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【ルーツ編③】「そこそこ省エネ」の崩壊と、仮面浪人という「100%自己決定」の覚醒

最近の学生さんや若いビジネスパーソンを見ていて、「器用で淡々としていて、容量よくこなしているな」と感じています。
こなし方のコツを素早く察知し、短い時間でクイックにスマートなアウトプットを出す。それは一つの優れた才能です。

しかし、これには隠れた「見えない罠」があります。

それは、「自分がこなせる安全な範囲のパフォーマンスで満足してしまい、そこを超える巨大な目標や壁にぶつかったときに、脆くもへし折られてしまう」ということです。

何を隠そう、かつての私がまさにその罠に囚われていました。

今回は、私の「そこそこ省エネモード」が完全にクラッシュした出来事と、
そこから「仮面浪人」という背水の陣を経て、自分専用のOSが覚醒していった原体験についてお話しします。


私の「そこそこ省エネモード」と、システマティックな敗北

私は元来、誰かをライバルとして意識したり、「誰かのようになりたい」と強く憧れたりすることがありません。
これは今も変わらない私の基本的な仕様です。

そのため、受験や偏差値というものは、私にとって「全体の中での自分の相対的なポジションを教えてくれる、シンプルなツール」でした。
一般入試も「点数のみで評価される明確なシステム」であり、曖昧な人間関係が持ち込まれないため、非常にシンプルで良いシステムだと捉えていました。

当時の私の勉強スタイルは、極めて「省エネ」でした。
クラスでの成績はだいたい「中間的な位置」。
めちゃくちゃ真剣に努力するわけでもなく、かといって落ちこぼれるわけでもない。
テスト前になると容量よく帳尻を合わせるような、エネルギーの8割を常に温存した「そこそこ省エネモード」で日々を過ごしていました。

これは、以前の記事で書いた、「器用にこなせてしまうがゆえに、自分の本当の限界(ボトルネック)に気づけない」という器用貧乏の弊害そのものでした。

受験勉強も、その「省エネOS」の延長線上で取り組んでいました。

志望校は、自分の現在位置より少し高めで、不可能ではないレベル。
「遠くの大学まで通いたくない(比較的実家から近い)」という物理的な条件や、「周りの友人はもっと高いところを目指しているから」という周囲の目線とのバランスなど、明確な将来像や情熱や野心からではなく、合理的な計算(インプットに対する最小アウトプットの設計)から設定したものでした。

さらに、「行きたくない無難な滑り止め大学」に進むつもりはなかったので、滑り止めは一切受験しませんでした。

結果は、前期日程を含めて全落ち(T_T)

「これまでの省エネの延長でいけるだろう」と高をくくっていた安易さが招いた、人生初の**「システマティックな敗北」**でした。
不可能ではないと合理的に見積もっていた目標だっただけに、自分が納得のいく結果を出せなかったことに対する悔しさは、強烈なエラーとなって私の中に残りました。


妥協のOSという「バグ」と、違和感のコンパス

前期全落ちの後、後期の2次募集枠を受験し、何とか合格をゲットしました。

しかしこれは、「土壇場の素晴らしいリカバリー」という綺麗なストーリーではありません。
実態は、「もう受験勉強はしたくない」という現実からの逃避であり、自分自身をごまかした「妥協」の選択だと後ほど気づきました。

実際に入学した大学は、世間的には決して悪い場所ではありません。
しかし、通学距離が遠かったことや、
何より**「自分が100%納得した結果ではない(設定したポジショニングに達していない)」**という事実が、どうしても許容できなかったのです。

他者や流れに合わせて「妥協したOS」を無理やり動かそうとするたびに、
私の中に強烈な違和感(エラー)が発生し、大学生活を全く楽しむことができませんでした。

この「他者が用意したシステムへの適合拒絶」という感覚は、社会人になって巨大な組織OSと自分のOSのズレに直面した時の感覚と、一致しています。

「この納得感のない状態で4年間を過ごすことは、自分に対する致命的なシステムバグになる」

そう確信した私は、大学生でありながら「もう一度受験をする」という決断を下しました。
一番避けたかったはずの、圧倒的なプレッシャーと危機感が渦巻く火の海へ、
自分の納得感(クオリティコントロール)のために自ら突っ込んでいったのです。


仮面浪人という「クローズド環境」と「自己決定」の覚醒

本当は大学を辞めて受験にフルコミットする覚悟でしたが、
両親の「再度の受験も失敗した時のリスク」によるアドバイスを受け入れ、在籍したまま受験する「仮面浪人」の道を選びました。
今思えば、非常に賢明なリスクヘッジだったと両親には感謝しています。

バイトも辞め、夏頃からは「大学生」と「受験生」の二足の草鞋状態。

周りの大学生たちがサークルや合コン、楽しいキャンパスライフを謳歌している中での受験勉強です。
周囲はまさに「他者という不確定な変数」に満ちあふれていました。

しかし、その孤独な戦いは、不思議なほど「全然辛くなかった」です。

なぜなら、高校の時のように「周囲の流れや無難な条件で決めた目標」ではなく、
**「他ならぬ自分が100%納得して、自分で決めた新たな目標」**だったからです。

他者の視線や楽しそうなノイズを完全に遮断し、
自分が定義した「合格」という要件(仕様)を淡々と実装していく。
他人の意見に翻弄されず、自分の設計したシステムを信じて黙々と動かすメンタリティ。
現在の私の「モック(完成品)で人を動かすアーキテクト思考」の原点が、この仮面浪人というクローズドな仮想環境での開発にありました。

自分で決めた目標だからこそ、すべての行動に腹落ち感があり、
プレッシャーすらも心地よい駆動エネルギーに変換されていったのです。


結び:完勝の解放感と、その先に待つ「自己完結の呪縛」

結果としては、元の大学の単位をほぼすべて取得しつつ、行きたかった志望校を含む複数の大学に合格。
納得のいく最高の完勝で、私の二度目の挑戦は幕を閉じました。

あの合格を知った瞬間の圧倒的な解放感は、今でも忘れられません。
「自分で決めて、自分で圧倒的なプレッシャーを背負い、自分で納得のいく結果を出した」
この経験は、私のOSの根底に「自己決定の覚醒」という強力なエンジンを組み込むことになりました。

自分が100%納得して手に入れた新しい大学生活は、控えめに言っても最高でした。
自分が目指した高いレベルの環境だったからこそ、自分とは同質ではない、自分より遥かに頭の良い学生や、多様なバックグラウンドを持つ面白い人たちと深く関わり、彼らから多くの刺激を吸収する楽しさを知ることができたのです。

しかし、、、

この他者評価や他者承認を一切介在させない**「自己完結の成功モデル」**は、私のパーソナリティに強力な強みをもたらした一方で、のちに強烈な牙を剥くことになります。

「自分で要件定義をし、自分で実装し、自分で結果を出す」という自己完結OSが強固になりすぎた結果、のちに待ち受ける「就活」という**【他者からの主観的な評価や、理不尽なルールとのすり合わせ】**が不可欠なゲームにおいて、私のシステムは致命的なエラー(バグ)を発生することになるのです。

それは、私というシステムが社会と接続する上で、苦しい摩擦の始まりでした。

しかし、新しいキャンパスで異質な仲間たちとの最高の時間を謳歌していた当時の私は、まだそのバグの到来を、知る由もありませんでした。。。。


【次回予告】
ルーツ編④:大学〜就活。「自分らしさ」という言葉の罠と、他者評価システムとの致命的な不整合(バグ)の全容。

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