自画自賛力を上げるため、記憶を改ざんすることにした
※また怪しいタイトルですが、これは自問自答ファッションの記事です。
9月7日幻冬舎カルチャーのあきやあさみさんの自問自答ファッションの講演を聴いてその感想を書きました。講座と感想はこちら。
自画自賛力がほしい
自問自答ファッション講演では勝手力、自作自演力、自画自賛力を身につけましょうー、という話がされていたのですが(詳細は上記参照)、この中で個人的に一番低い気がしてるのが自画自賛力。どういう力かは字面でもなんとなくわかると思いますが。
上げたい(真顔)。
感想記事をアップした直後、自問自答ファッションとは別件の文章で「根拠のない自信を持っておくのは、気が弱く優しい人に付け込もうとする人を追い払うお守りのようなものかもしれない」という文章を見て、その思いは更に強くなりました。
こちとら堅牢なウォールマリアが欲しいんですよ! もう変な人と関わって境界線かく乱されて疲弊したくないんですよ……!(切実)
更にその後、寒の戻りならぬ暑の戻りで胃腸がグロッキーになっていたんですが、体調不良だとこの辺りの力ってだだ下がりするなと改めて実感。まさに↓の状態でした。
元気な時に自分の中で常に自分を褒め続けるのはできる、と思うのです。他者の前で出力調整もできると思う。でも元気じゃなくなったときになお、doをした自分をひとりでも讃えることができるか、というといやまだまだだなあ、と。
やっぱりこのあたりよわよわだなあ、もうちょっとテコ入れしたいなあ……と思った時に思い出したのが講演の一か月ほど前、ウィッシュリスト関係で書いたこちらの記事でした。
7月の月報でも紹介した「なめられない品格」。
この本の中で自分の強みを強化する方法の一つとして、これまでの自分の成果を数え上げよう、というのがあります。
ああ休職中のリワークでも似たようなことやったな、その時は主に仕事面でいろいろまとめたけど……と思いつつ改めて、テキスト創作の方面でやってみました。
……あれ、意外とやってるかもしれない……?
自分が過去に達成できたことを書き出す(ことで、自分像を現状よりポジティブに修正する)という作業、上記の通りわたしはリワーク施設のワークでやったことがあります。
記事では「やってみました」と書いていますが、創作関係について当時は実際には脳内でぼんやり思い出してみた、くらいのレベルでした。
が。
もしかしてこれ、落ち込んだ時にも読み返せるように可能な限り書きだしておいたらいいのでは……?!
再構築すること
ところで上の引用で出てくる書籍「なめられない品格」は人の能力、強みを8つに分類し(自分はどの強みを持っているか、のテスト的なものもある)、自分の強みをきちんと自覚し使いこなしながら、他の強みも適宜伸ばしていきましょう……という感じの本です。
……我ながらすごーく雑な説明をしていますが、特に女性にはしばしば刷り込まれがちな「下手に出る」「その結果として舐められる」状況をどう変えていくかを提案している本で、正直、これ本当にアメリカで書かれたんだよね……? アメリカ人女性、そんなにすいませんとか私なんて大したことないのでとか言ってるの……? と言いたくなるような本です(作者がアジア系というのも大きいと思います)
ちなみに作者は女性向けドレスを作る企業のトップで、試着室でお客さんとお客さんのこれまでの人生や強みについて聞いてきた……と知ったわたしが即座に自問自答ファッションを連想したことは言うまでもありません。
これまでの成果を数え上げよう、という提案について、わたしは勝手に以前リワークでやったのと同じやり方を取りましたが、「なめられない~」では自分の強みを自覚する方法として複数の方法が提案されています。
とはいえ、ここで書きたいのは「なめられない~」で紹介されている手法ではなくて効果、つまり自分の強みをちゃんと知り、自覚することで何が起きるとこの本で主張されているか、ということです。
そう、例えばこんな下り。
自分の強みについて、自分に言い聞かせるのも大切ですが、そういった強みを実際の人生の瞬間とリンクさせると、さらに強力な効果が得られます。過去をさかのぼって、「あなたの才能」と「達成した成果」という点と点を結び付けると、自分の〈一番の強み〉が人生の多くのことを動かしてきたとわかります。
(中略)
エマは、自分の強みというレンズを通して自分の物語を再構築し、実力を発揮しました。自分を特別な存在にしている特徴について申し訳なく思ったり自己弁護したりする代わりに、強みとして認識して自分に取り込んだのです。
この「自分の物語を再構築」「強みとして認識して自分に取り込んだ」という言い回し、初めて読んだ時にとても印象的でした。
正直、よくある言い回しです。認知心理学とか。
前述の通り自分像をポジティブにする、という意味ではリワークでやったことも大して変わらないじゃないか、と言えなくもないのですが……今までわたしが知って・体験もした認知心理学のワークブックやリワークでやったことが「ほら、こうして振り返ってみるとあなたはこんな良いこともあんな良いこともしてたでしょ、だからそんなに落ち込まなくていいのよー」位のレベルだとしたら、ここで書かれている再構築って「あなたは最初から力を持っていたし、何一つ失敗はないし、世間が失敗と言うのは(あきやさん言うところの)地層を作ってきただけのことです」くらいの力があるというか。
この記事を書きながら、以前受けた、しずかみちこさんのストレングスファインダーで、しずかさんがクライアントのこれまでの趣味や印象的な事件などについて幅広く尋ねながらその人だけの路線図を書き出すというやり方は、「過去をさかのぼって、「あなたの才能」と「達成した成果」という点と点を結び付けると、自分の〈一番の強み〉が人生の多くのことを動かしてきたとわかる」……という作業をクライアントに代わってやっているのかもしれない、と思いました。
だとしたらそれは確かに、自分の強みを自分で自分に言い聞かせるのとは大違いの効果があるだろうと思います。
(っていうか自分の強みを自分で自分に言い聞かせるの、実際あんまり効果なくないですか……?)
多くの日本人がそうである気もしますが謙遜の文化の強い中で浮かないようにと育ってきたので、自分のしてきたこと・成果を人前で言葉にすることに以前は結構強い抵抗感があったし今もそれなりに警戒するし、自分を殊更に大きく見せようとしたり都合の良い解釈だけを振り回す人間は正直ぜんぜん好きではないし絶対なりたくない人物像のひとつです。
……ぶっちゃけ、自分は努力でいろんなことを成し遂げてきたという自負もあるからなんだと思いますが。わー傲慢!
でも実際に、頭の中でだけでも、本にある「強み」を念頭に置きつつ今までの人生で自分がやってきたことをちょっと思い返してみた時、オセロの盤面が一気にひっくり返るような感覚になってびっくりしました。
いやいやお前そこまですごくないよ。
わたしが達成したことですって書いたそれ、こういうネガティブな面もあるんじゃないの?
……こういったことを言う、頭の中の批判者は完全にいなくなることは決してありません。
「なめられない~」ではこう断言されているのですが、これもわたしは逆に安心した部分がありました。
だって絶対にいなくならないならどんなに自分を褒め続けても、それでわたしが変な勘違い野郎になることはそれこそ「絶対に」ないってことじゃないですか。
そもそも頭の外にだって自分の批判者は嫌になるほど沢山いるだろうし。
書いてみた
というわけで。
幼少期から現在に至るまで、自分の達成したことを分野問わずひたすら箇条書きにし、ある程度書いたらそれが「なめられない~」でいうところのどの強みにあたるか、を分類していくという作業をやってみることにました。
くりかえしますがこれは「なめられない~」に書かれた手法ではありません。ただ自分の場合既に使える「素材」があったのと、これはこれでかなり効くだろうなーと思ってやってみた次第です。
(とはいえぶっちゃけ「なめられない~」で定義された強みでなくても、それこそストレングスファインダーの上位資質とかを使ってもこの作業はできる気がします)
作業当初は「いやこのことを達成したことにカウントするのは都合よすぎでは……」といった自己検閲が頻繁に発生しますが、がんばって無視。追記修正は良いけど項目削除は禁止、のルールで書きます。
とはいえさすがに幼稚園とか小学校の頃のことはあまり覚えてないぞと頭を抱え、創作関係と仕事関係は過去にやっているのでそちらを思い出しつつ。これまでの人生に起こった全部から、全ジャンルに渡って、なのでそれなりの量になります。
そりゃそうです。「仕事で達成したことリスト」と「仕事と趣味で達成したことリスト」なら後者の方が絶対長い。
どうせわたししか見ないのでこれまで作成・頒布した同人誌も全部タイトルを書きます。
ちなみに例えば、小学校の時期に書いてるのはこんな感じ。
・自転車を練習して乗れるようになった。
・図書館の貸し出し冊数は学校内でトップだった(気がする)。
なおこの作業の関係で去年、自問自答ファッションの長文記事を何件書いたかカウントしたら36記事でした(最初の記事が3月)。……て、そんなに書いてたのか!
やってみた感想
・にんげん、自分のことすーぐ忘れる
pixivやらblogやらを見返しつつ自分の出した同人誌についてジャンル問わず全部一覧にしたら、当然ですがなかなかすごい量になりました。
普段、今は書いていないジャンルの二次創作について思い返すことはほぼないし、今となってはいやー拙いなー! と思うような作品の存在もノーカン扱いにしています。
なので、
とりあえず書いたんだからそれは全部わたしの成果! わたしすごい!
……と、全部まとめたものなんて作ろうと思わないしそんな必要性もないし、なので自分でも見たことが無かったのですが、そうかこれだけ書いて今があるのか……とちょっと呆然としました。
いや書いたのは自分なんですけど。全然覚えてなかった!
とはいえこんな風に、あれ、書けるネタ思ってたより多いかも……と思える経験があるとそれ以外のジャンル含めて自分の記憶に遡及・影響が出る感があり、その意味ではこうした作業は自分が好き、ないしは得意な分野から書き出すのがやりやすいと思います。
あと単純に、過去の自分に労りの気持ちは湧きます。自転車の練習した小学生のわたしはとても偉かったよ……。
・時間による変遷を感じる
「なめられない~」では沢山の顧客に強み分類をしたその結果で統計データを取っています。たとえば「自分を支える力(これがあるとベースアップ交渉とかができる、と説明されています)」を持っている人は年齢が上の人が多いとか、「与える力(誰かのケアをする力)」を持ってる女性はとても多い、とか。わからんではないなーと思いながら読んでいました。
実際書いてみるとわたしの場合、学生時代に「与える力」関係のことを沢山やっていて(多分ちょっとコンプレックスがあった)、「自分を支える力」関係のことができるようになったのは恐らく本当にここ数年、「成果を出す力」は幼少期から常に存在しているっぽいです。
……という、ひたすら「自分の強み」だけで構成された自分史を見ていると、これまでネガティブにしか見えていなかったエピソードが強みと結びつき、結果として成果リストが更に伸びる、という事象が発生しました。
例えばわたしの場合「介護疲れの母の愚痴を聞いてあげた」ことは、続けた結果親との境界線が色々ぐちゃぐちゃになって大変なことになった感があり、これまであまり……というか全然ポジティブに捉えていなかったし、こういう部分は自分の中から無くしたい、じゃあもっと人に不愛想になるべきなのか……などと思っていたのですが。
「与える力」の「成果」(学生時代にはボランティアに行ったりしてました)をごりごり書いていたらふと、そういえばこれもある意味では「与える力」を使っていたということで「成果」にカウントできるのかもなー、とちょっと許せる気持ちが出てきたのでした。
・そして、再構築(あるいは記憶の改ざん)
そう、親との関係にしろ、去年あった人間関係のごたごたにしろ、確かに最終的な結果は全然良くなかった。けれど、だからといってこれからは人を気遣ったり優しくしようと思うことを辞める必要は全然なくて、ただ別の力を身に着け、当時自分の周囲にいた人たちにも良くない部分があったことを確かめれば良いだけなのではないか……と思ったのでした。
だって同じ力でわたしは、例えば震災直後にも誠実に被災者の人に対応し、職場の上司に褒められたこともあったのだから。
「なめられない~」で書かれているところの「強みとして認識して取り込」めたんだと思います。
(なおこの作業を続けているとそもそも何を「成果」にカウントするかのハードルはどんどん下がります)
色々なタイミングや条件もあってのこととは思うのですが、よく言われる、捉え方を変えるってこういうことかも、と思ったのでした。
……逆に言えば認知心理学的な「再構築」、周囲でなく自分の捉え方を変えることはしばしば様々な問題の解決策として提案されますが、そもそもの前提として本人の自画自賛力、つまりこの自分は良きものであり能力を持っている存在なのだという認識がないと上手く働きにくい、のかもしれません。
あと、わたしの場合ここ数年の人生の動き具合がすごいのでそれ以前の自分に何やってたんだよと不甲斐なさを感じがちだったんですが、いや、とはいえ色々やってたな……とちょっと思えるようになりました。
複数の研究から、自責の念を表明しない人は、自制心と自尊心が高いことがわかっています。
書けば何度でも読み返せるし、いくらでも追記できます。
幸い夏バテは回復傾向で体調不良による自画自賛力の低下からも回復していますが、リストについては今後も思いついたら適宜書き足していこうと思います。
そんなわけでめんどくさいけどちょっといいお守りが作れたかもな、というお話でした。
長いリストが作れるかというより、これだけ自分のために作業をしたこと自体が、たぶんお守りになるのだと思います。
