【ルーツ編⑤】会社というOSに、自分の納得感で動く「仮想のwatariumOS」を立ち上げるまで
新卒として社会に出て、最初に入社したのはアパレルメーカーでした。
それまでの学生時代、自分の好きな領域でバックエンドを最適化することに没頭していた私にとって、社会人生活のスタートは、予測の難しい「他者」という変数だらけの世界に飛び込むことを意味していました。
特に、営業という職種に配属された私は、世間一般で言われる「愛嬌」や「ウェットな人間関係作り」というコミュニケーションスタイルが求められる中で、早くも自分の特性(それらが苦手であること)に直面し、どう仕事を進めるべきか思い悩むことになります。
苦手な営業を、客観的にハックする
アパレル営業の現場では、先輩や同期たちが愛嬌よく顧客と関係性を築き、仕事をスムーズに回していました。しかし、私にはどうしてもそのようなウェットな立ち回りができませんでした。無理に先輩たちの真似をして自分を偽っても、うまくいかないことは分かっていました。
そこで私は、一人で戦おうとすることをやめました。
愛嬌や対面での関係作りが得意な先輩や、商品のディテールを説明できるデザイナーを巻き込み、彼らに営業に同行してもらうスタイルをとることにしたのです。
もちろん自分自身がフロントで話はしますが、
彼らと一緒に動く、いわば「プロジェクトマネージャー(PM)」のような役割に徹することで、自分のコミュニケーションの弱点をシステム的にカバーしました。
さらに、顧客との関係性においても、独自のやり方を見出していきました。
競合他社の営業が「細かくて面倒だから」と対応を避けるような、ニッチな仕様調整や顧客の些細な要望を、一歩引いた視点から丁寧に拾い上げるようにしました。他者がやりたがらない細かな領域を処理し続けるうちに、顧客の側から「とりあえず彼に話を振ってみよう」と相談される独自の信頼関係が作られていきました。
ゴリゴリの営業力はなくても、周囲のリソースを活用し、他者の対応しない役割を拾うという「したたかさ」によって、それなりの成果を出すことができるのだという発見。これが、社会人としての最初の適応でした。
管理された窮屈さと、自発的でないシステムとの摩擦
その後、私は2社目として、社内教育のソリューションを提供する会社に転職しました。
比較的自由でおおらかだったアパレルメーカー時代とは一転し、そこは組織としてのルールや管理体制が敷かれた、窮屈な環境でした。
さらに、自分が扱っている「会社が社員に教育をパッケージとして強制するシステム」そのものに対して、私は心の中で違和感を抱くようになります。
私自身、かつてアパレル時代に簿記2級を自主的に取得した経験などから、学習や自己開発というものは「本人が必要性を感じて、自発的に取り組むもの」ではないかなぁと思っていました。日々仕事をしていく中で、自分に足りないもの、身につけたいスキルを見つけ、自分で学習する。
もちろん会社として社員に一律で一定の知見やスキルを身につけてもらうという意味合いの研修や、普段の活動を振り返って集合形式でディスカッションするような機会として有益なことは理解しています。
とはいえ、企業が一方的に研修を押し付けるというアプローチの効果に半信半疑であり、それを自分が提案することに当時は疑問があったのです。
それに加えて、他者と競い合ったり、会社に評価されるために立ち回ったりすることにも、私は関心を持てませんでした。
「会社からどう見られるか」ではなく、「自分自身が納得のいく行動ができているか」を重視する。自分の内側にのみ強い基準を置く特性(内向ベクトル)があるからこそ、このような窮屈な摩擦を感じたのだと思います。
「腹落ち感」という突破口
葛藤の多い環境の中で、私が仕事を前に進めるためにたどり着いた唯一の突破口が、「腹落ち感(自分なりのロジックの構築)」でした。
「なぜ顧客の組織にこれが必要なのか」
「どのような構造で課題を解決できるのか」
という、自分自身が納得できるロジックを一度組み立て直すのです。
他者からの押し付けではなく、自分なりのロジックとして「腹落ち(納得)」できさえすれば、たとえそれがどんなに泥臭いルールの中であっても、私はブレずに淡々と説明し、成果に向けて物事を進めることができました。
逆に、自分が納得していない状態のまま、他者のモノサシを盲目的に受け入れて動こうとすると、どうしても途中で言葉が濁り、行動がぎこちなくなってしまう。社会の現実とぶつかる中で、私はその不器用な特性を身をもって知ることになりました。
会社というOS(フィールド)の上に、仮想のwatariumOSを乗せる
アパレルでの手探りの営業ハックと、教育営業での窮屈な摩擦。
この社会人初期の経験をいま振り返ると、現在の私に繋がる一つのスタンスが、この頃から形作られ始めていたのだと感じます。
それは、会社というシステムを「自分自身を同調させるべきルール」として捉えるのではなく、独自の制約を持った「フィールド(前提条件, 会社のOS)」として客観的に捉え直す、というスタンスです。
会社や組織は、独自のルールやリソースを備えた一種のフィールドにすぎません。私はそこを実験や実践の場として受け入れながら、その中に「自分の納得感で動く独自の進め方(仮想環境, 自分のOS)」を立ち上げて処理を回せばいい。
ルールに自分を無理やり合わせようと消耗するのではなく、処理は自身の納得感の中で独立して進め、結果(成果)だけを組織というフィールドに返す。
この「他者のOSと自分を無理に同調させず、その上で仮想のwatariumOSを起動する」という捉え方こそが、のちに組織の枠組みに潰されることなく、自身の軸を保ちながら物事を動かしていくアーキテクト思考の原点となったのです。
【次回予告】
ルーツ編⑥:公務員試験。無職という背水の陣のフィールドで、他者という変数を排除して設計した「合格点の要件定義」。
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