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中国雲南省山岳地帯•神秘の棚田で見えた天国と地獄

はじめに

中国・雲南省の元陽市には、1300年以上かけて少数民族ハニ族が作り続けてきた、世界遺産の壮麗な棚田があるという。
元陽は、中国の中でも南部、ベトナムとラオスの国境付近に位置する山岳地帯である。

赤丸が元陽

ところで、『関口知宏の中国鉄道大紀行』という番組をご存知だろうか。

私は大学の第二外国語は中国語を選択したのだが、そのときに初回の講義で先生が流したのが同番組であり、雲南省のハニ族の棚田のシーンだった。
当時、私は中国に対して全く関心は無く、留学するつもりなどもちろんなかったのだが、このときみた棚田の美しさが妙に頭に残っていた。

2018年末。
武漢大学に留学中だった私は、「せっかくなら、留学中の年越しの初日の出をこの棚田で迎えよう! 」と決意した。
「朝日に照らされる水田を見ながら新年を噛みしめるなんて最高だろう」
と思っていた。
しかし、このあと、予想以上の地獄が待ち受けているとは、思いもしなかった……。
はたして、棚田の美しさはいかほどのものだったのか?

(武漢の留学記録についてはコチラ👇)



武漢から元陽棚田へ:弾丸ルート

夜明け前の昆明駅

当時の旅程はこんな感じ。
①武漢→昆明(飛行機2時間)
②昆明→建水(鉄道3時間)
③建水→元陽(バス3時間)

日本からの行く場合も、昆明以降は同じ。昆明→元陽は、片道八時間の高速バスもあるが、建水を訪れてみたかったので、このような行き方に。

元陽では、バスが「南沙ターミナル」と「新街ターミナル」に分かれており注意が必要。
南沙に到着した場合、棚田方面へ行く場合は、一旦新街まで再度バスを乗り継ぐ必要がある。


建水:棚田へ向かう前の古都散歩

箇碧臨屏鉄道

建水は清代の街並みが残る、小さな観光地だ。
戦前に作られた箇碧臨屏鉄道が観光列車として残っており、乗車してみた。
列車は臨安駅から始まり、フォトスポットでたまに停車しつつ、団山駅へ向かう。

始発駅の臨安駅
ホーム
車窓から
双龍橋駅

清朝時代につくられた橋はなかなか美しい。

終点の団山村

団山村の民家街は、明の時代に江西省から移民してきた張一族によって開かれ、今も住民の大部分が張姓なのだという。

古い街並みが現存。
名物焼き豆腐

建水は棚田へ向かう通過地点のつもりだったが、観光地化されているとはいえ、清朝時代の面影が残る街並みは乙である。

ちなみに、この旅は武漢大に同時期に留学していた日本人の友人も同行していたのだが、土産物屋で日本語で会話していたところ、店員から
「あんたたちどこの少数民族なのー? 方言強いなー!」
と声をかけられたことがある。
全然理解できないはずの言語でも、初手で外国人だと思わず、中国人(少数民族)だと疑わないあたり、さすがは少数民族最多の雲南省だけある。

「普通語を話してください、規範字を書いてください」

それもそのはずで、建水や元陽では、いたるところに「標準語喋って、標準文字書いて」という意味のスローガンが掲げられていた。

他の少数民族が多い地域でも、この看板はあまり見たことがない気がする。


恐怖の濃霧と峠道

建水のバスターミナル

建水を堪能した我々は、1日1本のバスで元陽・新街へ。
腹ごなしに、米線(ライスヌードル)をバスターミナルの路面店で頼んでみる。

微辣の色ではない。

一杯200円ほど。これが、うまい。
シーサンパンナでも感動したが、やはり雲南省は米線の街だ。北方のモチモチとした手打ち麺も好きだけれど、米線特有のプッツリした食感もまた辛味と合う。

問題はバスに乗ってからだった。

当たり前だが山岳地帯。頭文字Dばりの峠道を、運転手は慣れてるからかガンガンに走る。

視界はゼロ

濃霧で前が見えないぐねぐねの峠道を、猛スピードで攻める運転手。
一応曲がるタイミングでクラクションを鳴らしながら、対向車と意思疎通を図っている。確かに免許の学科試験の問題にそんな感じのことがかいてあった気がする。

リズミカルにクラクションを鳴らす運転手は楽しそうだが、乗っているこっちは寿命が縮む思い。ようやく、サービスエリアに着いた。

サービスエリア……?

誰がなんと言おうとサービスエリアです。
トイレはもちろんニーハオトイレ。(溝だけあるバージョン)

再び乗車し、元陽に向かっていたところ、突然バスが停まり、「全員降りろ」という。
困惑する私たちに、ワラワラと声をかけてきたのは、元陽の民泊オーナーたち。
どうやら車内で一旦客引きタイムが始まったようだ。運良く、もともと予約していた宿のオーナーを見つけたため、私たちは8人乗りのバンに、10人以上詰め込まれ、そのまま宿方面に向かった。

宿周辺。動物がフラフラしている。
かわいい



元陽の宿事情とセクハラの夜

宿周辺の街並み

元陽の宿は、南方あるあるで、暖房がないのがデフォルト。いくら南方でも、1月の気温は5度前後でシャワーどころではなく、電気毛布とダウンで震えながら夜を越した。

宿外観

夜中、寝付けずにロビーでスマホを触っていると、華僑のマレーシア人(男)と、ハニ族の宿スタッフ(男)の宴会に巻き込まれた。
ハニ族のスタッフは女に飢えているのか、やたら膝を触ってくる。
華僑のマレーシア人がそれに対して「ごめんね、これはセクハラだ、同じ中華民族として恥ずかしい……」と謝っていた。
中華民族概念って、そんな広いんだなどと不思議に思った。


ついに棚田へ!…でもまた地獄

翌朝、日の出前に起きて、意気揚々と棚田の展望台へ向かう。

しかし…

ん?
んん…??

何も見えない。笑えるほどに真っ白。
確かに、そもそも道中であれだけ濃霧が発生していたのだから、こうなる可能性ももちろんあった。

飛行機2時間・鉄道3時間・バス3時間かけて来た結果がこれか…と虚無に浸っていたその時。



神様がくれた5分間の奇跡

あれ…?
晴れてきた!

日の出とほぼ同時刻、霧が徐々に晴れてきた。

見える…見えるぞ…!

水面に反射する朝日、赤と青が滲むような水田。

まさに「これを見に来たんだ!」というに相応しい絶景だった。
しかし、その絶景はたった5分間だけの奇跡で、その後はまた濃霧に覆われ、二泊三日の滞在中に棚田が見えたのは、このたった5分間のみだった。


濃霧のなかの元陽散歩

以降は濃霧の中で過ごした元陽での思い出。

牛がのんびり散歩している。
暖房がないので、庭の火鉢で温まる。
牛もつスープ。うまい。
元陽の街並み。
元陽キッズ
豚さん


おわりに

宿で出会った中国人、マレーシア人と

結局、美しい初日の出を見るという理想は打ち砕かれた。
しかし、宿で中国人やマレーシア人たちと火鉢を囲みながら、変顔写真を撮ったりしながら過ごす年越しカウントダウンも、悪く無かった。

暖房はなくても、人の温かさに触れられた元陽での年越し。
たった5分間だけ姿を現した棚田の絶景は、一生忘れられない風景となった。

「また行きたいか?」と聞かれたら、「暖房付きの宿があれば、またいつか行きたい」と答えるだろう。

(おわり)
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タカイワ マサ | ライター・イラストレーター 面白いと思ったら応援のほどよろしくおねがいいたします! いただいたチップは執筆活動に使わせていただきます。

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