夏目漱石「三四郎」14 美禰子の親は外国人?
夏目漱石の小説「三四郎」、明治41年(1908年)連載。
この小説のヒロイン・里見美禰子について私は、その肖像画が「あの女を描いたから特別の待遇」などと作中で語られていることからこう想像した。
里見美禰子は権力者の愛人か、婚外子ではないか、と。
気になったので今回は美禰子のプロフィールを見直してみる。
1、美禰子の家族関係
里見美禰子の家族関係について、三四郎と野々宮よし子との会話。
「あなたは里見さんの所へいらっしゃるほうがいいんですか」
「私? そうね。でも美禰子さんのお兄さんにお気の毒ですから」
「美禰子さんのにいさんがあるんですか」
「ええ。うちの兄と同年の卒業なんです」
「やっぱり理学士ですか」
「いいえ、科は違います。法学士です。そのまた上の兄さんが広田先生のお友だちだったのですけれども、早くおなくなりになって、今では恭助さんだけなんです」
「おとっさんやおっかさんは」
よし子は少し笑いながら、
「ないわ」と言った。美禰子の父母の存在を想像するのは滑稽であるといわぬばかりである。よほど早く死んだものとみえる。よし子の記憶にはまるでないのだろう。
「そういう関係で美禰子さんは広田先生の家へ出入をなさるんですね」
「ええ。死んだにいさんが広田先生とはたいへん仲良しだったそうです。それに美禰子さんは英語が好きだから、時々英語を習いにいらっしゃるんでしょう」
(※ 著作権切れにより引用自由です。)
1(1)表面上の設定
上記引用からすれば美禰子の家族関係はこうなる。
・両親 ー 早くに死去
・長兄 ー 死去。広田萇(ちょう)と仲が良かった
・次兄:里見恭助。法学部卒業。卒業は野々宮宗八と同年
次兄:里見恭助の現在や年齢が不明であるが、同年卒業の野々宮宗八が大学の研究者をしていることや作中で里見恭助の結婚が決まったとの話が出て来ることからすれば、仕事には就いており三十歳前後なのだろうか。
1(2)気になるよし子と語り手の言葉
里見美禰子の家族を普通に確認するつもりが、引っかかることを見つけてしまった。
つくづく、これだから漱石作品を読み直すことはやめられない。
野々宮よし子の発言と態度も、語り手の言いようも、なんかおかしくないか?
① よし子の言動
「おとっさんやおっかさんは」
よし子は少し笑いながら、
「ないわ」と言った。美禰子の父母の存在を想像するのは滑稽であるといわぬばかりである。
普通に考えて、まだ若い友人・少なくとも若い知り合いの親について語る際に、当人の両親が既に死去していることを「少し笑いながら」語れるものだろうか。
むろんこの笑いは、美禰子の家族関係にについて当人ではなくよし子から何度も聞き出そうとする三四郎をからかったものとも読める。
それを含めたとしても、笑いながら「ないわ」の一言で、友人の両親が若くして既にともに死去していることを、他者に語れるものだろうか。
なにか、不自然があるのでは。
もう一つ、よし子の発言そのものについてだが、「ないわ」これ自体おかしな言い回しではないか。
「もうお亡くなりにー」とか「ともにご病気でー」とかではなく、「ないわ」の一言で片づけている。
亡くなったのではなく、遠くに行ってしまったと言ってるのだろうか。
② 語り手
美禰子の父母の存在を想像するのは滑稽であるといわぬばかりである。よほど早く死んだものとみえる。よし子の記憶にはまるでないのだろう。
小説「三四郎」の語り手は、三四郎の見聞きしていない範囲や他の人物の内面も語り、時には断定もする。
上の引用の直前でもこうだ。
「なかなかうまい」と三四郎が絵をながめながら言う。
「これが?」とよし子は少し驚いた。本当に驚いたのである。三四郎のようなわざとらしい調子は少しもなかった。
その語り手が、推測の言葉ばかりを並べている。立て続けに。
「~であるといわぬばかりである」
「~ものとみえる」
「~ないのだろう」
この推定表現の羅列は、「事実は違うかもね」との、夏目漱石の仕掛けではないだろうか。
またこの語り手も、人の両親がともに若くして死去した話を、「滑稽であるといわぬばかり」と表現するのも、あまりに美禰子を突き放した言い方ではないだろうか。そのまま読んでしまえばだが。
よし子・語り手、この二人?のおかしな言動を説明する解釈を考える。
2、美禰子の両親は外国に?
何度か書いたように、里見美禰子はおそらく家事手伝いであり、表面上の設定では両親も長兄も既に死去している。
そうであるにもかかわらず
・自分の名刺を作成し持ち歩き
・自分名義の預金口座を持ち
・そこからすぐに三四郎にまとまった金を貸し
・広田萇におそらく有料で英語を習い流暢に話せるレベルにまでなる
(「ストレイシープ(迷える子羊)」も、美禰子が三四郎に伝えた言葉である。ちなみに三四郎は東京大学(帝大)の学生である)
・教会の讃美歌を歌う会合?に出席。旧約聖書の知識もある
・お金も地位もありそうな男から結婚話が舞い込む
・次兄(里見恭助)は東大(帝大)法学部卒業
このように、食うに困っている様子はない。少なくともそんな様子を見せてはいない。むしろインテリぶりをいかんなく発揮している。
上記のうち
①英語を習いしかも上達していること
②キリスト教に詳しいこと
これらから、美禰子の両親、少なくとも片方は、外国にいるのではないかと思った。
そういえば「三四郎」の第一章、浜松駅、三四郎が西洋人の美女を見ただけで勝手に圧倒されている描写があった。
浜松で二人とも申し合わせたように弁当を食った。食ってしまっても汽車は容易に出ない。窓から見ると、西洋人が四、五人列車の前を行ったり来たりしている。そのうちの一組は夫婦とみえて、暑いのに手を組み合わせている。女は上下ともまっ白な着物で、たいへん美しい。(略)すこぶる上等に見える。三四郎は一生懸命にみとれていた。これではいばるのももっともだと思った。自分が西洋へ行って、こんな人のなかにはいったらさだめし肩身の狭いことだろうとまで考えた。窓の前を通る時二人の話を熱心に聞いてみたがちっともわからない。熊本の教師とはまるで発音が違うようだった。
ところへ例の男が首を後から出して、
「まだ出そうもないのですかね」と言いながら、今行き過ぎた西洋の夫婦をちょいと見て、
「ああ美しい」と小声に言って、すぐに生欠伸をした。三四郎は自分がいかにもいなか者らしいのに気がついて、さっそく首を引き込めて、着座した。男もつづいて席に返った。そうして、
「どうも西洋人は美しいですね」と言った。
三四郎はべつだんの答も出ないのでただはあと受けて笑っていた。すると髭の男は、
「お互いは哀れだなあ」と言い出した。
この外国人美女に関する会話内容が、三四郎がほぼ外見だけで惚れてしまい、翻弄され、一度目の告白を完全スルー・二度目の告白に溜息で返し、与次郎からも「里見さんを描いちゃ、だれが描いたって、間が抜けてるようには描けませんよ」(十三)と言われる女・里見美禰子のことを語っているようにも見える。
美禰子は、江戸末期から明治期にかけてやってきた、外国人の血を引いているのではないか。
その事もあって一部界隈では有名人であり、「あの女を描いたから特別の待遇」と言われ、主催者が「弁解」しなければならなくなったのでは。
また考えたい。
