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日本国社会における精神科医療と薬物療法市場、消費と供給を見つめてみる。

日本国社会は「精神衛生問題」という「社会課題」に対して、そもそもの根源的問題の根源に対峙することを回避し、「臭い物に蓋をする」ような対応をしてきたのではないか?

「薬物療法」は精神疾患に対する「対処療法」であり、その因果の根源に対する「根治療法」では無い。

にもかかわらず、「精神疾患の社会的根源因子」という「社会衛生環境要因」よりも、明治維新以降、160年以上に渡り、グローバリズム・国際金融資本絶対主義に迎合し、「金・資本主義・金融経済的合理性」を優先して、非人道的な因子を社会の中に放置してきたのではないか?

オールドメディアは一切語らないが、日本国社会は、他国と比較して「精神疾患に対する異常性」が並ぶ。

明らかに「日本国だけ」がホモ・サピエンスという単一遺伝子種族の、化学療法・精神科療法において「薬物」においても「社会的生活状況」においても異常な数値である事を平然と容認した状態で存在している。

インバウンドや移民など、日本国の門戸開放は同時にこうした「日本国政府行政の異常性」を他民族国家社会が認知するきっかけになるのでは無いか?

明らかに日本国の「人類に対する精神」に「偏重」が存在する事は数値的に明白だ。

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何故それが許容されてきたか?「権威主義」「国家社会主義」「縦社会」といった「医療ピラミッド&資本利権構造」が存在していたのでは無いだろうか?

「社会保障制度」のピラミッドの中心は、現場の「医師」、制度を決める「厚生労働省」そして、医療という名の「薬物」を提供する「製薬会社」という構造で癒着している可能性がある。

このパチンコ三点方式同様「社会保障制度」を囲むトライアングルの「鼎談的ロンダリング」によって「対象者」はその精神科医療システムの渦中の「利権構造」と「治安都合による構造」に当て嵌められる。

果たして日本国が、日本国内で生活するホモ・サピエンスに対して、これは「人道的」「基本的人権」から見たときに「道徳観」や「倫理観」からその対象者、主権者国民の人生を捉えた上での、社会システムなのだろうか?

医師・厚生労働省・製薬会社はそれぞれの都合でそれぞれに責任転嫁・言い逃れが可能なシステムになっていないか?

本当に運悪く望まぬ「精神疾患」に陥った、日本人の同胞達が、生きる喜びを取り戻し、社会の構成要因として生きる事を実現するためにそれぞれの今の在り方が、望ましい在り方だとこの痛ましい数字や、事件の数々を見ても言えるのだろうか?

何故、その事への問いと、勇気ある行動、言動を果たすものが、日本国行政の中核を担う政治家や官僚、メディア、教育機関から現れないのだろうか?

日本社会の中に流れている、『集合的無意識の不健全さ』に気味悪さを感じる。

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シンギュラリティ時代に突入し、人工知能が人類を補完するとしても、ホモ・サピエンスがホモ・サピエンスとしての真核細胞生物としての生理現象を生きる事に変わりは無い。

結局問われるのはホモ・サピエンスがどう生物としてこの地球・太陽系という惑星環境に生き切るのか?だ。

私達は一人ひとりが今、この世を、本質的に生きる意味を問われている。

そしてその「絶望」や「孤独」という地獄を、他の因果律によって与えられながら、今を必死で生きている人々に、生きる希望が、繋がりが、光が生まれる事が、この社会の中に芽生え、違いと違いがパズルのように連鎖する時、新たな可能性が国家社会の創造的破壊という経世済民へと繋がってゆく。

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汎用性人工知能は、既存の医学モデルに対しても「創造的破壊・新常識」を間も無く与えるだろう。

既存社会において実施されてきた、不自然な「精神科医療」に対して破壊的な改革が起こる事で、日本国に生まれた地獄を味わっている人々が、ようやく「ありのまま」「自由に生きる事」という生命として当たり前が、「社会的スティグマ」からの解放が始まる事になる。

日本人はもっと自らの遺伝子プログラムの中に、継承されて、流れている何かを意識して、そして全てを自然界に、意識に、呼吸と、水や風、光などの全ての循環に重ねる事を、日常的な「健康的な精神衛生」として抱く事が必要だと、個人的には感じる。

何故、海洋列島の大自然が与えた環境要因が形成した遺伝子プログラムとその医食同源としての食文化や、生活様式と精神性、社会性を考慮せずに、欧米の砂漠派生の一神教的な医学モデルと薬物療法を推奨しているのか?

個人的にはさっぱり意味が分からない。日本国の医療は日本人とその生活様式をモデルに研鑽・研究されなければ、全ての環境要因が、ホモ・サピエンスとして違っているものに対して対応不能な上に、何故か欧米モデルでも禁忌な量の精神病薬と、長期入院が必要なのか?

その説明義務を、主権者国民と、精神疾患に苦しむ人々に答える義務をそろそろ問う議員やジャーナリストが現れる必要があるのではないか?

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『ホモ・サピエンス・宙唄(そらうた・Sorauta)の独り言』 私は地球生命、生態系、精霊、神々は一つであると捉えています。人類が千年先にも続いていく為にも地球生命体との共存共生は、今人類社会を生きる我々全ての責務です。これからも地球規模で、生態系保全や風土に紐づいた文化、生態系資源を未来へ繋ぐの活動を、皆さんと共に共有して生きます。