世界を呪った、その先で ~京極派スペース抄~
「心のままに詞の匂ひゆく」ように歌を詠む――鎌倉・南北朝時代の和歌文脈において異色であったこの歌論を、京極派という和歌グループは選択しました。
その京極派について、X(旧Twitter)にて毎週お話しています。
この記事は、そんな京極派スペースの音声を読み物として整えた京極派スペーステキスト版の一部を抜粋したものです。
2026年3月7日放送スペース「伏見院の春歌の変遷」、4月1日テキスト化した「「心のままに」の失敗と成功」より。
伏見院をはじめ京極派の面々が初期になぜ苦戦したのか、そこからどう変化したのかお話した箇所を、今回テキスト版から抜粋しご紹介します。
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世界を呪った、その先で ~京極派スペース抄~
大覚寺統は二条派的な、伝統的な和歌を詠むので関係ないんですけど、
持明院統の人たちは京極派和歌を詠む、その彼らの歌論は「心のままに詞の匂」うように歌を詠むこと、なんです。
それまで大して詠むべき心なんかなかったわけですよ。
けんすうさんの表現を借りると、棚卸ししようと思ってもそもそも棚に何も入ってなかった状態。
あまり何も入ってないのに、それでも心のままに詠もうとして、全然心のままじゃない、奇をてらったことをしてみたり、と前期京極派は前半、いろいろやっていたんですが、
この政変を経て伏見院は世界の見方は大きく変化した。
一時的に、とても世界を呪うような恨むような歌を詠むということはあったけれども、はたと気づいたわけですね。
許せないとどんなに思っても、自分はこの世界の中で生きているし、この自然の巡る中で生きている。
自分や自分の皇統が天皇位に就いていようが、大覚寺統の、自分から見たら正統でない天皇が天皇位に就いていようが、変わりなく巡るこの世界。
そこには、ある種、天皇という自分を超えた大いなる存在、もっと上位の概念がある。
「神」というのとは違うと思いますけど、何て言ったらいいのかな。
「その大いなるなにかの中に生かされている自分」みたいな感覚をそこで得て、その自分の見る自然は本当にキラキラして見える、ということを彼は経験したんだと思うんですよ。
それが歌によく表れていて。
「京極派スペース抄」は以上です。ありがとうございました。
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