見出し画像

100円で旅館を家に連れて帰った

いつも行っている日帰り温泉施設。
入り口を入ってすぐのスペースで「ガラクタ市」と称して、旅館の備品を放出しているコーナーが設けられていた。

面白そう。どれどれ。
少しのぞいてみようか。興味本位でお湯より先にそちらへ。

旅館の食事で出されるであろう、少し奇抜な形の食器類、例えば、西京焼きでも載せようか、それともお造り、想像力をくすぐる、はまぐりの形の九谷焼、木の芽和えを入れるのにちょうどよさそうな割り山椒、打ち出の小槌の形の蓋物、大広間にあったであろう座椅子まで、いろんなものが置いてあった。

どれでも100円だと書いてある。包装はセルフでと新聞紙が山と積まれている。
破格の放出ではないか?
しかしながら、ただでさえ器の多い家。
ダメダメ、安物買いの銭失い、早くお風呂に行きなさいよ。もう1人の自分がお尻を叩く。

その心の声を無視するように、
ぐるっと見まわして目に留まったのは、アルミ鋳物の蓋付きお一人様鍋。旅館でよく出てくるすき焼きとか、固形燃料でぐつぐつするやつだ。

手に持つと印象よりだいぶ軽量。材料が鉄ではなくアルミだからだ。
あの固形燃料はメスティン自動炊飯でよく使うので我が家に常にストックしてある。

「家に帰ってすぐ試せるな。」
あー、ゾーンに入りました…
買う方向に舵がきられる。

はたまた、その横に同じ平たい鍋で陶製のものもあった。蓋に刷毛目で意匠が施され、茶色い陶器、裏返すと黒い焦げ跡が今までの働きぶりを彷彿とさせる。耐火鍋だ。
割れも欠けもなくきれいな美品。

これは朴葉味噌焼きにぴったりではないか。金属のフライパンでは出ない趣が漂ってくる。オーラのようなものだ。
どちらにしようかな、迷う、形状が似てるからな。

秋の山に登っていると朴葉はそこら中に落ちてる。
かなり大きな葉っぱなので、山の中では目立つ存在だ。
「お、これは朴葉焼きにぴったりだな。」

きれいそうな葉っぱを拾い手に持ってヒラヒラさせながら下山したものの、朴葉焼きは結局やらずじまいだったのに。

そうだ、この平たいお一人様鍋がうちになかったからだ。この出会いは必然だ。

君に、決めた!

たった100円の鍋を手にして、そこまで思い巡らすなんて。

100円を握りしめてロビー受付に向かった。数歩のところでクルッと踵を返す。

気が付くと二つの鍋を持っていた。

「用途が違うんだよ、用途が。」

誰に言うわけでもない言い訳を心の中で唱えつつ。
200円を払い、新聞紙で包み、お湯に浸かる。
お湯の中でも、お鍋のことを考える。

心も身体もホクホクした気持ちで家まで運転する。針葉樹の多い山道、青々とした朴の木の大きな葉がやけに目につく。


家に帰って台所用洗剤できれいに洗った。
鍋たちを洗っている最中も笑みがこぼれる。何を作ろうかな。

明日、お肉を買いに行こう。
まずは鋳物の鍋ですき焼きかな、親子丼もいいな。
頭の中でメニュー会議が始まる。

翌日、豚肉と特売品の鶏肉を買った。まずは鋳物の鍋を豚バラ焼肉用で油慣らし。
野菜と豚肉で鍋を育てることから始めようか。メスティンやスキレットにするように。

黒い被膜もところどころ剥げていたりと、幾戦を重ねてきた感はある。昨日しっかりと洗ったので、シーズニングして焦げ付かないようにしよう。

固形燃料をセットしたポケットストーブの上に置く。エスビットのポケットストーブもだいぶやれた感じが出てきた。
国は違えど同年代の邂逅と言った感じだ。

ジリジリと熱が上がった音がする。鍋底に当たってゆらゆらしている固形燃料の青い炎を見つめる。少し油を敷き、豚肉を並べる。ジュージューと音を立てている豚肉。うわ、楽しい。

キャベツを手でちぎって豚肉の横に置く。肉を裏返して、少し蒸らすためにドーム型の蓋を被せる。
隙間から蒸気が漏れる。
この鍋の中が見えない時間が、楽しみを育てる。

そろそろいいかもと、蓋を開けると、キャベツは少し蒸されて緑色が濃くなって透明感を増している。豚肉はいい感じに焦げ目がついて美味しそう。

まだ火は消えていない。25分は燃えるからね。
そうだ、思いつきで、焼肉のタレを熱々の鍋肌に回しかける。シューっと香ばしい蒸気が上がる。

さて、さっそくいただきます。

うま〜!

なんだ、この、楽しさは。
ただの普通の焼肉なのに。ちまちまとやる焼肉。手の平サイズに楽しい美味しいが詰まっている。

演出って大事。

大人のおままごとみたいだな。
これはいい買い物だったぞ。
キャンプでも活躍しそう。

翌日はもうひとつの陶器の鍋で親子丼を作った。こちらの鍋は蓄熱してゆっくり火が入りそうだ。甘辛く鶏肉を煮込む間のぐつぐつという音がいいんだよな。頃合いを見てトロリと卵を溶き入れて蓋をする。

猫背になりながら、鍋を見つめる。
テーブルで調理、非日常を演出。
昔どぜう鍋を食べに行ったことが思い出される。
そろそろ卵に火が通ったかな。

水滴がテーブルに垂れ落ちないように、気をつけながら、
蓋を開けると甘い香りと湯気が一気に広がる。
卵の具合も上出来だ。
この蓋を開ける瞬間のワクワクがたまらない。両方とも買って正解だったな。


ワンコインで家が旅館になった。
そんな気分を連れて帰ってきた。

さて、今度の週末は朴葉を拾いに、山へ行こうか。



水道から出ない水
湧水ハンターの理由



こんなふうにはじめてみました

いいなと思ったら応援しよう!

やまやまよもやま ここまで読んでくださり、ありがとうございます。応援📣嬉しいです。いただきましたチップは山の行動食🍡🍫カステラ代に使わせていただきたいと思います。貯めて福砂屋を買いたいです。