「日本を取り戻す!——尖ろう!」棚瀬連載 第1回
初めまして、xCARE共同創業者の棚瀬です
連載記事を始めることにしました。
株式会社xCAREの棚瀬 敦と申します。
「Noteって何?初めて聞いた・・・」という67歳のじいさんです。
私は2022年1月に、心から尊敬する青年アントレプレナーの福永将さん(株式会社xCARE CEO)とxCAREを共同創業しました。
彼は私より36歳若く、エネルギッシュで優しく、そして何より肝の座ったリーダーです。
起業後3年余りはいろいろと苦労もありましたが、今では社員数も10名を超え、ようやく事業も軌道に乗りつつある状況です。

連載第一回「棚瀬の自己紹介」

初めての投稿ですので、自己紹介から始めたいと思います。
私は薬学部大学院を卒業した1983年に藤沢薬品工業株式会社に入社し、大阪市淀川区にあった加島研究所の臨床開発部に配属されました。
合併によりアステラス製薬になるまで、22年間にわたり多くの新薬開発に携わりました。
海外赴任
藤沢薬品では、米国シカゴに5年、ドイツ・ミュンヘンに1年半赴任しました。私にとって海外赴任は素晴らしい経験でした。
シカゴでは妻と4人の子供と共に郊外の一軒家に住み、ミュンヘンには単身赴任でした。
どちらの国での経験も本当に思い出深く、私にとって大きな成長の糧となりました。
学生時代に初めて英語に触れた際、なぜか英語がしっくりきた私は、その頃からいつか海外に住みたいと思っていました。
入社後も何度も「とにかく米国に行かせてくれ」と上司に嘆願していました。
その5年後に夢が叶ったのです。34歳の時です。

赴任する時は家探しのために、私一人先に渡米しました。
シカゴオヘア空港の出口を通って、地に足をつけてアメリカの空を見た時、思わず感情がこみあげてきてバンザイをしてしまいました。
やった!来たぞ!
「アメリカに棚瀬あり」と藤沢薬品で言われるくらい頑張るぞ!
と心の中で叫んだのを今でもしっかりと覚えています。
藤沢薬品臨床開発部
さて、話は米国に行く前の10年間に戻ります。
臨床開発部では抗生物質3剤の開発に携わりました。
そのうち2つはセファロスポリンという感染症のお薬です。
残りの一つは今私が住んでいる兵庫県三田市の土の中にいた放線菌というカビが産生する低分子抗生物質から創られた抗がん剤です。
残念ながらこの抗がん剤は世に出ることはありませんでしたが、私は臨床開発担当者として多くの医師と交流し、本当に多くのことを学びました。

上司、同僚たちと
その後藤沢薬品の筑波研究所は、日本が世界に誇る免疫抑制剤を筑波山のふもとの土の中から発見することになります。
この薬はFK506またはタクロリムスという一般名で世界中の医療に携わる人々に知られています。この物質は体内に存在するあるタンパクと結合することで過剰な免疫を抑制します。
世界中の研究者が、藤沢薬品が無償で提供したFK506の原薬(原末のこと)を用いて基礎研究を実施した結果、このタンパクが発見されたのです。
このタンパクはFK506のFK(藤沢ー開発の頭文字)を取って
FK Binding Protein (FKBP)と命名され、
免疫学の進歩に大きく寄与しました。
私はこの新薬の臨床開発チームに加えてもらいました。
本当に嬉しかったです。運がいいと思いました。
次回は新薬の開発マンとしてのやりがいについてお話ししたいと思います。
xCAREとは
xCAREは医薬品・医療機器業界に特化した専門家プラットフォームです
私たちは、医療業界に必要なプロダクトを1日も早く人々へ届けるため、医薬品・医療器業界で働く方々を中心とした、人財プラットフォームを構築しています。
海外では300名、国内500名近くの医療業界の専門家(エキスパート)が登録されていて、エキスパートの方々と共に、既に100社を超える企業を支援させていただいております。
私の役目は、社員やエキスパートが、毎日楽しく、高いモチベーションで社会に貢献していただける世界を作ることだと思っています。
これからもどんどんエキスパート数を増やしていき、お客様がより使いやすいプラットフォームを目指していきます。
