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【ギリシア哲学】『ソクラテス周辺人物アルキビアデス①』

〖はじめに〗

アルキビアデスには、妙にいやな感じのする逸話があります。

大金を出して美しい犬を飼い、その尾をわざと切らせた、という話です。
すると町じゅうが、その話でもちきりになった。
「あんな見事な犬に、なんてことをしたんだ」
人々は犬そのものより、切られた尾のことを語ったはずです。

けれど、この話の気味の悪さは、ただ残酷だったことではありません。
本人は、それを最初から見越していたらしいのです。
人が何を噂するかまで先回りし、わざと話題をつくって、自分へ視線を集める。
アルキビアデスは、かなり早い時期から、人の噂そのものを使う側にいたように見えます。

人に見られる。
人に噂される。
人の口にのぼる。

この人は、それを嫌がるどころか、最初から使っていた。
ただ派手だったのではありません。
人の視線そのものを、自分のまわりに集めることができた。
そして、その視線の中で生きることに、すでに慣れていた人でした。

だからアルキビアデスを考えるとき、最初に出てくるのは転落ではありません。
先にあるのは、なぜこれほどまでに人を惹きつけたのか、という問いです。

① みんながこの人に未来を乗せた

アルキビアデスは、目立つ条件を最初からいくつも持っていました。

美しく、弁が立ち、家柄もよい。
しかも、ペリクレスの後見を受ける立場にあった。
若いうちから、アテナイの中心近くに立てる人だったのです。

けれど、この人の大きさは、条件のよさだけではありません。

それがよく見えるのが、オリンピアの競技祭の話です。
アルキビアデスは、花形競技である戦車競走に七組もの馬車を出したと伝えられます。

ここで面白いのは、現代の感覚でいう「本人が一回だけ出場した」という話ではないことです。
古代の戦車競走で勝者とされたのは、実際に手綱を握る御者ではなく、その馬車隊を持っている側でした。
つまりアルキビアデスは、自分のチームを何組も出せたのです。

それだけでも異様ですが、さらに驚くのは、その勝ち方でした。
一位、二位、四位をほとんど独占したとも伝えられる。
個人としては、前代未聞に近い勝ち方です。

ここで大事なのは、ただ勝ったことではありません。
この勝ち方そのものが、すでに一つの演出になっていることです。

一人の貴族が名誉を得た、で終わらない。
アルキビアデスが前に出ると、まわりはそこに都市の勢いまで見てしまう。
個人の栄光が、そのまま、みんなが乗れる大きな舞台に変わってしまうのです。

この青年なら何かやるのではないか。
この人が前に出れば、都市まで動くのではないか。
まわりにそう思わせる力があった。

ただ美しいだけでは、人はそこまで賭けません。
ただ賢いだけでも、そこまで熱は集まりません。

アルキビアデスには、近づくと何か大きなことが起こりそうに見える感じがありました。
関わりたくなる。
味方したくなる。
自分たちの未来まで乗せたくなる。

そこが、この人の華やかさでした。

② あのアルキビアデスが、ソクラテスの前では崩れる

アルキビアデスを語るとき、ソクラテスを外すことはできません。

ソクラテスは多くの若者に関わりました。
けれどアルキビアデスとの関係は、その中でも特別な熱を帯びて残っています。

いちばん有名なのは、『饗宴』の場面です。

酒宴の席に、アルキビアデスが泥酔して入ってくる。
花冠を持ち込み、騒がしく現れ、その場を一気にかき乱す。
そして人前で、ソクラテスを称え始めるのです。

この場面の異様さは、それだけで十分に伝わります。

アルキビアデスは、ふだんなら人前で崩れる側の人ではありません。
むしろ人前では、いつも勝つ側です。
目を集める側であり、場をさらう側です。

その人が、ここでは違う。

ソクラテスの前でだけ、平静でいられない。
誇り高く、人の中心に立つことに慣れている青年が、そこでは取り乱してしまう。

しかも、それを隠しきれない。
酒の勢いを借りてでも近づいてきて、みんなの前でそれをさらしてしまう。
場を支配するはずの男が、ここではむしろ見ていられないほど無防備です。

この一点だけでも、二人の関係が普通ではなかったことは十分に伝わります。

アテナイで最も人を惹きつけた男が、ソクラテスの前では崩れる。
まず残るのは、そのねじれです。

③ 愛されたことが、そのまま推進力になった

アルキビアデスの怖さは、嫌われて転んだところにはありません。

むしろ逆です。

愛されていた。
期待されていた。
見つめられていた。
そして、そのことが彼を落ち着かせるより、さらに前へ押し出したように見える。

そこが、この人の危うさでした。

賞賛されれば、もっと大きく出たくなる。
期待されれば、その期待に応えたくなる。
見つめられれば、その視線に見合う舞台へ上がりたくなる。

拍手が、休ませるのではなく、前へ出させる。
アルキビアデスはそういう人でした。

人に大きく期待されつづける人は、ときに自分を静かに測る前に、まわりが見ている大きな像の方を先に引き受けてしまいます。
アルキビアデスは、その期待をはね返す人ではありませんでした。
むしろ、それを受けてさらに大きく見せることができてしまった。

そこが華やかさであり、もう同時に危うさでもありました。

おわりに

彼は、ただ目立つ人ではありませんでした。
人に見られ、期待され、未来まで乗せられてしまう人でした。

そしてたぶん、そこですでに始まっていたのです。

【人物データ】

名前 アルキビアデス
生没 前450年頃–前404年
出身 アテナイ
系統 ソクラテス周辺人物
立場 アテナイの政治家・将軍
師  ソクラテス(広い意味での関係)
弟子 不明
活動 アテナイ、スパルタ、
   ペルシア側領域、プリュギア
特徴 美貌、弁舌、政治的才能、自己演出、
   転向、過剰な魅力
後見 ペリクレス
備考 ソクラテスとアテナイ史を結ぶ重要人
   物

役割
ペロポネソス戦争期の有力政治家・将軍。
とくにシケリア遠征の推進者の一人として知られます。
その後、告発を受けて逃亡し、スパルタ側、さらにペルシア側でも動きました。
のちにアテナイへ復帰しますが、再び失脚し、プリュギアで殺害されたと伝えられます。

ソクラテスとの関係
若いころからソクラテスに強く惹きつけられた人物として伝えられます。
同時に、のちのソクラテス裁判において「若者を惑わせた」という非難を連想させる存在の一人でもありました。

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