鈴木裕をゲームクリエイターと同列に語ってはいけない理由。何が別次元なのか本気で説明する。再編集版。
ビデオゲーム史上最大の英雄なのに、ネットに情報が無く、ビデオゲーム史から忘れ去れそうなので、私が残しておきたい。
鈴木裕を知らず、ビデオゲーム史に興味がある方は、是非お付き合いください。
早速本題ですが、
スペースハリアー、バーチャファイター2、F355チャレンジ、シェンムー2、4回ビデオゲーム史を変えた、業界最大の英雄。
業界に対する、貢献、影響力。独自性、先進性、ジャンルの多彩さ、
シェンムーはキャリア全体の1割程度にすぎない。
メディアが、鈴木裕をクリエイターという範疇だけで語るの間違い。
以下の、IGNJapanの動画みたいに、メディアが鈴木裕をまともに知らないし、コメント欄も程度の低い話ばかり。
IGNJapanの、この程度の記事内容では、説明不足で全然何が凄いのは伝わらない。

世界初を何度も繰り返し「80~90年代に存在しないはずの、未来のゲームを作っていた」と言うのは大袈裟ではない。
鈴木裕の作品を、ご存じない方は、まず以下の動画でどんなゲームなのか確認して頂きたい。
スペースハリアー 1985年
アウトラン 1986年
1990年 R360 G-LOC: AIR BATTLE 鈴木裕は、如何に時代とズレていたか、理解出来ると思う。
1992年バーチャレーシング
家庭用、業務用ゲームとの比較画像。






鈴木裕は、その時代の、ビデオゲームの限界を突破するベンチマークであり、約20年間、最先端のAVクオリティを更新し続けた。
鈴木裕の凄い所は、誰も正解がわからない時代、前例がないソフトを実現する為に「こんなハード構成にすれば実現出来るのではないか?」と、ソフトとハード、合わせて話ができた所。
80年代は、ハードウェアが存在していなかったので、「ハードから用意していた」


メガドライブ版とPCエンジン版から入ったので、初めて業務用のアフターバーナーとアウトランを見た時は衝撃だった。


鈴木裕インタビュー。


ホビーパソコン、ゲーム機は、約20年間、鈴木裕スペックの後を追い続け、憧れであり、指標であり、目標だった。





これが鈴木裕スペック
この点が、他のゲームクリエイターとは異質であり、メディアに伝えて欲しい所なんです。
鈴木裕は、技術を娯楽に変える能力が、別次元だった。
海外の技術者はいたが、実験的でありゲーム自体は面白くなかった。
大手ならハードスペックを上げる事は可能だったが、キャラが大きいだけ、音が良いだけみたいにゲームを面白くする事が難しい状況の中、
他には無い、圧倒的な、勢い、迫力、興奮、高揚感、中毒性で、恒久の価値を作り出せている。ノスタルジーではなく、業務用なので、今遊んでも、面白いのが凄い。
国境、時代を超える普遍性。先進性、娯楽性、商売を並び立たせた、稀有な存在。

ゲームセンターのゲームは、稼げる完成度も求められたので、革新性だけでは商売に成らなかった。
横並びでの戦い、厳しいビジネスモデルのゲームセンターで、
「前例の無い、誰も見た事の無いソフト」
「それを実現する為の、独自ハードと大掛かりな体感筐体」
「莫大な売り上げ」
のループを、20年間回し続けた、勝負師。本物の伝説。
アーケード基板、筐体販売の売上。
ゲームセンター現場でのコイン売上。
家庭用移植版の売上。(いまだに稼ぐスペースハリアーなど)
三段構えの爆発的な商業的成功。
鈴木裕は、セガにとってゲームソフトでヒットを飛ばした程度のクリエイターではなく、「セガのブランディング、自社ビルを建て、自社ハードを発売、世界的な企業へと躍進するための巨大な軍資金を稼ぎ出した、最大の功労者。
シェンムーの開発費を語る際、世間は「一介のクリエイターが会社の予算を使い果たした」かのような話をするが、数千億円規模の売り上げから、シェンムーの制作費など、わずかな物。
我々の世代は、現在の、インディータイトル、ロブロックスの緩い、タイトな調整がされていない、稼げる水準に達していない作りはでは、とてもゲームとして面白いとは思えない。

部長としてセガの業務用部隊を率いて莫大な利益を上げ続けた点にも触れるべき。

デイトナUSA
バーチャコップ
バーチャストライカー
ファイティングバイパーズ
など、
ハード、筐体、ソフト、部長業、「業績全て」で、語らないと、実績が矮小化され過ぎる。
クリエイターは、自分で作る
ディレクターは、人に指示する
プロデューサーは、組織を率いる
ビデオゲームは、多くの人が、この業種の違いすら理解していない。

アニメ「アルプス少女ハイジ」で例えると、高畑勲が鈴木裕で、小田部羊一、宮崎駿が石井精一。
鈴木裕の影響は、
ハードの発展
制作手法
グラフィックの発展
音楽と効果音の発展
ゲームセンターの改革
ビデオゲーム史全てに及んでいる。


ビデオゲームミュージックのコンサートも、ナムコ、タイトーなどと先駆けている。
遊び方よりも技術が先という制作手法で、ロジカル、システムで説明できない、シンプルで、高揚感と勢いで押すゲーム性は、誰もマネできない。
バーチャファイターなら、「膝、ガキーン、サマー、シャコ」
スペースハリアーは「回って撃つ」
F355チャレンジなら「走っている」
言ってみれば、ただそれだけのゲーム性であり、大味だが、人の原始的な快感にダイレクトに届く事を計算し、その時の最先端技術で細かい話をせずに、「迫力」「勢い」「興奮」「豪快さ」で押し、35年たっても遊べるのが、鈴木裕のビデオゲーム。
なので、非常に続編の制作が難しい。
ジャンルが多彩。
シューティング、レース 3D格ゲー、フルスケール3D空間アクションアドベンチャーの業界標準を築き、どれも最高峰。
それも、アーケード挙動、リアル挙動どちらでもビデオゲーム史上最高。
こんな人は例が無い。





動画でダイナミックな動きと音楽を確認して欲しい。

バーチャファイターを、ただ3D格ゲーとして語るべきではない。





など、新たな表現はいつもバーチャファイターから導入されたので、
ビデオゲームの技術デモ、表現、進化、歴史における「マイルストーン」として語られるべき。
現在はアストロボットなど、全てが最初から盛り込まれている要素だが、最初は一歩ずつだった。

鈴木裕のゲームは、空間が正確。




鈴木裕のレースゲームが凄いのは、単に時代のハイエンドだった所ではなく、「走行感覚が優れていた所」だから古く成らない。
例えば、ハングオンの煙を上げてゆっくりと外に膨らんでいく所、F355チャレンジの圧倒的なトラクションの感覚など、シェンムーの話だけで終わるべきではない。



F355チャレンジから、反射神経的な意味で、レースゲームの難易度が大幅に落ちた。
私は、アウトラン最高3面、マリオカート50㏄だけしかクリアできず、
セガラリー2、デイトナUSAなど、コーナーの進入に遅れて外の壁に当たる、早めに入ると今度は内側の壁に当たるという事を繰り返すだけで、何一つまともに走れなかったが、
F355チャレンジは、車が超安定していて、手を放していても真直ぐ走る、ブレーキを踏めばゆっくり止まる、コーナーで即外に膨らむ事なく滑ってくれるので間ができ、コースからはみ出さないなど、6速マニュアルで鈴鹿2分9秒台で走れましたから。
それに無理に早く走らなくても、鈴鹿を2分14秒で走っても問題ないし、それでも面白い。
グランツーリスモ3の方がメチャクチャ難しく、なぜF355チャレンジ「だけ」難しいと言われたのか、理解不能だった。

F355チャレンジはボンネット部分が、「上下に動いたり振動したりして」、
1、ノーズダイブするので、前のめりに止まる感覚を作り出し、Gの無さを補完している。
2、ブレーキング時、下に下がるので、どれだけブレーキを踏んでいるかが、視覚的に分かる。
3、ホイールスピン時、車が躍り、トラクション感覚を表現している。
4、走っている時細かく揺れて、エンジンの振動、前に進む感覚を表現している。
5、厳密にドライバー視点では無いので、視界が広い、遊びやすい。
など、リアルでは無い、「ウソ」を入れる事で、リアリティ、遊びやすさ、ゲーム的な面白さを、上手く演出している。
GT2の時代に、F355チャレンジは、エンジン、タイヤの音、挙動だけでなく、この部分の表現が、革新的発明だった。なぜこの点を他のレースゲームはパクらないのか?(ライセンスの問題があるのかもしれないが)
音、挙動がリアルかどうかは目的ではなく、あくまでも楽しく遊ぶためには、リアルさが必要という話。そのリアリティは「オンボード映像の再現だけ」では、絶対表現できない。この点を現在のシムレースは勘違いしている。
業務用F355チャレンジの、高揚感、飽きない持続力はビデオゲーム史上圧倒的ぶっちぎり世界一。エンジン音などある分野においては、現在のシムレースでも到達できていない。




鈴木裕は、グラフィックだけでなく、ビデオゲームの、音源、効果音の進歩、音楽の基準を別次元に引き上げた。いまだにF355チャレンジより良い音は聞いたことが無い。
以下の動画を爆音にして視聴して欲し。
現在のシムレースが、足元にも及ばないエンジン音と高揚感。
エンジン音、タイヤの音が良い事に意味が有るのではなく、エンジン音が良くないと、シフトダウンする楽しみが無い、車が前に進んでいる感がないなど、ゲームが自体が面白く成らない所に本質がある。

現在のシムレースが、オンボード映像の再現に終始するなか、
F355チャレンジは、本物の体験を目指した。設計思想が違うので、最新のシムレースがF355チャレンジの高揚感と中毒性に追いつくことは今後絶対にない。
売れたビデオゲームであっても多くの制作者が関わるので、「この監督でなければこの品質に成っていない」と言える監督はほぼいないが、鈴木裕のビデオゲームはBGMまで、ハッキリと監督の「権限」と「影響力」が良く分かる。
大規模開発のビデオゲームで、監督の影響力、作家性が見えるタイトルはほとんどないが、
例えば、クレイジータクシーとF355チャレンジのスタッフを逆にしても、同じような物が出来る。それが監督の影響力であり、鈴木裕の凄い所。
どのタイトルも、グラフィック、キャラクター、音楽など、全くスキが無い完成度、安定感。(シェンムー3以外)スタッフはノイローゼになったでしょうが。
これが90年代に存在した。

スイッチ2を持ってF355チャレンジに乗り込めば何を言っているのか必ず理解してもらえるはずだが、体験できる場所が無い。本当に伝説に成ってしまう。
若い人は、年寄りのノスタルジーだと思い、最新作マリオカートワールドが、「26年前のF355チャレンジより面白くない」という事考えられないだろうが、事実なのだ。
現在のビデオゲームは、解像度、フレームレート、テクスチャ、モーション容量、シミュレーションの計算などは、上がっているのだが、伸びていない要素があって、ゲームのジャンル問わず、効果音の、「迫力、勢い、興奮、高揚感、中毒性」などは、F355チャレンジに負けている。
F355チャレンのエンジン音(効果音)の良さは2026年においても、ぶっちぎり世界一でビデオゲーム史上最高。
最新のフォルツァフォライゾン6のチープで、情けない音と比べてみて欲しい。
信じられないかも知れないが、本当にビデオゲームの効果音は27年間良くなるどころか、「後退している」。
グランツーリスモ7、最新作のPCシムレースでも、並べて遊べば絶対に分かる。

問題は、業務用なので実際に遊んだ人が少ない事。
業務用ゲームは実機で遊べる場所がほとんどないので、現在体験する事ができないのが最大の理由。新作と横並びで比べても本当に凄いのだが、若者には年寄りノスタルジーだと思われてしまう。
これすらも火事で燃えた。
スタート時、離陸する時の縦の動きを体験して欲しいが、
家庭用でアフターバーナー2を遊んでも、ダブルクレイドルの業務用と体験が違いすぎて、最近の、液晶とエミュでは実機の20%ぐらいの体験になり、家庭用のアウトラン、PS2版F355チャレンジなど全然面白くなくて、絶対に伝わらないのが残念無念。
ゲームの面白さは身体性が生んでいる。


ゲーム性が変わる。
ゲームセンターが無くなったら、太鼓の達人のタイトルを「パッドの達人」に変えるのか?それと同じです。
入力機が変われば、ゲームそのものが変わる。
パッドで、鈴木裕のゲームを遊んでも面白くない!
「体験が無ければ語りようもない」
IGNの出演者ですら、鈴木裕をほとんど語れませんから。
80~90年代、ビデオゲーム関係者、プレイヤーで、鈴木裕の影響を受けていない人など、ほぼ存在しない。
宮崎駿が黒澤明の前では、ただの映画小僧に戻ったように、
桜井(カービィ)、山内(グランツーリスモ)原田(鉄拳3)、小島(メタルギア)、岩田(バルーンファイト)、上田(イコ)、宮崎(ダークソウル)古代(イース作曲)神谷(デビルメイクライ)など巨匠たちも、
鈴木裕の前ではただの小僧です。
これらの制作者と同列の語る存在ではない。
神谷英樹は、ただゲームのタイトルを並べて、思い出話だけ、
桜井政博は、ソフト話だけでなく、
もっと、二人とも、影響力、知名度が高いのだから、本質的な事や、ルーツを伝えていくべき。
現在、有名ゲームクリエイターとして扱われているのは、ディレクションや、インフラ作り、システムではなく、「主にゲームキャラクターで認識されている」
マリオ、カービィ、スネーク、桐生一馬、2B、ベヨネッタ、スライムなど、ライト層には分かりやすいから。
特に、80年代の鈴木裕タイトルは「キャラクター性が全くない」ので、語られないのは多分この点が大きな理由。全てはキャラクターであるという話。
シェンムーの人気が無い理由は、ゲーム性、様式ではなく、歩きにくい所と、キャラクター人気がないからなのでは?
鈴木裕が凄いのはソフトだけでなく、「仕組み」「産業を変えた」「ゲームの様式」という、業界の標準、指標を示した所。

高畑勲は、人類にアニメを見る素養を付けた、スーパーヒット作家、宮崎駿を一本立ちさせた、音楽的な素養、ハイジ、赤毛のアン、じゃりン子チエ、火垂るの墓の本当のテーマなど、多角的に話をするべきなのに、ホーホケキョの興行的な失敗と、火垂るの墓の悲劇性だけで、語られるみたいに、
鈴木裕も、AV表現の発展、スーパーヒット作家など多角的に語られるべきで、シェンムーの営業的な失敗だけで語られるのを何とかならないものか?
シェンムーは営業的にうまくいかなかっただけであり、ゲーム史を変えた、様式、システム、ゲーム的には失敗していない。
シェンムーを「操作性が悪い」や「テンポが遅い」といった、既存の物差しだけで話をするのは、
映画で言えば、 黒澤明や高畑勲を 「古いだの」「画質が悪いだの」「ストーリーがどうだの」 「音声の録音が悪いだの」 と語っているようなもので、完全にズレている。



比較画像。そっくりでしょ?


ファイナルファンタジー7のウォルマートは、引き出しを開ける余白も、NPC全員の生活ルーティンも「削ぎ落とされている」ので、文法的にはシェンムーより古い。
それなのに、シェンムーだけ古いと言われる、逆転現象が起きている。本当に古いのは、龍が如くの方だ。
任天堂が出すと、メディアは必ず文脈を作る。

プレヤーが世界をコントロールするのではなく、プレヤーが世界に合わせる。待つ時間が、「ゲーム攻略」を「ゲーム体験」に変えた。
セガが出すと、配信者に「待つ=退屈」「待つ=古い」と浅く解釈されるが、
もし、任天堂が出していたら、「新しい遊び」「ゲームデザインの革新」とされていたはず。
同じ物でも、
任天堂なら、「革新的」
セガは、「尖っている」
セガが尖っているなどと言う話は、ステレオタイプでしかない。
シェンムーはそもそもエリア制で、オープンワールドではなく、「フルスケールの3D空間に時間軸を足した」という文脈で語るべき。
CEOの給料に30億円などと比べれば、シェンムーは、セガがバーチャファイターなどで莫大に稼いだお金を、次のゲームを作るに使い、「プレヤーと社員に還元した」にすぎない。
シェンムーは、セガが未来に投資した、文化的黒字作品。
ドリームキャスト時代にセガが潰れかけたのはシェンムーのせいでは無く、経営者はゲーム機のプラットフォームビジネスに憧れて、80年代から業務用で稼いでいたお金を家庭用に突っ込んでいた。
業務用部隊は、ゲームセンター経営、ダービーオーナーズクラブ、セガラリー2、クレイジータクシー、オラトリオタングラム、タイピングオブザデッド、UFOキャッチャー、メダルゲームなどで稼いでいた。 そこにAM2の、バーチャストライカー2などもあった。
バーチャファイター4が大ヒットし、シェンムー横須賀も100万本売れている。鈴木裕はシェンムー時代赤字を出していない。その後です。シェンムーオンラインが完成しない。サイファイの注文が来なくて発売されなかったりしたのは。それを混同するべきではない。
94年頃、バーチャファイター2発表前に、BEEP!メガドライブ紙上で、鈴木裕さんの中国取材日記が掲載されていて、


この記事を毎月楽しみ読んでいて、からの流れで、バーチャファイター2の画像が初公開された時の衝撃は深く記憶に刻まれている。
鈴木裕さんの、この中国旅行体験を、少しでもビデオゲームに盛り込もうしたのがシェンムーのベースになったのだと思う。
シェンムーは、この記事の体験がゲームに成るのかと興奮した。だからなんとしても、ローポリでも良いので、シェンムーを完結させて欲しい。
シェンムーについては尺が足りないので、こちら記事も合わせてご覧いただけると嬉しいです。
ゲームの新しさは発売年では決まるのではなく、「そのゲームがどの時代の文法を使っているか」で決まる。




スト2より、バーチャ2の方が新しい文法を使っている。つまり、スト6は、スト2の文法を使っている訳なので、バーチャ2より古いゲームだという事。
スト2は革新したが、最適化の作業をしているだけの新作ゲームは、新しい訳ではない。
セガを憧れの制作会社にしたことで、その後セガの躍進に繋がる、優秀な人材を集める効果も大きかった。

アウトラン、アフターバーナー、R360などに憧れて、名越、水口、石井などがセガに来て、鈴木裕スペックを使い、デイトナ、セガラリー、バーチャファイターを制作した流れなども語るべきで、
メディアは、
「R360に乗り、背面飛行で頭に血が下がる経験」
「それまでポリゴンゲームは実験的でドライバーズアイなどは誰も遊んでいなかったが、バーチャレーシングから皆遊ぶようになった」
「鈴木裕スペックがあったから、名越稔洋はデイトナUSA、スパイクアウトFE、水口哲也はセガラリーが作れた」
「なぜスピルバーグ、ビルゲイツなどが鈴木裕の元を訪ねたのか?」
「久多良木健が、何をやろうとしてるのか理解できない上司にバーチャファイターを見せて説明したのはなぜか?」
みたいな事を伝えて欲しい。

ビデオゲームは、批評文化が育っていない。
映画ライターが、黒澤明?見た事ない。ローマの休日はスマホの録画で見た。(エミュと液晶)と言えば相当バカにされるが、ビデオゲームライターは、この程度の話に終始している。
映画なら当然の、ライターの主観だけではなく、
歴史的文脈
伝統
先人の功績
本物の体験
を学んで、その上で現代作品を評価するが、
これらの事がビデオゲームメディアは、いまだに出来ていない。
F355チャレンジは、フォルツァモータースポーツの源流
シェンムーは、龍が如く6以降の源流
バーチャファイターは、鉄拳の源流
バーチャコップは、タイムクライシスの源流
安室奈美恵デジタルミックスは、ラブandベリーの源流

メディアは、家庭用の文脈でしか語らない。
特に、海外のライターは日本の業務用ゲームの文脈知らないので、深刻。
彼らは任天堂を神格化するだけで、洋ゲーの発展に、どれだけ日本の業務用ゲームの影響力が有ったのかを知らないし、興味を持たないし、語らない。
現在のメディアは、家庭用が「本流」、業務用は「外伝的」という視点で歴史を分けて語りがちだが、本来は逆なのだから、業務用と家庭用の文脈は分けずに、
セガに限らず、格ゲー、シューティング、アクション、音ゲー、カードゲームなどは、業務用が「本流」であり、家庭用はその「下流」に有った事を伝えて欲しい。
IGNなどを見ていると、若いライターが任天堂神話を語るだけなのは、ゲーム史の改変に近い。任天堂がナムコの業務用ゲームからどれほど影響を受けたか?という流れすら全く学習していない。
エンタメ業で、鈴木裕ぐらい手広く他業種に影響を及ぼした人は稀。
黒澤明、手塚治、高畑勲は、他の業種やテクノロジーに影響をあまり与えていないが、
軍事用シミュレータ大手のロッキード・マーティン社との技術提携で、最先端技術をエンタメに降ろしたなど、その点でも、鈴木裕は特殊。
大衆がゲーム制作者を語るようになったのはネットメディアが普及してから。90年代小島秀夫ですら全然知られていなかった。

ジェンスファンが日本の大学の講演で「君たちの鈴木裕を知っているか?」と言ったらしいが、ネットメディアの普及する前に表に出なくなったのが、知名度低下の理由か?。


IGNJapanのクラベさんが「鈴木裕はカリスマでは無いと思う」と仰っていたが、売上、多彩なジャンル、先進性、完成度、影響力、どう見ても鈴木裕がビデオゲーム界最大のカリスマです。カリスマだからシェンムーが作れたのです。
YouTubeのコメント欄に、「クラベは鈴木裕を神格化し過ぎている」、など、無知で、くだらないコメントが書かれるのは、これだけの人をメディアがちゃんと紹介しようともしないからだ。



ミスターセガでもあるが、鈴木裕を通らず、ビデオゲーム史は語れない。
映画ライターが「黒澤明は知らない」と言っているような物で、メディア、ゲームライターには、勉強して頂きたいと思います。

以上、簡素な説明で失礼いたしました。お付き合いありがとうございました。
以下の、キャリアを紹介した記事も合わせてご覧ください。

よろしければ以下の記事も合わせてご覧いただけると嬉しいです。
ゲーム史、過去から学べという内容で、構成されていて、画像満載、グラフィカルで、楽しくゲーム史が知れる内容に成っています。
注意!。IGN、YouTubeなネットに、芭月涼、ナイツ、クレーター、せがせがお、など同じ内容の投稿があるかもしれないが、私が書いたものなので断じてコピペではない。一切苦情は受け付けません。
