【ルーツ編④】「納得いかない配属なら、君は辞めるよね?」― 就活面接で衝突した「自己完結OS」と「他者のモノサシ」
就職活動というシステムに直面したとき、多くの人が「自分らしさ」や「自己PR」という言葉の渦に巻き込まれます。
「自分の強みは何か」「どうすれば企業に評価されるか」と悩み、なんとか相手の求める型に自分をはめ込もうとする。
しかし、かつての私にとって、就職活動はそれ以前の別の次元での「致命的なエラー」との遭遇でした。
それは、それまでの人生で完璧に磨き上げてきた「自らの絶対的な肌感とロジック(自己完結OS)」が、
「他者からの相対評価(他者のモノサシ)」という巨大な外部システムと真正面から激突し、激しい火花を散らした瞬間でした。
今回は、私が就活面接で直面した「鋭いバグ指摘」と、
そこから這い出し、自分を駆動させるための絶対条件である「腹落ち感」にたどり着いた軌跡についてお話しします。
「外」と「内」を切り分ける、境界線の設計
前回の記事で、
私は仮面浪人を経て「100%自己決定のOS」を覚醒させたとお伝えしました。
自分が定義した合格という要件に向けて淡々とコードを実装していくような戦い。
そこで掴み取った完勝は、私に強力な成功モデルをもたらしてくれました。
その後の大学生活は、控えめに言って最高に快適でした。
なぜなら、自分が最も安定してパフォーマンスを発揮できる「領域の設計」を行っていたからです。
他者をシャットアウトするのではなく、外のシステムと内のシステムを切り分けて捉える。これこそが、私のOSの基本的な仕様でした。
中高時代からずっと続けていたバンド活動でも、華やかな表舞台のボーカルやギターではなく、静かに全体を支える「ベース」という役割を担い続けました。
楽譜という「設計図」がない状態から、音源を聞き取りベースラインの構造や法則を解き明かす「耳コピ」の面白さに熱狂していました。感覚やノリという暗黙知を、自分なりに論理的に構造化していく作業です。
4年間続けたスターバックスでのアルバイトでも、与えられたすべての業務を真面目にこなす一方で、ドリンク作りを担当する「バー(Bar)」の領域が最も自分の性分にフィットしていました。
「どうすれば無駄のない最速の動線で、かつ完璧なクオリティでドリンクを捌けるか」というバックエンドのシステム最適化に没頭することに、この上ない面白さを感じていたのです。
趣味のファッション・古着や、スペイン語ゼロで挑んだ南米への旅も同様でした。
「自らその場にダイブし、自分の目で見て感じたリアルな肌感(絶対評価)」を大切にしていました。
これらは、自分が権限を持ち、すべての変数をコントロール可能な環境での、極めて高度な「バックエンド最適化エンジン」の完成を意味していました。
この環境では、私のOSは一切のバグを吐くことなく、極めて高精度に稼働していたのです。
しかし、この自己完結のシステム環境から一転、
私は「就職活動」という、コントロール不能な他者や組織のルールに支配された戦場へと放り出されることになります。
面接室での激突と、内心の「バグ受容」
就職活動の面接において、私は「自分のOSの強み」を自信を持って語りました。
大学の単位をほぼすべて取得しつつ、圧倒的なプレッシャーの中で仮面浪人を成功させた、あの「二足の草鞋」の努力と結果にこだわるプロセス。
それは私にとって、自分の意志で成し遂げた誇るべき「絶対的な事実(ファクト)」でした。
しかし、ある企業の上層部が面接官だった時のことです。
私の自己アピールを聞き終えた面接官の口から、驚くほど静かで、鋭利な一言が放たれました。
「確かに、その状況で納得のいく結果を残せたのはすごい。だが、仮に入社して『納得のいかない配属や業務』になった場合、君はすぐに辞めてしまうのではないか?」
心臓を射抜かれたような感覚でした。
ショックや、焦り、あるいは「自分の努力を理解してもらえない」という怒りは、不思議なほど全くありませんでした。
それどころか、頭の中では強烈なエラー音が鳴り響きながらも、
「……確かにおっしゃる通りだなぁ………………」
と、相手の指摘したロジックの正しさを、私の内面OSがスッと受容してしまったのです。
面接官の言う通り、私には「自分が納得できない環境に置かれたとき、システム全体がエラーを起こして動かなくなる」という致命的な仕様(バグ)がありました。
そして、その場をやり過ごすために、「いえ! どんな配属になろうと喜んで全力で尽くします!」と、自分のOSに嘘をついて調子よく取り繕う器用さは、私にはこれっぽっちも備わっていなかったのです。
結局、その場では全然うまく言葉を返すことができませんでした。
(その面接自体はなんとか通過したものの、最終的にはその企業とはご縁がありませんでした。)
当時の私は、この結果をショックや挫折として引きずることはありませんでした。
ただ、相手のロジックの正しさをスッと認めてしまったからこそ、
「なるほど、自分には他者のモノサシに柔軟に自分を合わせることができない仕様があるのだな」と、客観的な事実として静かに受け止めていました。
自分で決めたことなら無敵のパフォーマンスを発揮する「自己完結OS」が、他者のルールという外部システムと接続した瞬間に、プロトコルエラーを吐き出す。
その仕組みのズレをまざまざと突きつけられた感覚でした。
不器用な接続と、「腹落ち感」という真のエンジン
それでも、他者のモノサシと摩擦を起こしながらも、就職活動は進んでいきました。
最終的に私は、無難に自分の「やりたいこと」と合致していると思えた、アパレルメーカーへと就職することになります。
不格好ながらも社会との接続を果たし、その後の厳しい仕事の現場をサバイブしていく中で、私は当時の面接で起きたエラーの「真の正体」を理解することになります。
私は、単に「好きなことしかやりたくないワガママな人間」だったのでしょうか。
答えはNoでした。
社会に出てから気づいたのは、私のシステムが真に駆動するための絶対的な条件は、主観的な好き嫌いではなく、**「腹落ち感(納得感)」**というインプットがあることでした。
ここで言う「納得」とは、決して主観的な「好きなことだけをやりたい」というわがままな自己主張ではありません。
**「自分なりの解釈だとしてもその構造や目的に対して納得し、論理的に組み立てられているからこそ、他者に対しても自信を持ってその目的と役割を説明できる状態」**のことです。
たとえそれが、他者から見れば「泥臭く、評価されにくい地味な裏方仕事」であっても、
「システム全体の中で、このタスクにはどういう目的があり、どういう役割を果たしているのか」という【構造の目的】さえ論理的に腹落ちしていれば、私のOSは驚くほどの馬力で、誰よりもフルコミットして稼働し続けるのです。
逆に、目的や構造が曖昧なまま「とりあえず上からの指示だからやっておいて」という他者のモノサシを盲目的に受け入れることは、私のシステム設計上、どうしても違和感がある仕様だったのです。
あの日の面接官の指摘は、まさに私という人間の取扱説明書(仕様書)の核心を、私自身よりも先に鋭くデバッグしていたのでした。
もし、あの日の面接に戻れるとしたら
自分のOSの仕様を深く理解し、客観的に言語化できるようになった今の私なら、あの面接官の鋭い問いに対して、きっとこう返すと思います。
「はい、おっしゃる通り、私は目的のわからない作業を盲目的にこなすことには違和感を感じる人間です。
しかし、私の言う『納得』とは、決して主観的な好き嫌いという意味ではありません。『組織全体の中で、その業務がどういう役割を果たしているか』という【構造の目的】さえ理解できれば、私はどのような環境でも誰よりもフルコミットし、最適化を実装することができます。
ですので、もし仮に納得のいかない配属になった場合でも、すぐに諦めて辞めるのではなく、まずは一旦素直に受け入れて経験を積み様々なことを学び取り、その中で自分なりに真の目的を見出し、自分自身をそのシステムにアジャストさせていきます」
他者の用意したモノサシに対して、自分を無理やり歪めて「擬態」する(嘘をつく)必要はありません。
自分のOSの仕様を明記した「取扱説明書(API仕様書)」をロジックとして、接続を確立する。
それこそが、かつての「不器用なバグ」を反転させて獲得した、現在の私の「アーキテクト思考」としての立ち回りです。
面接での「内心のバグ受容」と、その不器用な摩擦の中から見出した「腹落ち感」という駆動条件。
私は、外と内の境界線をしっかりと引きながらも、他者のシステムに自分をどうアジャストさせるかという「接続プロトコル」の手がかりを掴み、大学を卒業しました。
しかし、その先に待ち受けていたのは、私がそれまで一度も経験したことのない、
「他者」という予測不可能な変数の嵐が絶え間なく吹き荒れる、新卒アパレルメーカーという圧倒的な現実のフィールドだったのです。
【次回予告】
ルーツ編⑤:社会人初期。アパレルメーカーという「他者変数の嵐」の中で、私というバックエンドOSが直面した強烈なアレルギーと、譲れない防衛線の引き方。
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