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元カレの結婚式で、スピーチを頼まれた。〜不倫のことは誰も知らない〜

結婚式のスピーチを頼まれたのは、三週間前。
差出人は、元カレ。
LINEの通知に、最初は悪い冗談かと思った。
でも開くと、一文だけ。
「頼めるのはお前しかいない。」
笑えなかった。
彼の“お前”の中には、あの夜までの私がいた。
彼が既婚者だったことも、彼の妻がどんな人かも、全部知ってた。
それでも彼は、「離婚する」と言って、私を抱いた。
あの時の嘘は、たぶん今の“誓います”より本気だった。
三年前、終わったはずの関係。
でも、終わりを告げる場所に私を呼ぶなんて、
神様か、ただの馬鹿か。
スピーチの依頼には、こう書いてあった。
「彼女も知ってる。大丈夫だよ。」
大丈夫?
不倫相手を祝辞に呼んで“円満”って言葉を使う世界が大丈夫なわけない。
それでも、私は「いいよ」と返した。
復讐じゃない。
でも、少しだけ見たかった。
彼が選んだ“幸せ”が、どんな顔をして笑うのか。

マイクを握った瞬間、場が凍った

式場は、眩しかった。
白い花と白いテーブルクロス。
“純白”って、よく見るとどの色よりも嘘っぽい。
新郎新婦の席の後ろ、ガラス越しの海がキラキラしている。
あの海の向こうで、私たちは一度だけホテルに泊まった。
彼は「これが最後の嘘にする」と言って、
その夜もちゃんと嘘をついた。
司会者が私の名を呼ぶ。
「友人代表のスピーチをお願いいたします。」
拍手。
私は立ち上がり、ドレスの裾を整えた。
マイクを受け取る指が少しだけ汗ばむ。
「ご結婚、本当におめでとうございます。」
最初の一文で、会場の空気が整う。
新婦の友人たちはスマホを構え、笑顔のまま。
「彼と出会ったのは、三年前の春でした。」
一拍、音が消える。
ざわめき。
彼の顔が、一瞬だけ引きつった。
“春”という季節の具体性が、最も残酷な暴露だ。
「彼は優しくて、まっすぐで、
 どんな時も誰かを守ろうとする人でした。」
花嫁が笑う。その笑顔は完璧で、まるでマネキンみたいだった。
その瞬間、私は“嘘の完成形”を見た。
「彼は、人を愛することの意味を教えてくれました。」
原稿にない一文を、ゆっくりと挟む。
BGMが止まったように静かになった。
彼の手がテーブルの下で、何かを強く握るのが見えた。
喉の奥まで出かかった言葉を、飲み込む。
“愛してました”は、もういらない。
だってその役は、今あの女がやってる。
「どうか、幸せになってください。」
口角を上げて、最後の一礼。
誰も拍手をしない。
会場の空気が、凍りつくよりも前に死んだ。
新婦だけが、笑顔を崩さずに小さく頷いた。
“勝った顔”をしていた。
マイクを置いた瞬間、司会者が慌ててBGMを流した。
アップテンポな恋愛ソング。
地獄のBGMとしては、完璧すぎた。

その夜、元カレから届いた一行のLINE

式が終わった夜、部屋に戻ると靴の中にまだ式場の砂が残っていた。
床に落ちた白い粒を眺めていると、スマホが震えた。
差出人は、彼。
通知を開くと、一行だけ。
「お前、相変わらずだな。」
その軽さに、笑いが漏れた。
飲み会のノリで送ったみたいな文面。
謝罪でも、感想でもない。
“感情の死体”みたいなメッセージ。
私は返信を打とうとして、やめた。
どう返しても、負ける気がした。
タイムラインには、さっきの写真。
彼と花嫁がケーキを切っている。
コメント欄には「お似合い!」の嵐。
彼のキャプションは短かった。
「今日から一生、大切にします。」
“一生”の定義、男の口だとだいたい三年以内。
私がそう教えたんだけどね。
スマホを伏せて、ブーケを取り出した。
リボンがゆるくほどけて、花びらがひとつ落ちた。
拾おうとして手を止めた。
壊れたものを拾うの、もう飽きた。
鏡の前に立つ。
式場で見た自分より、少し老けて見えた。
でもその顔を嫌いじゃなかった。
嘘を愛した女の顔だ。
やっと、まともに人間に戻れた気がした。
部屋の照明を落とす。
カーテンを閉め忘れた窓の外に、街の光が滲む。
その光の中で、スマホがまた震えた。
彼からの二通目。
「ごめんな、あの時ちゃんと離婚できなくて。」
指が止まる。
数秒見つめて、削除ボタンを押した。
“未読”のまま、画面を伏せる。
テーブルの上の花びらが、ゆっくりと乾いていく。
愛って、未読のまま放置するのが一番きれいだ。

朝になっても、名前は鳴らなかった。

カーテンの隙間から、薄い光が差し込んでいた。
まだ冷たくない、10月の朝。
夜の気配が少しだけ残る。
ベッドの横には、画面を伏せたままのスマホ。
通知は鳴らない。
でも、その沈黙が心地よかった。
キッチンに立ち、コーヒーを淹れる。
湯気が立ち上る。
ゆっくりと、まっすぐに。
その姿を見ているだけで、自分が戻ってくる気がした。
誰かの“おめでとう”の裏には、必ず“さようなら”がある。
昨日の式場で学んだのは、それだけ。
窓の外を見た。
結婚式帰りのカップルが、まだ同じ服で笑っていた。
白いブーケを抱えて、車に乗り込む。
その幸福な光景を見ながら、
私はコーヒーを一口飲んだ。
少し苦い。
でも、悪くなかった。
ようやく現実が、口に合うようになった。
机の上には、折れたブーケ。
リボンはほどけ、花びらはもう乾いている。
指先でつまむと、音もなく砕けた。
その破片を手のひらに集めて、ゴミ箱に落とした。
軽い音がした。
不思議と、それが気持ちよかった。
「お疲れさま。」
小さくつぶやいて、笑った。
愛の終わりを、ようやく“自分の手”で片づけられた。

もし、あなたが私の立場だったら、
マイクの前で何を言っただろう。
沈黙を選ぶか、真実を選ぶか。
どちらを選んでも、誰かは泣く。
綺麗な恋ほど、誰かの犠牲でできている。
それを知ってもなお、人はまた恋をする。
愛は正義じゃなく、タイミングと覚悟の組み合わせだと思う。
だから不倫も純愛も、言葉の違いでしかない。
罪と名のつく恋をしても、誰かを壊しても、
本気で愛した記憶だけは、なぜかずっと残る。
私はもう、彼を責めない。
ただ、あのスピーチの瞬間だけは、
世界で一番正直だったと思っている。
そして今も、ふと考える。
あなたなら、どんな言葉で終わらせますか?

◎別れさせ屋NEXT編集部

◎アクア編集部

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