10年前の自分から、手紙が届いた。|明治村というタイムマシーン【まち事006】
37歳の私は、47歳の私を知らない。それでも10年前の私は、未来の家族へ手紙を書いた。昨日、その返事を受け取った。
封筒を手にした瞬間、差出人の住所が目に入った。
自分の名前。
そして、2016年5月の日付。
一瞬、意味がわからなかった。
そうか。
明治村に預けた手紙だ。
10年前の自分が、ようやく届いた。
家族を呼んで、リビングで読み上げた。
10年前の自分と再会する
10年前、私は転職して間もない頃だった。新しい環境への期待と、見えない未来への不安が混在していた時期に、この手紙を書いた。
読み上げながら思った。あの頃が想定していた以上の結果を出せた、と。37歳の自分に、そう報告できる。
子どもたちへは、10年後の今の年齢を想定した言葉を書いていた。息子はあの頃まだ1歳だった。1歳の自分へ書かれたメッセージが、11歳の今届く。このサービスの存在に、息子は素直に驚いていた。
娘は娘で、息子へのメッセージの方が量が多いと、さっそくぼやいていた。
妻へは、日々の労いと変わらぬ愛を綴った。読み上げると、笑いが起きた。手紙では愛を語っていても、日々の現実はまた別の話らしい。10年前の自分への宿題を、渡された気がした。
なぜ明治村は、この仕掛けを作ったのか
ハートフルレターの受付場所は、明治村4丁目46番地に移築された宇治山田郵便局舎の中にある。明治時代の本格的な木造郵便局舎として現存する唯一の建物だ。その窓口で、10年後に届ける手紙を預かる。
過去の建築を保存する場所が、未来の言葉を預かる。この逆説は、偶然ではないと思う。
明治村は1965年、建築家・谷口吉郎と名古屋鉄道副社長・土川元夫によって開村した。高度経済成長の波に飲み込まれ、次々と失われていく明治の建築物を何とか残したい。その一心で、民間企業が採算よりも文化的価値を優先した。鉄道会社がこういう決断をする。それ自体が、この施設の本質を物語っている。
建築を学んだ小田和正がこの場所を愛し、明治村を運営する名古屋鉄道のCMに楽曲を提供しているのも、同じ磁場に引き寄せられた結果だと思う。建築学生だった私が、スケッチブックを持ってフランク・ロイド・ライト設計の帝国ホテル中央玄関の前に座ったのも、同じ理由だ。
明治村は、時間を保存している
建築は時間を保存する。明治・大正期の建物が今もここに立っているように、過去の空間が現在の私たちを迎える。ハートフルレターは、その構造を人の言葉で再現したサービスだ。
近代建築を守り続けるには、行政の補助金だけでは足りない。賛助会員制度や寄付金による支援の仕組みがすでに整えられている。近年は謎解きイベントや朝ドラの撮影地、コスプレイヤーの撮影スポットとしても賑わう。時代に合わせた活用と、変わらない保存の意志が、この場所を生き続けさせている。
10年後、また手紙を書こうと思っている。今度は妻へのメッセージを、少し長めに。
あなたは、10年後の自分に何を伝えますか?
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