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コーヒーを淹れるために低山へ登ってみれば

コーヒーが好きだ。
紅茶も好きだ。
中国茶も好きだ。
台湾茶も好きだ。
ほうじ茶なんてなかったら生きていけない。

でも山の上で飲みたいのは、
断然コーヒーなのだ。

見晴らしのいい場所へ。

ミニマルなセット。

コーヒー豆
手回しミル
アルコールストーブ
チタンマグカップ
ドリッパー

紅茶の渋みも、台湾茶の華やかな香りも愛している。ほうじ茶の香ばしさに安心し何度救われたことか。
でも場所が山の上となると話は別だ。

家で飲むそれとは違う、山頂という環境で抽出する一杯のためだけの儀式。
低山、軽い山歩。
小一時間歩いて、おあつらえ向きの特等席を見つける。
リュックから折り畳み式の椅子と、A4サイズの小さなテーブルを取り出し、静かに組み立てる。
準備は整った。
ここは今日、私だけのカフェになる。

まずは腹ごしらえ。持って来た海老カツバーガーにかぶりつく。
いい天気だ。眩しくて片目を閉じる。

食後にはコーヒー、さて、開店準備。
アルコールストーブに小さな小瓶からアルコールを移す。ファイヤースターター の黒い棒を金属のストライカーで、擦り火をつける。1発でついたら、今日は7割方成功。言い過ぎかな。そんな験担ぎの瞬間。

お次はコーヒー豆。
お気に入りのモカ。
コルクの蓋のガラス瓶に一回分だけ詰めてきた。蓋を開け香りを吸い込む。
山の空気の中で嗅ぐとひときわ香りが立つ。
こぼさぬように、ミルに投入。
ゴリゴリと豆が砕ける硬質な音が、森の静寂を少し賑やかに変える。

ほどなくして、ポコポコとお湯が沸いた。
沸かしたての湯をしばらく冷ます。ここはもう適当な勘でしかない。
温度計はあえて持ってこない。

頃合いを見て、ゆっくりとカップにセットしたドリッパーの中の茶色い窪みにお湯を落とす。
挽きたての豆がこんもりとドームを作る。立ち上る湯気が風に乗って霧散する。
待ってくれ、今、風はいらない。
軽さが信条のチタンカップは風にめっぽう弱いのだ。
背中を向けてイジワルな風に抵抗しつつ、テンポを落とさずお湯を落とす。

「一杯のコーヒーができました。おまちどうさま。」

周囲には誰もいない。聞こえるのは風の音と、鳥のさえずり、そして自分の呼吸だけ。

一口、含んでみる。
喉よりもまず鼻が反応する。いい香り。
ごくんと飲み込む。
歩き疲れた体にじんわりと染み渡る。
持って来た読みかけの文庫本を開く。

街からしばし離れ、標高の低い山の上から、ジオラマのような景色を見下ろしながら味わうこのコーヒーは、どうしてこんなにも格別なのだろう。

コーヒーを半分ほど飲んだところで、リュック奥に忍ばせておいた大好物を取り出す。
ミスマッチのようで、これが合う。
山で食べるだんごは、ひときわ美味しいのだ。

このひとときのために、私は多少重たいリュックを背負って登ってくるのだ。

いい時間だな。

だいぶ読み進めた文庫本を閉じて、遠くの山脈を眺める。太陽がだいぶ山に近づいた。
日暮れになる前には帰らなくちゃ。

カップに残った最後の冷えた一滴を惜しむように飲み干し、軽くウエットティッシュで拭いて、道具を片付ける。
風の冷たさが帰る時間を教えてくれている。

名残惜しさはあるけれど、今日はこれで閉店。
次回はAEROPRESSでカフェオレにしようかな。途中の牧場で牛乳買って。

また来よう。コーヒーを淹れるために。




蝶ヶ岳では暴風雨に泣かされ、心が折れかけました。
あの日の失敗は、その後ずっと頭の片隅に残っていました。
だから次の山行では、装備も歩き方も、反省できることは全部見直しました。
その答え合わせのような山行が、11年に一度の紅葉に染まった涸沢カールでした。


半額の梅と目が合った…
連れて帰るしかなかった


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