AIに任せたいのは分析ではない|決めない知性②
前回伝えた、 “決めない構造”は、
AI時代によって、さらに露出し始めている。
最近、
「AIを活用した採用」
「DXによる人材マッチング」
みたいな言葉を、よく見かける。
AIで分析。
データで可視化。
人材最適化。
確かに、時代は変わっていると思う。
でも以前、転職活動をしながら、
少し不思議な感覚になることがあった。
ある企業は、
DX推進を行っているベンチャー企業だった。
生成AIや業務改善にもかなり力を入れていて、
“次世代の働き方”
を強く打ち出している会社だった。
メディアや業界内でも、
“これから伸びる会社”
として扱われているような空気があった。
面談は、社長自ら行っていた。
服装もかなりラフだった。
話し方も柔らかく、
会社のことを話す時は、
すごく生き生きしていた。
「うちは、経歴や知識よりも、人そのものを見ています」
「自立的に動ける人が多いですね」
そう話していた。
私はその時、
「こういう会社なら、
経歴だけじゃなく、
ちゃんと人を見てもらえるのかもしれない。」
その時は、まだそう思っていた。
でも途中から、
感覚は変わっていった。
なんというか、
“言っていること”と、
“実際に見られているもの”が、
少しズレている気がしたのだ。
AI。
DX。
次世代の働き方。
言葉だけ見ると、
かなり未来に進んでいる。
でも、人を見る構造だけは、
そこまで変わっていないのかもしれない。
その時はまだ、
その違和感の正体が、
はっきりとは分かっていなかった。
第1章|“人を見る”会社から届いた不可解な理由
面談自体は、かなり自然に進んだ。
社長は、
「どういう人と働きたいか」
をかなり具体的に話していた。
私はその内容を聞きながら、
社長が求めている人物像に近い部分を、
かなり具体的に整理して、
職務経歴書にも書いていた。
社長が話す人物像と、
自分が書いていた内容が、
ちゃんと繋がっている感覚があった。
「ああ、ちゃんと見てくれていたんだ」
その時、私は少し安心していた。
業界自体は違っていても、
過去にやってきたことの中で、
再現できる部分は多いと思っていたからだ。
「経験や知識より、人そのものを見る」
そう言っていた会社だった。
だから私は、
“同じ業界にいたか”
より、
どう考えて動いてきたかを見ているんだと思っていた。
面談中も、
そこまで大きなズレは感じなかった。
むしろ、
ちゃんと会話ができている感覚があった。
話は弾み、笑顔も多かった。
でも、
後日返ってきたメールには、
「経験値不足」
と書かれていた。
もちろん、
無難な不採用理由として書いただけなのかもしれない。
でも私は、
その文言を見た瞬間、
空虚な感覚になった。
「あれ、結局そこなんだ」
なぜなら、
面談で話していた
「どんな人を求めているか」
より、
最終的に強く見られていたのは、
“同じ業界にいたか”
だったように感じたからだ。
しかも、その会社は、
DX推進そのものを生業にしている会社だ。
だから私は、
少し混乱した。
「AIを使っているんじゃないの?」
未来の話をしているはずなのに、
人を見る構造だけは、
そこまで変わっていない気がした。
第2章|“経験の立体”より、“綺麗な履歴書”
私自身、転職活動の中で、何度も同じことを感じてきた。
私は、家庭の事情で長く就業できなかった期間がある。
興味関心の幅も広かったので、いろいろな職種や業界を経験してきた。
保険、不動産、営業、企画、製造、AI領域など。
環境が変わるたびに、
覚え直して、
人間関係を作って、
またゼロから適応してきた。
長い期間ではなくとも、
その会社ごとに、
必死に覚えて、
結果を出そうとしてきた。
でも、そういう“経験の中身”より、
書類上では、
「転職回数が多い人」
として処理される。
なぜそうなったのか。
その時期に何を見ていたのか。
何を学んだのか。
どんな環境で何をつかんだのか。
そこまでは、ほとんど見られない。
エージェントにも言われたことがある。
「企業名を全部書くと、印象が悪いから」
と。
職歴を減らされた。
その瞬間、
苦い感覚が走った。
なぜなら、
そこに書かれていた会社は、
ただ“在籍していた会社”ではなかったからだ。
でも、
そういう“経験そのもの”より、
「どう見えるか」
の方が優先される。
何を経験してきたかより、
“検索しやすい履歴”
の方が強い。
これは、採用する側にもいたから理解できる。
でも同時に、
少し怖いとも思った。
本来なら、
環境変化への適応力や、
横断的な経験の中にある再現性まで、
見れる時代になっているはずだった。
だが現実に強く見られているのは、
“説明しやすい履歴”
だったりする。
人を見るというより、
検索しやすい形へ整理している。
そんな感覚が、ずっと残っていた。
第3章|“検索しやすい人”を探している
採用する側にもいたから、
企業側の事情が分からないわけではない。
一次面接や、
大量の履歴書・職務経歴書を見ていく側も経験した。
応募者が多ければ、
全員を丁寧に見るのは難しい。
企業側も、
外したくない。
安全に判断したい。
それは理解できる。
でも実際の採用現場では、
最終的に強く見られているのは、
転職回数。
年齢。
性別。
空白期間。
企業名。
そういう、
“判断しやすいラベル”
だったりする。
そして、
求職活動をしながら、
もう一つ気になったことがあった。
入力する情報は、
企業名。
職種。
期間。
それだけ、ということも多かった。
何をしたのか。
どんな場面で力を発揮したのか。
何を考えて動いたのか。
そういう欄は、
なかったり、
あっても必須ではなかったりする。
つまり、
そこは“見ない”。
本当は、
期間、企業名、職種、やったこと、実績。
これだけでも、
AIを使えば、
かなり多くのことが見える。
そこには、
その人の思考や、
行動パターン、
適応の仕方まで出る。
でも現実には、
AIで人を見るどころか、
人をより高速にラベル処理しているように見える。
実際にやっているのは、
履歴書のキーワード検索。
「〇〇経験〇年」
「〇〇業界」
「〇〇職」
“検索タグ”の方が強い。
職種内容や実績を入れても同じ。
本来ならAIって、
「この人、なんでこんな動き方をしてるんだろう」
まで見れる可能性がある。
AIを使って、人を見るのではなく、
AIを使って、“検索しやすい人”を探している。
第4章|下がる知識の価値、上がる判断の価値
昔は、
「この業界を10年経験しています」
に価値があった。
でも今は、知らない単語が出ても、
AIに聞けば数秒で整理される。
商材知識。
業界用語。
比較。
市場情報。
昔なら、
“知っている人しか持てなかった情報”が、
開放されている。
以前、冨山和彦さんの動画の中で、
「高学歴の人ほど、これから難しい時代になる」
という話が出てきた。
冨山さんは、東大法学部卒、スタンフォードMBAを経て、産業再生機構COOや経営共創基盤(IGPI)CEOなどを歴任してきた、日本の経営再生分野ではかなり著名な人物だ。
しかも、これを言っている冨山さん本人が、東大・MBA・超エリート側だ。
私はこの点にも、かなり同感だった。
なぜなら、
今まで高学歴の人ほど、
“正解を早く処理するゲーム”
に適応してきたからだ。
もちろん、
勉強ができること自体は強みである。
でも、
AIが強いのも、
まさにそこだった。
AIは、四次元ポケットみたいなものだ。
知識もノウハウも、
すぐに取り出せるようになる。
でも、
何を取り出し、
どう使うかは、
自分で決める必要がある。
同じ四次元ポケットを持っていても、
誰でも優秀なドラえもんになれるわけではない。
道具を持っていることと、
その場で適切に使えることは違うからだ。
例えばゴルフ。
フォームの理論を知っていることと、
実際に打てることは違う。
コーチが、
そのままプロゴルファーになれるわけではない。
知的労働でも同じ。
知識がある。
情報がある。
選択肢がある。
でも、
・何を選ぶのか
・なぜそれを選ぶのか
・どこで切り替えるのか
・何を優先するのか
ここは、
結局その人の判断になる。
私は最近、
AI時代に本当に問われるのは、
知識や思考力そのものではなく、
「誰が決めるのか」
なのではないかと思っている。
今回変わるのは、
ノウハウの中身ではない。
“取り出しやすさ”。
営業もかなり近い。
営業ノウハウなんて、
昔から本屋にも、
YouTubeにも、
山ほどある。
全部、
かなり前から共有されている。
でも、
それを読んだ人全員が、
トップ営業になっているわけではない。
やり方を知っていることと、
実際にできることは別。
AIによって起きる変化も、
私はここだと思っている。
AIが、
「このお客様にはこの提案」
「この順番で話してください」
と教えてくれたとしても、
実際の現場では、
相手の空気が変わる。
反応がズレる。
沈黙が入る。
予定していた話が、
急に刺さらなくなる。
その時、
何を切り替えるのか。
どこを押すのか。
どこで引くのか。
そこは、
マニュアルでは埋まらない。
AIによって消えるのは、
“覚えなくていい暗記部分”
であって、
“その場で決めること”
ではない。
同じ業界に10年いても、向いていない人もいる。
逆に、未経験でも、すぐ適応する人もいる。
転職活動中、
「求める経験:営業経験」
とだけ書かれていた企業いた。
実績のある営業経験者として応募した。
なのに、
「取り扱い商材の経験がないから」
という理由で、
応募時より低い条件を提示された。
もちろん、企業側の不安も分かる。
でも正直、
商材知識なんて、
1〜2ヶ月もあれば覚えられる内容だった。
しかも今は、AIがある。
でも、それでも強く見られるのは、
“商材経験がある履歴”
だったりする。
見ているのは営業力そのものではなく、
「前にも同じものを売っていたか」
という、
説明しやすい安心感だった。
だから私は、AI時代に起きるのは、
「人間が不要になること」ではないと思っている。
今まで、
知識や肩書きや、
“ちゃんとしている感じ”
の中に隠れていたものが、
少しずつ見え始める。
第5章|「人柄重視」の違和感
企業って、「人柄重視」と言いながら、
実は、“人柄の見方”が分かっていないことも多い。
だから結局、
無難そう
扱いやすそう
空気を乱さなそう
前例に近そう
みたいな、
“ノイズが少ない人”
を選ぼうとする。
でも本来、人間って、そんな単純じゃない。
以前、
内定を出した人が、入社を迷っていたことがある。
当時の会社は、就職難易度も高かった。
それでも、
競合比較で入社を渋ってきた。
条件も出している。
内定も出している。
本来なら、
決まる流れだった。
でも決まらなかった。
採用する立場の人は、
“選ぶ側”では強い。
でも、
“選ばれる側”になると、一気に弱くなる。
数いる社員の中で、
当時担当業務外だった私が、個別面談を頼まれた。
人が動くときに必要なのは、
条件だけではない。
肩書だけでもない。
説明の上手さだけでもない。
そういう、ラベルでは測れないものが、人の判断を動かす。
企業側も、本当はそれを知っている。
でも採用の場になると、急に人間をラベルで見始める。
“人柄重視”
と言いながら、
実際には
“ノイズが少ない人”
を選んでいる。
なんというか、
マッチングアプリや結婚相談所で、
条件を並べながら、
“合いそうな人”
を探している人と、
少し似た空気を感じることがある。
第6章|“営業力”より、“営業っぽい履歴”
採用の場では、
“実際に機能していた人”
より、
“説明しやすい履歴”
の方が強く評価されることがある。
以前いた会社でも、
似たことがあった。
私よりすぐ後に入社した人がいた。
営業経験年数は、その人の方が長かった。
業界経験も長い。
しかも、リーダー職として採用されていた。
いわゆる、
“綺麗な営業履歴”
だったと思う。
でも実際に働いてみると、
私は肩書がなくても、
営業相談を受けたり、
案件の進め方を改善したり、
「まいさんなら、どう提案しますか」
と聞かれる立場になっていた。
もちろん、本人の能力が低いと言いたいわけではない。
私は管理職という肩書があったわけではない。
でも、
指導や相談を任されることも多かった。
履歴書に書ける“役職”はなくても、
そういう立ち回りをしていた。
でも採用で強く見られるのは、
「〇〇リーダー」
「管理職経験〇年」
みたいな、
説明しやすい肩書だったりする。
もちろん、肩書が悪いわけじゃない。
ただ、
長くその業界にいたからといって、
マネジメントできるとは限らない。
逆に、
肩書がなくても、
自然と人が相談に来る人もいる。
でも採用では、
そういう“立体的な能力”は、
履歴書の中で埋もれやすい。
企業が見ているのは、
“営業力”
ではなく、
“営業っぽく見える履歴”
だったりする。
履歴書をまともに見たら、見えてくる能力。
でも現実には、
AIを導入しても、
結局見ているのは、
「説明しやすい経歴」
だったりする。
第7章|建前だけ未来になっていく
採用って、
“本音と建前”がズレている世界でもある。
例えば企業側は、無難な表現で求人をかける。
でも本音には、
“若い男性が欲しい”
みたいなことも普通にある。
もちろん、表には書けない。
法律があるから。
でも、
最初から可能性がかなり低いなら、
求職者側としては、
分かった方が効率的だったりもする。
履歴書を書き、
時間を使い、
気を遣い、
落ち込む。
企業側も、応募対応に時間を使う。
求人媒体によっては、
応募が来るだけで企業側にコストが発生するものもある。
“正しく見える”
を優先しすぎた結果、
両者とも消耗している。
もちろん、差別を肯定したいわけではない。
ただ、
“本当に人を見る”
より、
“正しく見える”
を優先しすぎて、
逆に現実が歪んでいる感じがする。
AI時代になっても、
そこがあまり変わっていない。
本来のAIは、
どんなに企業が「若い男性が適任」と考えていたとしても、
「この人、この環境に適任の人材です。
なぜなら──」
と、
もっと立体的に見れる可能性がある。
それが、経験を経た男性、女性かもしれない。
法律や制度によって、
“平等に扱う”
ための形は整えられてきた。
でも、
人を見るOSそのものは、
そこまで変わっていない。
建前だけ未来っぽくなって、
判断構造は昔のまま残っている。
適している人材だと思い込んだ結果、
辞める人材も少なくない。
せっかくの優秀な人材を取りこぼしている。
そういう“安全な正解”を選び続けた先にあるのが、
今の日本の競争力の結果なのかもしれない。
世界は待ってくれない。
停滞ならまだしも、
私たちは今、
相対的な後退の道を、
進み続けているのではないかと思っている。
第8章|AIによって、ごまかせなくなるもの
企業はAIを導入したつもりで、
自分たちの“思考の癖”を自動化している。
だから、
進化しているように見えて、
やっていることは、
過去の正解を、
より高速に、
より効率的に、
より安全に、
繰り返しているだけだったりする。
AIは使う側の姿勢まで消してはくれない。
包丁も同じ。
どれだけ高性能でも、
研がない。
手入れしない。
雑に扱う。
そうすれば、
普通に切れなくなる。
でも、切れなくなった瞬間、
「この包丁使えない」
になる人も多い。
指を切っても、
包丁が悪いになる。
昔は、
情報不足。
環境不足。
道具不足。
そういう言葉で、ある程度ごまかせた。
言い訳することができた。
でも今は違う。
高性能な道具が、もう普通に手元にある。
だから逆に、
問いの浅さ。
他責性。
不快耐性の低さ。
思考停止。
関係性の雑さ。
そういうものが、浮き彫りになる。
AIを使っているつもりで、
実は、“自分の関わり方”
が出てしまう。
AIによって、
ラベルでは見えなかった“その人の機能”が、
どんどん丸見えになってきている。
だから最近、AI時代って、技術革新というより、
“人間側のOSが試されている時代”
なんじゃないかと思っている。
日本企業は、
この構造のまま、
AI時代へ入ろうとしている。
だから私は、
かなり危機感がある。
AIは、
“整理”
を高速化する。
“知的っぽい会話”
を大量生産する。
だから、
“判断しないまま、
考えている感じ”
だけは、
今後さらに増えていく。
最終章|誰も気づいていない問いのズレ
AIは使い方次第で、
人間だけでは見えなかったものまで照らし始める。
思考を拡張してくれる。
盲点を照らしてくれる。
高速に。
大量に。
でも同時に、
使う側の内面まで、
かなり増幅して返してくる。
だから最近、「専用AIを作る」という言葉を聞くたびに、少しだけ考えてしまう。
本当に必要なのは、新しいAIなんだろうか。
それとも、
“人間側のOS”
の、
アップデートなのかもしれない。
私は、
AI時代に考えるべきなのは、
仕事そのものというより、
“判断停止”
なのではないかと思っている。
知識や思考力が不要だと言いたいわけではない。
AI時代ほど、
読む力も、
整理する力も、
多面的に考える力も
重要になると思っている。
違和感を覚えるのは、
考える力の話は増えているのに、
「誰が決めるのか」の話があまり出てこないことだ。
最近では、
「活躍人材をAIで言語化する」
「AI面接で人材を分析する」
「企業ごとの人材要件を設計する」
というサービスも増えている。
それ自体は、とても面白いと思う。
でも私は、
その話を聞くたびに、
問いそのものが、
少しズレている気がしている。
活躍人材を分析することで、
解決できる課題なんだろうか。
私は、
「活躍人材を分析できていないこと」
が問題だとは思っていない。
問題なのは、
何を活躍と呼ぶのかが、
決まっていないことだと思っている。
自走する人が欲しいのか。
協調性を重視するのか。
挑戦を評価するのか。
再現性を評価するのか。
そこは、
AIが決めることではない。
AIに任せたいのは、
分析ではないのかもしれない。
経営判断という、
決める責任の方なのかもしれない。
何を守るのか。
何を優先するのか。
どの責任を引き受けるのか。
そこだけは、
AIに委ねることはできない。
人間側の仕事として、
残り続ける。
今の日本は、
知識はある。
思考力もある。
情報整理もできる。
それでも会議は終わらない。
それでも転職できない。
それでも会社は変わらない。
そこにあるのは、
意見対立ではない。
判断構造の霧だった。
評価はある。
議論もある。
調整もある。
でも、
「やる」
「やらない」
が決まらない。
私が見ているのは、
「考えられない人」
ではなく、
「考えているのに、
決めない知性」
の方だった。
もし、
ここまで読んで、
少しざわついたなら。
本当はずっと、
「自分で決めること」
そのものが、
怖かったのかもしれない。
怒られることなのか。
嫌われることなのか。
失敗することなのか。
それとも、
“自分で選んだ結果を引き受けること”
そのものなのか。
