前を向いて、進み続けろ!|W杯が残すもの【動事009】
朝5時、録画した試合を再生した。
結果はすでに決まっている。
それでも、手に汗を握っていた。
結果だけがスポーツなら、私は朝5時には起きない。
深夜2時からの試合だったが、生活リズムを優先し、録画視聴を選んだ。
SNSも、ニュースも、見ない。
情報を全て遮断し、朝5時に起きて、再生ボタンを押した。
苦しい時間が続いた。
それでも、この代表なら勝てる気がしていた。
しかし、ロスタイムでの失点。
2-1、日本はブラジルに敗れた。
惜しかった。
本当に惜しかった。
ドーハから、今日まで
私が小学生の頃、日本はまだワールドカップに出場できなかった。それでも深夜の試合を父親に頼んで録画してもらい、夢中で見ていた。1990年のイタリア大会決勝は、西ドイツVSアルゼンチン。サッカー少年だった私にとって、ワールドカップは遠い憧れだった。
1993年中学時代のドーハの悲劇。あと一歩で届かなかった。1998年、初出場のフランス大会。同世代の選手たちが中心メンバーとなった2002年日韓大会、2006年ドイツ大会。以降、今日までずっと応援してきた。気がつけば30年以上だ。
同世代の選手たちが、決められたルールの中、90分という限られた時間で、それまでに積み上げた力を仲間と協力して表現する。それが結果に繋がり、ステップアップしていく姿に、大いに刺激をもらった。
ワールドカップを観るたびに思う。
90分とは、その選手が積み重ねてきた何万時間もの努力が凝縮される時間なのだ。
今の代表選手たちへ
今の代表選手たちは、ふたまわり近く下の世代だ。
それでもプレーを見ていると、今日に至るまでの時間が見えてくる。幼い頃からボールを蹴り続けた日々。海を渡る決断。異国でもがき続けた時間。勝敗以上に、その積み重ねに胸を打たれる。
ガンバレ日本。
この言葉を、今日また使えることが嬉しい。
負けた日に言えるから意味がある。
これからも前を向いて、進み続けてほしい。
自分の街のチームを応援しよう
ワールドカップの熱狂は、4年に一度だ。
でも、その熱は『まち』へ帰ってくる。
ホームタウンにはクラブがある。スタジアムへ行けば、選手たちの挑戦を目の前で見ることができる。歓声も、悔しさも、拍手も、その街の記憶になる。
私は、2002年にバルセロナのカンプノウを訪れた。
ソシオと呼ばれるクラブの会員が、10万人収容のスタジアムを埋め尽くす。その光景は、圧巻だった。
バルセロナというクラブがまちの一部になっていて、羨ましく思った。
だから私は、名古屋グランパスを応援している。
代表戦で感じた高揚感は、実はもっと身近な場所でも味わえるし、シビックプライドの一つにもなる。

『まち』には、人を前向きにするスタジアムがある。それはスポーツ施設ではない。人が勇気を持ち帰る場所だ。
次に前を向く力が欲しくなったら、私はまたスタジアムへ向かうと思う。
ワールドカップは終わった。
でも、スポーツが『まち』に残すものは終わらない。
愛知・名古屋ではアジア大会も開催される。この街が、また多くの人の背中を押す場所になることを願っている。
あなたが壁にぶつかったとき、背中を押してくれる場所はありますか?
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