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優雅な生活は最高の復讐であるーあるいは表情筋トレチャレンジについて

かつて、自問自答ファッションの提唱者あきやあさみさんは言いました。

表情も言葉使いも仕草も、全てがファッションです。
(2023年の幻冬舎講演のどれかでだったと思う)

というわけで12月の30日チャレンジは表情筋のトレーニングと社交なのですが(現在進行形)、やってみたら予想外にモグラ活動も捗った、その記録です。
なお、この記事はどちらかというと試行錯誤の記録なので、表情筋トレのやり方の結論(おすすめ動画など)だけ手っ取り早く知りたい方はこちらをご覧ください。




そもそもの切欠

11月には自問自答ガールズとお会いする機会が何度かあって一緒に写真を撮る機会がありました。
当日の写真です、と送られてきた集合写真の中のわたしはとても楽しそうだったけど、写真写りという点ではまだ伸びしろがあるかも……と思って笑顔、表情筋のトレーニングをすることにしました。
目標は自然な笑顔、かつ、ほうれい線とか口周りの諸々があまり気にならない顔です。

それにしても去年も思ったことではありますが、自分は自分の顔や表情というものに強いコンプレックスがあったのだな……と思います。
思えばろくにお化粧をしていない、できない、雑誌に掲載されている高いコスメなんて買えるわけがないと思っていた頃(=大学生以降)も、自分はずっとメイク雑誌の事を読んだり美容系bloggerのblogを読んでいました。まつ毛パーマやジェルネイルも一時期やっていたし、Twitterで知った資生堂のメイクレッスンも受けたことがある。資生堂のレッスン前にはRMKでもレッスンを受けたことがあります。だけど多分、そうした経験は地層として上手く積み重なってはいなかった。

何をしても変わらない、「一発逆転」できないと思って落ち込んでいた。
なのにコンプレックスがある、ということにすら自覚が無かった。
こうして書いてみるとなかなか酷い状況なのですが、そもそも自分の顔、特に写真の笑えていない顔を見るのが嫌いだったんだろうな……と思います。

まあそれはそれとして、トレーニングの話。

表情筋ケア、たぶん順番が大事

表情筋トレーニングについては去年、MEGUMIさんの「キレイはこれで作れます」を読んで、自撮りチャレンジと併せてやっていました。かいまり先生のレッスンを受ける少し前のことです(リンク先にある、いしかわひろこさんの表情筋トレーニングは簡単で取り組みやすいと思います)。

が、その後コロナ後遺症になりそれどころではなくなり中断。
やがて後遺症から回復してきたころ、台湾かっさで頭皮マッサージをしたらなんかいきなり口角がめちゃくちゃ上がるようになったぞ……というところで止まっていました。

十年単位のコンプレックスだったこともあり、口角が上がったことはそれだけでわたしにとって衝撃的な出来事だったのですが、とはいえ表情、笑顔を作るという点ではもうちょっとやれるな、というわけで改めて調べるところから始めてみました。

前述の「キレイはこれで作れます」で顔のしわや表情関係の美容については

・頭皮マッサージ
・表情筋のマッサージや調整(ex.やまうち先生のyoutube)
・口腔マッサージ(表情筋マッサージの一環として)
・表情筋のトレーニング(ex.おきゃんママのyoutube)

の、主に4つが紹介されています(美顔器とかは省略)。

……なのですが。

台湾かっさを経過して色々考えた結論から言うとこの4つ、まずは頭皮マッサージと表情筋マッサージをがっつりやるのが良い、もっと言うとやまうち先生のyoutubeを最初にやって自分の顔の何処が凝ってるかしっかり認識するのがいい、というのが現時点での結論です。おきゃんママさんは上級者向けです。

※顔やしわの問題は多分、凝り以外にも発生要因があるのだと思いますが、わたし自身については恐らく凝りがメインであること、またPCや携帯を毎日使う現代人は大体頭皮~首肩まで凝ってると思うので、ここではその話をメインにしています。

去年のわたしは頭皮マッサージ、表情筋のトレーニング、口腔マッサージをしつつ、なんか効いてるかどうかよくわからんな……まあ筋トレの効果は数か月かかるしなあ……と思ってたんですが。
今にして思えば去年の自分は頭皮はがちがち、長年の食いしばりの影響で口角もろくに上がらない状態だったわけで、その状態で筋トレって、どう考えても無理がある。
一旦マッサージで筋肉を緩ませてから正しい動きを学習させないと、動くべき筋肉も動かせないし、となれば正しい動かし方も身に着かない。

つまり、表情筋を鍛えるとは毎日常に行うスポーツのフォーム修正と同じなのです。
……ダイエットの筋トレより面倒だ、なんてこった。

あと単純に表情筋のマッサージ(凝りをほぐす)って筋トレより即効性が高いので、なるほど自分はここが凝っていて、それでほぐすとうわーこんなに変わった! ……と思えるのでやる気が出やすいなと思いました。

ちなみにわたしの場合は顎関節近くの咬筋と、唇下の顎の筋肉をほぐすと口角が更に動きやすくなった&顔が大変ぽかぽかしました。
結果、一週間くらいで丸顔の印象が強まってきたので、なるほどやはり自分は丸顔であったか……と、一時は丸顔向けメイクを色々試したりもしていました。

自分の頭部の凝っている場所については口周りとおでこのケアの動画を見るとほぼ把握できる気がするので、後は好みで気になるテーマの動画を見ればいいと思います。
わたし自身は書籍でも紹介されていたやまうち先生のyoutubeを見てたのでそちらを紹介していますが、要は整体とか、筋肉の凝りをほぐすことを専門にする人の話を聞いて勉強する必要があるのかなと。

(動画では手でほぐしてますが、場所さえ把握すればそれこそ台湾かっさでも何でも、ツールを使った方が楽だと思う)

ちなみにMEGUMIさんの本で一躍有名になった気がする口の中からの口腔マッサージ(これ。わたしは歯ブラシの後ろ側使ってやってます)も、自分の顔のここが凝ってると自覚したうえでやらないと意味が無い……というか、わかった上でやったら速攻で効果が出ました。去年のわたしごめん、やり方ちゃんとわかってなかった……。
ただ口腔マッサージっていつでもどこでもできるものではないので、普通のマッサージとセット使いがいいなあと思います。

ほぐした上で動かす

というわけで色々ほぐしつつ、隙あらば口角を上げています。

長年、表情筋が動かない状態で無理やり口角を上げようとしていたのですが、そうすると唇全体に力を入れて「いーっ」と横に伸ばしがちになるようです(=なってた)。
なので、いやいやそうじゃなくてほっぺ(アンパンマンの顔の赤いところ)の筋肉を意識するんだよ……! 無駄な皺は入らないようにしてね……! と念じつつ、洗顔後など、鏡を見るタイミングでこちら↓をやってました。
口もですが、目も意識しないと細くなるんですよね。友達とのおしゃべりではいいですが、写真写り的にはよくない。

口角を上げたい、何ならいつも上げていたい。
ついでに顔が老けすぎないようにしたいと思うのが人の性ですが(?)、顔をほぐしただけで自動的にそうはならないので、では筋肉をこまめに動かしましょう、鍛えましょう、ということになります。
なお表情筋を動かさないと顔がいかなる経過を辿って老けるかについてはおきゃんママさんのこちらの動画が大変説得力がありました(ご本人もかつては無表情だったと振り返っており、わたしも心当たりありまくりでした)。

ちゃんと調べてはいませんが、instagramだと表情筋のトレーニングについて今は顔ヨガが凄く流行ってるのかな、という印象です。

表情筋をよく動かしましょうという事は、所謂トレーニングの時だけでなく、日々の生活でも動かしていた方が効果が出るまで早いですよ、ということです。
アナウンサーや歌手の口角が上がり顔が老けないのは、仕事で表情筋をフル活用しているからです。ちなみに日本語は欧米の言語と違い、表情筋をあまり使わなくても話せる言語だそうです(と、ボーカルトレーニングで聞いた)。おきゃんママさんの動画で口を母音5種の形に動かしてにっこり笑う、というのを繰り返すものがあるのですが、ここでも口角はずっと上げて! と言われます。

……つまり声を発するとき、会話時に常に口角を上げることを意識していれば、口角は上がりやすい、上げる筋肉が鍛えられる、ということです。

誰と話す時であっても。
それが、嫌いな相手であっても。


復讐のためではなく

※ここから先は個人のモグラ活動です。
 長い&美容の話は出ないので飛ばして読んでも問題ありません。

集合写真で写った顔が気に入らないから。良い声で歌うのに必要だから。いつも口角の上がってる顔って素敵だと思うから。
長年の顔のコンプレックスを解消したい理由は沢山あります。

だけど。

……ていうか嫌な奴に遭遇した時にもにっこり笑えるようになりたい! 
目は笑わずに口角だけ上げて相手を威圧したい! 
へらへら愛想笑いとかしたくない!

表情筋トレーニングをしながらふとそう思った瞬間、自分でもびっくりするくらい、それはそれはやる気が出たのでした。

自問自答ファッションに出会う前年、わたしはコロナ対応に伴う過労からの抑うつで一年ほど休職しています。リワーク施設で復職支援を受けましたが、その際、休職の経緯について書く機会がありました。
わたしの書いた文章はあまりに生々しくかつ長文だったので、担当カウンセラーにドン引きされた(より正確に言うと、これ書いてて具合が悪くなりませんでしたか、と真剣に心配された。ちなみに特に体調は崩さなかったし、書くのはむしろ他の人より早かったです)のですが、ドン引きされつつ、こうも言われました。

これを読む限り、あなたの上司は確かにかなり酷いと思う。
でも仕事で、人生で、嫌な人、酷い人に今後絶対に会わないなんてことはありえない。
だから今度またこういう人に会った時はどうするか、考えてほしい。

正直、ぴんと来ませんでした。カウンセラーが認めるほどの酷い人が、そんなに何度も現れるなんてことがあるだろうか?

ですが実際、現れたのです。
復職から半年後、ずっと所属していた趣味の団体に。

色々あってわたしはその団体を辞め、その直後にコロナに罹患しました。
その数か月後、相談に乗ってくれていると思っていた知人からの一言が切っ掛けで後遺症が悪化、寝たきりとなり、半年近く休職しました。

最初の休職前と違ったのは、わたしは自分の中に不満をひたすら溜め込み、そのまま何も言えず潰れることはなかったということです。
確かにまた色々溜め込んでしまったし寝たきりにもなったのですが。それでもわたしは団体の人たちの無神経な言動に(最終的には)キレ、知人からの言葉についてTwitterで毒を吐き続けていました。抑うつで休職した際にお世話になった医者の後遺症への無理解にキレ、同じく後遺症に及び腰で連絡調整の不手際をこちらにしわ寄せした職場の産業医や人事にもキレました。それはそれはキレました。キレまくって、この状況でキレるわたしにドン引きし心配も共感もろくにしない両親も思ってた以上におかしい人たちだとキレました(心の中で)。
それから暫く経ち、ストレングスファインダーを受けて書くことを勧められたわたしは去年何が起きたのか、事の経緯をひたすら書き出してみることにしました。
その結果。趣味の団体でわたしのことを傷つけた相手は、要素だけ取り出してみると実は自分の母親とやってることがそっくりだったのではないか……ということに気付いたのでした。
ここに至るまで少なく見積もっても半年強、テキスト量としては五万字近く書いたと思います。
その後また色々あってカウンセリングへ行き、恐らく愛着に課題があるのだろうと言われたりすることになります。

あなたの在り方が変わればあなたの周囲の人間も変わる、というのは、言葉だけ見れば怪しい、スピリチュアルな話のようにも聞こえます。
でも上記のような経緯を経て気付いたのですが、そもそもわたしはわたしの周囲にいる人間について自分が選ぶ、選ぶことができるという発想すら持っていませんでした。
選択権を持つのは自分のような薄汚いみじめな存在ではない、自分は周囲の人間のお目こぼし、お恵みでその場所に参加できている……大げさに言えば、そういう感覚がずっとあった気がします。
そうした考えが変われば成程確かに、周囲の人間関係は変わるでしょう。

自問自答を進めた結果お気に入りの制服ができるように、身の回りに置くものを厳選するように。人間関係もまた、選んでいいということ。

いい笑顔になりたいな、と思ったのは自問自答ファッションで出会った素敵な人たちとの楽しい経験のおかげです。でも、表情筋トレーニングをしながら、ふと思い出した言葉たちがありました。

一つがあきやさんの、ずっと憧れていたハイブランドでお買い物をするのは(ある意味では)過去の自分への復讐なのだ、という趣旨の言葉。

もう一つはムーンプランナーさんの、にっこり優雅に微笑んでご無沙汰しておりますと言うだけでも十分復讐になりえるのだ、という趣旨のtweet。

(どちらも出典を見つけられないので、もしかしたら削除されてるのかもしれません)

そう、これは復讐です。
自問自答ファッションやそれ以前からの仲の良い友人達と写真を撮るときにいい顔をしたいと思うより、今まで出会ってきた、あるいはこれから出会うかもしれない無礼な人間ににっこり笑って蹴散らせるようになりたいと思った時の方がよっぽどやる気が出たのでした。

Q.あなたの新コンセプト、自由で愛情深く人にショックを与える人外の作家は、無礼な人間をにっこり笑って蹴散らすんですか? 
愛情深いひとがそんなことをするんですか?

A.そうです、蹴散らします。なぜなら無礼な人間とはイコール、愛情深いこのわたしの愛情を与えるには値しない人間ということだからです。

愛情深いとは、酷い態度を取る相手になすがままにされることではない。

去年あった対人トラブル。あれは一体何だったんだと、今年は心理学関係の本をそれなりに読みました。
そうして読んだ本の中に、JOEメソッドというのがあります。いわゆるモラハラ人間にどう対処するかというものなのですが、ここではそうした人たちに対し、ダンディでエレガントな存在として対峙せよと提案されています(参考)。
笑う時には口角だけを上げ、目は笑わない。何を考えているかわからない不気味な相手として対峙することで、相手の言動は変わってきますよ……そんな内容です。
あなたの在り方が変われば、あなたの周囲の人間も変わる。これもまた、そういう提案です。

あきやさんはファッションの悩みで「強くなりたい」という人と「怖がられたくない」という人はほぼ半々だと以前仰っていた記憶がありますが、わたし含め、前者の「強くなりたい」人たちがそうありたいと思っているのは詰まるところ、この「ダンディでエレガントな存在」なのではないか。そんな気もします。

表情も話し方も仕草もまた、ファッションである。
だからこれは復讐であり、ファッションの話です。ファッションとして、わたしはワイズのスカートを着たいし顔にはシャネルの口紅とディオールのハイライトをつけ、嫌な人間の前では目だけが全く笑っていない綺麗な笑顔を浮かべてやりたいのです。媚びて怯えて気弱な笑顔はワイズのスカートにもシャネルの口紅にもディオールのハイライトにも合わない、いらない。

エレガンスとは拒絶すること(ココ・シャネル)

https://www.vogue.co.jp/celebrity/quoteme/2017-08-19

1947年にファッションデザイナーとして成功を収めたクリスチャン・ディオールは、女性を美しく彩るには香りやメイクアップも重要と考え、ビューティラインを創設。「笑顔までドレスアップしたい」という願いから、1953年に手掛けたプロダクトがルージュ ディオールだった。

https://maquia.hpplus.jp/makeup/news/99550/1/

仕事で、仕事だけでなく人生で、嫌な人に出会った時にどうするか、という問いに対する今更の回答。

声を発するとき常に口角を上げていれば表情筋のトレーニングになるのならば、嫌いな相手を前にして口だけ微笑むのは微笑みではない、ただの習慣、ただの筋トレです。
嫌な相手、もう何も思わない相手に対してわざわざ微笑みかけてやろう、そう思う必要「すら」ない。

自分の顔の何が嫌だったの?

……こうして考えてみると、そもそも自分は笑顔というものについて、相手に対してポジティブな感情が無ければ浮かべられないものだ、と捉えていたことに気付きます。
我ながらちょっと素直すぎる発想だな、と思います。じゃあいつも笑顔でいることが求められるサービス業の人間はお客様全員を神様だと本気で思っているとでもいうのだろうか。そんなこと絶対ないとわたしは知っているはずではないのか。
(あきやさんはお客様含め人類全般がお好きな気もしますが、そこは置いといて)

(いつまでむすっとした顔してるの)

そう考えながら、ふっと脳裏をよぎった言葉がありました。

そう、わたしはむすっとした子どもでした。
小学校に入ってすぐクラスメイトから揶揄われるようになって顔は強張り、学校でも家でも無表情、言葉を発することも少ない。怒られても謝らず、黙りこくるだけ。親戚や親の知り合いににこにこ挨拶して……なんてできるようになったのは高校以降ではないでしょうか。というか、今でも苦手な人の前での表情は固い気がします。
表情を動かさない、が動かない、になったのがいつかはわかりませんが、上記のようなことはしばしば言われていました。

自分の顔にコンプレックスがある人は世の中に沢山いると思いますが、わたしの場合、自分の顔は嫌いだけれど何が・何処が嫌いなのか、その詳細を言語化することはできていませんでした。
思うに整形したいという人は、自分の顔をとてもじっくり見ていると思います。ここがよくない、ここを直せばこうなるはずだ、そういうイメージ、シミュレーションができるのですから。
でもわたしはできない。
一重で面長の顔は所謂世間の「美人の条件」には合致しないのかもしれませんが、じゃあ二重になれば、顔の輪郭を変えれば気に入る顔になると思うのかといえば、そういう想像をしたことは一度も無い。
ここがこうなれば自分の気に入る顔になるはずだ、自分は自分の顔に満足するはずだ、という判断ができない。こういう顔になりたい、こういう顔が好きだといった価値判断、基準がない。

わからない。
何もわからない。
だけどとにかく、今の自分のこの顔は嫌だ。

それは、自分の顔をじっくり見ていなかったから、観察が足りないからだと思っていました。
でも自分は顔の具体の造作ではなく上手く笑えないことが嫌で、むしろ本来そちらの方が圧倒的にメインで、それで自分の顔は駄目だ嫌だと思っていたのではないか。
それが顔の造作の問題や化粧が上手くできないこと、化粧で思う通りの効果が出ない(わたしはメイク用品の色を結構吸収する民の一人らしいことが先月判明しました)問題や周囲からの視線に対する意識などと併せて全部、まるっとごっちゃになっていたのではないか。

(いつまでむすっとした顔してるの)

そう言われた具体のシチュエーションを今の私は思い出せません。とても傷つけられた、ショッキングで酷い記憶があるわけではない。
でも今、去年の対人トラブルとこれまでの両親の対応との共通項などについて考えた上で思うのは、その言葉は当時のわたしにとって自分の顔と人格、両方の否定として響いたのではないか、ということです。むすっとしてる=笑わないという指摘はわたしの表情筋の話であり、と同時に、誰に対しても愛想よく振舞うことが正しく常にそうあるべきなのにお前はそれができないよくない存在だという話だと、少なくとも当時のわたしは受け止めてしまっていたのではないか。

表情は動かない。動かせない。笑いたくても笑えないし強張ってしまう。
わたしは愛想よく振舞えない。だけどそうしろと言われる。
できないわたしは駄目だ。
だけどできないことをやれと、何故出来ないのかと言われるのも、わたしの感情を否定されるのも全部嫌だ。

お前のためにわたしの顔を動かしてやるものか。

何かよくわからないけれど自分の顔が嫌だ、気に入らない、はイコール、笑おうとしても顔が強張ってしまう自分が、愛想よくできないと言われ実際そうである(と思っていた)自分が、その存在や人格そのものが嫌だ、気に入らない、ダメだ、ということではなかったか。

……そしてこの言葉はある側面では「どうしてあなたはわたしの思い通りに動かないの」というのと同じ意味だった時が、実は結構あったのではないか。


チャレンジは続く

人は楽しいから笑うのではなく、笑うと楽しい気分になるのだ。
よく見かける言葉です。その真偽は知りませんが、一つ確かなのは、この言葉が仮に正しかったとしても、それはそもそも、自分の笑顔が気に入っている人間にしか当てはまらないだろう、ということです。鏡の前で笑った自分の顔を見てもぎこちなくて嫌だなあとしか思えないなら、笑ったところで楽しい気分には絶対になれません。

30日チャレンジはまだ途中です。
鏡の前に立つたび、わたしはにっこり笑います。ぎこちなくて嫌な顔、とは思わなくなりました。12月は年末で週末に人に会う機会も多く、その度に動画で見たメイク方法を試しています。発色のいいDiorのアイシャドウやハイライト、下睫毛へのマスカラ、太い眉にも慣れてきました。
メイクは毎日するものです。毎日やってはクレンジングで落とします。
平日のわたしは休日より薄めのメイクなのに、毎週末がっつりアイメイクをしてハイライトを入れた自分の顔は少しずつ馴染み、普段の、平日やメイクを落とした後のわたしの顔に重なって見える……ようになってきた気がします。気のせいかもしれないし、少なくともカメラには絶対、何も映りませんが、多分わたしに何かしらの影響を与えているのではないかな、と思っています。

もう一つの30日チャレンジ・社交のためにも、職場では何かしら人と話す機会を増やそうと意識しています。コロナ以降チャットでの会話が多い職場であることもあり実際どこまで出来ているかは微妙ですが、とはいえ話すならば親でも同僚でもいつでも、できるだけ口角を上げて。


去年トラブルのあった人達の一部とは、今後も会う予定があります。直近で来年の春。ちゃんと続けていれば、表情筋トレーニングの効果も出てくる頃です。

きっとその時は何も考えず、まして怯えることも無く、にっこり微笑んで相手を威圧できるだろうな、と思います。

続き、というか補足はこちら。
表情の話・補足(30日チャレンジを終えて)|魔法使いのバレリーナ


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