005. ジャガイモを待つ季節——雑草マルチの中で春は動いている
畑に来ても、何も変わっていないように見える日がある。
芽も出ていないし、動きもない。ただ、先週と同じ土が広がっているだけ。
それでも、その場所に立つと「ここで何かが始まっている」と感じる。
ジャガイモを植えたあとの畑は、そんな静かな時間に包まれている。
3月中旬。畑に来るたびに、ジャガイモの様子を見ている。
先週植えたばかりだから、当然まだ何も見えない。でも毎回、同じ場所に来て、同じ土を眺めている。土の中では何かが起きているはずだ。発芽を待つって、こういう感じなんだと思う。
見えないものを信じる時間
ジャガイモって、種芋を埋めたらもう本当に何もできることがない。水もやらないし、肥料も入れない。自然農だから、そこにある環境を信じて、ただ待つだけ。
毎週末、畑に来るたびに同じ行動をしている。その場所に立って、土を見て、「ここだ」って思い出して、去る。それの繰り返し。
奇妙に聞こえるかもしれないけど、自分はこの時間が好きだ。何もしないで待つこと。農業をやってみて初めて、この感覚が必要なんだって気づいた。
雑草が「マルチ」になる
ジャガイモを植えた畝には、もともと雑草がいっぱい生えていた。自然農だから、この雑草をそのままにしておく。むしろ活用する。
雑草が土を覆う。それが天然のマルチになる。雨が降ったとき、雑草があることで土が流れにくくなるし、土の湿度も保たれる。ジャガイモが発芽するまでの間、この雑草たちが守ってくれている感じがする。
以前の畑では、ブロッコリーの残渣を雑草の上に置いて、有機物マルチを作ろうとしていた。あの時も思ったのは、「畑って何もないところじゃなくて、いろんなものがそこにある」ってこと。雑草も、落ち葉も、作物の残渣も。全部が土に還っていく。
ジャガイモのためのマルチなんて、わざわざ何かを買ってくる必要はない。そこにあるものを使えばいい。
発芽までの日数を数えていない
ジャガイモが発芽するまで、どのくらいかかるのか。正確には知らない。「そのうち出てくるだろう」くらいの感覚。
ブロッコリーのときは「終わりが見えた」って感じた。根元が腐ってきたから、「ああ、もう片付けどきだな」って判断できた。でもジャガイモの場合は、出てくるまでは何も見えない。
来週来たときに「あ、出てる」って思うのかもしれないし、もう2週間先かもしれない。その曖昧さを受け入れるのが、自然農のやり方なんだと思う。
毎週同じ場所に立って、土を見守る。それだけ。
春の畑は「待つ」だらけ
ブロッコリーを解体して、残渣を畝に戻しているあたりも、ニンジンとラディッシュの種をもらいに行ったけどまだ配られていなかったのも、全部「次のステップへ向かう準備の最中」なんだ。
春は、見えないところでいろんなことが進んでいる。土の中でも、落ち葉の下でも、雑草の根元でも。
ジャガイモを見守ることで、自分もその動きの一部になれている気がする。毎週末、同じ場所に立つ。何もしない。ただ「ここにいるよ」って言い続ける。農業ってそういうコミュニケーションなんじゃないかと、最近思い始めた。
来週末、発芽していたら最高だ。でも出ていなくても、それはそれでいい。そのときはまた来週、同じ場所で土を見つめるだけ。
その繰り返しの先に、いつか芽が出る。
芽が出る瞬間を、自分は直接見ることはできない。
でも、その準備は確実に土の中で進んでいる。
来週もまた、同じ場所に立つだろう。
何も変わらなくてもいい。変わっていたら、もっといい。
待つこともまた、畑の仕事のひとつ。
そう思えるようになった春だった。
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