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君のブログは文句みたい、と言われてから。

明け方に目が覚める。

毎朝のことだ。 まだ暗い部屋の天井を見ながら、頭の中で何かがゆっくりと動き始める。

昨日は某キャリア塾仲間と久しぶりに話し込んだなぁ——

夢の続きでも、仕事の心配でもない。 もっと静かな何か。 まるで水面に小石を投げ込んだあとの、波紋のような思考がばっと浮かんできた。

今朝浮かんできたのは、ずいぶん昔に言われたひと言だった。


「君のブログって、なんか文句みたいに聞こえるよね。」

誰に言われたか、もう顔も思い出せない、、、と言えば綺麗だが、それは嘘だ。鮮明に覚えている。他人の言葉に敏感に反応する当時の自分には禁止用語に近かった。悪意があったわけでもないだろう。 むしろ、善意だったかもしれない。

でもその言葉は、静かに、確実に、 自分の中の何かに蓋をした

以来、書くたびに、どこかでブレーキがかかるようになった。 「これ、文句に聞こえないかな。」 「また怒ってるって思われないかな。」

自分でも気づかないうちに、 言葉を丸めることが習慣になっていた。

尖った部分を削って、 怒りの芯を抜いて、 「感じのいい文章」に整えて、投稿する。

…それで満足していたかというと、 全然そんなことはなかった。

何かが足りない。 読み返すたびに、そう感じていた。 でも何が足りないのか、ずっとわからなかった。


そんな時気づかせてくれたブログ

欠かさず読むブログが3つある。勝手にリンクしよう。リンクと言わない、シェアか、、、

3人とも、面識はない。 ただ、気がついたら毎回読んでいる。

明け方のぼんやりかつ明瞭?な頭の中で、なぜ惹かれるのかを分析していた。

・感情をそのまま言葉にしている。
・出し惜しみがない。
・他人の目線のフィルターを通していない。

そして書きながら思った。 この3人、全員女性ライターだった。

偶然だろうか。 しばらく脳内で考えた。

たぶん、偶然ではないだろうな。


倉本聰は言っている。

自分の執筆、脚本作りの原点は、怒りだと。

この言葉を知ったのはずいぶん前のことだ。 好きな言葉として頭の片隅に置いていた。

怒りは、最も正直な感情だ。 取り繕えない。 お世辞が入る隙間がない。 人に「いい顔」をする余地がない。

だから怒りから生まれた言葉は、 たとえ荒削りでも、 確かに誰かの胸に届く。

自分が封印してきたのは、 「文句」ではなかった。

怒りそのものだった。


3ヶ月おきぐらいに、なぜか自然と集まる仲間がいる。

某キャリア塾で知り合った面々だ。 特に幹事がいるわけでもなく、 誰かが「そろそろどう?」と声をかけると、 なんとなく集まる。

近況報告あり、愚痴あり、これからの話あり。 まだ全員、企業の中で働いている。

組織のもやもや話になったとき、 誰かがふと言った。

「でもさ、会社でちゃんと声を上げるのって、女性が多くない?」

なんとなく、全員そう思った。 問題意識を持って、構造化して、 きちんと上に伝えられるのは、 たしかに女性の方が多い気がする、と。

そのときは「そうだよねえ」と聞き流していた。

でも今朝、それが頭に戻ってきた。


なぜ女性は、感情を持ちながら論理で伝えられるのか。

たぶん、長年そうしなければ聞いてもらえない場所に置かれてきたからだと思う。

感情を出せば「感情的」と片付けられる(そう言えば、すぐ女性は感情的になる…そんな言葉、昔良く使われていたなぁ)。 だから感情を骨格にして、言葉を構造で包めるのかもしれない。

その両方が揃ったとき、文章は人に届く。

…ここまで考えて、はたと気づいた。

自分がよく読む3人のブログは、 まさにそういう感じがする。

感情が骨で、言葉が肉。

自分の文章に何が足りなかったか、、、感情が入ってない、、、 やっとわかった気がした。


そして、もうひとつ。

会社に、仲の良い女性陣がいる。 (女子会と呼ばれているが、自分も混じっている。) (特に違和感なく混じっている。) (むしろ居心地がいい。)

そこで出る話題は、たいてい組織のことだ。 「あの会議、おかしくない?」 「なんであの人がああなのか、構造的に考えると……」

自分は毎回、深くうなずきながら聞いている。

多人数の飲み会が苦手だ。 大勢で群れる懇親会も苦手だ。 表面だけ取り繕った「お疲れ様でした」の乾杯が、 どうにも居心地悪い。

でも女子会は、なぜか違う。みんな本音をぶつけてくる。

…ここまで書いて、ようやく気づいた。

自分、ずっとポジション間違えてたんじゃないか。

(いや、間違えていたというより。) (最初から、そっち側の人間だったんじゃないか。)

組織の矛盾が嫌い。 群れが苦手。 感情に正直な言葉に惹かれる。

これ、ぜんぶ繋がっていた。大発見だ!

長年、なんとなく「自分は変わり者だ」と思っていた。 会社という場所で、どこか浮いている感覚を持ちながら、 それでも黙って、やり過ごしてきた。

「文句みたい」と言われてからは、 余計に黙るようになった。

でも明け方に思った。

変わり者だったんじゃない。 居場所を間違えていただけだ。


封印が、解けた気がした。

怒りは、恥ずかしいものじゃない。 倉本聰が言う通り、それは書く者の原点だ。

丸めなくていい。 削らなくていい。 「感じのいい文章」に整えなくていい。

正直な言葉で、書いていい。

明け方の静かな部屋で、 長年しまい込んでいた何かが、 ゆっくりと、息をし始めた。

…たぶん、これからだ。


さて。布団から出るか。

今日やることは山積みだ。 トレーニング、掃除、クルマの整備、買い物、投資。 全部できるかって?

……できるわけないな。

でも、まあ。 封印が解けた日くらい、 少しくらい自分に甘くてもいいだろう。

たぶん、大丈夫だ。スッキリしたから。


(終わり)

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