「江戸の妖怪」講座
―物の怪は「怖い」から「楽しい」へ
この章は、妖怪講座を一緒に聞いた奥さんが執筆した。ともに数年前に訪れた岩手県遠野市を振り返りつつ、この講座で思い浮かんだことを気ままに綴った。(りす)
夏といえば妖怪―。石神井公園ふるさと文化館(東京都練馬区)で開催された講座「江戸の妖怪」を聞いてきた。講師は、法政大学理工学部教授の横山泰子氏。「江戸の妖怪革命」という言葉が新鮮だった。横山氏によると、妖怪にも歴史があり、江戸時代の半ばに入ると、人を化かしたり退治されたりする恐怖の対象としての妖怪観は薄れ、妖怪は娯楽の対象へと変化した。この転換を、横山氏は妖怪研究仲間の香川雅信氏(兵庫県立歴史博物館学芸課長)とともに「妖怪革命」と呼んでいるそうだ。
連載リンク「江戸の妖怪」シリーズ:「妖怪リサイクル―再び畏怖の対象へ」「妖怪と蒸気機関―同じ土壌に咲いた花」
種明かし
江戸時代には、妖怪はキャラクター化され『妖怪図鑑』が出版された(浮世絵師・鳥山石燕『画図百鬼夜行』)。さらに、面白いのは「妖怪手品」があったこと。人為的に妖怪を作り出して楽しむという文化があり、種や仕掛けの実演方法を説明した伝授本まであったという。
例えば、三つ目の化け物は、顔にホタルやアワビの貝を貼り付けて表現したそうだ。河童の出し方に至っては、子どもを川に入れておき、人が集まったタイミングで出させるという驚きの、なんとも大らかなやり方が紹介されていたらしい。
河童と言えば、「河童淵」(岩手県遠野市)を訪れたことを思い出した。河童はキュウリが好物とされていて、河童を誘い出すために現地では釣り竿とキュウリがセットで貸し出されていた。妖怪を"体験"する仕掛けは、江戸の妖怪手品と地続きのように思える。
怖いはずのものを進んで楽しむ気持ちは、身に覚えがある。高校時代に通っていた塾で、「百物語」を真似て机に蝋燭を立て、一人ずつ怖い話をしていった夜のことを今でも覚えている。あの夜のゾクゾクする感覚も、突き詰めれば娯楽としての恐怖だったのだろう。
妖怪革命
江戸の妖怪革命以後の世界を生きて、今も妖怪を楽しんでいる。だが、この妖怪革命はいつまで続くのだろう。思えば妖怪革命の正体は、種と仕掛けが分かることだった。仕組みが見えた瞬間、恐怖は娯楽に変わった。
生成AIは、人知を超える未来が予測されるのも、未知ゆえだろう。だが、江戸の妖怪と違い、人間の作り話ではなく、実際に社会を動かす実体だ。種明かしをしても、なお制御しきれないかもしれない。だとすれば次に訪れるのは、恐怖が娯楽に変わる転換ではなく、恐怖と娯楽が同居したまま、日常に溶け込んでいく転換なのかもしれない。
この先、江戸とは違う妖怪革命を見てみたい。(この項、終わり)
(写真:『りすの独り言』トップ画像/河童釣り=AI作成)
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