【歴史小説】星姫―名を隠したペルシアの王妃エステル#2
▼第一話
『星姫』の主な登場人物
エステル(ハダッサ)
養父モルデカイと暮らしていた、十七歳のヘブル人の少女。王命によって後宮へ連れていかれ、皇妃候補となる。素朴で思いやり深いが、自らの出自と信仰を隠して生きなければならない。
モルデカイ
幼くして両親を亡くしたエステルを育てた養父。穏やかで親しみやすい文官だが、王宮の権力関係を見抜く鋭さを持つ。後宮の外からエステルを支える。
ハタク
エステル直属の宦官で、護衛と連絡役を務める。かつては辺境守備軍の指揮官だった。実直で警戒心が強く、次第にエステル個人へ忠誠を寄せるようになる。
フェリザ
エステルに仕える女官たちをまとめる女官長。冷静で判断が早く、後宮の規則と危険を知り尽くしている。厳しさと母親のような包容力を併せ持つ。
ナヴァズ
エステルの身の回りを支える中級女官。前皇妃ワシュティに仕えた経験を持ち、後宮の内情にも詳しい。エステルの出自を知る数少ない人物だが、複雑な事情を抱えている。
ミナ
エステルと同年代の下級女官。商家の娘で、舞踊を得意とする。明るく人懐っこい性格で、緊張の続く後宮の中でもエステルを笑顔にする。
タラ
ミナと同年代の下級女官。物静かで思慮深く、リュートの演奏を得意とする。人の苦しみに敏感で、何が正しいのかを深く考え続ける。
クセルクセス
広大なペルシア帝国を治める皇帝。圧倒的な権力を持つ一方、感情と欲望に流されやすい。その命令が、エステルたちの運命を大きく左右する。
ハマン
ペルシア軍の実権を握る将軍。高い能力を持つ一方、強い自尊心と権力欲を抱えている。モルデカイとの対立をきっかけに、エステルたちを大きな危機へ巻き込んでいく。
第二章 皇帝に捧げられし者
あくる日、朝の光が後宮の壁を淡く染める頃――。
ロザナがエステルの部屋を訪れた。手際よく衣裳を整え、髪を結い上げる動きには無駄がない。
エステルはただその手に身を委ねながら、鏡に映る自分が少しずつ変わっていくのを感じていた。その変化が未来を暗示しているようで、不安に駆られる。
その後、身支度を整えたエステルを待ち受けていたのは、レイラとシーリンによる口頭試問だった。ふたりの目は真剣で、投げかけられる問いのひとつひとつに隙がない。その試問を経て、エステルのための教養の課程が、後宮の厳格な規範に基づいて計画されたのだった。
昼餉では、食事の席での一挙手一投足が、ロザナによって、後宮の規範に則った礼儀作法として丁寧に教え込まれた。
ロザナの目に緊張しつつも終えた食事は、昨晩とは異なり、味もよく思い出せない。
午後には、再びレイラとシーリンが部屋を訪れ、皇族と帝国の中枢をなす人々が信仰しているゾロアスター教についての学びが始まった。
ゾロアスター教には祝祭が多く、そのような酒宴の席には後宮の女官たちも参列するのが常だった。そのため、女官は食事の礼儀作法だけでなく、祝祭にも通じている必要があった。
エステルの未来は、同時にレイラとシーリン自身の後宮での立場をも左右する――。
もし、皇妃となれば側仕えする彼女たちにとっても、大きな出世の機会である。逆に、皇妃とならなければ、後宮を出されて、他の貴族へと下賜されることもあり得た。その事実を裏付けるように、ふたりの眼差しは真剣だった。
慣れない空気に痛む胸に手を当てて、一呼吸をすると、エステルもその期待に応えるべく、身を乗り出して耳を傾けた。
大預言者モーセが書いた五つの書を隅々まで暗記させられてきたエステルにとって、ペルシアの宗教の細部を暗記することは大層なことではなかった。
幼い頃に教典を叩き込まれてきた経験が、彼女の記憶力を鍛え上げていたのだ。
その能力に気づいたふたりは、わかりやすく驚きと安堵の表情を浮かべた。
彼女たちに解放され、窓を見ると、黄昏の光が柔らかく差し込み、遠くの空には淡い紫が滲み始めていた。
扉が静かに叩かれる――。
エステルがそちらに目を向けると、ミナとタラが揃って一礼しながら部屋に入ってきた。
「エステル様、次は舞踊の学びでございます」
ミナが柔らかな笑みを浮かべながら告げる。その天真爛漫な表情は、緊張に満ちた部屋の空気をほのかにほぐしていく。一方で、タラは控えめで静かな雰囲気をまといながら、その後ろから様子を伺っていた。
休む間もなく次の学び――。息を吐く間もない。
それでも、エステルは努めて口元を綻ばせた。その仕草に気づいたのか、ミナが声を潜める。
「少し休めたらいいのですが……」
そんなミナの様子にタラが小さく諌めるような視線を向けた。それでもミナは笑みを絶やさず、冗談めかした口調で続ける。
「エステル様も、きっとお疲れかと存じます。無理をなさらず、お気を楽にしてくださいませ。私など、どれほど詰め込まれても翌日にはすっかり忘れてしまうことばかりですから」
ミナが柔らかく笑うと、エステルもつられるように微笑みを浮かべた。
稽古後、おしゃべりなミナのおかげで自然と会話が生まれ、弾んでいく――。
後宮に来た当初、ミナも一通りの教養課程をこなしたが、特に宗教行事や慣習の細かい規則が苦手で、よく叱られていたのだという。
「それでも、ここにいるのは、舞踊だけは怒られないからです」
ミナは冗談めかしてそう言ったが、エステルの目には彼女の仕草の端々に宿る優雅さが映っていた。類い稀な舞踊の才が、彼女をここに立たせている理由だというのも納得だった。
エステルはその言葉に力強く頷いた――。
「うん、ミナの舞はとても素敵だった」
その言葉に、ミナは少し照れたように微笑む。
その仕草が微笑ましくて、エステルもつい笑みをこぼした。ふと視線を横に向けると、タラも小さく口元を緩めている。
ミナが照れ隠しのように声を弾ませて、話題を変えた。
「タラが奏でるリュートは本当に優しくて、柔らかい音色なんです。ぜひ聴いてみてほしいです!」
自分が褒められたとき以上に嬉しそうな表情を浮かべ、どこか自慢げにエステルにそう語りかける。
「そうなの。聴いてみたいな……」
エステルがそういうとタラが少し縮こまりながら答える。
「そんな……皆さんが褒めてくださるのは優しさですよ」
ミナは勢いよく首を振り、「いやいやいや」と否定しながら、さらに自信満々な表情を見せた。
「あの音色は本当に心を癒してくれます。夜に聞くと、不思議と心が穏やかになって、ぐっすり眠れるんです」
なんとも的外れな褒め言葉でエステルは苦笑する。
(それは褒めているのだろうか――)
それでも、その音色は今の自分の心を落ち着けてくれそうな気がした。
エステルも少しだけ悪戯っぽい笑みを浮かべて、ミナの言葉に相乗りする。
「せっかくだから、聞かせよ」
エステルが「お願い」とまで言わなくても、タラは緊張しつつもうなずいてくれた。
リュートを手にしたタラを見ながら、少し立場を利用してしまった気もしてエステルは申し訳なく思ったが、奏でられる音色にそんな気持ちもたちまち解きほぐされた。
それは、柔らかく、やさしく、それでいてどこか懐かしさを感じる音色だった――。
ゆったりと耳に流れ込む旋律は、エステルの心に満ちていく。
(たまには、夜弾きに来てもらおうかな)
王妃候補としての権威を振るうことに抵抗があるが、これくらいの特権は許されてもいいのではとも思った。
演奏が終わると、笑顔になっているエステルの顔を見て、緊張の糸が切れたのか、タラが口を開いてくれた。
「家では、父が夜になるとよくリュートを弾いていました。その音を聞きながら眠るのが習慣だったんです。だから、弾けるようになりたくて……気づいたら、いつも父のそばにいました」
なるほど、だから――。
タラの音色には懐かしさが漂っているのかもしれない。
「でも、うちは貴族ですが、今では力を失いつつあって、兄弟も多かったので、私はとりあえず後宮に送られたんです」
苦笑いしながら、タラは言い、ミナもそれに同意する。
ミナも家は商家であったが、末っ子でそそっかしくて商才があるとも思われなかったらしく、ここに送られたのだと言う。
奇しくも同じような境遇のふたりは、今まで支え合いながら、どうにかこの後宮をやり抜いてきたのだという。
「最初は、絶対に親しくならないと思っていたんですよ」
「私もよ」
ミナとタラが同時に言い、顔を見合わせて吹き出す。
「貴族ですし」
「商家の娘だし」
まるで鏡合わせのように言い合うふたりを見て、エステルもつい笑ってしまった。ミナが相手だと、タラも大人しいばかりではないらしい。ミナは笑いながら言葉を続けた。
「貴族のお嬢様とは、帝都に大店を構えているとはいえ、商家の町娘と釣り合わないだろうと思っていたんですよ」
ミナとタラは、後宮に来たばかりのことを話してクツクツと笑っていく。その光景は、後宮の厳しい空気の中に漂う、小さな温もりのようだった。
気づけば、三人の間に笑い声がふわりと広がり、互いの子どもの頃や家庭の話になっていった。
楽しそうに笑いながら、エステルの肩に触れながら、ミナが尋ねてくる。
「そういえば、エステルは、どのあたりに住んでいたの?」
それにエステルが答えるより早く、咳払いが聞こえた。見ると、いつからいたのかナヴァズが立っている――。
タラの顔が瞬時に硬直し、続いてミナも自分の失言に気づいて顔を強張らせる。
何が起こったのか、思考がついていかないエステルも動揺を隠せなかった。刃物で切り裂かれたように部屋の音が途絶え、冷たい静寂が満ちる――。
「申し訳ございません……!」
ミナが慌てて深々と頭を下げる。その震える声に、ようやくエステルの思考が追いついた。
「大丈夫。気にしないで」
エステルは苦笑する。
(こういうところだろうな)
上下関係が厳しく、階級が厳格に決まっている後宮において、下級女官のミナの馴れ馴れしく敬称すら忘れた失言は命取りだった。
上級女官としてのフェリザ、同じく上級女官であり、長であるフェリザを補佐するロザナ、中級女官のナヴァズ、レイラ、シーリンといった上官たちが仕えているのが、次期皇妃候補たるエステルだった。
そのエステルに下級女官のミナが親しげに話しかけることは、断じてあってはならないことである。
とはいえ――。
「三人でいる時くらい、そんなに堅苦しくしなくてもいいんじゃない?」
エステルは努めて明るい声を出した。
「これくらいは、ね」
ナヴァズの方を向くと、彼女も「ここだけですからね」と言ってくれた。
しかし、その後も重苦しい空気が抜けることはなく、「むしろ教えられる側なのだから、あなたを先生と呼んだほうがいいかな」とエステルがおどけたところで、やっと場の空気が再び弛緩した。
*
「今までお仕えしたどの方とも違いますね。エステル様は本当に特別です」
レイラがシーリンに語りかけてきた。声には隠しきれない興奮が混じっている。シーリンも黙ってそれに同意する。
数日が経ち、豪華な衣裳を纏い、女官たちに囲まれる中でも、エステルは尊大な振る舞いを見せなかった。それどころか、丁寧に頭を下げ、礼を述べる姿が印象的である。
今朝もエステルは「ロザナ様」と呼びかけていた。
ロザナが思わず眉を下げ、困ったような微笑みを浮かべながら、敬称をつけないでほしいと、懇願に近い口調で頼んでいたのを思い出す――。
後宮に入った者の多くは、その贅沢さに目を輝かせるものだ。
仮に後宮に残れなかったとしても、エステルは数多くの贈り物を携えて帰ることになる。それがこの後宮の習わしだった。
種々の宝飾品や高価な香料――。
そのひとつでも売れば大金となり、普通の家であれば数年間は何不自由なく遊んで暮らせるだろう。それでも、エステルからはそうした欲望が感じられなかった。
「ただ宗教学についての知識は、期待していたよりも欠けているように感じましたね。あの記憶力ならば問題ないと思いますが……」
エステルの出自について詳しくは知らないが、中級役人の家柄だと聞いている。
それならば、基礎的な宗教理解くらいは備えているはずだ。しかし、口頭試問で宗教学に関する質問にほとんど答えられなかったのは意外だった。
とはいえ、その後の講義で不安は払拭される。シーリンが口頭で説明を加えるたびに、エステルは短時間で驚くほどの速度で内容を吸収していったのだ。まるで乾いた大地が雨を飲み込むように――。
その報告を受けた次席女官長のロザナも、目を見張りながら感嘆の声を漏らした。
「それは素晴らしいですね。教養課程も少し見直したほうが良さそうです。また……」
そこで彼女は一瞬言葉を詰まらせた。少し考えをまとめる時間が必要だったのだろう。
「〈ミルラの清め〉が終わる前ではありますが、予防措置として毒味役を用意するべきと考えます。この役目は、私が引き受けましょう」
その言葉には、責任を一身に引き受けるという覚悟が滲んでいた。毒味役は信頼と忠誠心が求められる役職であった。
「食事の席での作法については、私に代わり、レイラが教えなさい」
ロザナの指示は的確で無駄がなく、その声には揺らぎがない。
「〈ミルラの清め〉が終わる前にですか」
シーリンは意図を確認するように尋ねた。
ロザナは「そうです」と頷き、彼女たちに穏やかに説明する。
「ヘガイ様の興味がエステル様に向いている以上、こちら側でも予防策を講じておいた方が良いという話に女官長との間でなりました」
調理場から運ばれる際に一度毒味は行われるが、自室に運ばれた後に再度、信頼のおける女官が毒味を行うのが後宮での常だった。
ただし、そのような厳重な対応が施されるのは通常、「皇帝の所有物」とみなされてから、すなわち、〈ミルラの清め〉が終わった後のことである。
とはいえ、例外が全くなかったわけではない。高貴な家柄の出身者であれば、後宮入りした当初から毒味役がつけられることもあった。
皇妃候補者たちは、王宮に集められた後、選抜を経て後宮へと移り、最初の六か月間は教養課程と並行して、ミルラの香油で身体を清める期間である〈ミルラの清め〉を過ごす。
この期間は、彼女たちを〈穢れなき皇帝に相応しい者〉として整える重要な準備期間であり、同時に肌の状態を改善し、次の六か月での手入れをより効果的にするという実用的な意味もあった。
加えて、〈ミルラの清め〉は、彼女たちが皇妃として相応しいかを見定めるさらなる選抜の場でもあった。適格でない者は追放され、逆に期間を終えた者は清められた「皇帝の所有物」とみなされ、皇帝の御前に出る義務を負う。
一度、皇帝の御前に出た者は、御目にかなわなくても、彼女たちが後宮を出ることは許されず、第二の後宮でその生涯を閉じなければならないのである。
後宮を司るヘガイがエステルに興味を示していることは、すでに後宮の密かな噂となっていた。
ワシュティが廃妃となって生まれた権力の空白部に手を伸ばそうとする勢力は多い。〈ミルラの清め〉が終わる前に、対抗勢力の力を削ごうと考える者がいたとしてもおかしくなかった。
エステルの今後は、彼女たちの今後にも直結する問題である。
特に、前皇妃ワシュティの勢力下にあった妃に仕えていたロザナやシーリンにとっては、ここが正念場とも言えた。
ナヴァズなどはワシュティの直属の女官であったにも関わらず、類まれな才能からヘガイに重宝されているが、他の者たちと同様に連座して罰せられたり、運命を共にしたりする可能性もあったのだ。
出世を願うわけではない。
ただ、宮中からの追放や処罰の波に飲み込まれることだけは、何としても避けたい――。
それがシーリンの胸中に渦巻く切実な思いだった。
さまざまな思惑が交錯しながらも、今やエステルを支えることが、女官たちの間で揺るぎない共通意識となりつつあった。
*
あくる夜、エステルは意を決し、フェリザ女官長の部屋を訪れた。扉の前で一度深呼吸をし、気持ちを落ち着けると、震える手で扉を押し開ける。
「お入りください」
落ち着いた声が響く部屋には、余計な装飾のない整然とした空間が広がっていた。机の向こうからこちらに向かって来るフェリザの姿が目に入る。
「フェリザ女官長、ロザナ様が毒味役を引き受けられる件についてお話をさせてください」
エステルの声がかすかに緊張で震える。
ロザナは毒味について「こうして毒味をするのはエステル様が安心して召し上がれるようにするためです」と説明をしていたが、その言葉は現実をエステルに否応なしに自覚させ、重くのしかかった。
「エステル様、それぞれの役割には意味があります。ロザナがその役目を担うことで、あなたの身が守られるのです。それがこの後宮の規範です」
「それでも……。私は望んでいないのです……」
エステルは声を詰まらせながらも懸命に続けた。
その言葉にフェリザはわずかに驚いた表情を浮かべたが、少し間を置いてから静かに言葉を出した。
「エステル様、守られる者にも、それ相応の覚悟が必要です」
その声には厳しさと共に、どこか深い同情が込められていた。
「命を懸ける者たちに背を向けず、その支えを受け止める覚悟……。その重みを知ること」
フェリザはまっすぐにエステルを見つめた。
「それが、あなたに課せられた責務です。そして、いつの日か、あなた自身が命を懸ける役目を迎える時が来るでしょう。その日まで、どうか私たちに、あなたを守る務めを果たさせてください」
(支えを受け止める覚悟――)
その言葉は、エステルの脳内で何度も反芻された。
それは、今までの自分には無縁のものだった。
いつも、ただ流れに身を任せていた。
後宮に連れ去られた時も、王妃に選ばれた時も――。
フェリザの言葉が静かに部屋の空気を震わせた瞬間、エステルの胸に何かが触れる感覚があった。
それは力の濁流に飲まれ、溺れかけていた彼女にとって、足が急に川底に触れたようなものだった。
だが、言葉の意味が、まだうまく飲み込めなかった。
(それを受け入れたとき、私は何者になるのだろう――)
その数日後、七貴族のひとりであるメムカンが失脚した知らせが後宮に届くと、フェリザとロザナの懸念は現実のものとなった。
後宮の空気はさらに張り詰め、静かに潜んでいた各派閥の不穏な動きが表面化し始めたのである。微かな火花が静寂を焦がし、混迷の色が広がりを見せていった。
*
いつもは和やかに談笑しているエステル、ミナ、タラの三人も、この日はいつになく真剣な表情で意見を交わしていた。
〈ミルラの清め〉が終わる明日、候補者全員が一堂に会する宴が催される予定だった――。
その宴では各々が芸を披露することになっており、候補者を絞る試験も兼ねているのではないかと噂されていた。
舞踊を始めたばかりのエステルでは、ミナと並ぶとその技量の差が明らかになってしまう。しかし、リュートならエステルも義父から教わっており、多少は弾ける自信があった。
そこで、三人はエステルとタラのリュートによる二重奏に合わせて、ミナが踊るという構成で臨むことに決めていた。
「心配だから、もう一度お願いしていい」
「じゃあ、エステル様、このあたりからでいいですか」
タラが軽く奏でていた箇所を伝え、エステルは頷いた。
「お願い」
こうして、陽が傾くまで練習した三人は充足感に包まれ、椅子に身を横たえた。
「ここまで練習しましたし、きっと大丈夫だと思います」
タラがエステルを励ますように声をかける。
エステルが笑みを向けると、視界の端で、ミナが立ち上がるのが見えた。
「食べ過ぎじゃない?」
笑いながらエステルは、机に置かれた焼き菓子に手を伸ばそうとしたミナをからかう。
頑張る三人のために、先ほどナヴァズが持ってきてくれたのだ。
その瞬間――。
ミナの動きが、一瞬ふわりと乱れた。
足がもつれ、彼女の手が思わず机に立てかけてあったリュートに伸びる。
鋭い音。
室内に響き渡った――。
乾いた木の裂ける音に、思わず目を向けると、エステルのリュートの表板に、ひびが走っていた。
一瞬、静寂が満ちる。
ミナはリュートから手を放し、崩れ落ちるように座り込んだ。唖然とするタラとミナの視線が交わるが、何も言葉が出ない。
エステルの胸に、ひやりとした感覚が広がる。
(――壊れた)
エステルの頭の中で、その事実がゆっくりと染み込んでいく。それでも、エステルは動揺を抑えるように努めながら、優しく声をかけた。
「ミナ、ケガはない?」
ミナが震える手で自分の足を確認し、小さく首を振る。それを見て、ほっと
胸をなでおろす。幸い、挫いた様子はない。
もう一度、壊れたリュートに目を向けると、胸が詰まった。
指で弦を弾いたときの響き、タラと奏でた二重奏の余韻――。
すべてが、ひとつの音と共に断たれた。
冷たくなる指先を握り締め、無理に呼吸を整えようとする。
(――これで、宴で失敗しても仕方ない理由ができた)
ほんの一瞬、心のどこかで安堵した自分もいる。どこかで、少しだけ期待していたのかもしれない。
この宴で失敗すれば、後宮を追い出されるかもしれない。そうしたら、すべてから解放される。
後宮の気苦労も、皇帝の目も、未来への不安も――。
エステルは、うずくまるミナの姿を見下ろした。ミナの肩は小さく震えていた。
震えるミナを見下ろしながら、エステルは唇を噛んだ。
(――誰かのせいにしていいんだろうか)
それを言い訳にすることはできる。でも――。
そうしてしまえば、この先ずっと何かのせいにして生きることになる気がした。
その瞬間、エステルはようやく、フェリザが口にした「覚悟」というものがどういうものかを理解した気がした。
エステル自身、否応なしに今回の宴への期待は感じていた。エステルの今後は、彼女に仕える女官たちの今後にも直結する。
(――私だけの問題じゃない)
しばらく泣きそうになっているミナとタラを茫然と見ていたエステルであったが、混乱を振り払うように頭を振った。
考えるより、動くことが必要だった。
「シーリンのところへ行きましょう」
エステルの言葉に、ミナとタラが揃って「え?」と戸惑いの声をあげる。
ふたりの当惑を横目に、エステルは迷わず扉に向かう。
「リュートがダメなら、唄を考えてみましょう」
振り返りざまにそう言い、エステルはためらうことなく取っ手に手をかける。
エステル自身、特技だと言い切れるほどの絶対的な自信があるわけではないけれど、唄うことは好きだったし、周りの人たちに褒められたこともあった。
どうせなら――。
脳裏に昔、養父に教えられた言葉が思い出された。
すべてあなたの手のなしうる事は、力をつくしてなせ。
あなたの行く陰府には、わざも、計略も、知識も、知恵もないからである。
「詩を書くのを手伝ってほしい……?」
レイラの声が、戸惑いを隠しきれずにかすかに揺れる。
「そうです。本当に申し訳ありません。私が転んで、リュートを壊してしまったのです……」
思わず出そうになる戸惑いの声を飲み込み、ミナはエステルの方を見た――。
普段であれば、失態を犯した女官は女官長に叱責される程度で済む。だが、今回ばかりは違う。
今回のミナの失態は取り返しがつかなかった。
特に、貴族の出ではなく商家の生まれであるミナには、酌量の余地がない。
最悪の場合、鞭打ちの罰さえ覚悟しなければならない状況だった。
そんなミナをエステルは躊躇なく庇ったのである。
皇妃候補であるエステルも、この失態で立場が揺らぐのは明白。それでも庇う姿を目の当たりにしたミナは、胸が締めつけられるようだった。
今回の宴はロザナやシーリン、ナヴァズといった旧ワシュティ派閥に属していた女官たちにとっては、特に非常に重要な場である。
新たな皇妃候補であるエステルの評価を高め、後宮内での影響力を取り戻すための正念場だった。
そんな重圧の中での失態――。
「そこで、リュートの二重奏の代わりに、私が歌おうと思うのです。音階はタラが作曲してくれたものをそのまま使って、そこに詩をつける形にします。そうすれば、舞も演奏も変える必要はありません」
エステルの説明は落ち着いていたが、その中に少し震えが感じられた。
レイラが困惑した表情を浮かべながら、承諾すると、「とりあえず女官長たちには報告させてください」と言い、四人で女官長たちのところへと向かっていった。
*
女官長たちによる激しい叱責を覚悟していたが、予想に反してフェリザは驚きの表情を浮かべつつも、淡々と状況を把握し、「明朝、具体的な方策を練りましょう」と告げた。
部屋まで続く廊下を歩くが、足に感覚がない。
すぐに処罰を受けなかった安堵と逆に償えなかった虚しさとが心を覆った。自分が壊してしまったもの、エステルの優しさ、そのすべてに押しつぶされそうだった。
そして何よりも――。
タラの目を見ることができなかった。
気遣いとも、責めとも取れない視線。
その曖昧さがかえってミナの胸に鋭く突き刺さる。自分がエステルに罪を押し付けるような形になったこと。その至らなさのすべてが、譴責されているようだった。
翌朝――。
朝日がまだ昇りきらぬ静けさの中、唄の確認が始まり、リュートが奏でる音色に合わせて、レイラが歌詞を調整した。その唄は、まるでエステル自身の覚悟を映し出すかのような詩であった。
詩を何度か確かめたエステルは、少し緊張した面持ちではあったが、タラに演奏を促した。
タラは二重奏の時とは奏法を変え、音に厚みを持たせるように弾き始める。その響きに導かれるように、ミナが手を上げ、滑らかに踊り出した。
一拍置いて、エステルは唄い出した。
決して力強くはない。それでいて、少し掠れた切なさを帯びた透明な歌声は――美しかった。
闇の縁に足を止め、揺れる羅針が道を問う
胸に燃ゆる微かな灯、守るべき者の名を抱きしめる
苦き杯を受け、愛ゆえに進むその一歩
信念の岸を越えた先、差し伸べる手が明日を変える
影の谷に声が響き、光の約束遠く見ゆ
茨に裂かれたこの身すら、愛に捧げる覚悟を宿す
涙が、ほろりと零れそうになる――。
苦き杯を受け、愛ゆえに進むその一歩。その言葉が、胸の奥で静かに響いた。
(自分は、この一歩を進むことができるのだろうか――)
そんなことを思いながら、歌い終えたエステルが視線を動かすと、フェリザとロザナが小声で何かを話していた。
短い会話の後、フェリザが静かに頷く。彼女は背筋を伸ばし、こちらを見据えた。その目には、揺るぎない意思が宿っていた。
「今回の失態――。その原因が何であれ、不問とします」
確かな声が静寂を破った。
凛としたその言葉には、決断の重みと優しさが込められていた。
「これでいきましょう。自信を持ってください。私たちはあなた様と共におりますよ」
その一言に、胸の奥がじんわりと温かくなる。フェリザの言葉は厳しさではなく、どこか母親のような包容の色があった。
――共にいる。
その言葉は、今までひとりで重荷を背負ってきたと思っていたエステルの心に、そっと沁み込んでいく。だが、その温かさの奥には、まだわずかに迷いが残っていた。
支えを受け止める覚悟――。
その意味を、完全には理解できていない。自分は本当にこの道を歩むべきなのか。
それでも――。
もう、ひとりだけで背負う重荷ではないのだと、エステルは静かに自分に言い聞かせた。背負うものの重さは変わらないかもしれない。けれど、支えてくれる手があるのなら、
理解しきれなくても、この足で、前へ進むことはできるかもしれない――。
その夜の晩餐での演奏は、後宮の空気を万雷の喝采で震わせた。その調べは過ぎゆく夜に新たな光を灯し、静かに道を示していった。
「あの……」
三人だけになると、ミナは真っ先に口を開いた――。
「申し訳……」
言葉はそこで詰まった。
次の瞬間、エステルが抱きついてきたのだ。
「大丈夫。うまくいったじゃない」
耳元で優しく響くエステルの声。温かなぬくもりが背中に伝わる。首を回すと、タラが目に涙を湛えてこちらを見ていた。
限界だった……。
ミナの目から堰を切ったように涙が溢れ出す。
そんなミナをエステルとタラは、何も言わず、背中をさすり続けてくれた。
しばらくして、エステルがポツリと口を開いた。
「本当はね。この宴で失敗して、後宮を追い出されるのもいいかなって少し考えていたの」
「えっ……」
戸惑うミナの顔を見ながら、エステルは続ける。
「私は自分で望んでここにきたわけじゃないもの。皇妃の椅子より、質素でも家族のいる食卓にある椅子がいいし」
「じゃあ、なんで……」
ミナの問いに、エステルの顔がほんの少し柔らかくなった。
「私だけの問題じゃないから」
ミナの目を真正面から受け止めながら、エステルは答えた。
「命をかけてくれているロザナ、ナヴァズや他の人たち、それに――ミナあなたに関わる問題だから。私を守ってくれようとしている人たちが苦しむところに、私がいないのは嫌……」
エステルは視線をミナから外して、はにかみながら言った。
「だから――。人前で唄うのは、少し苦手だけど、やることにしたの」
エステルは、またミナの方を向くと、今度は綺麗な――それでいて何かを決めたようなそんな笑顔を見せてくれた。
*
息を吸うと、胸いっぱいにミルトスの香りが広がった――。
後宮に来て一年が経ち、エステルにも皇帝の御前に出るようにという命がきた。そのため、愛と純潔の象徴であり、祝いの木ともされるミルトスの香りで燻される清めの儀式が行われたのだ。
揺れる燭台の光が壁に無数の影を踊らせる中、ミルトスの香りは濃密で、エステルの心に静かな重みを与えた。
フェリザが静かに手を取る。
「参りましょう」
儀式の部屋を出た瞬間、冷たい空気の中に香りは急速に霧散し、名残の甘い余韻だけが漂った。
ミルトス――ヘブルの言葉で〈ハダッサ〉の香りが霧散する様は、自らの名〈ハダッサ〉が消え、〈エステル〉という名でしか生きられない運命を思わせるようだった。
第一後宮の監督責任者ヘガイはエステルを見上げ、わずかに微笑むと、自身で見繕った宝飾によってエステルを彩った。
「本当に私が選んだものだけで良いのですか」
ヘガイが念を押すように確認をしてきた。
皇帝の御前に出る際に身につける宝飾の数々は、どんなものでも手元に残すことが許されていた。それは皇妃候補だけに与えられる特権だった。
自分を覆うのは色彩豊かな煌めく衣裳と、宝飾の数々。
しかし――この宝飾を手元に置いて何の意味があるのだろうか。
(後宮から出ることが叶わないなら――)
エステルは静かに首を横に振る。
「ヘガイ様が勧めてくださったものだけで十分にございます」
エステルが女官たちの前に出ると、女官たちが一同、低頭して祝いの言葉を次々と述べるが、どこか表情は暗い。
皇帝の招きは、ある者にとっては栄誉が与えられる可能性がある喜びの機会でもあるが、ある者にとっては恥辱が与えられる必然の時だった。
エステルにとっては後者だった。
一年間共に過ごしてきた女官たちは皆それを痛いほど理解していたのである。
コツコツと足音が回廊に響き渡る――。
後宮の奥深くから皇帝の寝所へと続く道。その長い回廊は、豪奢さと静寂が絡み合い、冷たい威厳を漂わせていた。
高い天井には繊細な幾何学模様が刻まれ、銀製の燭台が等間隔に吊り下げられている。その揺れる炎の光が滑らかな大理石の床に映り込み、淡い水面の波紋のように揺らめいていた。
足元の黒い大理石は、冷気を放ちながら薄絹を着重ねた衣裳を通り抜けて肌に忍び寄り、全身を包み込むようだった。
静寂に満ちた空間で響くのは、一定のリズムを刻む足音だけ――。
その音ですら、この場所では過剰に響き渡り、重たく圧し掛かるように感じられる。
壁面には戦勝や豊穣を象徴する彫刻が彫り込まれ、鮮やかな彩色が施されている。その壮麗さは皇帝の権威と神聖さを余すところなく物語っていた。だが、その華やかさは、かえってエステルの胸に目に見えない重圧をかけるかのようだった。
回廊の先にそびえ立つ重厚な扉。
その向こうに広がるのは、ペルシア帝国の中心たる王の寝所。だがそれは同時に、獰猛に食らい尽くし、獲物の骨をくわえる熊のような存在が住まう場所でもあった。
エステルは微かに震える手で胸元を押さえた――。
目の前の扉は、この世の神が住まう入り口は、自身の尊厳との最後の境界線でもあるように思われた。
エステルの故国の民に好意的ではない異教の王との契りは、恥辱であり、背教であり、神への裏切りであり、純然たる苦しみそのものだった――。
肉体的な痛みだけでなく、待ち受ける運命は精神的にも霊的にも、自分にとって想像しうる限り最も過酷な試練に思えた。
幼い頃に聞かされたお伽噺が、不意に頭をよぎる。悪魔に襲われた男の物語だ。その男の妻は、夫の苦難を前にこう言ったという。
「あなた、まだ自分を堅く保って全うしようとするのですか。神を呪って死を選びなさい」
その言葉は、これまで何度もエステルの心の奥底で囁き、疼き続けていた。
(今は――)
もし自分がその道を選べば、命を賭して守ろうとするロザナや、共に心を通わせたミナ、タラ、ナヴァズ、そしてフェリザらが連座し、罰せられるだろう。その想像は、胸を切り裂くような痛みを伴った。
差し出される苦い杯を飲み干す――。それが、彼女たちを救う唯一の道であるならば。それが支えを受け止める覚悟ならば。
たとえ、それが恥辱にまみれ、背教と罵られ、神に見放されたかのように感じられるものでも――。
エステルは自分の覚悟をもう一度反芻する。自分だけが安らかに清く眠り、彼女たちに眠れぬ苦難と悪夢を与えることはできない。
深い暗闇の中で、自分の心がついてこなくても、頭では先がわからなくても、それが正解かどうかもわからないままであっても、身体を動かすことはできる。
静かにエステルは頭を下げ、葛藤を飲み込むように深く息を吸った。そして、足元に確かな力を込めながら、ヘガイが押し開いた部屋の中に入る一歩を踏み出した――。
内側から豊かな香油の香りと暖かな空気が溢れ出し、瞬く間にその場を包み込む。その香りは甘美でありながら重たく、鼻腔に絡みついて離れない。
それは、皇帝の夜を飾るためのものであり、それは同時に、女性たちにとっては試練の香りでもあった。
皇帝の歓心を得ることは栄誉であり、権力への道が開かれることを意味する。だが、それは多くの場合、彼女たちの意思を問われるものではなかった。
エステルは、逃げ出したくなる衝動を押し殺し、緊張に押しつぶされそうな胸の内を静めるように、深く息を吸い込んだ。
寝台の周囲には、香炉がいくつも置かれ、金色の煙がゆらゆらと立ち昇りながら、宙に複雑な模様を描いて消えていく。
突然、暖かな空気を消え、冷気が身を包んだように感じた。それは何かを失ったかのような感覚でもあり、冷たい汗が背中を伝う――。
それは、まるで何かが私から剥がれ落ちたかのようだった。
神から見放されたような思いがエステルを激しく襲ってきた。もはや、自分は神に愛される者ではないのだろうか。
(ずっと、神は私を見てくださっていると信じていた。どんなに小さな祈りも、どんなに孤独な夜も、神は私のそばにいてくださると信じていたのに――)
今、この瞬間はひとりであるかのように思われた。神は、私を見捨てたの――。
(これでいいのだろうか――)
胸が詰まるような感覚が押し寄せる。浅い息が胸の奥で絡まり、鼓動が耳の奥で跳ね回る。冷たさと静けさだけが、全身を締め付けていくようだった。
*
煌びやかな宝石も、数が増えればただの石。舌を打つ料理も毎日食べれば、やがては飽きる――。同じように、どれだけの夜を過ごしても、クセルクセスの欲望が満たされることはなかった。
やがて、それらは日々の食事のように、何の特別さもない「日常」へと成り下がり、彼の心から興味を奪い去っていった。
扉の外からヘガイの声が響き、それにクセルクセスは横柄に応じた。
間もなく扉が静かに開き、彼女が現れた。
柔らかなミルトスの香りに包まれたような彼女は、素朴な美しさに満ち、知性が漂うその面立ちは、どこか特別だった。
今まで目にしてきたどの女性とも違っている。その佇まいには品性が滲み出ており、一瞬でクセルクセスを惹きつけた。
彼女の瞳には、野望も欲望も怯えも見られなかった。それどころか、自分に向けられた慈愛さえ感じられる気がする。それは、あまりにも場違いで不思議な感覚だった。
その高貴な輝きを持つ眼差しに触れるたび、クセルクセスの心で何かが疼いた――。それは、自らの下劣な品格を見透かされたような、微かな譴責の念だった。
だが、それ以上にその輝きを曇らせたいという罪深い欲望が、ゆっくりと胸の内を満たしながら、熱を帯びていく。
野望に燃える貴族の娘の顔でもなく、怯えきった町の娘の顔でもない。
気品に満ちたその姿は、かつてのワシュティを思い出させると同時に、彼女を自らの支配下に置きたいという抑えがたい衝動を掻き立てた。
クセルクセスは立ち上がり、一歩踏み出し、そして――。
エステルに手をかけ、肩を引き寄せた。
それから一か月後、エステルは皇帝に奉納された高貴な存在〈シャーサーレ〉として、公に宣言され、正式に皇妃の座に就いた。
皇帝は冠をエステルの頭上に抱かせ、多大な贈り物を下賜した。さらに、諸州には税の免除を布告し、盛大な戴冠の祝宴を催したのである。
だが、その祝宴の余韻が冷めやらぬうちに、二回目の皇妃候補の選定を告げる布令が、王宮の内外に鈍く響き渡った――。
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