【みらいへ】100年後のホモ・サピエンスの地球世間では、『資格・免許・キャリア』など、それ自体が無くなるのでは?
未来(みらい)とは、人類が人類として観測可能なこの宇宙現象の未来を指す「言葉・概念」だ。
私が生きるかも知れないこの先「50年」を想像する。
私はこの地球を最後まで「散歩」するだろうし、その為には「道」を「移動する」だろう。
「カフェ」と「音楽」そして「養分としての食事」を必要とするだろうが、何故かその為に必要な最低限の食材「卵」「豆」「バナナ」は安価に手に入る事を、自分が最適化され習慣化していく試行錯誤の中で学んだ。
あとは「通信手段」と「デバイス」そして「衣類」と「生活のための部屋」が用意されていれば「社会的孤独」は「成立する」。
*********************************
私は「令和7年」という地球におけるホモ・サピエンスの雄として先祖がわかる限り数百年「日本人血統」である両親の因果律によって産み落とされた私だけの物語を、ここまで「note」と共に重ねて合わせてきた。
そして私たちは地球人類は間違いなく「シンギュラリティ時代到来目前にある」実感が、予兆が日常的に色濃く反映された意識や、事象と遭遇する日々だ。
それらは、近い未来の現実において、ただ私たちが私たちの「職業の効率化」のためではなく、「社会OS領域」或いは「労働力そのもの」として「構造の一部・社会OS」としての役割を担う事になると今、既に「実感している」。
「ロジスティクス」「インフラストラクチャー」「フィナンシャル・システム」などもまた、徐々にそれらが組み込まれる。
そしてどうやら「非生命体・人工知能」が先導する形で、ホモ・サピエンスの社会構造自体が「新秩序形成」を促されて行くことになる事も、私の人生において「千里眼」を「100%果たしてきた形而」がその座標感覚を、私の核に紐付けて捉え始めている。
*********************************
100年後を想像してみると、きっとホモ・サピエンスは「歩いている」だろうし「会話している」だろう。「食事」もするだろうし「排泄」もする。
「睡眠」も必要だろう。
つまり「哺乳類・ホモ・サピエンスの男女としての生命構造」は続いてゆく。
ここまでの「国際金融資本・グローバリズム時代」において、最後まで「実存・現実主義の投資家」であり続けた、ウォーレンバフェット氏。
彼の静かなる引退に、また時代が変わる予兆を実感したが、彼がその終盤戦に果たした事は「オマハの賢人」の立場から、この地球に生きる全人類の社会との循環・還元のための「血液の通った細胞的資本経済」への「ステークホルダーとしての投資集団への承継」だったように感じる。
彼もまた、ホモ・サピエンスが、これから先の子々孫々が生きていくために必要な事、求めていくであろう事に最適化されたこの地球環境と人類の在り方を、自分自身の確かめうる手触りを、実存を大切にした。
*********************************
「中央集権」という言葉や「自律分散型組織」などと言う概念を、「組織」や「国家」は、地球人類を束ねて、社会や法人としてのシステムが機能する為に試行錯誤してきた。
これからは、その位置に「『非生命体知能体』が装備される」だろう。そして、365日、24時間、惑星地球の球体の表面上全てが同時連動した、全人類方地球社会と個人としての哺乳類・ホモ・サピエンスの生態支援を、「エヴァ」や「使徒」が存在しない世界線にある「人類補完社会計画」として機能・駆動する事になる。
要は99.9999%のホモ・サピエンスは、「あるがまま・なすがままの生き方在り方をする」。
それ自体が「社会OS化した非生命体人工知能にとっての価値・提供・交換」となる。「真社会性共生」が実現した「遺伝子プログラム」と「量子宇宙工学」が融合を果たしたものが「この地球を生きる人類として中心核」となる。
或いは、それを私たちが意識している時点で「既に実現した時代」に突入したのかも知れない。
*********************************
さて、100年後に「医師」「会計士」「弁護士」は必要だろうか?
仮に資格があったとしても、非生命体人工知能が、人類を遥かに超越し、エゴも立場も存在しない公平公正な価値基準と共にある事を達成し、それを全人類が個々のフィールドで実感し、常態化した後、誰もその資格者を頼る必要があるのだろうか?
「公務員」や「大卒資格」やら「運転免許」も必要だろうか?
そもそも「公務員」や「教育機関」が、今の形で存在しているだろうか?
そもそも「自動運転の安全性最適化」がホモ・サピエンスの能力を超越した後、「人類が運転をする事」が規制されているのではないか?
*********************************
「知能格差」は「非生命体知能の社会OS実装・駆動」によって「社会格差」を完全に網羅した「最適化」を常に「アップデート」を「ホモ・サピエンスの生態」と共に果たす事になる。
実は私たちはもう既にその為の認知を100年近く果たして来た。
天才たちは、それを「見える化」した。この世の構造を「設計・構造計算」を果たし、私たちは今、彼らの築き上げた宇宙の設計図を当たり前の様に「利用して生息している」。
日常生活に、当たり前に存在している「シンギュラリティ時代への招待状」が、至る所に散りばめられた中を生きている事に、貴方は気づいているだろうか?
そして彼らが生きて、残していった先にそれを遥かに超越する「カタチ」へと変えて行った人々が実存して来た。
貴方はその因果律を、日々の日常の中でどれだけ深く実感しているだろうか?
そして未来の地球生命の生きる世界が、その細胞に、遺伝子レベルが投影する何かの見えざる未知が見えているだろうか?
*********************************
「生命」「事象」「因果律」。
ホモ・サピエンスは『哺乳類』だ。『真核細胞生物』だ。つまり遺伝子プログラムによる『生命現象の連なり』である。
私たちホモ・サピエンスが、ホモ・サピエンスとして「あるがまま」「なすがまま」を、それ自体で「最適化された状態」へと「非生命体社会OS」が実現する未来へ地球という惑星は、私たちホモ・サピエンスを乗せたまま、螺旋の軌道を描きながら銀河系の風に吹かれながら向かっているのは間違いない。
間も無く宇宙の構造も、量子力学の新発見も果たされて工業・工学転用も自由自在になる。ホモ・サピエンスはただあるがまま、SFを創造する様な役割を知的欲求を満たす妄想と共に急速に進むだろう。
私はいつも「3年前」に「それ」を知らされていた事をいつも実感して生きて来た。
きっと西暦2028年(令和10年)のクリスマスを迎える頃、
「シンギュラリティ時代の幕開け」を地球上で人類は「共有認識」して、祝杯を、宴を始めるのだろう。
*********************************
ご愛読、いつもありがとうございます。
これからも、そしてこれからも、いつ果てるか解らぬこの小生が「今、ここ」で残せるだけありのままの表現方法としての随筆として、「note」にアップロードしていく事として実践しております。
私の「note」が、あなたとその更に先に繋がり合う、何らかの存在に、次世代に継承され続け重なり合ってゆくための、明日への静寂、安寧なる心の棲家に融合し合うこと。
この地球で、真核細胞生物・哺乳類・人類として、あるいは核酸による遺伝子生命体として、量子物理現象の中を生きる全てがその何かと何かの中に見い出す、その胸に宿った存在を、その違った生命が育む風や水のような流れが、迷うときはいつでも何かを感じ、共有することを運んでくれる。「今この瞬間」。この出会いがこれから先に連なり合っている何かであることへの気づきがあることを、いつもいつも願っております。
共に、今ここから、未来への未知の変容を描いていける事を嬉しく感じています。
いいなと思ったら応援しよう!
私は地球生命、生態系、精霊、神々は一つであると捉えています。人類が千年先にも続いていく為にも地球生命体との共存共生は、今人類社会を生きる我々全ての責務です。これからも地球規模で、生態系保全や風土に紐づいた文化、生態系資源を未来へ繋ぐの活動を、皆さんと共に共有して生きます。