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【つの版】度量衡比較・貨幣173

 ドーモ、三宅つのです。度量衡比較の続きです。

 今回は具体的に、文政年間(西暦1818-31年)の江戸の庶民の収支や物価を見ていきましょう。あくまでもだいたいの目安です。あなたがこの時代の日本に転移ないし転生した時の参考にしてください。

◆銭◆

◆形◆


相場収支

 まず金・銀・銭の三貨の交換比率を見てみましょう。これは日々変動しており、宝暦10年(1760年)頃には金1両=銀64匁=銭4200文(銀1匁=銭65文)、明和7年(1770年)には金1両=銀66匁=銭5300文(銀1匁=銭74文)でしたが、安永9年(1780年)頃には金1両=銀59匁=銭6100文(銀1匁=銭102文)となっています。そして文政年間には、一応の簡易相場として「金1両≒銀64匁、銀1匁≒108文」と計算されています。とすれば金1両=64×108=6912文(約7貫文)、南鐐二朱1枚は8匁=864文です。これが現代日本での何円に相当するかは、収入や物価を見て推測するほかありません。

金1両=4分=16朱=南鐐二朱8枚≒銀64匁≒銭6912文(6貫912文)
金1分=4朱=南鐐二朱2枚≒銀16匁≒銭1728文(1貫728文)
金2朱=南鐐二朱≒銀8匁≒銭864文=四文銭216枚
金1朱≒銀4匁≒銭432文=四文銭108枚
銀1匁≒銭108文=四文銭27枚

 仮に金1両を現代日本の10万円相当とすれば、銭1貫は1万4460円、南鐐二朱は1万2500円、銀1匁は1562.5円、四文銭1枚は57.8円、銭1文は14.46円となります。これでもよさそうですが、収入や物価も見てみましょう。

 栗原信充(1794-1870年)の随筆『文政年間漫録』によれば、当時の大工の日当が4匁2分(4.2匁)+飯米料1.2匁=5.4匁(1匁108文として583.2文)でした。1匁を1562.5円とすれば、日当は8437.5円にしかなりません。ならば仮に日当を現代日本の2万円相当とすれば、銀1匁≒3703.7円、銭1文≒34.3円。金1両は64匁≒23万7036.8円、南鐐二朱は2万9629.6円となります。南鐐二朱をきりよく3万円とすれば、1両は24万円、銀1匁は3750円、四文銭は138.9円、銭1文は34.72円となるわけです。これで換算してみましょう。

金1両 ≒24万円  金4分=16朱≒銀64匁≒銭6912文
金1分 ≒6万円   金4朱≒銀16匁≒銭1728文
銭1貫文≒3万4720円 銭1000文≒銀9.26匁
金2朱 ≒3万円   南鐐二朱1枚≒銀8匁≒銭864文
金1朱 ≒1.5万円  銀4匁≒銭432文=四文銭108枚
銀1匁 ≒3750円  銭108文=四文銭27枚
四文銭 ≒138.9円  銭4文
銭1文 ≒34.72円

 銀1匁は3.73gですから、額面通りなら銀1gあたり1000円相当です。ただし文政銀は銀36%・銅64%ゆえ、純銀は1匁につき1.34gしかありません。銅は2.39gもありますが、真鍮銭1文は荻原重秀以降1匁でなく7分(2.6g)に減らされており、それ未満です。文政小判(金1両)は重さ3.5匁(13g余)のうち金が56%余(7.3g)しかなく、銀44%として5.72gは銀です。これが文政銀64匁と等価とすれば純銀85.76+5.72=91.48gが純金7.3gと等価(金:銀=1:12.53)となります。文政南鐐二朱は重さ2匁(7.46g)ながらほぼ純銀で、額面上1枚で銀8匁に相当しますが、文政銀8匁に含まれる純銀は10.72gのはずで足りません。金1両が南鐐二朱8枚ゆえ純銀換算59.68gとなり、秤量では全く足りません。南鐐二朱はあくまで計数貨幣であって、「金貨の補助貨幣」として扱われているのです。

 当時の1年は陰暦なので354日ですが、このうち正月や節句などの祝日、天気や体調が悪く仕事がない日を60日差し引くと残りは294日となり(週休1日で50日)、大工の年収は銀5.4匁×294=1587.6匁(1貫587匁6分)=銭17万1460.8文(171貫460.8文)=金24.8両です。現代日本なら年収595万3500円月収49万6125円(金2両余=銀132.3匁)となります。もし金1両が10万円相当なら、大工の年収は248万円にしかなりません。当時の物価も鑑みるに、現代日本の庶民と比較するならこれぐらいがよさそうです。

 支出の方は、九尺二間(2.7×3.6m)の長屋の店賃(家賃)が月10匁(1080文=3.75万円)として年120匁(45万円)。道具・家具代が同じく年120匁、衣服代も同じく年120匁。米代が夫婦と子供1人で1日1匁(月29.5匁=11万625円、年間354匁=132.75万円)、塩・味噌・醤油や油・薪炭(光熱費)が月58匁(21.75万円、年間696匁=261万円)、付き合い費が年間100匁(37.5万円)。支出総計が年間120+120+120+354+696+100=1510匁。差し引きで手元に残るのは77.6匁(29.1万円)、金1両1分ほどになります。税金などはたぶん大家が支払ってくれるとはいえ、あまり贅沢はできません。

 裏長屋暮らしで夫婦と子供2人の棒手振り(行商人)は、1日働いて400文(3.7匁≒1万3888円)の稼ぎがあっても、4人の1日の米代に200文(6944円)、味噌や醤油に50文(1736円)、子供の菓子に12文(416.7円)と差っ引かれ、手元には100文(3472円)あまり、1匁ほどしか残りません。家賃はなんとか払えますが、憂さ晴らしに酒を飲めば宵越しの銭は持てず、女郎通いや博打をすれば借金漬けにされるだけです。

 町奉行所の同心など、足軽格の下級武士を見てみましょう。夫婦と子、下男1人、下女1人の5人暮らしで禄高70俵5人扶持とします。蔵米取りの足軽の70俵は米28石に相当し(1石=2.5俵)、札差(蔵米を米から換金する金融代行業者)を介して売却すると21両(504万円)になります。市場価格では米1升=10合=1/10斗=1/100石≒120文(4166.4円)として1石は12000文=12貫文(41万6640円)≒1.736両ゆえ、28石は48両余になるはずですが。

 1人扶持は米5俵で、5人扶持で25俵=10石のところ「1人1日5合」とされ、1日25合=2升5合、354日で885升=8石8斗5升。これも収入に加算すれば、年収は36.85石→28両(672万円)相当です(月収3.07石→2.3両余=56万円)。公務員とすればそこそこの収入ですが、支出はどうでしょう。

 米は5人扶持の米を5人で分けるとして、支出は生活費が年9両(576匁=216万円、月48匁=5184文≒18万円)、下男に年3両(72万円、月6万円)、下女に年1両(24万円、月2万円)、衣服代に年2両1分、盆暮れ節句などの交際費に年4両2朱、札差への手数料が年1分(6万円)かかり、手元に残るのは大工とほぼ同じ1両1分2朱ほどです。多くの下級武士は札差から金銭を前借りして生活をやりくりしており、町人からの多少の付け届けは生活の足しとして必要不可欠でした。下男下女の賃金はやたら低いですが、主人が下級武士ですし衣食住と職場があるのですから贅沢は言えません。

 なお野村胡堂の小説『銭形平次』で主人公により投擲される銭は、通常の寛永通宝一文銭ではなく四文銭であると作者が随筆で言及しています。これは明和5年(1768年)に鋳造が開始されたものですから、平次の活動時期はこれ以降のはずですが、最初期の短編作品「金色の乙女」では三代将軍家光(在位1623-51年)が登場しつつ、当時存在しないはずの「鍋銭(元文元年=1736年から発行された鉄の寛永通宝)」を投擲しています。平次は神田明神下の「御用聞きの親分」、いわゆる岡っ引きですから町人身分で、幕府から俸禄は得ておらず、同心から多少の小遣いを貰う程度です。少額貨幣とはいえ銭を投げ過ぎれば懐も傷んだことでしょう。ちなみに「金色の乙女」では、なんと家光の薬湯の茶碗めがけて小判を投擲しています。

物価相場

 肉体労働者や独身男性が多いため、江戸では外食産業が大いに発達しました。特にファストフードの蕎麦・寿司・天ぷらの店は多く、1つの町に6軒の蕎麦屋と12軒の寿司屋があったといいます。蕎麦は一番安いので1杯6-7文、ぶっかけで8文、普通の蕎麦は二八(2×8)=16文(555.6円)です。4の倍数が多いのは例の四文銭のためで、天ぷら蕎麦は32文と倍になります。

 寿司(鮨・鮓)は本来は魚と塩と米を漬け込んで発酵させた「なれずし」のことですが、18世紀初めには酢飯を使用した箱寿司・押し寿司が誕生し、18世紀半ばには海苔で酢飯とネタを巻いた巻き寿司が生まれています。現在主流の「握り寿司」は早寿司ともいい、文政年間の初めに華屋与兵衛が考案したものです。箱寿司や押し寿司より作るのが早くて安いので庶民に普及しましたが、現代のものの倍大きく、1個が8文しました。現代で言うコンビニおにぎりやハンバーガー、サンドイッチと考えればいいでしょう。

食料品
・4文(138.9円)前後
 茄子4-8個、田楽豆腐2本、コノシロ2尾、小松菜1束、粒納豆1束、油揚げ1枚、
 汁粉1杯、麦湯1杯、茶1杯、大福餅1個、団子1串、焼き芋1本、天ぷら1串、
 椎茸1個、イワシ1尾、焼き豆腐・揚げ豆腐1個、枝豆1束、鶏卵1個、里芋1合(150g)

・8文(277.8円)前後
 しじみ1升、握り鮨1個、大根1本、人参1本、瓜1個、蒟蒻1丁、地酒1合、
 がんも1個、酒の肴1品、甘酒1椀、豆腐1/4丁(75g)

・16文(555.6円)前後
 鮭の切身、牛蒡1本、沢庵漬け1本、塩1升、蕎麦1杯(二八そば、天ぷら蕎麦なら倍)、
 稲荷寿司1本、うなぎ蒲焼1串、柚子1個、鯨汁・どじょう汁1杯、煙草1玉(5匁)

・20文(694.5円)前後
 小粒の蛤1升、ゆで卵1個、サンマの切り身(24文)、西瓜半分(2.5kg)

・1匁≒108文(3750円)前後
 下り醤油1升(関東の醤油なら60-83文)、長芋1本、弁当1箱、鰻丼1杯、
 飲み水1荷(20リットル)

・120文(4167円)前後
 米1升、黒砂糖1斤(600g)、酢1升(124文)、鰹節1本(124文)

・それ以上
 味噌  1貫(37.3kg)160文(5555.2円)
 酒   1升     銀2匁(7500円)/200-248文
 白砂糖 1斤     銀4匁(1万5000円)
 小麦  1斗     銀5匁(1万8750円)
 中級の茶1斤(200匁) 銀5-6匁/550-580文

 江戸の物価は日々変動していましたが、四文銭が普及すると多くの物の値段が4の倍数となり、庶民のために「安い商品を均一価格で販売する」という現代の百均(100円ショップ)めいた商売が現れました。軽食を四文銭1枚(138.88円)で売り出す「四文屋」に加え、4×5の20文より1文引いて19文(659.68円)で雑貨や玩具、雑誌等を販売した「十九文屋」、これを倍にした「三十八文屋」などがこの時代に出現しています。品質は安かろう悪かろうでしたが、田舎者が都会の土産物を買うために立ち寄るなどして結構繁盛したそうです。庶民もなるべく安物や中古品を購入したでしょう。

雑貨
 筆    1本:4文(138.88円)
 半紙   10枚:4-6文(133.88-208.32円)
 ちり紙  1帖:7文(243.04円)
 歯磨き粉 1袋:6-8文(208.32-277.76円、1ヶ月分)
 壊れた傘 1本:10文(347.2円) 修理して再利用
 扇子   1本:18-36文(624.96-1249.92円)
 紅    1塗:30文(1041.6円)
 熊手   1本:35文(1215.2円)
 手ぬぐい 1本:1匁=108文(3750円)前後
 番傘   1本:200-300文(6944-1万416円)
 蛇の目傘 1本:500-800文(1万7360-2万7776円)

灯明:油1合で2-3日分
 安蝋燭  6本:10文(347.2円)
 魚油   1合:20文(694.4円)
 菜種油  1合:40文(1388.8円)
 百目蝋燭 1本:200文(6944円)

履物・衣類
 わらじ  1足:12-16文(416.64-555.52円) 使い捨て
 雪駄   1足:12-24文
 下駄   1足:50-100文(1736-3472円)
 足袋   1足:180文(6249.6円)
 股引   1対:600文(2万832円)
 木綿   1反:600文

医療
 あんま   :64文(2222.08円)
 行商常備薬 :70文(2430.4円)
 町医者   :診察代10-15匁、3日分の薬15匁

娯楽・サービス
 銭湯    :8-10文(277.76-347.2円、子供は半額)
 歌舞伎立見席:10文(347.2円)
 草双紙/雑誌 :16文(555.52円)
 髪結い   :16-28文(555.52-972.16円、32-50文とも)
 見世物・易占:24文(833.28円)
 かわら版  :30文(1041.6円)
 飛脚    :30文(大坂・江戸便25日、書状1通)
 浮世絵   :32文(1111.04円)
 寄席の木戸銭:48文(1666.56円)
 歌舞伎土間席:100文(3472円)
 旅籠の宿賃 :150文-200文(5208-6944円)
 寺子屋謝礼 :年5回、200文(6944円)から金1分(6万円)
 駕籠代   :1里(4km)あたり300-400文(1万-1.3万円)
        日本橋から吉原まで(5.8km)200文
 富くじ   :2朱(3万円)、当たれば600両(1.44億円)!
 長屋の店賃 :九尺二間=3坪で月10匁(3.75万円)
 歌舞伎桟敷席:35匁(13万円余)
 下肥1年分  :1両(24万円)、農家が買い取る
 旅費    :江戸・大坂間14泊15日で1両1分3朱弱≒1.4両(33.6万円)
        1泊あたり0.1両≒6.4匁≒691.2文(2.4万円)
 吉原の揚代 :太夫で1両2分(36万円)
 農地1反   :2両(48万円)前後

◆べら◆

◆ぼう◆

【続く】

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