『若者の「ネズミ人間」化』が社会問題であると中国系メディアが報道。日本や他の国々の若者はどうなのだろうか?そしてそれは本当に「問題」なのか?その根源的な問いは何なのだろうか?
果たしてこれは「中国だけ」なのだろうか?
その映像を眺めながら、自分の部屋でゲームなど動画配信や、VRに耽る若者達の姿を想起させ、それは結局「共産党政権の中国社会だから問題視したから」そうなっただけであって、通信環境と、興味関心がこの地球上、全ホモサピエンスによって共有可能な今、「切り取り・観測者」によって全ての事実は「問題」にも「当然」にも成り得る事を実感する。
以前から「note」してきている様に、ネズミによる楽園実験結果と今回の「ネズミ人間現象」は、非常に類似した様相を呈している様に感じる。
それが本当に「中国の問題」なのか?それとも中国の自虐によって本当の「日本など自由主義国家における同様の問題への逆エフェクト」として「少子化・弱体化」を推進させようとする意図のものなのか?
はたまた全く違った意図があるものなのか?
更にその「ネズミ人間現象」が「社会問題」なのかどうか?
「社会的孤独」を選択しながら今を生きる私にとって、少し彼らの在り方とこれからの社会が少しずつ感じ取れる様になってきた。
そして「オタク達は地球人類を救う」。
一見、既存秩序を生きる人々にとって「社会的無気力」に見える彼らの生き方、在り方は確かにその社会構造を維持し、構成要因を理数的に捉えようとした時には「不和」を産むだろうし、「未婚率」を高め「個体数減少」にもつながるだろう。
ただ同時に「産めよ増やせよ」による「GDP計算の母数」により「国家増強すること」、或いは「移民」によって安易にそれを補填することが国家として適正なあり方かどうか?
そして恐ろしく「シンクロニシティ」を果たすタイミングに「シンギュラリティ現象」が社会変容と共に共存していく事になる。
これは「偶然」なのだろうか?
個人的には「ホモ・サピエンスの集合的無意識による自作自演現象」だと捉えている。
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そもそも「ネズミ」と「人間」は、遺伝子的に「99%一緒」である。
遺伝子プログラムの連鎖過程で、「ネズミ」と「人間」を分けたものは残りの「1%未満」に記録された何かだ。
数億年先にマウスが人間の様に成り、人間がマウスの様になる可能性も0とは言えないだろう。
この地球が「生命の惑星」としての姿がその時存在していれば、私たちには想像もつかない様な全ての生命達の子孫の「変容」を知るであろうし、仮にこの先も我々の文明が続いていたならば、私たちはこの地球上で「生命創造」や「宇宙原理」を解明して応用している「手塚治虫氏」の世界観を現実のものとしているかもしれない。
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先月・「神無月」に流れていた、この世の絶望的なまでのストレスがまるで嘘のように解き放たれた「霜月」だった。
私の人生に付き纏ってきた「約50年分の何か」が、この地球現世から切り離されて宇宙空間の別軌道へと別れを告げた様に感じる。
もう、その何かと再会するのは私が天寿を終えて、現世から隔世へと魂が還った後になるのだろう。
それは、我々人類にとっての「ボイジャー」の旅の様なものだろう。
無重力空間を、銀河系の力に誘われる永遠とも思える宇宙の旅路。
それがなんなのか?私たちの祖先達は意味不明だった現世としての「ホモ・サピエンス」が存在する「因果」が、徐々に判明し、「謎」が「解明済み」へと急速に「スイッチ」のように日々「パタパタパタパタ」と音を立てて「アップデートされた新プログラム」へと「切り替えられてゆく」。
だからこそ、今、全てを「放擲」から生きることの実践に全集中する。
この時代を、与えられた遺伝子プログラムとこの宇宙の座標軸に、全てのつながりを実感可能な己の内在化感性を「状態初期化」を怠らずに。
他人も他の種族も、生命の全ては、「バラバラの個体」の「バラバラの世界線」をこの「地球」と「両親の遺伝子」によって生きている。
そして私は「男性」なので「出産」を選択不可能だ。
残念ながら、「生涯孤独・唯我独尊」である事自体が「自然」だと実感している。
ユニバース25の実験同様に
「ネズミ人間化」は「女性・母性」が「社会問題」となる。
それは「セイヨウミツバチ」における「働き蜂(雌バチ)の蜂起現象」も同様の生命・遺伝子プログラムにおける「男女の異性の意味・役割」を示している。
国家社会の中枢で、その責務を果たす人々にはその生命の意味、事実を中核に置いた責務を果たせているのだろうか?
その誰かにこの「note」から派生した何かが届き、またその先の誰かの意思や言動・選択が未来の何かを「最適化」された「生命現象・ホモ・サピエンスという種族の繁栄・継承」に繋がっていたならこれ以上望むこともなし。
「地位」「栄誉」「利権」「快楽」「保身」などは死後の旅路には何も「インタレスト」を残さぬが、「想い」を重ねて伝えておく事はこの身が終わったとしても、まだ見ぬ未来の誰かにそれが僅かにでも日々いたならば、それは「通常の人生以上に意義があった事」になるのだから。
そして既に既存秩序のそれらの価値基準を求める時代が終焉した事を、「ネズミ人間化現象」は、明確に表している。
そんな時代を、地球という惑星に暮らす哺乳類、ホモ・サピエンス達の生態現象として存在しているということだ。
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ご愛読、いつもありがとうございます。
これからも、そしてこれからも、いつ果てるか解らぬこの小生が「今、ここ」で残せるだけありのままの表現方法としての随筆として、「note」にアップロードしていく事として実践しております。
私の「note」が、あなたとその更に先に繋がり合う、何らかの存在に、次世代に継承され続け重なり合ってゆくための、明日への静寂、安寧なる心の棲家に融合し合うこと。
この地球で、真核細胞生物・哺乳類・人類として、あるいは核酸による遺伝子生命体として、量子物理現象の中を生きる全てがその何かと何かの中に見い出す、その胸に宿った存在を、その違った生命が育む風や水のような流れが、迷うときはいつでも何かを感じ、共有することを運んでくれる。「今この瞬間」。この出会いがこれから先に連なり合っている何かであることへの気づきがあることを、いつもいつも願っております。
共に、今ここから、未来への未知の変容を描いていける事を嬉しく感じています。
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私は地球生命、生態系、精霊、神々は一つであると捉えています。人類が千年先にも続いていく為にも地球生命体との共存共生は、今人類社会を生きる我々全ての責務です。これからも地球規模で、生態系保全や風土に紐づいた文化、生態系資源を未来へ繋ぐの活動を、皆さんと共に共有して生きます。