<植物画とは何か>(4)ー4:「花鳥画」の美の由来。
長文になります。最終結論部分ですので分割はしませんでした。時間の余裕を見てお読みください。
すでに前記事にて、II章の下記部分(太字)を報告しました。本記事は、章IIの最終項、4)になります。
II. 東洋の花鳥画の美とは何か、大いなる勘違いから日本独自が生まれた? 西洋、日本共に独自性確立に200-500年かかった。
1)記述の元になる、これまで見た中国絵画と日本絵画
2)中国絵画(花鳥画、山水画)から受けること
3)日本絵画(花鳥画、山水画)から受けること
4)現在の私が考える日本絵画の独自性について
なお、項1)、2)、3)は、本記事4)項「現在の私が考える日本絵画の独自性について」を記述するための準備部分ですので、まだ読んでおられない方は、ざっと目を通していただくと、より理解しやすいと思います(ただし可能な限り読まなくても済むようにいたします)。
4)現在の私が考える日本絵画の独自性について
下記前記事では、日本絵画愛好家としての現在の私ではなく、以前の西洋絵画一辺倒だった時の私の立場から感想を述べました。
感想の骨子は後述します。
🔳花鳥版画についての私の疑問、気づき
まず、長年私が感じていた疑問や最近の気づきについて述べます。
(1)日本の浮世絵版画が当時の西洋の前衛芸術家達に強い影響を与えたジャポニスムの例として、ゴッホなど浮世絵風景版画が与えた影響が一般に頭に浮かぶが、実際は「北斎漫画」あるいは「浮世絵花鳥版画」の人物、動植物の方が西欧絵画だけでなく他の芸術作品(彫刻、工芸品)に影響を与えた程度は浮世絵風景画よりもはるかに大きい。
(2)ジャポニスムの解説の中で必ず引用される、サミュエル・ビングが刊行した著名な雑誌「芸術の日本」(1888-1891)の表紙は、なぜ風景版画よりも花鳥版画、動植物版画が多いのか?
(3)線スケッチを始めてから、花鳥版画の実作品を見る機会が増えたが、葛飾北斎の花鳥版画よりも、喜多川歌麿の《画本虫撰(画本虫ゑらみ)》、歌川広重の「花鳥版画」を見て、そのすばらしさに衝撃を受けた。
しかし私の年代(後期高齢者)が受けた教育、あるいは私が以前読んだ浮世絵版画の解説書は、歌麿なら美人画、広重なら風景画が主に取り上げられ、なぜ彼らの動植物画、花鳥画の高い芸術性について語らないのか?
(4)琳派がその装飾性や大胆なデザインが、西欧の工芸品に影響を与えたことは理解できる。しかし西洋絵画の革新への日本の絵画の寄与という観点で見ると、江戸時代に存立した数多くの絵画様式:狩野派、土佐派、琳派、円山四条派、南画(文人画)、肉筆浮世絵、浮世絵版画の中で、マネや印象派、後期印象派など当時の前衛画家達が揃いも揃ってなぜ浮世絵版画に心を奪われたのか? そもそも浮世絵版画は日本の伝統的な絵画だと言えるのか?
以上の疑問のうち(1)、(2)は、線スケッチを始めて日本絵画をよく見るようになったそれ以前、すなわち西暦2000年以前に抱いていた疑問で、(3)、(4)については、2010年頃から現在まで、すなわち線スケッチを始めて日本絵画の作品を集中して見だしてからの疑問です。
少し、補足します。
まず(1)の浮世絵版画の各ジャンルが西洋芸術に影響を与えた比率ですが、典型的な例として常に例示される葛飾北斎の浮世絵の場合、「北斎とジャポニスムーHokusaiが西洋に与えた衝撃ー」と題する企画展が2017年に国立西洋美術館で開催されたことを最近知りました。

出典:筆者撮影
その企画展のミニカタログによれば、動植物は53頁で、総ジャンル(人物、動植物、風景)137頁のうち約40%を占めています(なお、北斎のみに特徴的なジャンル「波と富士山」の27頁分は特殊ジャンルとみなし浮世絵版画の一般ジャンルから外しました)。
すべての浮世絵版画と西洋芸術への影響を厳密に集計したわけではありませんが、少なくとも葛飾北斎の浮世絵版画に関する限り、無視できない高い比率であり、西欧の人々が彼の「動植物版画」、「花鳥版画」に衝撃を受けたことは間違いないでしょう。(また企画展主催者は、「世界で初めての企画展」と謳っているので、2017年当時の最新の研究結果が反映されているはずです)。
雑誌「芸術の日本」についての疑問(2)については、下記の図をご覧ください。

出典:左、復刻版「芸術の日本」のパンフレットより(https://mirai.kinokuniya.co.jp/wp-content/uploads/2020/10/34e185e01e7568544b4e9c3c1c84aa39-1.pdf ) 、中央と右:wikimedia commons, public domain)
現在、インターネット上で得られる画像は、歌麿の美人画の表紙を除いて動植物画が主で、風景画の表紙は見かけません。「芸術の日本」の全ての号の表紙を見た訳ではないので、軽々しく断定できないのですが、2000年以前に私が(2)のような印象を抱いたということは、当時私が見た「芸術の日本」の表紙は、やはり動植物の表紙を見た上での印象ではなかったでしょうか? 動植物画よりも風景画が西欧人に衝撃を与えたのであれば、その表紙を例示するはずだからです。
疑問(3)、(4)については、浮世絵版画についての私の最近の立場(すなわち、日本絵画愛好家として)からの回答の中で説明したいと思います。
🔳日本絵画を愛する立場からの感想、結論
回答に入る前に、前記事「<植物画とは何か>(4)ー3」の中で述べた項3)「日本絵画(花鳥画、山水画)から受けること」の感想の要旨を下に示します。
🔳画材および絵画技術を中国から受け入れているので、日本絵画は中国絵画の模倣、二次的作品にすぎないように見える。その模倣も表面的で、中国絵画の特徴、「緻密さ」や「厳しさ」は薄れ、中国絵画の核心である「気」や「士大夫の精神性」、「政治性」はほとんど感じられない。
🔳日本の外国絵画の受容の歴史は、1)飛鳥・奈良・平安における中国絵画(仏画を含む)、2)鎌倉・室町における中国仏画、水墨画、3)江戸初期の|沈南蘋《しんなんぴん》の写生的花鳥画、4)江戸中期、吉宗の蘭書輸入解禁による西洋絵画の順となり、それに伴い、やまと絵、障壁画、土佐派、狩野派、琳派、円山四条派、南画、浮世絵(肉筆、木版)など、多くの日本絵画の派やジャンルが生まれた。
🔳桃山・江戸初期の商業経済の発展と町人の台頭、身分、性別に差のない高い識字率を基盤に、俳諧、狂歌の文芸熱と身分を越えた交流、大都市における出版文化が興隆し、西欧社会と類似の政治経済状況が生じた。
🔳絵画的には、読本の大量出版と木版による挿絵の高度化が進み、江戸においては市民向けの浮世絵版画が生まれた。それは今日の商業美術にあたる。
絵師の出身は、武士から町人まで様々で、彼らは様々な市場的制約(消費者ニーズ、コスト)や政治的制約(幕府規制など)の中で絵師間の競争と切磋琢磨とにより独創的な絵画様式を生んだ。
それは絵師だけでなく、版元、木版職人(彫り師、摺師)の協業の上に成り立つ。あたかも今日の漫画家が優れた作品を生み出すプロセスに似ている。
🔳日本絵画のもう一つの特徴は、西洋絵画の技法の導入である。吉宗の洋書輸入解禁を契機に線遠近法による「浮絵」が生まれた。しかし、浮世絵版画においては、例えば北斎、広重は、必ずしも盲目的に線遠近法を採用せず、伝統的な平行線遠近法と混ぜたり、意図的に消失点を増やすなど絵画的効果を考慮して選んでいる。
項3)「日本絵画(花鳥画、山水画)から受けること」の要旨
以上を受けて、先に提出した私の浮世絵版画に対する疑問(3)、(4)への回答(私論)を以下に記します。
1)ジャポニスムについての一般向けの解説書では、印象派の画家達に与えた影響の例として、北斎や広重の「浮世絵風景版画」の輪郭線による造形描写、大胆な構図や明るい色使い、あるいは日常生活を画題として描くことなどが取り上げられるが、西欧文化全体に与えた影響は、むしろ「花鳥版画」の方がが大きいのではないか。
2)北斎の花鳥版画、北斎漫画の人物、動植物画に比べると、歌川広重の場合、江戸名所百景など風景版画の名作の、西欧絵画への影響について語られることが多く、浮世絵花鳥版画の影響について触れられることが少ない。
実は広重の花鳥版画は、1000点以上もあると言われ、作家本人は風景画と同等かそれ以上に絵画的(画題、構図、描法、彩色)に工夫をこらしており名作が多い。
3)浮世絵版画を眼にした当時の欧米の前衛画家達は、「浮世絵版画」を異質でエキゾチックな東洋の絵画とは考えず、「近代西欧絵画」を先取りする「前衛絵画」の仲間だと見なしたのではないか。しかも浮世絵版画の絵師本人はその自覚は無くても、その画家精神は、西欧の近代絵画を起こした画家達に似かよっていた。だからこそ、浮世絵版画が西欧の前衛画家達の心をとらえたのではないか。
以上の私の回答は、補足説明なく挙げたのですぐには納得されないと思います。以下、補足いたします。
(1)今でこそマネやその後に続く印象派、後期印象派の画家達の功績は偉大なことが分かっていますが、西洋絵画史を現代から過去に遡れば、当時彼らは前衛的な少数者にすぎません。ですから、当時の一般の人々から見れば、彼らへの影響は知る人ぞ知る程度のはずです。
ところが浮世絵版画が紹介される前のヨーロッパは、すでに陶器の輸入を通じた日本趣味の時代(その前には中国趣味があった)があり、その後(あるいは同時に)大量の団扇や扇子が輸入されて、一般家庭の部屋を飾ることが流行していたことから、すでに一般の人々はすでに生活の中の美として受け入れていたと考えられます(図3)。
その際、西欧の人々の眼に触れたのは主に「花鳥画」であり、またよく知られているように動植物や昆虫も、西欧にはなかったモティーフであり、陶器やガラス作品のデザインに広く応用されて、身の回りの生活にジャポニスムの影響を受けた作品があふれたのです。ですから、西欧の一般の人々にとっては印象派の画家達に与えた影響よりもそれらは身近な存在で強く感じられたことでしょう。

上段左:エドワルド・マネ 上段右:ベルト・モリゾ 下段左:クロード・モネ 下段中:ジェームズ・マクニール・ホイッスラー 下段右:グスタフ・クリムト
(2)逆に、マネやドガ、モネ、セザンヌ、ロートレック、ホイッスラー、カサット、ゴッホ、ゴーギャンなど、日本の浮世絵版画に影響を受け、近代西欧絵画を生み出した人々や彼らを取り巻く芸術家や関係者達、すなわち詩人、作家、批評家、画商などの立場から「浮世絵版画」がどのように見えたのかを考えてみましょう。
私は、マネや印象派、後期印象派の画家達の発言を間接的に読む限り、彼らは日本の浮世絵師達を異世界(東洋)の人間としてではなく、絵を描く同じ画家仲間として考えているように思えるのです。
その理由として、一つはエドモン・ド・ゴンクールが『歌麿』および『北斎』を著したことが大きいと思います。なぜなら、ゴンクールと言う西欧の作家による文章でフィルターがかけられているので、これらの伝記を西洋の巨匠たちの伝記を読むのと同じように読んだからに違いないからです。
二つ目の理由として、画家達は直接浮世絵版画作品を眼にして、自分たちと同類の魂を感じたからだと私は思います。例えば花鳥画においては、描写だけでなく、茎と花、動物の姿態など、絵画空間の作り方、また彩色・配色など画家としての工夫を直接感じ取るだけでなく、浮世絵絵師たちは、風景画に置いて西洋の線遠近法を一旦手中にした後、それらを絵画モティーフにより使い分けていること、また日本絵画に長らく伝統的だった霞や霧をできるだけ減らして、以前なら隠した中景、遠景をより明瞭に描いて奥行きを強調するなど、むしろ欧米の風景画に近づいていることなどです。
実際、日本の浮世絵版画に影響を受けた画家の発言からもそれはうかがえます。
各画家の発言をここではいちいち挙げませんが、ここでは以前投稿した、「ゴッホの手紙」の記事の中で紹介したゴッホの言葉を再度紹介します。
なお、ゴッホは600点以上の浮世絵版画を収集していましたが、作家の内訳は以下の通りです。
歌川国貞(250)、蔦谷吉蔵(109)、歌川広重(88)、歌川国芳(56)、歌川国貞二世(31)、作者不明(31)
<前略>僕の仕事はみんな、多少とも日本画が基礎になっている。<中略>
自国では衰退したこの日本芸術は、フランスの印象派芸術家たちの間にその根を下ろしている。
これらの日本画は僕にとって技術面で、売買以上に興味があるし必要なのだ。<下略>
日本人は素描をするのが速い、まるで稲妻のようだ、それは神経が細かく、感覚が素直なためだ。
君は北斎を見て、「この波は爪だ、船がその爪に捕らえられているのを感じる」と手紙に書いていたが、北斎もまた君におなじ叫びをあげさせたわけだ。もちろん北斎はその線と素描とによってだがね。
僕はビングの複製の中では、一茎の草となでしこと北斎がすばらしいと思う。
誰が何といっても、平板な調子で彩色したどんなありふれた日本版画でも、僕にとってはルーベンスやヴェロネーズとおなじ理屈で素晴らしいのだ。それが原始芸術でないことも僕は充分心得ている。
僕は、日本人がその作品のすべてのものにもっている極度の明確さを、羨ましく思う。それは決して厭な感じを与えもしないし、急いで描いたようにも見えない。彼らの仕事は呼吸のように単純で、まるで服のボタンでもかけるように簡単に、楽々と確かな数本の線で人物を描きあげる。
ああ、僕もわずかな線で人物が描けるようにならなければいけない。<中略>
この手紙を書いている間にも、僕は一ダースは素描した。僕は彼らの方法を見つけようとしているところなのだが、なかなか面倒な仕事だ。つまり僕が求めているのは、わずかな線で男の顔や、女や、子供や、馬や、犬などが、頭も、胴も、足も、腕もしっくりついてみえるようにしよう、というわけだからね。
以上は、ゴッホが日本の絵師の描写のすばらしさを述べているのですが、特にビングの複製の中では、「一茎の草となでしこと北斎がすばらしい」と述べ、あきらかに北斎の花鳥画を取り上げ、「僕にとってはルーベンスやヴェロネーズとおなじ理屈で素晴らしいのだ。それが原始芸術でないことも僕は充分心得ている。」とまで言っているのです(図4)。

出典:浮世絵検索 https://ja.ukiyo-e.org/image/bm/AN00535765_001_l
コメント:ゴッホが言うBingの複製のなでしこが、この絵かどうかわかりませんが、なでしこの花と一本のシャガからなるところにカワセミが飛ぶめずらしい組み合わせ。配色が美しい。
また、下記の記事の中で、私は次のように指摘しました。
・日本絵画のゴッホへの影響の一つにモチーフがある。その中の一つが、広々とした平野および畑の俯瞰図である。畑の風景を描いた画家は他にもいるが、難度が高い畑そのものを主役として描いたのはゴッホがはじめてではないか。また日本の絵が鳥瞰、俯瞰的であることを意識して描いた一人かもしれない。
ゴッホは、日本の絵師にならって描いた一連の畑の絵、《クローの丘陵》について次のように言います。
ペンで大きな素描を描いてみた。二つある。広々とした平野で―高い丘から眺めた鳥瞰図だ―葡萄畑や、刈入れのすんだ麦畑がある。その無数の区別がクローの丘陵を境とする地平線まで海の面のように拡がっている。
これはあんまり日本的な感じがしないはずだ。が、実際には今まで描いたものの中では一番日本らしいものだ。肉眼では見えないほどの農夫、麦畑の間を走る小さな汽車。そこにすべての生活がある。
実際、ゴッホが描いた畑の絵をご覧ください。

出典:wikimedida commons, public domain

出典:全てwikimedida commons, public domain
ゴッホは、上述したように日本の絵師たちの線描の巧みさだけでなく、北斎、広重らが採用した地平線を上部に上げる構図により、畑を主役にしたのです。しかも俯瞰構図をそっくりまねました。
ゴッホは、また単なる構図だけでなく、浮世絵風景画が持つ重要なモティーフ上の特徴、「肉眼では見えないほどの農夫、麦畑の間を走る小さな汽車。そこにすべての生活がある」ことに気づきます。すなわち、市井の人々の営みの描写です。
これは、近代絵画の父と言われるマネが、浮世絵版画が、都市生活を営んでいる人々を活写していることに倣い、パリの都市生活を描き始めたことと対応しています。
以上、私は江戸絵画の多くのジャンルの中で、浮世絵版画がなぜ欧米の画家達の心に響いたのかを考えてみました。
最後に、歌川広重の花鳥画に焦点を当ててこの記事を終えたいと思います。
🔳歌川広重の花鳥画について
さて、読者は、本シリーズがあまりにも長いので、冒頭で下記の今橋理子氏の著書を紹介したことをお忘れになったと思います。それは、近衛家煕の《花木真寫》と《花木真寫貼交屏風》の紹介のために引用したのですが、実は、第7章に「浮世絵花鳥版画の詩学ー俳諧・狂歌文芸の興隆と博物学」と題する素晴らしい論考があるのに気が付きました。特に花鳥版画生成論は圧巻で、これまでの美術史にはない視点を入れて論を進めておりついつい読み込んでしまいました。
今橋理子氏「江戸の花鳥画 博物学をめぐる文化とその表象」㈱スカイドア(1995)
詳しくは、この本全体についての感想をいつか紹介したいと思いますが、今回は私が冒頭に述べた疑問の中で、下記の二つについて、今橋氏がまさに論じていることが分かりましたので、紹介します。
🔳サミュエル・ビングが刊行した著名な雑誌「芸術の日本」(1888-1891)の表紙は、なぜ風景版画よりも花鳥版画、動植物版画が多いのか?
🔳なぜ彼ら(歌麿、北斎、広重、特に広重)の動植物画、花鳥画の高い芸術性について語らないのか?
まず第7章の冒頭で私はサミュエル・ビング主催「芸術の日本」の創刊号(1888)の表紙絵に眼が留まりました(図7)。

https://mirai.kinokuniya.co.jp/catalog/le-japon-artistique
何と、創刊号の表紙には歌川広重の風景画ではなく花鳥画の「雪中芦に鴨」が取り上げられていることを知ったのです。
著者は言います。
彼(歌川広重)の花鳥版画は、その後もたびたび『芸術の日本』に取り上げられている。つまり今日浮世絵の分野では、美人画や役者絵、風景画に比べれば、第二、第三の位置を与えられがちな花鳥画は、十九世紀末ジャポニスムの風の中では、日本人の繊細な詩情性を最も豊かに、しかも端的に表彰する題材として、実は大変に重要視されていたと言えるのである。
やはり、長年私が感じていた疑問は、当然の疑問だったのです。
著者は、初期花鳥版画と江戸期における俳諧・狂歌という詩歌文芸の隆盛とのかかわりを述べ、後半の27頁に亘り歌川広重の花鳥画の魅力を分析しています。
しかしながら、今橋氏は広重の花鳥画の図版21枚を使って、解説をしているのですが、必ずしも絵画的な視点での魅力というよりも、広重が詩歌の制約から離れて新しい花鳥画を生み出したという氏の主張をのべることに重点が置かれています。
すでに述べた様に、私は広重の花鳥版画を始めて見た時に、きわめて近代的で卓越したデザインセンスを感じました。その点について、今橋氏は論じていませんが、まさに中国の花鳥の伝統(漢画の伝統)どころか日本の伝統からも外れているのであり、西欧の画家達も、その広重の花鳥画の前衛性を感じ取ったのではないのでしょうか。
以下、東京国立博物館の常設展で見た、歌川広重の花鳥版画の実作品を取り上げ、どこに私が感激したのかコメントをキャプションに記述します(画像はすべて筆者撮影)。
なお、この記事の結論を書き始めたその日、千葉市美術館にて花鳥画展が開催されたことを知り、多くの広重の花鳥画を見ることが出来ました(下記記事)。併せてお読みください。

コメント:あえて総彩色にせず、彩色は黒い燕のあごの部分彩色にとどめており、藤の葉(上部)と垂れ下がった枝と藤の花房を水墨の漆黒のシルエットで表したのが素晴らしい。右上からしなりながら真下に引かれた枝のシルエットが小気味良く、近代的なデザインセンスを感じる。くちばしを僅かに開け、羽を少しすぼめて枝にとまろうとする中央の燕の姿態も動きを感じ注意を惹く。右上の燕は白い腹を見せ、中央の燕は背中の黒を見せる、白黒のの対比も狙ったか。

コメント:短冊を上から下まで斜めに分け、右斜め半分は花菖蒲の葉と花で底辺まで埋め、左斜め半分に開いた余白に、外隈で表現した白鷺を配している。それは日本のやまと絵に特徴な斜め構図を推し進めており、(おそらく)中国の花鳥画にはない配置であろう。
注目すべきは、花菖蒲の背後は霞で中景、遠景を消して、遠近感のない伝統的な描写であるにも関わらず、右下の隅に菖蒲の葉の根元が右奥へ並ぶように斜め上に描写していることである。これにより、菖蒲の株が前後に奥行きが生まれる。同時に菖蒲の葉が先が、左から右へ短冊の対角線の高さに沿って描くことで、菖蒲の株の前後の奥行きがさらに強調されることになる。一方、対角線の反対側に描かれた白鷺は、あたかも対角線に沿って、左手前の舞い降りてくるように描かれており、さらに動的にも前後の奥行きを感じるようになっている。いかに緻密に広重が画面構成を考えているかが窺える。また、付け加えると、水墨画の墨蘭図の葉ののびやかさと同様、菖蒲の葉の下から垂直に突き上げるように伸びた様もリズミカルで心地よい。

コメント:朝顔の葉の緑と鶏のとさかの赤を部分彩色にし、朝顔の花、傘の柄、鶏の尾羽の黒ベタが目立つ部分彩色画である。傘の黒ベタ模様と黒の尾羽の中に鶏の白い胴体が浮かび上がることで、とさかの赤が眼に入る。ここでも、左下から右上にすぱっと切った斜め線の構図が採用されている。傘の右半分が断ち切られているのも右への空間を想像させる。左斜め上の余白の詩文の賛のおさまりがよい。全体に近代的なデザイン感覚を感じる。

コメント:これまでの絵と違い、鳥以外は彩色されている。ほぼ短冊の左半分に絵を寄せた、非対称構図である。トロロアオイの花びらの間から顔をのぞかせる瑠璃鳥の姿態がどことなくカワイイ。

コメント:めずらしく真ん中に絵を寄せた構図。上空で下を窺うかわせみと、上に向かって伸びる菖蒲の葉とがぶつかりあい、上下の対比を見る者に強く意識させる。

コメント:もう一度実物で確認しなければならないが、南点に積もった雪も降る雪も、紙の白ではなく、白い絵具を載せているように見える。もしそうならば、伝統的な水墨画の描法を踏襲していないことになる。また、南点の葉っぱの輪郭線がないため、雀の白い胴体の線以外は輪郭線がなく、全体の印象が、江戸時代の浮世絵版画や、明治・大正・昭和の「新版画」ではなく、現代の版画のように見える。

コメント:ジグザグに折れ曲がって余白を開けながら、下から上に伸びる椿の枝が印象的である。雪が半分覆う、大きめの椿の花を下に、上には同じく雪で覆われた小さめの花を配置して、重心のバランスをとっている。水墨画では外隈で描写する椿の花にかぶる白い雪を輪郭線で描いているのも珍しく、モダンに感じる。

コメント:月明かりの中の夜景を墨一色で描き切っている。地面と木賊の配列を右上に斜めにし、兎を前後に配置することで、《花菖蒲に白鷺》と同様奥行きをしめす。しかも、木賊の向こうの白い帯の上の空を薄墨で夜空にし、左上の月に向かって、グラデーションで徐々に白く明るくすることで月あかりを表現している。その明るさの中に、文字を収めるという、素晴らしいデザインセンス。なお、木賊の根元を薄墨で黒く、兎がいる地面も薄墨で塗り、白うさぎの肩から後ろ脚にかけて、また手前の白うさぎではない兎の両耳裏、背中、から尻尾にかけて薄墨をかけているのは、西洋の陰影法とは違う使い方だが、木賊が生える空間が夜の風景であることを感じさせる。
参考までに、喜多川歌麿の《画本虫撰(画本虫ゑらみ)》(図16)、葛飾北斎の花鳥画(図17)、伊藤若冲の花鳥版画(図18)を下に示します。

コメント:拡大しないとその凄さはわからない。


上段左:《Swallow and Camellia》、上段中《サトウチョウに青桐図》、
上段右《タイハクオウム図》、下段左《Golden pheasant in snow》、
下段中《Red Parrot on the Branch of a Tree》、下段右《オウムに薔薇図》
出典:浮世絵検索、上段左は大英博物館、それ以外全てボストン美術館所蔵
(おしまい)
前回の記事は、下記をご覧ください。
