<ロックフェラー・コレクション花鳥版画展 北斎、広重を中心に>(千葉市美術館):何というタイミング、まずは一報です
はじめに
先週1月17日(土)に、私は1月8日に投稿した記事、<植物画とは何か>(3)の続きの記事を執筆していました。
昨年から予想以上に時間がかかり、やっと最終結論を書く時がきたのです。それは長年私が抱いていた以下の疑問に答える内容です。
(1)日本の浮世絵版画が当時の西洋の前衛芸術家達に強い影響を与えたジャポニスムの例として、ゴッホなど浮世絵風景版画が与えた影響が一般に頭に浮かぶが、実際は「北斎漫画」あるいは「浮世絵花鳥版画」の人物、動植物の方が西欧絵画だけでなく他の芸術作品(彫刻、工芸品)に影響を与えた程度は浮世絵風景画よりもはるかに大きい。
(2)ジャポニスムの解説の中で必ず引用される、サミュエル・ビングが刊行した著名な雑誌「芸術の日本」(1888-1891)の表紙は、なぜ風景版画よりも花鳥版画、動植物版画が多いのか?
(3)線スケッチを始めてから、花鳥版画の実作品を見る機会が増えたが、葛飾北斎の花鳥版画よりも、喜多川歌麿の《画本虫撰(画本虫ゑらみ)》、歌川広重の「花鳥版画」を見て、そのすばらしさに衝撃を受けた。
しかし私の年代(後期高齢者)が受けた教育、あるいは私が以前読んだ浮世絵版画の解説書は、歌麿なら美人画、広重なら風景画が主に取り上げられ、なぜ彼らの動植物画、花鳥画の高い芸術性について語らないのか?
(4)琳派がその装飾性や大胆なデザインで、西欧の工芸品に影響を与えたことは理解できる。しかし西洋絵画の革新への日本の絵画の寄与という観点で見ると、江戸時代に存立した数多くの絵画様式:狩野派、土佐派、琳派、円山四条派、南画(文人画)、肉筆浮世絵、浮世絵版画の中で、マネや印象派、後期印象派など当時の前衛画家達が揃いも揃ってなぜ浮世絵版画に心を奪われたのか? そもそも浮世絵版画は日本の伝統的な絵画だと言えるのか?
現在、考えている内容は、以下の通りです(詳細は近々投稿します)。
1)ジャポニスムについての一般向けの解説書では、印象派の画家達に与えた北斎や広重の「風景版画」が取り上げられるが、むしろ「花鳥版画」の方が西欧文化全体に与えた影響が大きいのではないか、2)北斎の花鳥版画に比べて取り上げることが少ない歌川広重の浮世絵花鳥版画は、実は風景画と同等かそれ以上に欧米の芸術観による絵画に近いのではないか。3)あえて言えば「浮世絵版画」は、日本(東洋)絵画の範疇に入るだけでなく、西欧の絵画技法を含む、「近代西欧絵画」を先取りする「前衛絵画」と見なせるのではないか。しかも浮世絵版画の絵師本人は自覚は無くても、その精神は、西欧の画家に似かよる。だからこそ、浮世絵版画が西欧の前衛画家達の心をとらえたのではないか。
専門書、論文は読んでいませんが、私の知る限り、以上の意見、特に2)、3)は一般向けの解説書では見たことがないので慎重にしなければと思い、検索しながら書いていたところ、突然千葉市美術館の本展覧会の案内が目の前に現れたのです。しかも、その企画展の開始日に。
通常企画展の案内は、美術館に行ったときにチラシを見て知るのですが、今回の展覧会のチラシは見たことがなく、見逃していました(実は会場でチラシが見えないのでスタッフの方に尋ねたところ、申し訳なさそうに今回印刷部数を抑えたとのお話しでした。その影響かもしれません)
ともあれ、花鳥版画については、東京国立博物館の常設展でしか実物を見たことがありません。ですからこの展覧会を見ずに、記事を書き続けることはできないと判断し、さっそく訪問してきました。

なお、ロックフェラー・コレクションについては以下をお読みください。
アメリカの名門ロックフェラー家の一員、アビー・オルドリッチ・ロックフェラー(1874-1948)によって収集・寄贈されたもので、浮世絵の中でも役者絵や風景画、美人画ではなく花鳥版画を中心に据えた点で、世界的にも稀有なコレクションです。
https://www.ccma-net.jp/exhibitions/special/26-1-17-3-1/

出典:wikipedia, public domain.
連載中の記事、<植物画とは何か>に関連した感想は、別途記事にしますが、ここでは、この企画展の花鳥版画のすばらしさをお伝えしたく、全体像を紹介します。
まず、各章で撮影可能だった作品を紹介しながらコメントします。
各章の撮影が許可された作品および気になった作品の紹介
以下、出展を記載しない画像は、すべて会場で私が撮影したものです。
また出典を記載したものはRISD Museum Collectionからダウンロードしました。コメントは、キャプションに記しました(太字)。
プロローグ
第1章 花鳥版画を手がけた浮世絵師たち

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コメント:錦絵の創始者、鈴木春信、それに続く初期錦絵の絵師が損をしているのは、「青花紙」による「青」が悉く褪色して色の魅力がまったく消失していることです。
会場に入るなり、この絵と図4の磯田湖龍斎の絵を見た時に思わず声をあげました。「青が残っている!」と。鈴木春信の優品は、やはり海外流出しているのだと思わずにいられません。

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コメント:白鷺の背後の空をピンクにしたのはずいぶん大胆な決断です。あまり褪色していない川の水の青との配色がモダーンで心地よい。褪色の程度が低ければもっと上品で心地よい絵になっていたでしょう。上部の白鷺の飛ぶ姿は、雪舟の水墨画で見たような。
いずれにせよ、ベロ藍による青よりも植物染料の青の方が、絵画的には私は好きです。

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コメント:この絵も見た瞬間に息を飲みました。漆黒の闇を描いた鈴木春信の後継者として磯田湖龍斎が気合を入れたのでしょうか? 柱絵という判の大きさの迫力が伝わります。
「黒ベタ」については、ここ数年こだわって記事を書いてきました(最近では下記)。今回の展覧会でも、黒ベタの浮世絵版画が多く見られましたので、それについてはあらためて書く予定です。

コメント:誰にでも好まれるおめでたい絵。画家として工夫のしどころは鳥の表情ぐらいか。
第2章 広重花鳥版画の華ー大短冊判花鳥版画を中心に

烏鳶争食雀争巣 独立池辺風雪多

烏鳶争食雀争巣 独立池辺風雪多
コメント:刷りの違いで絵の表情が変わる例。以前、東京国立博物館所蔵のこの絵を見た時に、広重が雀の可愛さをどのように表現したかについて記事を書きました(下記)。
■なぜ可愛く見えるのか(一考察)
顔が正面を向くことで、鑑賞者とガチに相対する。雀の黒目が鑑賞者を向いているので、鑑賞者は雀の顔を見返さざるを得ず、黒いサングラスをかけた人間の顔のように見える。加えて正面い突き出したくちばしがあたかも笑っているように見える。さらに、白く膨らんだ両頬の中に黒い丸の模様がこちらを向いているのも可愛さを増す。

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コメント:黒ベタ彩色の例、別途記事にします。

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コメント:ある意味では今回一番うれしかった絵です。なぜなら、判下絵が残ることはめったにないからです。初めて、歌川広重の生の筆跡を見ることが出来ました。
スケッチではありませんが、迷いのない線です。すでに頭の中には出来上がりの姿が浮かんでいるので、筆線はするどくシャープな切れ味、とは言え、北斎の理屈による線描と違い、抒情性と両立させている。
第3章 北斎と北斎派の花鳥版画

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コメント:西欧絵画の特徴の中で、青い空に白い雲は、中国も含めわが国では決して描かれませんでした。ところが、北斎、国芳、広重らが、恐れずに青空と白い雲を描きだしたことについて、何度も記事にしてきました(皮肉なことに明治に「日本画」が生まれると、それは消滅しました)。この絵はどう見ても洋画です。

コメント:北斎の絵に抒情性が感じられないのは、描き方が理詰めであることと、動物の眼が怖いことです。北斎は、花鳥画というジャンルごとに評価するよりも、ピカソのように全ての作品のジャンル全体で見る必要がある画家だと思います。
第4章 季節の風情「団扇絵」の名品

コメント:第4章は団扇絵です。私の知識では、団扇のような生活に使う道具は、消えてなくなるはずなので、今回19も展示されているのに驚きました。しかも絵画的にとても優れているのです。通常、日常用具にはもっと簡単な絵が描かれているはずですが、どう考えたらよいのでしょうか? 確か、ヨーロッパには数千万個単位(?)の団扇が輸出されたはずです。

コメント:広重は、鳥を押し蔵まんじゅうのように並べるのが得意らしい。
第5章 詩歌と絵を楽しむ

有明の ぬれて落たる 芙蓉かな
コメント:第5章、第6章の広重の花鳥画はどれも見ごたえがあります。
一つは、構図、もう一つは葉の塗り分け、動物の姿態。縦長の紙にいかにして収めるか、の工夫です。

こむな夜か 又も有うか 月に雁
コメント:短冊の半分を占める月が大胆。

出典:Public Domain and available under a CC0 1.0
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コメント:コレクションには、若冲の黒ベタ版画が何枚も所蔵されているが、今回はこの絵が選ばれた。別途黒ベタ塗り版画についての記事を書きます。
第6章 小さく愛しき花と鳥

芍薬に 二十日の欲は なかりけり
コメント:鳥の押し蔵まんじゅうがかわいい。
(おしまい)
なお、本企画展の会場には、「うるわしき摺物ー円をつむぐ浮世絵」展が併設されています。なかなかこれまでは集中して見ることが出来ない摺物をまとめてみるよい企画だと思いました。
さらに、常設展では2月1日まで下記の内容の展示が行われています。田中一村、ドラッカー・コレクションの水墨画の作品が展示されていて大変充実していました。
千葉市美術館コレクション選:
開館30周年記念特集展示 田中一村《アダンの海辺》と新収蔵作品/没後20年 ドラッカーコレクションと山水画/小泉癸巳男《昭和大東京百図絵》
前回の記事は下記をご覧ください。
