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【連載恋愛小説】Destin “運命” | Chapter1ー#3「交差する二つの軌道」

パリの空港で手にしたモバイルバッテリー。
返すことができなかったその小さな偶然が、同じ韓国で交わらない二人の気配を静かに重ねていく。
やがてその出来事は、パリ、ソウル、そしてスイス。 遠く離れた三つの街を舞台に、二人の人生をそっと動かし始める。

夜のソウル。 ホテルへ戻る車の中で、
Sara の頭の中は、 まだあの黒いモバイルバッテリーのことでいっぱいだった。

「ねえ、Nana」
彼女はふいに言った。
「SNSで探そう」
「え?」
Nana は目を瞬かせる。
「このまま諦めるの、なんか悔しくない?」
「でも、名前も知らないし……」
「だから探すの」
即答だった。

Sara は昔からそういう人間だった。 無理だと言われると燃える。
そして動き出すと、 異常な速さで現実を変えていく。

「その人、どこの国の人っぽかった?」
Nana は記憶をたどる。
最初に聞こえたのは日本語。 けれど、不自然だった。
英語も混ざっていたが…… どの国とも言い切れない。
「韓国人……かも」 曖昧な答え。 それでも Sara には十分だった。

「よし」 スマートフォンが即座に起動される。 指が止まらない。
「韓国語、日本語、英語、フランス語…… 中国語も入れる?」
「ちょっと待って」
「待たない」
Nana は思わず笑った。
「私、世界中に友達いるんだから」
画面を見ながら、 Sara は軽く言う。
「探す価値はあるでしょ」
その横顔を見ていると、 不思議と心が軽くなる。
Sara はITエンジニアであり、 今はインフルエンサーとしても活動している。 昔から変わらない。 “他人のために本気になれる人”だった。

「あなたの大事なものは、私の大事なもの」
その言葉に、 Nana は何も返せなかった。 ただ、 小さく微笑むだけだった。


その頃。 同じ都市のどこかで、 もう1人も同じ問題に向き合っていた。
芸能事務所の会議室。
テーブルの上には、 スマートフォンとモバイルバッテリー。
そして、 ため息をつくマネージャー。
「空港に問い合わせても無理です」 現実的な結論だった。
名前も知らない。 連絡先も知らない。 手がかりはゼロ。
「SNSはどうですか?」
若いスタッフの1人が言った。
「写真を載せて呼びかければ、 見つかる可能性はあります」
その瞬間、 Sion は顔を上げた。 それしかない、と直感した。

広報チームも巻き込み、 投稿の準備が始まる。
炎上しないように。 誤解を生まないように。 慎重に。
「相手の方は、 どこの国の方ですか?」 問いに、 彼は少し考える。
「日本人……だと思います」 確信はない。
流暢な英語も話していた。 瞳は柔らかかった。 ただ、 それだけだった。「こういうのは、 早い方が誠意が伝わります」

その日のうちに、 投稿は公開された。
黒いモバイルバッテリーの写真とともに。 『探しています』


3日後。 昼休みのオフィスで、 Sara のスマートフォンが震えた。
日本の友人からのメッセージ。
『これ見た?』
リンクを開いた瞬間、 彼女の指が止まる。

黒いモバイルバッテリー。 そして、 白いステッカー。
『Destin』
間違いない。 Nana のものだった。
そして投稿者の名前。 その瞬間、 思わず声が出る。
「……嘘でしょ」
画面には、 世界中からコメントが流れ続けていた。
拡散は、 想像以上だった。
「見つかった……」
しかしすぐに、 Sara は別の現実に気づく。 広がりすぎている。


同じ頃。 事務所は混乱していた。
DMは毎日数百件。
『私が持ち主です』 という連絡が止まらない。
本物と偽物の区別がつかない。
コメント内容を確認しながら、 「もう無理です」 マネージャーが頭を抱える。それでも彼は諦めない。 あの女性に返したい。 ただそれだけだった。


夕方。 Nana のスマートフォンが鳴った。 Saraからだった。
「見つかった」
「本当に?」
「うん」
少し間を置いて、 Saraは言った。
「Park Sion」
「誰?」
沈黙。
「知らないの?」
「知らない」
あまりにも自然な返事だった。
Nana は検索する。 表示された写真を見て、 少しだけ目を細める。
あの空港のラウンジの人。 それ以上でも、 それ以下でもない。
「相手は誰でもいい」
Nana は静かに言った。
「返ってくれば、 それでいい」
Sara は吹き出した。
「ほんとブレないね」
だが、 問題はここからだった。
Sara が送ったDMは届いているはずなのに、 返事が来ない。
時間だけが進む。Nana の韓国滞在は残りわずか。

Nana は自分からもメッセージを送った。 短く。
『こんにちは』 日本語に続けて英語。
“Do you still need a Lightning cable?”
(ライトニングケーブルはまだ必要ですか?)
送信。 静かな呼吸。


その頃。 Sion は膨大なDMを確認していた。 その指が止まる。
『こんにちは』 そして、その下。
“Do you still need a Lightning cable?”
心臓が小さく跳ねる。 間違いない。
慎重に、 あの時の本人か確認するメッセージを送る。

数分後。 返事が来た。
“It’s mine.”
(私のものです。)
たったそれだけ。 説明もない。 感情もない。 だが、 それで十分だった。
彼は笑ってしまった。 やっと繋がった。

数時間後。 返却先のホテルが書かれたメッセージが届く。
遅くなる場合は、 パリの自宅へ送るよう記されていた。
そして彼はメッセージを送る。
『直接お返ししたいです。 お礼も伝えたいので』
返事はすぐだった。
『忙しい方に、 時間を取らせる必要はありません』
冷たくない。 でも、 距離がある。それが逆に、 引っかかった。
彼は画面を見つめる。
今まで出会ってきた人たちは、 近づこうとしてきた。 でも彼女は違う。
必要なものだけを求めて、 それ以上を求めない。
その潔さが、 なぜか心に残る。
「……変な人だな」 小さくつぶやく。
もう一度だけ、 話してみたい。

窓の外では、 ソウルの夜景が静かに瞬いている。
運命はいつも、 人が探している形とは違う形で現れる。


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