哲学とは何か?②~哲学とは「イノベーション」である
<前回記事:哲学とは「形而上学」である>
前回の記事では「哲学とは形而上学である」と述べた。つまり、哲学とは見たり触れたりできる物質の世界を超えた「上位の何か」について考える学問である、ということだ。これは我ながら、哲学の意義を真正面から捉えた、良い説明だと思っている。
だが、この説明には問題がある。それは「物質を超えた上位の……」と言った瞬間に多くの人が心を閉ざしてしまうことだ。こうなってしまうと、もうダメ。話が耳に入らなくなる。結局、さんざん説明したあげく、
「なるほどー。やっぱり哲学って難しいですねー」
という反応で終わるのが関の山である。
そこで、もっとわかりやすく、かつキャッチーな「哲学とは何か?」の回答を考えた。それが以下である。
哲学とは『新しい価値』すなわち『新しい言葉』を生み出すことである。つまり、哲学とはイノベーションである。
ちなみに、もっと簡単に一言で説明したいなら、以下のどれかを選ぶとよい。(実はみっつともすべて同じことを言っている)
哲学とは、「新しい価値」を生み出すことである。
哲学とは、「新しい言葉」を生み出すことである。
哲学とは、「イノベーション(価値創造)」である。
1は一般人向け、2は子供向け、3は意識高いビジネスマン向けと考えると良いかもしれない。
※イノベーションとは、革新的な技術や発想により新たな価値を生み出し、社会に大きな変化をもたらすこと。
■「価値」は「言葉」を生み出す
なぜ、これが哲学の定義になるのか、もう少し説明しよう。
たとえば、目の前に草がたくさんある風景を想像してみてほしい。その草が何の役にも立たない場合、我々はそれらの草に名前を付けたりはしない。せいぜい「雑草」という言葉でひとまとめにするだけだ。しかし、その中に「食料になる」や「薬になる」などの用途(価値)を持つ草が見つかったとしたらどうだろうか。きっとその草には「ヨモギ」や「ドクダミ」といった名前(言葉)が与えられることだろう。
同じことが石にも言える。どこにでもある石ころの中で、「硬くてキラキラしていて高価」といった特徴を持つものには、「ダイヤモンド」や「ルビー」といった名前が付けられるわけだ。
つまり、「言葉が生まれる」というのは、そこに「価値がある」ということを意味する。価値があるからこそ、他と区別する必要が生じ、「新しい言葉が誕生する」のだ。逆に言えば、価値がなければ言葉も生まれない。区別する必要がないからだ。
このことは、「価値=言葉=区別(差違)」であることを示しており、言語哲学のひとつの結論だとも言える。
■「価値」はどうやって生まれるのか?
では、その価値はどのように生まれるのか?
私は、この価値を生み出す者こそが「哲学者(哲学する人)」だと思っている。
ちょっと原始の時代を想像してみてほしい。その頃、言葉があったとしても、目の前にある(見たり触れたりできる)モノに対して名前をつける程度であったはずだ。おそらくは「食べられる/食べられない」「安全/危険」といった、物理的な価値を区別するための言葉であっただろう。
しかし、人類はある瞬間に飛躍する。目の前にないもの、物質世界にないもの、つまり「見たり触れたりできないもの」に価値を見い出して名前をつけたのだ。
たとえば、「約束」という言葉。これは当然「見たり触れたりできないもの」だが、ある日、どこかの誰かが、ただの会話上のやり取りに「約束」という名前をつけたわけである。
もちろん、こんな名前をつける必要なんかないだろう。
「じゃあ、木の実を3個あげるから、明日は3個返してね」
「わかったよ」
これだけで話が終わっても良かったはずだ。でも、日常を過ごしながら、みんな、ぼんやりと思っていた。
「あれ? あいつ、返してくれないな、うーん」
「あの人、毎回ちゃんと返してくれるな、うーん」
「なんだろう、この気持ち、どういうことだろう?」
さあ、ここで哲学者の登場だ。彼は「約束」という新しい言葉を生み出し、このようなやり取りをその言葉で表現することを思いついた。その瞬間、周囲の人々はハッと気づく。「確かに、この会話のやり取りは重要だ。他と区別して、名前をつけておくべきだ」と。
言葉は無からは生まれない。「取り決めを守ることは私たちにとって何よりも大切だ」という本質をいちはやく感じ取った誰かが、その価値を言葉にして結晶化したからこそ、「約束」という言葉が存在しているのだ。
「明日3個返してね。いい? 約束だよ」
「ああ、約束だ」
■ビジネスにおける哲学(=イノベーション)
日常から(まだ誰も気づいていない)価値を見い出し、それを言葉にするというのは、ビジネス業界ではよくやられていることでもある。
たとえば、ビジネスの世界では「アジェンダ」という言葉をよく耳にする。この言葉も昔は存在しなかった。だが、みんなが会議中に「何かうまくいかないなあ」「いやー、長々とやったけど、今日の会議、結局なんだったんだ?」とモヤモヤしていたところに、あるビジネスパーソンが「アジェンダ」という言葉を持ち出したわけだ。
「会議の前にアジェンダを配布します。今日、決めるのはコレです。そのために、ふたつの問題点について、これくらいの時間をかけて話し合います」
「うわ、大事なのは、それだよ、それ! そのアジェンダってやつだよ!」
価値の創造。そして、その価値を認識するために生み出された言葉。その言葉に多くの人が共感し、世間に流布されていくと、最終的には日常的な言葉にまでなっていくのである。
■言葉は現実に存在しないもの
実際、私たちが日常的に使う言葉の多くは、現実に物質として存在するものではない。
愛、友情、生きがい、正義、善、自由、平等。
これらの言葉は、目の前にあるモノを指さして名前をつけたのではない。誰かがこれらの価値を見い出し、言葉として作り出したから存在しているのだ。
たとえば、プラトンを含む古代ギリシャの哲学者たちは、愛は4種類あると言い、それぞれに名前をつけた。
エロス(恋愛)
フィリア(友愛)
ストルゲ(家族愛)
アガペー(無償の愛)
言われてみれば、なるほど確かにその4種類がありそうだなと感じるだろう。しかし、これだって誰かが言い出さなければ、なかなか気づけない概念ではなかろうか。(実際、あなたが原始の時代に生まれたと考えてみてほしい。これらを明確に認識し、価値として見い出せただろうか)
私たちは日常会話の中で、「恋愛したい」「友情がほしい」と当たり前のように言っているが、それらはすべて誰か(哲学者)が作り出した価値によって生み出された言葉なのだ。
■結論:哲学とはイノベーション(価値創造)である
このように考えると、哲学とは「新しい価値(言葉)」を生み出し、日常生活や社会のあり方を変える行為そのものであり、それはまさにイノベーションだと言える。
現実の世界に存在する事象から、抽象的なメタ(上位)の世界へと思考を進め、新たな「概念(価値)」として形作り、言葉を与え、それを共有する。このプロセスこそが哲学なのだ。
だからこそ、私はこう言いたい。
この世で新たな価値を生み出している人間(クリエイター)は、すべて哲学者である。そして、人間の言語活動、日常会話はすべて哲学者の成果である。ゆえに哲学者を称えよ! 哲学最高!
という哲学至上主義を掲げて、聴き手を引かせたところで、「哲学とは何か?」の話の終わりとしたい。
飲茶「哲学とは形而上学である。では、形而上(物質を超えた上位)とは何か? それは、価値であり、言葉である。哲学とは、価値(言葉)を創造する社会変革の営みであり、すなわち、イノベーションである」
注)とにかく、この説明の仕方はウケがいい。だが、社会に迎合するために、あえて「イノベーション(価値創造)」という言葉を使っているだけで、本当は「価値発見」だと私は思っている。あらゆる価値(=言葉)はイデアであり、もともと世界に隠されているものではないだろうか。
三角形の面積の公式だって、誰かが創造したわけではなく、もともと世界に潜んでいたものをただ発見した、と言うべきなのだから。
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