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同じ環境で育っても、視点を変えれば、生き方は変わります。それが人生です。

ある大酒飲みの父親がいました。
毎晩酒を飲み、母親を殴り、暇さえあれば競馬にお金をつぎ込む。

家の中には笑顔よりも、怒鳴り声が響き、
父親は子どもにも暴力を振るいました。

そんな家庭に、二人の兄弟がいました。
二人は同じ家庭で育ちました。

同じ暴力的な父親を見て、
同じ母親の悲しい顔を見て、
同じ苦しみを経験しました。

やがて兄弟は、大人になり、それぞれ家庭を持ちました。

兄は父親と同じような人生を歩みました。
酒を飲み、
妻や子どもに暴力を振るい、
家庭は少しずつ壊れていきました。

一方、弟はまったく違いました。
酒は飲まず、真面目に働き、妻を大切にし、
子どもたちの笑顔が絶えない家庭を築いていました。

兄弟は、同じ環境で育ち、
同じ父親の背中を見てきたというのに、

何故、これほどまでに違う人生になったのでしょうか。

ある人が二人に尋ねました。
「どうして今の人生になったのですか。」
すると、二人とも同じ言葉を口にしました。

「あんな親父に育てられたからです。」

同じ言葉。
しかし、その意味はまったく違っていたのです。

兄は、父親だけを見ていました。
酒を飲む父。
怒鳴る父。
暴れる父。
「あの親父が悪い。」
その姿だけが心に焼き付き、その生き方を憎みながらも、
いつしか自分も同じ道を歩いてしまったのです。

しかし、弟は全く違いました。
父親を見るたびに、母親の悲しむ顔を見ていました。
母は今、どんな思いで父を見つめているのだろう。
そして兄は、この父親を見ながら何を感じているのだろう。
幼いながらに、家族という一枚の風景全体を、じっと見つめていたのです。
だから弟は、父親だけを見つめて育ったのではありません。
父親によって悲しむ母の姿も。
父親の背中を追い始めた兄の姿も。
そのすべてを見ていました。
そして心の中で、静かに決めたのでしょう。

「将来、家庭を持つなら、こんな家庭だけは絶対つくらない。」

その決意が、
幸せな家庭を築く原点になったのだと思います。

人生には、こんな分岐点が何度も訪れます。
失敗したとき。
裏切られたとき。
会社がうまくいかなくなったとき。
病気になった時。

誰もが最初は思います。

「どうして自分だけが。」
でも私は、ある時から少しだけ考え方が変わりました。

「病気になったら、おめでとう。」

もちろん、病気そのものを喜んでいるわけではありません。

病気は、今までの生活習慣を見直すきっかけを
与えてくれることがあります。

働き過ぎていませんでしたか。
睡眠を削っていませんでしたか。
家族との時間を後回しにしていませんでしたか。
健康だった頃には気づかなかった、

家族の優しさ。
「ゆっくり休んで。」
その一言が、胸に沁みることがあります。
病気は人生を悲観するだけではありません。

人生の進み方を教えくれることがあるのです。

そんなふうに思えるようになりました。

起こった出来事は変えられません。

でも、その出来事をどう見るかは、自分の心で決めることができます。

お金持ちを見て、
「羨ましい。」と思う人もいれば、

「この人は、どうやって稼いでいるのだろうか?」
と考える人もいます。

失敗を見て、「終わった。」
と思う人もいれば、
「ここから何を学べるだろうか。」
と考える人もいます。

同じ景色を見ても、
そこから見える世界は、人それぞれ違います。

だから人生は、
環境だけで決まるものではありません。

どんな「視点」で人生を見つめるか。

その違いが、
10年後、
20年後、
まったく違う人生をつくっていくのだと思います。

私は、自叙伝を編集する仕事をして、
何百人もの人生を見てきました。

そこで気づいたことがあります。
人生を変えた人には、
必ず「視点」が変わった瞬間があります。
苦難を、不幸で終わらせなかった人。
病気を、人生を見直す機会に変えた人。
失敗を、次の挑戦への伏線に変えた人。

そういう人たちは、
過去を書き換えたのではありません。

過去を見る「視点」を変えたのです。

人生には、
その場では意味の分からない出来事がたくさんあります。

でも、生きてきた過去を編集して振り返ると、

「あの出来事があったから、今がある。」

そう思えた時に、人生は一本の物語になります。

人生を編集するとは、
過去を書き換えることではありません。

過去を見る「視点」を見つけ直すこと。

私は、そう信じています。



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