認知症の妻と、もう一度笑うまで 02話 💧 病院で受診してみない?
2016年 晩秋
病院で受診してみない?
「なあ、一度、病院で受診してみない?」
できるだけ柔らかい声で、妻にそう切り出した。
「自分もついていくからさ。」
認知症の人は受診を嫌がる――そんな話をよく聞いていたから、
反発されないように慎重に言葉を選んだつもりだった。
妻は「うん」と素直にうなずいた。
意外だった。
どうやら、自分でも症状に不安を抱えているようだった。
あの「婚約指輪事件」以来、2年。
財布、家の鍵、定期券、スマートフォン……
いわゆる“貴重品”と呼ばれるものを失くすことが、
日常茶飯事になっていた。
被害妄想のようなものはなく、
「どこかで見なかった?」と私に聞いてくる。
探し物係は、いつも私だった。
こうして毎回、
宝探しゲームが始まる。
まだ50代半ば。
早いようにも思えたが、
もし一過性のものなら薬で改善するかもしれないし、
医師から「大丈夫」と言ってもらえれば安心できる。
そう伝えて、受診することに…。
忘れ物以外に生活への支障はなかった。
家事も、車いすの二男の介助も問題なくこなしている。
ただ、違和感は確かにあった。
やっぱり専門病院で・・・
近くの心療内科を受診すると、医師はこう言った。
「年齢が若いので一時的なものだと思います。
もし心配なら専門病院をご紹介します。
大丈夫だとは思いますが、
安心のために検査を受けてもいいかもしれませんね。」
薬を処方されて帰る途中、胸の中に残ったのは
「なんかすっきりしないな」という感覚。
その後、何か月か経過したある日、
妻に「やっぱり専門病院で検査しよう」と提案した。
失くし物対策の秘密兵器
失くし物は少しずつ増えていった。
幸い、今のところは家の中で見つかっていたが、
何度も「ない、ない」と言われると、
つい口調が荒くなる。
「なくさないように、決めた場所に置いておけよ!」
そこで会社の5S活動にならい、
置き場を決めることにした。
私は100円ショップでウレタンマットとトレーを買い、
“秘密兵器”を作った。
ウレタンマットを
財布、スマートフォン、家の鍵の形にくり抜き、
トレイに接着する。
まるでパズルのように物がはまり、
さらにテプラで品名を貼った。
「ほら、いいだろ?
ここに置けば、
あるかないか、一目でわかる。
使ってな。」
しかし、後日またスマートフォンがないと言う。
秘密兵器として作ったトレーにもない。
他の物もトレーには、はまっていない。
「ここに置けって言っただろ!ちゃんとやれよ!」
気づけば、声が荒くなっていた。
【今の自分からあの時の自分へ】
あの時の私へ
妻を守るための“しくみ”を作っていたつもりだったよな。
でも、それは妻を守るためというより、
失くされた物を探す自分の負担を減らすため
――そんな側面があったとも言えるんじゃないか?
妻が整理トレーを使わなかったのは、
やる気がないわけでも、約束を破ったわけでもない。
記憶のつながりが、
もうその時には少しずつほどけ始めていたのだ。
あの時の自分に伝えたい。
「工夫は大事。
でも、“やり方”を守らせることより、
できなくなっていく現実を
受け止める心の準備のほうが、
もっと大事ではないのか?」
そして、怒るよりも先に、
妻の目を見て笑ってあげてほしかった。
物はまた買える。
妻がその時見せる表情やしぐさは、
もう二度と同じ形では戻ってこない。
だから、今、その時が大切。
つらい時間を記録するのは迷いもありましたが、
同じ思いを抱える方に届けばと願っています。
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