中国・四国横断の旅#8|石見銀山・大久保間歩ツアーで世界遺産の坑道を探検
2024年11月3日、日曜日。
6時30分起床。
前日のロングドライブの疲れは、当然残っている。
そりゃそうである。
雨の夜に大阪を出て、錦帯橋を見て、唐戸市場でふぐを食べて、萩を通って浜田まで来た。
体のほうも「今日は休みでええんちゃうか」と言っている。
前回の話はこちらです。
このシリーズのまとめ記事はこちらになります。
中国・四国横断の旅
でも、旅先の朝はなぜか起きられる。
7時40分、ホテルで和定食。
ご飯、味噌汁、焼き魚、小鉢。

こういう朝食は、家で食べるより少しうまい。
たぶん、作らなくていいからだと思う。
浜田城跡は、城よりも情報量が多かった
8時、浜田城跡へ向かった。
浜田城跡は、江戸時代初期に築かれた城跡で、今は石垣がわずかに残っている。
派手な天守があるわけではない。
観光地として分かりやすい場所でもない。

でも、歩いてみると妙に情報量が多い。
石垣があり、神社があり、慰霊碑がある。
ノモンハンの慰霊碑もあった。
「こんなところにノモンハンか」と思う。
歴史というのは、こっちが知らないだけで、いろんな場所につながっている。

さらに柿本人麻呂の石碑もある。
城跡を見に来たはずなのに、城以外の話がどんどん出てくる。
これはこれで面白い。
浜田城跡というより、歴史の寄せ鍋みたいな場所だった。
8時40分、チェックアウト。
次の目的地は、石見銀山である。
道の駅サンピコごうつで、島根の真ん中に立ち寄る
9時40分、道の駅「サンピコごうつ」に到着。
江津と書いて「ごうつ」。
島根県の真ん中あたりにある町だ。

「サンピコ」の由来は、うみピコ、やまピコ、かわピコ。
海、山、川の3つの恵みがあるからサンピコらしい。
かわいいような、勢いで決めたような名前である。
でも覚えやすい。
店内には地元の特産品が並んでいて、旅の途中に寄るにはちょうどいい。
こういう道の駅に寄ると、その土地の観光地ではなく、生活の入口を少しだけのぞいた気分になる。
ここには「石見神楽劇場 舞乃座」もあった。
石見神楽は、この地域に伝わる伝統芸能。
今回は時間がなくて見られなかった。
こういう「次に来たら見たい」が残るのも、旅のいいところである。

道の駅を出て、石見銀山へ向かう。
石見銀山は、自転車で走るくらいがちょうどいい
11時、石見銀山大森代官所跡駐車場に到着。
ここで自転車を出す。
石見銀山の町並みは、車で一気に回るより、自転車でゆっくり走るくらいがちょうどいい。
歩くには少し広い。
車だと早すぎる。
自転車だと、町の速度に合う。
11時10分、羅漢寺 五百羅漢へ。

ここには500体を超える羅漢像が並んでいる。
羅漢寺は、明和3年、1766年に創立された寺。
石見銀山で亡くなった人々の霊や、先祖の霊を供養するために、25年かけて建立されたという。
岩盤をくり抜いた石窟の中に、羅漢像が並んでいる。

ひとつひとつ、表情が違う。
笑っているようにも見える。
考え込んでいるようにも見える。
こちらをじっと見ているようにも見える。
こういう場所に来ると、「世界遺産」という大きな看板よりも、ここで働き、ここで亡くなった人たちの気配のほうが前に出てくる。
石見銀山は、銀が採れた場所である。
でも、それは同時に、人が掘った場所であり、人が苦労した場所でもある。
五百羅漢は、そのことを静かに伝えていた。
11時半、穴子巻き寿司を食べて腹ごしらえ。
こういう小さな食事が、あとから妙に残る。
次はいよいよ、大久保間歩ツアーである。
大久保間歩ツアーは、観光というより探検だった
12時、石見銀山世界遺産センターに到着。
12時30分から、大久保間歩ツアーに参加する。
このツアーは人数限定。
今回も満員だった。
まずバスで移動する。
金生坑近くの駐車場まで行き、そこから坑道へ歩いて向かう。
前の回の参加者たちとすれ違う。
みんな、ヘルメットと長靴姿である。
その姿を見るだけで、少し気分が上がる。
こちらもヘルメットと長靴を装着する。
これだけで、もう観光客ではなく、探検隊の一員みたいな気持ちになる。
単純である。
いよいよ、大久保間歩へ入る。

坑道の中は、暗くて、濡れていて、蝙蝠がいた
坑道の中は、別世界だった。
狭い。
暗い。
濡れている。
足元はぬかるんでいる。

油断すると滑りそうになる。
「世界遺産を見に来た」というより、「ほんまに中へ入ってしもた」という感じがある。
巨大な採掘空間を抜けると、さらに狭い坑道が続く。
そして、蝙蝠がいた。

リアル蝙蝠である。
演出ではない。
本物が飛んでいる。
観光地として整えられているとはいえ、坑道の中に入ると、ここが昔の人たちにとって仕事場だったことが分かる。
ただの見学場所ではない。
ここで掘っていた人がいた。
ここで汗をかいていた人がいた。
ここで命を削っていた人がいた。
ガイドさんの説明では、江戸時代にはノミとハンマーで岩盤を掘り進めていたという。
明かりは油灯。
換気も悪い。
事故もあっただろう。
本で読むと「そうなんや」で終わる。
でも、実際に坑道を歩くと、少しだけ体に入ってくる。
暗さ。
湿気。
足元の悪さ。
空気の重さ。
銀というきれいな言葉の裏側に、こういう場所があったのだと思うと、世界遺産の見え方も変わる。

14時45分、世界遺産センターに戻った。
坑道から出たあとの外の明るさが、やけにまぶしい。
空気もうまい。
普段なら何も思わないことが、少しだけありがたく感じる。
単純である。
でも、坑道に入ると本当にそうなる。
石見銀山は、派手ではないからいい
石見銀山は、世界遺産である。
でも、派手な観光地ではない。
巨大なモニュメントがあるわけでもない。
分かりやすい写真映えスポットがあるわけでもない。
あるのは、坑道と、町並みと、五百羅漢と、静かな空気。
それでいい。
というか、それがいい。
観光地として整えすぎると、失われるものがある。
石見銀山には、その失われそうなものが残っている感じがした。
大久保間歩ツアーは、予約が必要だ。
ヘルメットと長靴は貸してもらえる。
服は汚れてもいい格好が安心。
坑道の中は足元が濡れているので、きれいな靴で行く場所ではない。
世界遺産を見に行くというより、昔の仕事場に少しだけ入らせてもらう。
そんな気持ちで行くと、かなり面白い。
石見銀山を出て、次は広島県三原市へ向かう。
三原で、目当ての店が閉まっていた
18時35分、広島県三原駅に到着。
ホテルから少し離れた三井のリパークに車を停める。
そこから三原城の天守台を経由しながら駅の南側を歩き、北側のホテルへ向かった。
18時57分、チェックイン。
荷物を置いて、晩ごはんへ向かう。
19時、駅前の鉄板焼き店「つぼみ」を目指した。
閉まっていた。
旅先で目当ての店が閉まっていると、けっこうダメージがある。
こちらの胃袋は、もうその店に合わせて準備を始めているからである。
でも、閉まっているものは仕方ない。
駅南側の「おしゃべりクック」という店に入った。
1965年開業の、地元の人でにぎわう店だった。
お好み焼き。
焼きうどん。
ビール。


結果的に、かなり良かった。
広島のお好み焼きは、やっぱりうまい。
焼きうどんも、思った以上にいける。
デザートには、もみじ饅頭も食べた。
広島に来た感を、少し強引に回収する。
20時、ホテルに戻る。
ロングドライブと坑道探検の疲れが、どっと出る。
この日はよく動いた。
予定どおりにいかなかったところが、あとで残る
この日を振り返ると、浜田城跡、道の駅サンピコごうつ、石見銀山、大久保間歩、三原。
場所だけを並べれば、ちゃんとした旅程に見える。
でも実際には、そんなに整っていない。
朝から城跡を歩き、
ノモンハンの慰霊碑と柿本人麻呂に引っかかり、
道の駅でサンピコという名前に少し反応し、
五百羅漢を見て、
穴子巻き寿司を食べ、
ヘルメットと長靴で坑道に入り、
蝙蝠に出会い、
三原で目当ての店が閉まっていた。
でも、たぶん、あとから残るのはそういうところだ。
石見銀山の静けさ。
坑道の暗さ。
外に出たときの空気。
閉まっていた店。
代わりに入った店のお好み焼き。
旅は予定どおりにいかないから面白い。
というより、予定どおりにいかなかった部分に、その旅らしさが出る。
明日は尾道へ向かう。
そして、向島へ渡る。
自転車で走る予定である。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
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