「プロトピック軟膏を日本から世界へ 前編」棚瀬連載 第5回
前回の投稿では、藤沢薬品が日本でプロトピック軟膏を開発した後、家族で米国シカゴオフィスへと赴任した時のお話をご紹介させていただきました。本稿では、米国赴任後の任務であったプロトピック軟膏の米国治験を始めとする海外展開の軌跡についてお話していきます。
米国展開への道のり
さて、藤沢薬品は1989年に米国の製薬会社Lyphomed Inc.を買収し、1990年には、イリノイ州Deerfieldに米国研究開発拠点;Fujisawa USA(FUSA)を設立しました。これまでご紹介してきた新薬FK506の米国承認申請がその主な目的です。
それまでジェネリック医薬品の製造販売が主要事業であったLyphomed社を、新薬開発型の企業へと転換するのは容易なことではありません。
ジェネリック薬の製造拠点の閉鎖を含む、痛みを伴う変革が必要だったのです。
藤沢薬品レスキュー隊
計画通りに変革が進まない中、藤沢薬品はついに「レスキュー隊」と呼ばれる精鋭社員約20人名を米国拠点に送り込むことになります。

第2話に登場した故・青木初夫さんです。FK506を発見した藤沢薬品・筑波探索研究所の元所長です。
青木さんは日本への帰国後、藤沢薬品の代表取締役社長、アステラス製薬の初代会長に就任されます。
このレスキュー隊には、青木さんのようにのちにアステラス製薬の社長や経営幹部を務めた先輩方が多く含まれていました。
当時、20名を超える日本人社員が米国に来てくれたことは非常に心強いことでした。
そのような環境でしたが、自分は何のために米国に来たのかを考え、「私はレスキュー隊の一員としてではなく、開発本部の人材育成の一環として出向してきたのだ」と自らを律し、できるだけ現地のR&Dの方々と時間を過ごすように努めていました。

写真左下は現在xCAREのエキスパートを務めてくれているBillさん(後述)です。
マネージャーになる
渡米から1年、私はマネージャーに昇進しました。 主な役割は、FK506の外用剤(タクロリムス軟膏)の米国での臨床開発におけるプロジェクトマネジメントを担うことです。
オフィスでは初めての個室を与えられ、とても嬉しかったことを覚えています。

FK506外用剤の臨床開発は日本が先行しており、FUSAでその経験を持つのは私だけです。米国での臨床開発は、やはり現地社員の方々の方が詳しいため、実務の多くは現地メンバーにお任せしていました。
臨床開発部には、PatさんというPh.D.(博士号保持者)がいらっしゃって、私は彼女と二人で治験の準備をはじめました。
初めてのFDA訪問
1994年、私は初めてFDA(米国食品医薬品局)を訪れました。
メリーランド(ワシントンDCの近郊)にあるFDA本部へは、FUSA R&D HeadのDr. Ira Lawrence、北米担当プロマネ、薬事担当者、臨床のPatさん、日本から出張で来た非臨床パート、CMC(製造関係)パートの責任者らとともに出向きました。
このときのことは、私にとって非常に貴重な経験となりました。

FDAから「日本のデータは米国の申請には使えない。第1相試験からやり直してほしい」との指摘はありましたが、全体を通して非常に親身に相談に乗ってくれました。
特に皮膚科領域の審査責任者である皮膚科医が出席していたこと、その会議に私も参加できたことは、この上ない喜びでした。
このとき、Fujisawa USAチームを率いたのは、当時30歳前後だった、Bill Fitzsimmonsという北米担当のプロジェクトリーダーです。彼は非常に優秀で、大手製薬企業での経験の長い薬事部門VPでさえも、彼をリスペクトしていました。
Billと私は出向以来長年の友人で、現在はxCAREのエキスパート兼アドバイザーとしても支援してくれています。
私は猪突猛進タイプで、度胸はある方だと思います。
このFDAミーティングの終盤も、皮膚科医の審査責任者に対して、「なぜ日本のデータが使えないのか、是非理由を教えてほしい」と食い下がりました。当時の回答はあまり納得のいくものではありませんでしたが、他のメンバーが「まあまあ、そのへんで」と止めてくれたのを覚えています。
会議が終わって外に出た時に、数人が私に”Nice Try!”と声をかけてくれました。
多少皮肉もあったかもしれませんが、個人の主張を尊重する米国の文化に触れた印象的な瞬間でした。もし日本だったら、「何も知らないくせに勝手なことをするな!」と叱られていたかもしれません。

次回予告
次回の投稿では、ついにプロトピック軟膏の米国治験が開始し、米国、欧州とグローバルな大規模プロジェクトが始まっていきます。日本で生まれた薬が世界へ広がっていくまでをぜひご覧ください。
執筆者:棚瀬 敦

藤沢薬品工業株式会社(現アステラス製薬)にて セファロスポリン、 タクロリムスの臨床開発、タクロリムス外用剤の グローバルプロジェクトリーダー、 アストラゼネカ株式会社では プロダクト開発リーダー部の部長として、 オラパリブ、 エソメプラゾールなど 様々な治療薬の開発リーダーを兼務しながら すべての国内開発品目の責任を負う。欧米赴任歴6年間。
その後大手CROsのVP/執行役員、 マルホ株式会社の執行役員兼欧米子会社取締役を歴任。
2018年から3年間、株式会社レナ サイエンス代表取締役社長を務め、 ATインターナショナルを設立(xCAREに吸収合併)。
現在は弊社取締役COOの他、複数のバイオベンチャー企業顧問、 監査役、アカデミアアドバイザー等を併任。
第1回投稿はこちらから
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