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梅に呼ばれてジップロックで梅干し作り


6月は心がザワザワする。
1年の中でとりわけ一番時期を逃してはいけない月だと私は思う。スーパーに行って予定になくとも気持ちが焦る。
あのまるまるとした青梅が積まれているのを見ると。
その季節を閉じ込めないといけないと焦るのだ。
それが6月。
母の命日もある6月。

いつものように夕飯の献立を考えながらスーパーを歩いていると、もりもりと青梅とらっきょうが積まれている。
不作なのか、値段上がってる気がする。
去年漬けたしなー。まだ去年の梅干しが残っている。今年はいいかな。やらなくても。
脳内会議終了。

今年はやらない宣言を自分にして、青果コーナーの角を曲がると、水色の大きなコンテナに、見切り品が置いてある。

パックの中で窮屈そうに少し色が変わってしまった、干し椎茸になれなかった椎茸や、葉先がしなってしょんぼりしたサニーレタスの後ろ、コンテナの隅で、ひっそりと出番を待っている青梅の袋が目に留まった。

値札には「半額」の赤いシール。
え、でも袋の内側に露が見えるし、なんか水分出てそうだし、傷みが気になるなー。知らんぷりして通り過ぎようとしたものの、後ろ髪を引かれて、また戻る。

梅が呼んでいる。連れて行って。


持ち上げると袋の隙間から梅の香りが漂ってきた。
これがあれば切れてしまった白梅酢も作れるしな。なんだかかんだ自分に言い訳をしている。
ノックアウト。
まんまと買ってしまった。

梅の香りが好きだ。
家に持ち帰り、早速、新聞紙の上に広げ、状態をチェックする。
一粒一粒、丁寧に状態を確かめていく。

中には、少しばかり傷みがきていて、泣く泣く除外したものが5粒。けれど、全体の量を思えば想像していたより、驚くほど優秀だ。
ところどころしっかりと黄金色に熟れている。梅干しにするには、これ以上ない好都合な状態。

「やったね!ラッキー!ヨシっ!」
小さく拳を握り、勝利の雄叫びを上げて、なんだか自分の決断が誇らしい気持ちになる。

うちで梅干しになる運命だったんだよ。
君たちは。


梅干しを漬ける、なんだか丁寧な暮らし、といった響きがあるけれど、私にとってはもっと本能的なものだ。
ただ単に梅の香りが嗅ぎたい。

毎年、6月にらっきょうと梅干しを漬けていた亡くなった母の姿が目に浮かぶ。
今私もおんなじことをしている。

水に梅を放つ。うっすらと毛に空気を纏って、ガラスのように反射する。綺麗だ。しばらく見惚れる。洗った梅をザルにあげ水分を拭き取って、部屋に広げて乾かす。
桃のような芳しい香りが立ち上がってきた。少し熟らせてみよう。
一晩、その香りの中で眠った。天然のルームフレグランス。

翌日になり、さて、どの塩にしようか。
よーし、奮発して、特別にお気に入りの最高に美味しい『笹川流れの塩』を使っちゃうぞ。
この塩はかつて訪れた新潟の笹川流れで出会ったものだ。海藻豊かな海。海なし県民ゆえに、ちょっとだけ試したくなった。指を浸してひとなめした時に、生まれて初めて「うま〜」と声が出た。

道の駅でその笹川流れの海水から作られた塩を買い求めて、旨味の豊富さに驚嘆したものだった。それ以来、この塩がお気に入り。
使いきってしまい、なかなか買えなかったが、新潟系のスーパーができてそこで再会し、嬉しくて、ストック買いしている特別な縁のある塩だ。

乾いた梅のなり口を竹串でこじいてポロンと取る。梅の香りに包まれて、この、ちまちまとした作業に没頭していると『梅干しハイ』だ。

この気持ちの高みに達すると日常の嫌なことなんていつのまにか消えてしまうから不思議だ。

昔はおしゃべりしながら二人でしていた作業。今は一人黙々と作業する。

静かな時間、居ないけど居るような気持ちにもなる。

その感情を感じたいために梅を買ったのかもしれないなとふっと考えた。

入れ物は母の使っていた重い甕ではなく、今の私にちょうどいいジップロック。
重石の代わりに、買ってきたばかりのキャベツを載せる。
母が見たらびっくりするかな。
「現代の知恵だよ」と笑って伝えたい。

この重さで水が上がるかな。
熟してだいぶ柔らかくなっているのであまり重いものを載せると潰れて台無しになる。この重さの頃合いも重要だ。

イワシを煮るのに重宝する白梅酢が欲しいというのも、あの時救い出した梅を買って来た大きな一つの理由だ。

これからこの小梅たちは、じっくりと時間をかけて、梅干しへと姿を変えていく。

朝、天地を袋ごとひっくり返す。
夜も同じ、クルッと。
気が向いたら、昼間でも、あいさつ代わりにひっくり返す。

調子はどう?

軽くて楽なので、もう何年も前から、もっぱらこのジップロック方式だ。
3日もせずに、たぷんたぷんに白梅酢が上がって来た。
梅の香りも強くなってきた。塩で細胞膜が壊され香りが放出されているのだろう。

白梅酢を小瓶に取り分ける。

干してから赤紫蘇に漬ける予定だったが、この前直売所で、とてもいい紫蘇を見つけた。
家に塩漬けの梅が待ってると、紫蘇センサーが敏感になり、見つけるなり、手に入れたくなる。
一度買い逃した年もあったので。

今年は先に染めてしまおう。
赤紫蘇を塩揉みしてアクを出す。
きれいな色だけど、心を鬼にして、これは捨てる。
さらに揉む。搾る。
梅酢を合わせる。
鮮やかな紅色。
さぁーっと色が変わるのは魔法みたい。

梅の上に置く。
毎日袋のまま天地を返すと、次第に梅が紅色に染まっていく。
この、変化がなんとも愛おしい。

昔の人はこうやって、季節の恵みを保存し、生きる力にしてきたのだ。
私は現代人でズボラなので甕ではなく、ジップロックだけど。
同じ気持ちなんだ。

台所には10年以上前のカリカリに乾燥した母の梅干しの瓶も並んでいる。食べ切るのが惜しいのだ。梅干しは30年でも持つらしいから。
そう考えると、キッチンに並ぶこの瓶が、ただの容器ではなく、なんだか小さな歴史の容れ物のように見えてくる。

梅雨が明けたら、お日様に干そう。
そしたら真っ赤に仕上がるに違いない。
とっておきの塩で漬けたから最高に美味しいに違いない。今から出来上がりが楽しみだ。

白いごはんに、この小梅をひとつ。山歩きのお供にも最適だ。

酸っぱくて、しょっぱくて、どこか懐かしい味が、きっと疲れた身体を癒してくれるはずだ。

次はどんなお米を炊こうか。よし、母の故郷の高知から、仁井田米を取り寄せてみよう。

出来上がったら母の瓶の横に並べよう。

梅仕事は、未来の自分への贈り物だ。



日帰り温泉のガラクタ市で100円で買ってきたものは…

お目当ての炒り豆を買いに行った直売所から持ち帰ってきたもの

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