに今話した小さな娘がいた。(略)」
「それからその女にはまるで会わないんですか」
「まるで会わない」(略)
「先生はそれで……」と言ったが急につかえた。
「それで?」
「それで結婚をなさらないんですか」
先生は笑いだした。
「それほど浪漫的な人間じゃない。ぼくは君よりもはるかに散文的にできている」
「しかし、もしその女が来たらおもらいになったでしょう」
「そうさね」と一度考えたうえで、「もらったろうね」と言った。三四郎は気の毒なような顔をしている。
私はこの話がとても好きだ。
40歳らしき広田が独身でいる理由がその少女ではないかと感じた三四郎、その女と単に再会でするだけでなく向こうから嫁に来たらとの、あり得ない仮定を思いつけた三四郎、その場合の広田の結論を完全に確信している三四郎、そしてそのあり得ない仮定が生じたら独身ではなく結婚していたと語る広田。
なお「森文部大臣」とは、明治二十二年(1889年)2月11日、憲法発布当日、刺され、翌日に死去した初代文部大臣:森有礼である。犯人もその場で護衛により斬られ死亡。
続き
「たとえば、ここに一人の男がいる。父は早く死んで、母一人を頼りに育ったとする。その母がまた病気にかかって、いよいよ息を引き取るという、まぎわに、自分が死んだら誰某の世話になれという。子供が会ったこともない、知りもしない人を指名する。理由を聞くと、母がなんとも答えない。しいて聞くとじつは誰某がお前の本当のおとっさんだとかすかな声で言った。――まあ話だが、そういう母を持った子がいるとする。すると、その子が結婚に信仰を置かなくなるのはむろんだろう」
「そんな人はめったにないでしょう」
「めったには無いだろうが、いることはいる」
「しかし先生のは、そんなのじゃないでしょう」
先生はハハハハと笑った。
「君はたしかおっかさんがいたね」
「ええ」
「おとっさんは」
「死にました」
「ぼくの母は憲法発布の翌年に死んだ」
ここはいくつも謎だ。
托卵の話は広田の母のことでよいのか。それと憲法発布・森有礼の暗殺や、葬列で見掛けた少女とはなにか関係があるのか。
なぜ広田は母の死去した年を、明治二十三年ではなく、「憲法発布の翌年」と語ったのか。
森有礼が、「憲法発布の翌日」に死んだことと、関連があるのだろうか。
そしてここで一度だけ死去が語られるのみの、三四郎の父。他には回想・思考も含め父は一切登場しない。三四郎の母は手紙や三四郎の思索の中で何度も出てきているのに。
そういえば作中で両親の不在がふれられている里見美禰子はもちろん、野々宮兄妹にも、父の形跡がみられない。
また色々、考えたい。
1(7)蘇我入鹿とオフィーリア
三四郎が演芸会で一人、2つの芝居を見る。
死去した有名な人物が、2人、ふれられている。
芝居の一つはなぜか明記はないが蘇我入鹿が出て来る芝居。もう一つは「ハムレット」である。
舞台ではもう始まっている。(略)――三四郎にはなんのことかまるでわからない。(略)三四郎の記憶にはただ入鹿の大臣という名前が残っている。(略)三四郎はただ入鹿じみた心持ちを持っているだけである。芝居を見るにはそれでたくさんだと考えて、唐めいた装束や背景をながめていた。しかし筋はちっともわからなかった。
(略)
そのうち幕があいて、ハムレットが始まった。(略)気が乗らない。三四郎はハムレットがもう少し日本人じみたことを言ってくれればいいと思った。おっかさん、それじゃおとっさんにすまないじゃありませんかと言いそうなところで、急にアポロなどを引合いに出して、のん気にやってしまう。(略)
ハムレットがオフェリヤに向かって、尼寺へ行け尼寺へ行けと言うところへきた時、三四郎はふと広田先生のことを考え出した。
蘇我入鹿。645年に大化の改新(乙巳の変)で、中大兄皇子らによって暗殺された豪族である。
なお奈良県明日香村には、田んぼのあぜ道のなかにぽつりと、「蘇我入鹿首塚」が小さく建てられていた。中大兄皇子によって斬られた入鹿の首がここまで飛んで来たと。私は妻と写真を撮った。
オフィーリア。「ハムレット」に出て来るヒロイン。ハムレットへの失恋や父がハムレットに殺害されたことなどにより発狂、溺死する。
三四郎は、「入鹿じみた心持ち」であったと。
まだ殺害する中大兄皇子側であれば、悩める青年ぽいかもしれないがそうではなく、殺されてしまう権力者側であると。どういうことか。
しかし蘇我入鹿で芝居しるとしたら、大化の改新以外にないと思われる。なのになぜか三四郎は「まるでわからない」と。
そしてここで出て来るオフィーリアはなんなのだろう。
フィクションの登場人物ながら数多くの絵画のモデルとなっているが、里見美禰子が最後に「森の女」という絵になったことと関連があるのか。
そして、それぞれの芝居でおそらくは蘇我入鹿もオフィーリアも、死去する場面があったであろう。なのにそれは語られていない。
以上、まとめるだけで長くなってしまった。もう一度列挙。
・1 汽車のじいさんの息子(本人談)
・2 レオナルドダヴィンチの毒樹の果実の桃を食べた人
・(3 「作」の青馬)
・4 線路に飛び込み轢死した若い女
・5 子どもの葬式
・6 森有礼
・7 小川三四郎の父親
・8 広田萇の母親
・9 蘇我入鹿
・10 オフィーリア
これらの死去は、小説「三四郎」において一体どんな意味をもつのか。
また考えたい。
