<植物画とは何か>(4)ー3:トーハク常設展の日本、中国の「花鳥画」「山水画」の作品から日本絵画の特徴を考えてみた。
長文になります。時間の余裕を見てお読みください。
前々回の記事(4)ー1、前回の記事(4)ー2で第1章を終えました。
I.「生きている」:<茎と葉の空間配置>から美を考える:「花」ではない、植物画の美、日本絵画の美(私見)
私が考える「博物画(植物画)」が美術である理由
(1)西洋の植物画の場合:
記事(4)-1に投稿済みです。
(2)東洋の植物画の場合
記事(4)ー2に投稿済みです。
本記事では、第2章を記述します。
II. 東洋の花鳥画の美とは何か、大いなる勘違いから日本独自が生まれた? 西洋、日本共に独自性確立に200-500年かかった。
1)記述の元になる、これまで見た中国絵画と日本絵画
本記事では、私自身が東京国立博物館の常設展で直接目で見た作品をもとに記述をすすめたいと思います。
2024年の正月の長谷川等伯の国宝「松林図」を皮切りに、ほぼ2か月ごとに日本絵画の常設展と東洋館の中国絵画(及び朝鮮絵画)を見てきました。
その中で、今回の記事に関係する「植物」が描かれた水墨山水画、花鳥画、やまと絵、絵巻物、浮世絵版画、日本画(明治)を選び、記述していきたいと思います。
鑑賞した中国及び日本の各時代の画家の名前と作品数は以下の通りです(2024年と2025年の2年分です)。
🔳中国絵画の絵師の名前と作品数(数字がないものは1作品のみ)
1)南宋:伝王李本、伝馬麟
2)元:伝徐崇嗣、葛叔英
3)明:林良(2)、呂紀、呂健、簫増、王蒙(2)、居節、王紱、倪瓚、皇甫燙、董其昌、陸広明、李流芳、文伯仁
4)清:王岡、沈銓(南蘋)、李玥、王鑑、黄易(4)、胡鉄梅、呉昌碩、銭穀、侯懋功、文嘉、徐枋、銭杜、沈宗敬、董邦達、陶琳、法若真、羅牧、藍瑛、李世倬、奚岡、姜実節、馮仙提、惲寿平
🔳日本絵画の絵師の名前と作品数(数字がないものは1作品のみ)
1)室町時代:雲渓永怡、岳翁蔵丘、玉畹梵芳、元賀、狩野元信、狩野秀頼、狩野松栄、秋月等観、性暁、雪舟、祖栄、伝狩野元信(2)、伝狩野正信、伝周文(2)、伝曾我宗誉、土佐光信
2)桃山時代:長谷川等伯
3)江戸時代:伊藤若冲(6)、伊年(俵屋宗達工房)、浦上玉堂、円山応挙(2)、歌川広重(15)、歌川豊国、葛飾北斎(5)、岸駒、久隅守景(2)、呉春(3)、柴田義菫、狩野栄信(2)、狩野山楽、狩野山雪、狩野常信、酒井抱一、酒井鶯甫、住吉具慶(2)、春木南溟(2)、松村景文(3)、森狙仙、青木木米、曽我蕭白(3)、増山雪園(2)、池大雅(4)、中林竹溪、長谷川雪旦、長谷川嵐渓、椿椿山、田能村竹田、土佐光起、光成、東東洋、尾形乾山、俵屋宗雪、俵屋宗達(3)、本阿弥光甫、与謝蕪村(2)、立林何用、彭城百川、礒田湖龍斎(2)、長澤蘆雪
4)幕末・明治時代:安田靫彦、横山大観(3)、河合玉堂、河鍋暁斎、橋本雅邦(2)、熊谷直彦、幸野煤嶺、今村紫紅(2)、前田青邨(2)、速水御舟(2)、富岡鉄斎
さらに、これまで訪れた日本絵画および中国水墨画企画展の作品も合わせて、個人的に感じたことを述べます。
(なお、私の意見は本当の意味で私的な感想で、学術的な手続きは一切行っていません。おそらく日本絵画、中国絵画に詳しい方、あるいは各専門家がすでに述べていることが大半か、常識を無視した間違った意見も多いと思います。いずれ別の記事で検証していきたいと思いますが、一スケッチャーの感想、こんな見方もあるのかと単なる読み物としてお読みください)
2)中国絵画(花鳥画、山水画)から受けること
これまで投稿した記事の中でのべたこととかぶりますが、あらためて下記にまとめます。
1.魏晋南北朝(200-589)、隋唐(581-907)の著色絵画、青緑山水が、すでに絵画的に十分完成していることを考慮すると、水と墨だけで新たな絵画表現を見つけた五代(907-960)、北宋(960-1127)の水墨画(水墨山水)は、南宋以降(1127-)の中国の絵画に共通する特性を示し始める。
2.その特性は「緻密」、「精緻」、「細密」、「ゆるがせにしない」が第一印象であり、日本人的感性では、時に「粘着性」「くどさ」を感じ、息苦しく思う場合がある。
3.花鳥画からは動植物の描写の「写実性」、「正確さ」を共通に感じる。しかし完全な写実を目指しているわけではなく、樹木の造形など奇抜な表現も多い。
植物は大気も合わせて生きている環境で描かれ、大気の動きも感じさせる。同じモティーフが年代を超えて繰り返されており、ある種の約束事(吉兆などの象徴)で描かれていることを示す。
4.山水画はからは花鳥画同様「緻密」、「精緻」、「細密」、「ゆるがせにしない」の印象に加え、自然物を描いていても人間が中心で、それも「生活」ではなく「政治性」、「精神性」など、どこか理屈っぽさを感じさせ、抒情性は乏しい。ただし本家中国では忘れられた牧谿の絵は抒情性を感じ例外的である。
5.山水画の「奇岩」や「かぎづめ」のような「樹木」の造形、掛軸の下から上段近くまで埋め尽くした水墨描写からは張りつめた「緊張」を感じさせる。また奇岩や樹木の間、川面、湖面の上の余白部分は、中国絵画のいわゆる「気」が充満しているを感じる。
6.今回見た作品の画家は、宮廷画家であれ民間画家であれ職業画家であるが、(高級)官僚、進士出身が多い。さらに失脚、亡命、遺民など、政治的原因で野に下った背景を持つ人物も多い。。それらがメインで、それに画僧が加わる。
以上の印象に対応する作品の代表例を各時代から選んで示します(コメントをキャプションに記載、画像はすべて筆者撮影です)。
🔳花鳥画

コメント:写実的な枝、花、雀の描写。花の向き、方向の描写が正確。
大気としての右斜め上の余白。結果的に非対称構図となる。


コメント:典型的な花鳥図。写実描写。風による葉の動きの描写。
水鳥、蓮は子孫繁栄、白鷺は立身出世の象徴。

コメント:鳥や花の描写は写実的だが樹木の幹の造形、樹肌は誇張されている。
渓流の水の流れの描写も、
後代の日本の曽我蕭白に似た勢いのある流水表現。宮廷画家。

コメント:華麗な絵巻。花鳥画なのに、優美と言うよりも「ゆるがせにしない」「きっちりした」という言葉が先に浮かぶ。どこにも「ゆるさ」はない。
見ての通り、生きたままの動植物の描写である。
🔳山水画

コメント:岩山の無い珍しい山水画。笹(竹?)の葉で下から上まで覆いつくされている。
手前(下部)から奥(上部)へ向かう笹の叢の間を縫うように上流に向かう霧、水蒸気(川の上に発生した?)の帯が遠近感と大気を表現していて見事。幹のしなりと葉の動きも素晴らしい。
蘇州の人気画家

コメント:元末の王蒙に倣った典型的な山水画。
「緻密」、「厳しさ」、「かっちり」という言葉が浮かぶ。
進士、宮廷画家。

コメント:宋、元時代の典型的な描法ではなく後代の、細く震えるような筆運びの
個性的な山水画の例。
一見、やさしい印象を与えるが「緻密さ」、「ゆるがせのなさ」はかわらない。
膠州(山東省)出身の進士。
3)日本絵画(花鳥画、山水画)から受けること
上記中国絵画の作品と比較したうえで、冒頭に挙げた日本絵画の作品から受けた感想を日本の歴史、日本絵画史との関連で以下にまとめます。いわば日本の絵画史から見た特徴探しです。
感想の前提にご注意:
ここでは日本絵画愛好家としての現在の私ではなく、あえて以前の西洋絵画一辺倒だった当時の私の立場から感想を書いています。
1.筆と絵具と紙、筆と墨と紙からなる画材および筆による線描、彩色技術のすべてを中国から受けて入れているので、乱暴な意見であることを承知で言えば、日本絵画は中国絵画の模倣、二次的作品のように見える。
2.水墨画では、室町以降に禅僧により導入された水墨画を描く日本人画家は中国をお手本とし、中国の著名な画家にひたすら倣う作品が多い。
中国を手本にすることは、多様な水墨画の様式が生まれた江戸期になっても続く。しかしわが国では、本家の中国水墨画が持つ「緻密さ」、「厳しさ」は薄れ、江戸期の文人画に分類される南画では、中国が重きを置く士大夫の人生感、すなわち人間中心の「思想性」、「政治性」がほとんど感じられない。
3.一方、平安時代の中頃から生まれた絵画様式「やまと絵」は、日本の自然や風土の造形由来の「曲線性」、「やわらかい」、「ゆるい」という特徴や「装飾的」描写という言葉が浮かぶが、技術的に「稚拙」の印象は免れない(例外は、記事<植物画とは何か>補遺で指摘した《鳥獣人物戯画 甲巻》の作者の筆づかい)。
5.物語絵巻、縁起絵巻という中国にはないジャンルの長尺の巻物、あるいは日本の建築様式から生まれた屏風、襖は、絵画用大画面を提供する。その結果、襖に描かれた中国にもない大画面の水墨画が描かれ、桃山時代には武家の好みに合った和漢融合の大画面障壁画が生まれた。
6.絵画は中国と同じく上流階級向けだった。しかし中国の絵画が清王朝まで宮廷や高級官僚向けが主体だったのに対し、日本は鎌倉、室町以降、権力者、上層階級が武士に変化、宗教も奈良仏教から密教、禅宗、鎌倉新仏教(浄土宗、浄土真宗、時宗、日蓮宗など)と変化しながら共存、同時に古来の民俗宗教である神道(自然崇拝、八百万の神)や八幡信仰とも習合した点が異なる。その結果「筆、墨、絵の具」の画材は変化がないので、表面的には中国の模倣、二次的作品に見えても、内容、表現は室町以降、江戸にかけて大きく変容している。
7.特に室町期に生まれた武家の生活芸術(禅と暮らし、建築、庭、茶道、華道など)の中に絵画も位置し、後の日本絵画の流れを作る。宮廷絵師や御用絵師も掛け軸や巻物の様式以外に襖、戸、屏風にも描き、建築様式の変化のため絵画と生活用具との境が明確ではなくなる。さらに桃山から江戸にかけて、絵師が着物の柄のデザインや陶芸の染付、家具、茶道具、装身具などの装飾まで手掛け、工芸であっても高度な絵画性を有する作品が生まれる。
その結果、中国の絵画観からはずれた、見た目に「派手」、「綺麗」など金、銀も使った「豪華」な障壁画から、洛中洛外図や扇子絵や物を散らした屏風絵、「優美」で「装飾的」な琳派様式の秋草図、一方禅寺のモノトーンな水墨画の襖絵まで、すなわち土佐派、狩野派のような御用絵師から、四条円山派、文人画(南画)、今日でいう奇想の絵師達による多種多様な絵画が現れる。
以上の中国人の絵画観と異なる絵画とは別に、欧米人からは「奥行きがない」「明暗、陰影がない」、すなわち「遠近法が正確でない」、「立体がなく平板」との見方も加わる。
8.絵画発注者の権力中枢の差だけでなく、中国と大きく異なるのは商業経済の発展と町人の台頭による大衆向け絵画の隆盛である。
歴史的には従来の公家、武家の上流階級はもちろん、寺子屋制度により身分に差がなく高い識字率を誇り、下は農民階級まで知的水準が高まった。例えば俳諧、狂歌にあらゆる階層が熱中したように、江戸時代の絵師の出身は大名から農民まで幅広い。興味深いのは、身分を越えた交流が行われ、相互に刺激し合う知的コミュニティーが形成されたことである。
9.さらに特筆したいのは、西洋に先んじて大都市(江戸、大坂、京都)の誕生・発展と大規模な出版文化が生まれたことである。
絵画的には、読本の大量出版と木版による挿絵の高度化が進み、江戸においては、市民向けの浮世絵版画が生まれた。すなわち、今日の商業美術にあたる。絵師は多くの新たな制約(消費者ニーズ、コスト、幕府規制など)の中で描かねばならず、今日のデザイナー、イラストレーターや漫画家と同様、多くの絵師間の激しい競争、切磋琢磨と相まって、それらの制約が却って様々な創意工夫や独創的な絵画様式を生んだ。正確に言えば、それは絵師だけでなく、版元(プロデューサー、ディレクター)の市場ニーズを読み取る力、企画力、経営判断を含むマネジメントと絵師の絵画的能力(技術、美的センス、独創性)、木版職人(彫り師、摺師)の技術の協業の上に成り立つ。
10.日本絵画の中国と異なるもう一つの特徴は、西洋絵画の技法の導入の違いである。やまと絵では伝統的に平行線による遠近法、水墨画では中国の様々な遠近法を守り続けたが、18世紀に吉宗の洋書輸入解禁以降、西洋の線遠近法が導入され、ほぼ完ぺきな線遠近法による「浮絵」が生まれた。しかし、線遠近法を完全に習得した後も、北斎、広重は、その風景画の中では正しい線遠近法ではなく、モティーフに応じて、伝統的な平行線遠近法と混ぜたり、わざと多消失点にしたりと絵画的効果を狙った構図を採用しているように見える。
11.「植物画」の観点から、中国の「花鳥画」、「山水画」に注目して、室町時代の水墨画、江戸時代以降の南画を含む絵画の実作品を見てきたが、中国の精緻さや精神性を超える作品は見出せなかった。例外は浮世絵版画である。鈴木春信、喜多川歌麿の美人画、東洲斎写楽の大首絵、葛飾北斎、歌川広重の風景画は、世に言われる通り、素晴らしい。しかし個人的に常設展展示の浮世絵版画の中で、意外にも感銘を受けたのは、喜多川歌麿の《画本虫撰》と歌川広重の一連の「花鳥画」である。浮世絵ではないが、伊藤若冲の《玄圃瑤華》も強い印象を受けた。どの作品も際立った作家性(西洋的な意味での作家の芸術性、個性)を感じる。ところが日本ではこれらの花鳥画版画はメインではなく二次的な扱われ方をされているように思える。
12.近代西洋絵画史の中で日本絵画の影響(ジャポニスム)が語られるが、歌麿、写楽、北斎、広重ら浮世絵版画ばかりで、やまと絵や水墨画の影響は取り上げられていない(マネの漆黒への影響は除く)。ところが、幕末から明治初期にかけての絵師、とくに柴田是真、渡辺省亭らの作品は欧米のコレクターや美術館に受け入れられている。
それに対し、明治以降、現代まで続く「洋画」と区別するために名づけられた近現代の「日本画」の作品は、大家といえども欧米のコレクターや美術館からは高い評価を受けていない。一体その理由は何故なのか?
以上、教科書(日本の歴史)でしか日本の絵画を知らないかつての私が、日本の歴史、日本絵画史との関連で実作品を見て日本絵画の特徴をコメントしました。
まるで、どこかの日本美術史の教科書を抜き出したような内容になりましたが、実は次節の、現在の私が考える日本絵画の独自性について記述するための準備ですので、長く煩雑になったことをお許しください。
以下、東京国立博物館の常設展で見た実作品を取り上げ、上のまとめに対応するコメントをキャプションに記述します(画像はすべて筆者撮影)。

コメント:日本独自の物語絵巻。典型的なやまと絵による描写。平行線遠近法と柔らかい曲線、
すやり霞の使用など。人物の描写、描き分けは丁寧。

コメント:図8と同様やまと絵による物語絵巻。作者は宮廷御用絵師。

コメント:中国の画題「墨蘭」そのものの図。蘭の葉の曲線をなぞってみると、作者の優れた筆の運びが実感できる。描かれた曲線は、中国の作品に比べてどこか暖かく、日本人の性格が表れている。いつまでも見ていられる作品。上部の空間と賛との塩梅も心地よい。
解説によると作者は南禅寺の住持(最高責任者)を勤めた高僧。

コメント:あくまで印象だが、可もなく不可もなく水墨画のよいところを取ったお手本のような作品。全体に柔らかで、やはり中国の絵画に見られる緻密さ、厳しさはない。
しかし、笹の葉の風に泳ぐ様、ゴイサギの首をすくめた様子と目の表情など抒情性を感じる。
解説によれば、狩野元信の工房の作品と比定されている。

コメント:中国の画題、山水画だが、日本建築の可動式家財、屏風絵である。六曲一双の大画面屏風絵仕立て。松の描き方から狩野元信風であることを感じる。直線的な枝ぶりと、同じく直線で描かれた瀑布と楼閣からは一見堅い印象を与えるが、雲や水蒸気を表す余白の面積がかなり大きいため、むしろ柔らかい大気を感じさせる。本家の中国では忘れ去られた(あるいは重要視されない)牧谿の水墨画の余白の効果をさらに強調したように見える。

コメント:図12と同じく屏風絵仕立て。さらに牧谿の水蒸気を推し進めた余白(朝霧)
だらけの松林の描写は、日本的水墨画の名作とされているが、
はたして本家の中国人は、その抒情性をどのように評価するのだろうか?
絵師は、水墨画だけでなく華麗な障壁画も描いた長谷川等伯。

コメント:水墨画のモノトーンとは真逆の、派手な金地の屏風絵。解説によれば花卉は青金箔の上に描かれているとのこと。花卉図は中国にあるが、このケースは屏風仕立てであり、装飾的な流水模様とすやり霞、金地、金箔は中国絵画に見られない。
作者は京狩野の絵師、狩野山雪。

コメント:本阿弥光悦自身の書による和歌巻であるが、料紙のデザインがしびれるほど美しい。一つは青灰色と薄ピンクの料紙の色の組み合わせのセンス、さらに薄墨と薄い朱墨でリズミカルに描かれた秋草の原が長い弧を描いたそのデザインの独創性には思わず見入ってしまう。
琳派命名発祥に恥じない絵師のデザイン感覚に脱帽。

コメント:花や花びら、葉など部品の輪郭、葉の集まりは水墨画の写実描写に従っているが、樹木の幹、牡丹の垂直姿勢、垂直に垂れた藤の花房の空間配置は非写実的である。幹のたらしこみ、上品な彩色は後に続く琳派らしい絵画。
解説によれば作者の本阿弥光甫は本阿弥光悦の養子・光瑳の子

コメント:図12でコメントした伝狩野元信の山水画の余白の広さがさらに拡大し、余白だらけの印象。水墨の描写はよく言えば「端正」、悪く言えばあまりにも「おとなしい」。
この徳川幕府が求める水墨画を中国水墨の絵画観からはどのように見えるのか?

コメント:小品だが、正統的な円山四条派の水墨に対し、「奇想」「異端」の画家
とも評されるにふさわしい筆捌きである。18世紀に個性的な水墨画が輩出するのは、
中国とは違う西欧の歴史に近い政治経済の環境のためか。
京都の商家出身の絵師。

コメント:曽我蕭白と共に「奇想」の絵師の一人。日本人画家には珍しく画面構成や描法、彩色に粘着性を感じさせるほど個性が強い。
この作品も含め、動植物の表現は中国の絵画では見られない独自性を持つ。
京都の青物問屋出身、跡を継ぎ、引退後絵師に。

コメント:中国の高級官僚(文人)が余技で描いた文人画に相当する、江戸時代の南画の作品。
中国の文人画がどこか政治性が付きまとうのに対し、
この絵はおおらかで、どこまでもやわらかく、心地よい。
武士出身の絵師(岡山藩支藩の鴨方藩士、後脱藩)。

コメント:江戸後期の南画。松や岩山のリズミカルな筆致が心地よい。
基本的には中国の水墨画を敬う。
豊後国岡藩の儒医・武士階級出身の絵師。

コメント:農民出身の禅僧が描いた絵画。職業画家が描く絵とは異なり、子供が描いたような単純な絵。白隠と異なり、ゆるい感じの絵。
農民出身の禅僧、画僧。

コメント:金箔地の屏風絵。扇面散しは、日本的な空間配置、デザイン。かなり非定型が強い配置。琳派のデザインの一つ。欧米人からは絵画と言うより工芸品の仲間と思うのでは?
作者の酒井鶯蒲は、江戸琳派の絵師。酒井抱一の弟子、後養子。出身は市谷の寺の住持の子供。

コメント:次節で紹介する歌川広重の花鳥画版画と並ぶ花鳥画版画。写実的だが、一見して北斎の絵とわかる線の筆遣いと構図。いずれも北斎漫画の植物の絵を彷彿とさせる。
出自は不明。

コメント:是真は幕末から明治にかけて漆工家、絵師として活躍した。この絵は、円山応挙を彷彿とさせる。事実是真は円山派の絵も習っていた。水の流れの立体的な描写や岩の明暗による描写は伝統的な水墨画とは異なる近代性を感じる。
父親が彫工の職人の出自の画家。
なお以前の記事で、ススキが原を描いた日本絵画の変遷を通して、その特徴を記述しました。
本記事では、東京国立博物館の常設展で実見した作品をもとに日本絵画についてコメントしました。ご興味あれば、今回の記事と併せてお読みください。
今回の記事も、長文になりすぎたので一旦終えることにします。次回は次の節のタイトルで、第二章を終える予定です。
4)日本絵画を愛する立場からの感想:おおいなる勘違いが生んだ独自性?
次回、<植物画とは何か>(4)ー4に続く。
前回の記事は、下記をご覧ください。
