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決断を外注し続ける組織|決めない知性③

“決めない人”ほど偉くなる理由|決めない知性 ①
AIに任せたいのは分析ではない|決めない知性 ②


今まで私は、

いろんな会議に参加してきた。

営業提案の会議。

定例会議。

部門会議。

進捗会議。

打ち合わせ。

企画会議。

改善会議。

DX会議。

AI活用会議。

名前はいろいろ違った。

でも不思議なことに、

途中から全部同じものに見えるようになった。

 

「なんで決めないの?」


会議室に座りながら、

何度そう思ったか分からない。

 

もちろん、

誰もサボっているわけじゃない。

 

みんな真面目だった。

 

数字も見ている。

 

リスクも考えている。

 

質問もしている。

 

資料も作っている。

 

誰も空気を乱さない。


誰も怒らない。


誰も反対しない。


誰も責任を押し付けてもいない。

 

でも、

何も決まらない。



ある会社では、

会議がバレーボールに見えた。

 

「ここどうしますか」

 

担当者がトスを上げる。

 

「一度確認して」

 

管理職がレシーブする。

 

「確認しました」

 

担当者が返す。

 

「リスクあるよね」

 

また返ってくる。

 

また確認。

 

また会議。

 

また検討。

 

誰もボールを落とさない。

 

でも、

誰もスパイクを打たない。

 

点が入らない。

 

ラリーの時間だけが続いている。



最初は、

慎重なんだと思っていた。

 

でも途中から違和感が出てきた。

 

これ、

本当に慎重なんだろうか。

 

それとも、

決めないことを慎重と呼んでいるだけなんだろうか。

 

さらに怖かったのは、

この状態が会社の中だけで終わらないことだった。

 

営業は見ている。

 

取引先も見ている。

 

市場も見ている。

 

「あの会社は決まるまで時間がかかる」

 

そう学習される。

 

もちろん誰も表では言わない。

 

でも、

情報は決まりやすい会社へ先に流れる。

 

提案もそうだ。

 

新しい案件もそうだ。

 

市場は誰かを責めない。

 

ただ、

流れやすい場所へ流れる。


孤立は突然起きない。


気づかないほど緩やかに、

優先順位の外側へ押し出されていく。



そして会社は、

もう一つ大きなものを失う。

 

社員の時間だ。

 

会議。

 

確認。

 

議事録。

 

追加資料。

 

再確認。

 

再調整。

 

給与が発生している時間。

 

人生の時間。

 

本来5分で終わる話が、

数週間かかることもある。

 

しかも不思議なことに、

多くの会社はこのコストを見ない。

 

請求書が来ないからだ。

 

だから気づきにくい。



私が一番怖いと思っているのは、

そこではない。


挑戦が消えることだ。

 

営業は本来、

その場で判断できた方が強い。

 

過去の事例もある。

 

金額も範囲内。

 

リスクも想定内。

 

本当なら、

その場で言える。

 

「この条件なら進めましょう」

 

でも言えない。

 

なぜなら、

線が存在しないからだ。

 

どこまでが自分の裁量なのか。

 

どこから確認が必要なのか。

 

何がOKで、

何がNGなのか。

 

言語化されていない。

 

だから言葉は変わる。


「一度、社内に持ち帰ります」

 

確認する。

 

相談する。

 

「ケースバイケースだね」


「状況を見て判断しよう」


「都度確認で」


一見、柔軟で賢明に見える。

 

でも続くと変わる。

 

営業は学習する。

 

自分で判断しなくなる。

 

自分で提案しなくなる。

 

自分で責任を持たなくなる。

 

なぜなら、

挑戦して怒られるリスクの方が、

挑戦して評価される可能性より大きいからだ。

 

すると営業は、

「確認します」

が上手になる。

 

でも、

「この条件ならやりましょう」

が言えなくなる。

 

これが一番怖い。


会社に循環を促す、

営業という心臓が弱くなる。

 

営業は、

外から仕事を運んでくる。

 

新しい顧客。

 

新しい案件。

 

新しい可能性。

 

会社にとっての血液だ。

 

でも、

血液は流れなければ意味がない。

 

どれだけ案件があっても、

どれだけ提案があっても、

決められなければ循環しない。

 

営業は市場との接続部分だ。


だから最初に営業が学習する。


挑戦しなくなる。

 

提案しなくなる。

 

判断しなくなる。

 

心臓が弱くなる。

 

決まらない会社は、

営業が育たないのではない。

 

営業が、

育たないように学習していく。

 

そして最終的に、

全部が上へ戻る。

 

課長確認。

 

部長確認。

 

役員確認。

 

社長確認。

 

判断は集中する。

 

だから上は疲れる。

 

現場は遅くなる。

 

会議は増える。

 

確認も増える。

 

でも、

決断だけが増えない。

 

会社を止めているのは、

能力不足なんだろうか。

 

知識不足なんだろうか。

 

本当にそうなんだろうか。

 

なぜなら私は、

優秀な人が集まっている会社ほど、

同じ光景を見てきたからだ。

 


私は最初、
それでも知識の問題だと思っていた。

 

判断材料が足りないのだと思っていた。

 

だから会社は学ぶ。

 

MBAを取る。

 

コンサルを入れる。

 

AIを導入する。

 

実際、

どれも間違っていない。

 

最近は、

AIを思考の道具として使う方法も増えている。

 

問題を抽象化する。

 

個人の問題ではなく、

組織の問題として見る。

 

例えば、

若手社員の仕事が遅い。

 

これを、

本人の能力不足ではなく、

組織設計の問題として考える。

 

とても重要な視点だと思う。

 

でも私は、

それを見た瞬間に思った。

 

これ、

子どもが宿題をやらない時と、

同じじゃん。

 

親は考える。

 

どうやったら宿題をやるか。

 

タイマーを置く。

 

進捗を確認する。

 

ゲームを禁止する。

 

宿題管理アプリを入れる。

 

毎日通知も飛ばす。

 

確かにやる。

 

でも、

親が管理をやめたらどうなるだろう。

 

たぶん、

すぐやらなくなる。

 

これは当たり前だ。

 

なぜなら、

宿題をやる構造が変わったわけではないからだ。

 

管理が増えただけ。


ずっと管理しなきゃいけないのか?


これが理想的な親なのだろうか?

 

私は会社を見ていて、

同じことを思う。

 

進捗会議を増やす。

 

確認フローを増やす。

 

レビューを増やす。

 

管理資料を増やす。

 

AIで整理する。

 

確かに回る。

 

でも、

管理を外したらどうなるだろう。

 

結局、

また戻る。

 

だから私は、

それを見るたびに思う。

 

これ、

宿題アプリを導入しただけじゃない?

 

AIも同じだ。

 

AIは整理してくれる。

 

比較してくれる。

 

候補も出してくれる。

 

冷蔵庫を買う時を思い出してほしい。


今はありとあらゆる冷蔵庫がそろっている。

 

価格も違う。

 

機能も違う。

 

レビューも違う。

 

比較サイトもある。

 

ランキングもある。

 

AIに聞けば候補まで出てくる。

 

でも最後、

こうなる。

 

「で、どれ買うの?」


家電なら買い替えられる。


でも、
仕事だと自分だけの問題じゃなくなる。

 

会議室も同じ。

 

比較資料は揃っている。

 

競合分析も終わっている。

 

リスクも整理されている。

 

選択肢も見えている。

 

でも最後、

同じことが起きる。

 

「もう少し検討しましょう」

 

冷蔵庫を悩む場所が、

会議室になっただけだ。

 

情報は増えている。

 

比較も終わっている。

 

整理もされている。

 

でも、

誰も決めない。

 

そして私は、

MBAにも同じ匂いを感じてしまう。

 

知識が増える。


フレームワークが増える。


分析も増える。


比較も増える。


選択肢も増える。


でも、

決断だけ増えない。


会議室を見ていると、

時々こう思う。


AIを入れるのと何が違うんだろう。

 

MBAを取る。

 

AIを導入する。

 

コンサルを入れる。

 

決めない組織ほど、

情報だけが増えていく。

 

なぜなら、

決めなくて済むからだ。

 

検討は続けられる。

 

分析も続けられる。

 

比較も続けられる。

 

でも決断だけは、

先送りできる。

 

だから時々、

会議室を見ながら思う。

 

みんなで決断を探しているように見えて、

 

実は、

決断しなくて済む理由を探しているだけじゃないのか。


会議室の風景を見ていて、

ふと思った。

 

私が見ていたのは、

「決まらない会社」じゃない。

 

「決断を外注し続ける組織」

だった。

 

営業へ。

 

上司へ。

 

会議へ。

 

コンサルへ。

 

MBAへ。

 

AIへ。

 

みんな少しずつ、

決断を預けていく。

 

でも不思議なことに、

最後だけは戻ってくる。

 

「で、どうする?」

 

その問いだけは、

誰も代わりに引き受けてくれない。




私は長い間、

この違和感をうまく説明できなかった。

 

会議が悪いわけじゃない。

 

真面目な人ばかりだ。

 

優秀な人もいる。

 

知識もある。

 

情報もある。

 

なのに、

なぜ同じ場所で止まり続けるのか。

 

不思議だった。

 

でも、

いろんな会社を見ているうちに、

少しずつ見えてきた。

 

会社には、

見えないルールがある。

 

就業規則じゃない。

 

業務マニュアルでもない。

 

でも、

確実に存在する。

 

誰が決めるのか。

 

どこまで挑戦していいのか。

 

失敗したら何が起きるのか。

 

反対意見を言っていいのか。

 

途中で相談していいのか。

 

どこまで自分で判断していいのか。

 

そういうものだ。

 

面白いことに、

これは会社によって全然違う。


同じ会社内でも、

部署によっても違う。


上司の機嫌によっても違う。

 

同じ業界でも違う。

 

同じ業種でも違う。

 

同じような商材を扱っていても違う。

 

ある会社では、

若手がその場で判断する。

 

ある会社では、

部長まで確認する。

 

ある会社では、

社長まで上がる。

 

どれが正しいという話ではない。

 

ただ、

その会社が何を恐れていて、

何を許していて、

何を評価しているかは、

驚くほど会議に出る。

 

私は会議室で、

資料より先に、

そこを見ていたのかもしれない。

 


MBAの話も、

AIの話も、

コンサルの話も、

途中から少し違って見えるようになった。

 

それらは、

意思決定を助けてはくれる。

 

でも、

その会社が無意識に持っているルールまでは、

変えない。

 

決断すると怒られる会社。

 

失敗すると責められる会社。

 

全員が納得するまで止まる会社。

 

前例がないと進まない会社。

 

そういうルールが残ったままなら、

新しい道具を入れても、

結局は同じ場所に戻る。


「で、どうすんの?」


「やるの?やらないの?」


「どれを選ぶの?」


私はそれを、

何度も、何度も、見てきた。


マニュアルを作ったのに戻る。

 

改善したはずなのに戻る。

 

制度を変えたのに戻る。

 

仕組みを入れたのに戻る。

 

AIを入れたのに戻る。

 

なぜか。

 

変わっていないものがあるからだ。

 

会議室で本当に止まっていたのは、

情報ではなかった。

 

知識でもなかった。

 

もっと手前にある、

「決断を誰かに預け続ける構造」

だった。


そして厄介なのは、

その構造にいる本人たちは、

ほとんど気づいていないことだ。


自分が決めていないことに。



もちろん、

これは誰かを責めたい話ではない。

 

私は長い間、

「なんで決めないんだろう」

と思っていた。

 

でも見ているうちに、

少しずつ考えが変わった。

 

決めない人が多いのではない。

 

決めない方が合理的になる構造がある。

 

そう見えるようになった。

 

考えてみれば当たり前だ。

 

決めれば責任が発生する。

 

決めれば失敗するかもしれない。

 

決めれば批判されるかもしれない。

 

でも、

決めなければどうだろう。

 

検討中です。

 

確認中です。

 

調整中です。

 

そう言っている限り、

責任は発生しない。

 

少なくとも、

今この瞬間は。

 

だから組織は、

知らないうちに学習する。

 

決めるより、

検討した方が安全。

 

挑戦するより、

確認した方が安全。

 

判断するより、

相談した方が安全。

 

そうやって、

少しずつ空気が出来上がる。

 

面白いことに、

この空気は誰も作っていない。

 

社長が命令したわけでもない。

 

役員がルール化したわけでもない。

 

でも、

気づけば存在している。

 

誰も怒っていないのに、

みんな慎重になる。

 

誰も禁止していないのに、

みんな確認する。

 

誰も命令していないのに、

みんな決めなくなる。

 

だから私は、

会社を見ていて思う。

 

組織を動かしているのは、

制度だけじゃない。

 

マニュアルだけでもない。

 

人事評価だけでもない。

 

もっと手前にある。

 

「この会社で生き残るには、どう振る舞うべきか」

 

その無意識の学習だ。

 

営業は学習する。

 

管理職も学習する。

 

経営者も学習する。

 

そして気づけば、

全員が合理的に動いている。

 

みんな忙しい。


みんな努力している。


みんな疲れている。


でも、

なぜか景色だけが変わらない。

 

私は長い間、

その光景を不思議に思っていた。

 

でも今は少し違う。

 

会社が止まっているのではない。

 

会社はちゃんと動いている。

 

ただ、

「決めない方が得をする方向」に向かって、

ものすごく効率的に動いているだけなのかもしれない。



そして私は、

あることに気づいた。

 

会社は、

思っている以上に、

その会社らしく動いている。

 

営業が弱い会社なのではない。

 

営業が弱くなる構造を持っている。

 

管理職が決められないのではない。

 

決められなくなる構造を持っている。

 

会議が長いのではない。

 

長くなるように設計されている。

 

最初は偶然だと思っていた。

 

でも、

何社も見ていると、

偶然では説明できなくなった。

 

会議室で起きることは、

だいたい再現される。

 

確認文化がある会社は、

また確認する。

 

前例主義の会社は、

また前例を探す。

 

決裁が重い会社は、

また上へ上がる。

 

驚くほど同じことが起きる。



だから私は途中から、

会議の内容よりも、

会議の動き方を見るようになった。

 

誰が何を話すのか。

 

誰がいつ黙るのか。

 

誰が空気を読むのか。

 

誰が線を引くのか。

 

そこに、

その会社の正体が出るからだ。

 

そして面白いことに、

多くの会社は、

自分たちのルールに気づいていない。

 

魚が水に気づかないように。

 

それが普通だからだ。

 

確認するのが普通。

 

持ち帰るのが普通。

 

全員一致を待つのが普通。

 

部長承認が普通。

 

社長確認が普通。

 

だから疑わない。

 

でも外から見ると、

結構見える。

 

「あ、この会社は決めない方が安全なんだな」

 

「あ、この会社は挑戦より確認が評価されるんだな」

 

「あ、この会社は責任より合意を優先するんだな」

 

そんなことが、

会議の最初の10分くらいで見えてくる。

 

そして私は、

その見えないルールを、

勝手にこう呼んでいる。

 

経営OS。

 

会社が無意識に採用している、

意思決定の基本ソフトみたいなものだ。

 

戦略より前。

 

制度より前。


MBAより前。

 

AI導入より前。

 

もっと手前にある。

 

だから、

ここが変わらない限り、

会社は何度でも同じ場所へ戻る。

 

マニュアルを変えても。

 

制度を変えても。

 

組織図を変えても。

 

AIを入れても。

 

また同じ会議が始まる。

 

私は、

それを何度も見てきた。



でも、

ここで一つ問題がある。

 

経営OSは、

ほとんどの場合、

本人たちには見えない。

 

なぜなら、

それが普通だからだ。

 

転職してすぐ、

その会社独自ルールに軽い衝撃を覚えたことはないだろうか。


最初は違和感を覚える。


けど、すぐ慣れる。

 

それと少し似ている。

 

確認する。

 

持ち帰る。

 

稟議を回す。

 

承認を取る。

 

相談する。

 

会議を開く。

 

本人たちは、

それを当たり前だと思っている。

 

だから気づかない。

 

むしろ、

それが正しいと思っている。

 

私もそうだった。

 

会社員を長くやっていると、

それが仕事だと思うようになる。

 

確認すること。

 

間違えないこと。

 

失敗しないこと。

 

怒られないこと。

 

気づけば、

挑戦することより、

安全に生き残ることの方が上手になる。

 

なぜか前に進まない。

 

なぜか同じ会議をしている。

 

なぜか同じ議論を繰り返している。



私は最初、

能力の問題だと思っていた。

 

でも違った。

 

能力がある人ほど、

その会社のルールを学習していた。

 

優秀だからこそ、

空気を読む。

 

優秀だからこそ、

怒られない方法を覚える。

 

優秀だからこそ、

確認を怠らない。

 

そして気づけば、

優秀な人ほど決めなくなる。

 

これは皮肉だと思う。

 

会社は優秀な人を集める。

 

でも、

優秀な人ほど、

その会社のOSに適応していく。

 

だから途中から私は、

人を見るのをやめた。

 

営業が悪いのか。

 

管理職が悪いのか。

 

社長が悪いのか。

 

そういう話ではない気がした。

 

もっと手前だ。

 

人を変えても戻る。

 

制度を変えても戻る。

 

AIを入れても戻る。

 

なぜなら、

その会社の「普通」が変わっていないからだ。



そして一番厄介なのは、

その普通が見えないことだ。

 

見えないから直せない。

 

見えないから議論にもならない。

 

見えないから、

みんな現象だけを追いかける。

 

営業が弱い。

 

会議が長い。

 

決裁が遅い。

 

人が育たない。

 

離職率が高い。

 

もちろん、

どれも事実かもしれない。

 

でも私は、

その度に思う。

 

それ、

煙じゃない?

 

火事なのに、

煙だけ追いかけてない?

 

会議室で何年も見てきた。


煙だけ追い払い、

火元を見ないまま。



私は今でも、

会議に参加すると、

つい見てしまう。

 

誰が何を話しているか。

 

ではなく、

誰が決めるのか。

 

資料の出来。

 

ではなく、

どこで止まるのか。

 

優秀な人はたくさんいた。

 

知識もあった。

 

情報もあった。


MBAもあった。

 

AIもあった。

 

それでも、

決まらない会社は決まらない。

 

逆に、

決まる会社は驚くほど決まる。

 

この差は、

能力の差なんだろうか。

 

知識の差なんだろうか。

 

私はそうは思わない。

 

会議室で止まっていたのは、

情報ではなかった。

 

知識でもなかった。

 

もっと手前にある、

決断のルールだった。



もしこの記事を読んでいて、

思い当たる会議が浮かんだなら。

 

思い当たる会社が浮かんだなら。

 

思い当たる上司や部下が浮かんだなら。

 

一度だけ、

別の問いを置いてみてほしい。

 

「なぜ決まらないのか」

ではなく、

 

「この組織は、

何をすると決めない方が得になるのか」

 

もしかしたら、

見えてくる景色は少し違うかもしれない。

 

少なくとも私は、

会議室で何年も同じ光景を見続けた結果、

そう考えるようになった。



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