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薬局物語【第1話】怒って帰った患者さんが、また来てくれた日

私は30代の女性薬剤師。調剤薬局で働いて8年になる。

薬剤師という仕事を選んだのは、人と話すのが好きだったからだ。
「病院は怖いけど薬局なら話せる」と言ってくれる患者さんの一言が、ずっと励みになっていた。

でも8年続けてきて、いまでも慣れないことが一つある。

患者さんが怒って帰るとき、だ。


あれは5月の中旬だった。

外来の混む月曜日で、午後からずっと処方箋が途切れなかった。
飲み合わせに気になる点があり、処方医への疑義照会を入れていた。電話がつながるまでに時間がかかっており待ち時間は、気づけば30分を超えていた。

「遅い!」

カウンター越しに、その声は届いた。

70代くらいの男性だった。
ずっと気にしていた。
何度か立ち上がっては、また座り直しているのが見えていた。でもそのとき私は疑義照会の電話口にいて、すぐには近づけなかった。

男性が立ち上がった。

「処方箋を返せ!他に行く!」

受付スタッフが対応に出た。
ちょうど電話が終わった私は、慌ててカウンターへ向かった。

「申し訳ありません。お薬の確認をしておりますので、もう少しだけ・・・」

男性は処方箋をひったくるようにして受け取って、ドアを押し出ていった。



その日の夜、なかなか眠れなかった。

布団の中で天井を見ながら、ぐるぐると考えた。

あの人、ちゃんと薬をもらえたかな?他の薬局に行ったのかな?
それとも、もういいやって帰ってしまったんだろうか?

あの薬は定期服用していかないといけないのに・・・

後悔とは少し違う、うまく言えないけれど、胸のどこかにひっかかりが残っていた。

あの人が何度も立ち上がって、また座ったりしてるのを見ていたのに声をかけられなかったこと。
もっと早く対応すべきだった。

そんなことが頭に浮かびながら眠りについた。

薬剤師を続けていると、こんな夜があったりする。


翌日から、仕事はいつも通りだった。

火曜は在庫の発注をして、水曜は別の患者さんの服薬フォローの電話をかけた。
忙しい日々が続き、あの日のことは少し薄れてしまっていた。

でも処方箋を受け付けるたびに、ちらっとドアを見る癖がついていた。
少しずつ立ち上がっては座り直していたあの人を、思い出した。

あれから1週間が過ぎた。

近くに別の薬局はいくつかある。
処方箋には使用期間があり原則、交付日を含めて4日以内であれば基本的には別の保険薬局でも受け付けてもらえる。
わざわざ嫌な思いをした場所に戻ってくる理由はない。

1週間と少し経ったころ同僚とこの件について話をしていた。
「あのとき怒って帰った患者さん、もう来ないかな」と言うと、「また来るよ、そういうもんだよ」と返ってきた。
根拠はないけど、その言葉に少し救われた。


14日後、あの男性が新しい処方箋を持って来た。

入ってきたときは気づかなかったが、処方箋を受付に渡しいつもの奥の席に座ったときその横顔を見てわかった。

ドキっとした。

また来てくれたことへの安堵と、また会ってしまったことへの緊張が同時に来た。
受付のスタッフもわかっていたらしく、私と一瞬目があった。

男性は特に何も言わなかった。奥で静かに座って待っていた。

呼び出し順が来るまで、ちょうどいい言葉を探した。

でも結局なにも思いつかなかった。

「○○さん、どうぞ」

男性が投薬カウンターに来た。
前回と同じように、少し顎を引いた立ち方だった。私を見て、また私から視線をはずした。

「先日はご迷惑をおかけして」と言いかけた瞬間、男性は手元の診察券に目を落としたまま、「いや・・・」とだけ言った。

それっきりだった。

怒っているわけでも、許してくれているわけでもない、どちらともとれる「いや・・・」だった。
私はそれ以上なにも言えなくて、いつも通り薬の説明をして、「お大事に」と言った。

男性は薬を受け取って、帰っていった。


それから、毎月来てくれている。

名前を呼ぶたびに、「あのときの人だ」と思う。
向こうも私のことを覚えていてくれている感じはある。

でも特別なやりとりがあるわけでもなく、いつも通りに薬を渡していつも通りに「お大事に」と言う。

それでいいのかもしれない、と最近は思うようになった。
謝罪も和解の言葉も、きっとどちらも必要なかったのだ。
ただ来てくれて、受け取ってくれる。それで十分なのかもしれない。

先月のことだった。

いつものように薬を渡すと、男性は帰りがけに立ち止まった。
ズボンのポケットをごそごそして、飴をひとつ取り出してカウンターの上にそっと置いた。

目が合った。

「もらっといて」

「ありがとうございます」と言った。

それだけだった。
笑顔でお見送りして、スタッフルームに戻ってからこっそり深呼吸をした。

ただ「もらっといて」の一言。

その飴は、その日のうちに食べた。

ハッカ味だった。

あれが、あの方の答えだったんだと思う。

言葉にしなくても、また来てくれたこと。
それだけで、十分だった。


薬局には、そういう話がある。


これから少しずつ、薬局で出会った忘れられない場面を書いていきます。よければフォローして、次の話も読みに来てください。

薬局の仕事は、こういう小さな出来事に救われる日もあれば、同じくらい心が削られる日もあります。

だからこそ、どんな職場で、どんな人たちと働くかは、思っている以上に大切だと感じています。

薬剤師として働き続けるための職場選びや、転職サービスの使い方については、別の記事でもまとめています。



▼ 薬剤師の転職エージェント、結局どう選んで、どう使えばいいのか(無料)

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※本記事は、個人が特定されないよう、年齢・時期・会話・経過・薬剤・細部の描写を一部変更し、複数の経験をもとに再構成しています。

※本記事は薬剤師の個人的な見解です。

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