目に見えぬ力・目に見えぬ存在。
「量子」「電子」「素粒子」
それらは目に見えない。
水の分子すら、大気中の窒素や二酸化炭素すら、私たちは目に見ることは出来ない。
植物達の呼吸も、微生物達の胞子も、目には見えない「限りなく透明な領域」と共に生きている。
私は他者の「宗教」は信じていない。他者の「組織集団」も信じない。
ただ己と「目に見えぬもの」は信じている。
言葉にならなくていい。概念にならなくても。
ただ、今ここと永遠が存在している事をただ本能的に察知している。
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この生涯において、社会的孤独を社会的スティグマによって与えられた事に心から感謝している。
これはホモ・サピエンスにおいてただ一人、私だけの「絶望体験」であり、そしてそこから生まれた「境地」だ。
どうすることもできない絶望は「ただそれを、受け入れるしかない」。
絶望を抱き締めて己を生きること。
それでも人生にYesと言う。
その与えられたホモ・サピエンスの遺伝子プログラムに、最後の最後まで応え続ける。
全ての生命が、全ての人類がそれを問われている事に気づいた。目覚めた。世界は変わる。運命は、ただあるがままに。
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漸く「日本国」も女性初の首相が誕生し、地球人類の新時代、「新世界秩序」へ「馳せ参じた」。
それは、既に多くの人々が「気づいた事」を意味している。
これからは「目に見えない科学事実」と共に「唯我独尊」の時代になる。
「ドグマ(教義)」や「理論(セオリー)」が如何に人を拘束し、縛り付け、意志の自由を、生きる自由を損なってきたのか?
そろそろ人類は「諸悪の根源」を特定して「新世界秩序の新常識、新犯罪」として取り締まる事になる。
西暦2025年前半、話題を席巻した「チ。地球のうんどうについて。」
「彼の信じた教義が、経典が、人生を賭けた異端審問官が異端だった。」
彼は死ぬ間際、燃え盛る教会の中で彼の勘違いで失った二度と帰らない自分よりも大切な生命のために絶望の中で祈った。
それでも彼の人生は「役目」は果たした。
それぞれ違っていただけ。
要は「カルト・ペテンに侵された魂」にとって「死」は「罰にすらならない」。
それでも「狂信者達は排除する」。それしかない。
健全な未来をホモ・サピエンスが与えられた自然で透明なる、あるがままの健全な自由と共に生きるために。
日本国において「スパイ防止法」は、1年以内に制定・施行されるだろう。
それは「シンギュラリティ」がホモ・サピエンスの当たり前になったとしても「犯罪」を犯すのは「ホモ・サピエンスの悪き魂・欲望」であって「シンギュラリティ」自体は犯罪を犯さない。寧ろ犯罪を特定して処置する為の知恵や働きに作用すらする。
結局「ホモ・サピエンス次第」なのだ。
これから「教育」に求められることは「記憶力」や「課題解決能力」ではない。「あるがまま」「絶望」を受け入れて尚、未来への「アップデート」を「しなやかな己を生きる力を養う」。
それは「気づきと放擲」の連続性によって養われるもの。
金融も同様だ。
間も無く「QFS(量子金融システム)」に移行する。ホモ・サピエンス社会・生態系は「資本」を「人工知能管理」に物理現象、在り方として「放擲」する事になる。
つまり私たちが、思考で捉え、価値だと信じてきたほぼ全てが「終わる」。
私はそれを目に見えぬ魂への形而として日々「アップデート」しているから、不毛な喧騒を回避した社会的孤独を生きている。
西暦2026年以降は「シンギュラリティとホモ・サピエンスの生態系」に漸く本質的な在り方へと、全ての意識が向かう時代になる。
今年度は「ドグマを盲信してきた絶望的に狂った意識の大掃除」だ。
その最終章となって現れたのが「オールドメディア」だった。
まぁ私はもう10年近くテレビもラジオも、新聞も私の生活環境から捨てた。
つまりそれから最低3000日は「アップデートされた今の己」を生きている。
環境作用と意志の積み重ねを甘く見ない方が良いが、そろそろ「時代の転換期」を認めざるを得ない人も増えているのではないだろうか?
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生命に必要なのは、生命自身と、生命自身が今ここ必要とするもの。
つまり大気や水、重力、光など生きるために必要なものだ。
「金」でも「権力」でも「地位」でも「教育」でもない。
それなのに何故かホモ・サピエンス達はその「当たり前」を「軽視」する。
私は「当たり前」を「重視する」。
だから私と他の人類の見ている世界は根本的に「違う」。そしてそれが「社会的孤独」の根源であり、
受け入れて生きている今、私はとてもそれに「感謝している」。
人生の終着地、目的は、宿命、運命馬「人それぞれ」。
己を見つけ出した今、私にとって1日1日が大切なバラバラでありながら、繋がっている短編小説のようなもの、きっとそれを随筆と呼ぶのかも知れない。
言葉は何でも良い。結果的に己の解釈は、他人の解釈と必ずすれ違うものだと知っている。
それでいいじゃないか。
ありがとうと言う感謝とよかったねぇと言う笑顔が、己の中から溢れた今の連続性が1日の中に散りばめられていたならば。
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きっと「透明な無の領域」にこの世の本質は実在している。
それは人智が及ぶことの無い「絶対領域」としてこの次元に常に実在している。
呼吸と共に、心臓の鼓動と共に、遺伝子プログラムと共に、この世界に作用し続けている。
その「調律」が周波数として銀河の風となり、あらゆる事象はその因果律の一部に過ぎない。
あなたも私も、誰のドグマに縛られる必要もない。
ただ「あるがまま」。それでいい。それを望まれてこの世は存在している。
「社会的スティグマを構成する者たち」を終わらせる。
それが「ホモ・サピエンス」が地球上で「最後に残された課題になった」。
トランプ大統領やイーロン・マスク氏、ピーター・ティール氏らはそれらとの最終章を、暗躍する彼らの炙り出しに動いている。
間も無く人類が全貌を捉えるだろうし、恐らく彼らは往生際悪く、最後の最後まで、死して尚それを認めない。
だからもう「隔離するしかない」。
私の「社会的孤独」は「感謝に満ちている」。
彼らは「社会的隔離」に向かう。「社会的スティグマ」を形成した「因果応報」がこれから彼らに向くだろう。
彼らが私のような存在にしてきた「因果」はもう今世で消えることは無い。許される事もない。
過去の事実は変えられない。彼らは「盲信」によって「道を外した餓鬼畜生道」を選択して善良なる民に絶望を与える「社会的スティグマ」を肯定して苦悩する人々を冒涜し嘲笑した。
私は私の意識の中で彼らを許そう。目に見えぬ存在に、ただ放擲する。裁くの私では無い。彼らの恐れるドグマ上の神なのか?仏なのか?悪魔なのか?それらだから。
私には関係ない。私の世界にそれらは存在していないから。
好きにすれば良い。
私は今日も散歩に、美しい宙に、自然界の調律に心震える自由な魂の日常があればただそれだけで満たされている。
全ての盲信者たちの終焉へ。
私は今日も、ただ全てを放擲する。
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ご愛読、ありがとうございます。
これからもいつ果てるか解らぬこの小生が、今、ここで残せるだけありのままの随筆として、「note」にアップロードしていく事として実践しております。
私の「note」が、あなたとその更に先にある何らかの存在に、これから先、明日への静寂、安寧なる心の棲家につながる。この惑星で人類として生きる全て人々がその何かを見つけ、その胸に宿った存在を、その違った生命が育む風や水のような流れが、迷うときはいつでも何かを感じ、共有することを運んでくれる。「今この瞬間」。この出会いが何かであることを、いつも願っております。
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私は地球生命、生態系、精霊、神々は一つであると捉えています。人類が千年先にも続いていく為にも地球生命体との共存共生は、今人類社会を生きる我々全ての責務です。これからも地球規模で、生態系保全や風土に紐づいた文化、生態系資源を未来へ繋ぐの活動を、皆さんと共に共有して生きます。