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20代後半、無職の背水の陣で掴んだ「新たなフィールドへの挑戦」

20代後半、私はそれまで経験した2社の会社員生活に終止符を打ち、「無職・無収入」の状態で公務員試験の勉強に専念するという極端な決断をしました。

働きながら勉強するような中途半端な保険をかけず、決めた期間で確実に結果に結びつけるために、100%コミットしようと思ったからです。

退路を断って完全に無職になる。
それは世間一般の視点から見れば、単なる「逃げ」や「甘え」に見えるかもしれませんし、実際にそう映るのが極めて一般的な捉え方だと思います。
私自身、その見方を否定も肯定もしません。

ただ、私にとってその撤退は単なる逃避ではなく、自分の特性を客観的に理解した上で、本来の力がより活きる「新たなフィールドへ方針転換(ピボット)する」ための前向きな選択でした。

撤退という意味では、これまでの会社に居続ける方が自分にとってリスクだと感じました。


ハックによる適応と、OSをさらに活かせる環境への希求

社会人として最初に入ったアパレルメーカーで営業職に就いた時、私はクライアントの懐に器用に入り込んでいけるような性格の人が、この職種に向いているのではないかと感じていました。
しかし、私はそれが苦手でした。

代わりに、懐に入るのが得意な同僚に同行してもらってフロントを手伝ってもらったり、デザインや仕様の調整ではデザイナーも巻き込んだりして、私自身が「プロジェクトマネージャー(PM)」のように全体を動かす役割にシフトさせました。
そして、他者が面倒がるニッチな要望を丁寧に拾い上げることで、営業というフィールドを客観的にハックしました。

2社目の社内教育のソリューションを提供する会社でも、組織の管理体制や、「会社が一律で社員に研修を受けさせる」というアプローチそのものに対する違和感を覚えながらも、
「自分自身が納得できるロジック(腹落ち感)」を再構築することで、ブレずに淡々と仕事をしました。

このように、ハックによって局所的に適応し、業務を遂行することは可能でした。

しかし、この営業というフロントエンドで工夫を重ねて走り続けるよりも、そもそも自分の「納得感を重視する内向ベクトル」や「構造を把握しシステムを組み立てる特性」を、よりダイレクトに活かせる環境があるのではないか。

そう考えたことが、行政というルールやシステムから「ものづくり」を支援するバックエンド(仕組み側)へ人生をピボットさせる動機となりました。


あえて退路を断つ——無職・無収入という「独立した環境」の設計

自分が目指すフィールドに気持ちが切り替わったからには、確実に結果に結びつけるために100%コミットしようと思いました。
だからこそ、中途半端な保険をかけずに完全に退職しました。

それは、他者というコントロール不能な変数(会社の人間関係、周囲からの「大丈夫?」という余計な心配やノイズなど)を100%シャットアウトし、結果が「自分の努力」のみに依存する「絶対評価の空間」を作るための環境ハックでもありました。

予備校での勉強も、集団で授業を受ける形式ではなく、個別に授業の録画を見て自分のペースで進める形式を選択しました。教室が空いている朝早くに予備校に行き、夜までひたすら勉強する。
この、ノイズのない空間で自分のペースを貫くプロセスは、かつての大学受験での学習と同様に、私のOS(自律的な自己決定)が最も効率よく回る形式でした。

他者という変数から隔離した途端、
強烈な不安すらもただ「こなすべき勉強タスク」へと変換され、フルスロットルで日々のルーティンが自発的に起動していきました。

ちなみに、
それまで法律には一切興味がなかったですが、
勉強してみると割と身近なことがこういう考えのもとに成り立っているのだと知れて、意外と面白かったですよ!


不安を抱えながらも淡々とシステムを回す

とはいえ、合格に対する確実な保証はどこにもなく、勉強中も不安が完全に消えることはありませんでした。
本番の試験問題がたまたま自分にとって解きやすかったというラッキーな側面もあり、冷静に振り返れば、すべてを自分でコントロールできたわけではありません。

ただ、「自分で決断して腹落ちしている」からこそ、どれだけ不安があっても「やるしかない」と、毎日朝から夜まで淡々と自分の行動(勉強)を積み重ねることができました。

コントロールできない結果に一喜一憂するのではなく、自分が今コントロールできる「今日の勉強」という処理をただ愚直に回し続ける。
かつて大学受験でも稼働した、高いけれど不可能ではないハードルへ最適化して突っ込む特性が、ここでも静かに稼働し、結果を力強く引き寄せました。

結果が自分の行動に100%依存する空間では、不安すらもただ処理すべき変数として扱い、淡々とルーティンを継続することができたのです。


合う・合わないを認識した先にある「新たなフィールドへの挑戦」

無職という過酷な環境ハックを経て掴み取った「地方自治体(行政)」という新しいフィールド。

それは「安定」を求めた選択ではなく、
幼少期から身近に感じてきた「ものづくり(下町の職人や町工場)」を、プレイヤーやフロントとしてではなく、社会のルール・システム(バックエンド)の側から支援する立場(中小企業支援など)で関わるための、極めて必然的な選択でした。

会社を辞めることに対して、世間的には「逃げ」と捉えられることも、「後ろめたさ」を感じることもあると思います。

しかし、自分が力を発揮できる領域がどこで、何が自分にとって合うのか・合わないのかが冷静に分析できていれば、それは逃避ではなく、「新たなフィールドへの前向きな挑戦」なのだと思います。


【次回予告】
自分にとって何が合い、何が合わないのか。その「自分OSの仕様」を客観的に見極めるためには、徹底的な自己分析が必要でした。
次回は、私がなぜそこまで自分を解体し、自己分析を重ねるようになったのか。その内発的な動機と、自分のOSを最適化し続けるプロセスについて綴ります。

次回:「なぜ私はここまで自己分析するのか?」——自らの内なる違和感と向き合い、システムを最適化し続ける動機

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