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【毒親育ち×HSP】正義感が強すぎて生きづらい理由🌱パワハラと向き合った私のエッセイ〈INFJ・ACにも〉

こんばんは、ひかりです🌙

正義感が強すぎて、
苦しくなったことは
ありませんか?


どうしても見過ごせなくて、
いつも自分だけ損をしているように感じたり、
気付いたら誰よりも心が擦り減っていたり。


「どうしてこんなに生きづらいんだろう…」
そんなふうに思って過ごしてきました。


HSPとしてずっと周りの空気を
読み続けてきた私は、
どうしても“人の痛み”を自分のことのように
受け取りすぎてしまうんです。


優しさから生まれたその正義感が、
ときどき自分自身を追い詰めてしまうこともあります。


今日は、
同じような苦しさを感じている私たちへ、
私がパワハラと向き合うことになった理由と、
そこから気付いた“正義感の正体”について
お話したいと思います。



■ 「守りたい」

私はHSP気質がかなり強く、
人の機嫌や小さな空気の変化にも
すぐ気付いてしまいます。


そして毒親に育てられたことで、
「怒らせないように」「傷つかないように」
常に先回りして動くクセも自然に
身についてしまいました。


その生き方は、大人になっても
そう簡単には抜けません。


誰かが傷ついている姿を感じ取ると、
自分のこと以上に胸が痛くなってしまうことがあります。


これが、私の
“優しさから生まれる小さな正義感”
はじまりだったのかなと思います。

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小さな正義感のきっかけとなった
毒親育ちのはじまりの記憶の記事はこちら⬇️


■ パワハラとの出会い


転職先でパワハラに遭い、
会社に相談したときのことです。
そこで初めてわかったことがありました。


私と同じポジションで
入社した人は全員、
同じ加害者からパワハラを受けて
辞めていたということ。




「なんで私だけ?」
「どうしてこんな理不尽なことをされるの?」

それまで自分のことだけで
いっぱいいっぱいだった私。


でも本当は、私だけじゃなかった。
過去に何人も、
同じ苦しみを抱えて辞めていった人たちが
いた。


会ったこともないその人たちが、
どれだけ辛くて悔しい思いをして
『自己都合』として辞めていったのか。
その気持ちを考えた瞬間、
胸の奥が大きく揺れました。




『絶対にここで終わらせる』


そのとき、初めて自分の中に
“怒り”が生まれました。



■ 消えた「辞める」という選択


加害者は1番社歴の長い”お局さん”。
毎日ストレスを発散するかのように怒鳴り、
自分の機嫌ひとつで人を徹底的に追い詰める
人の心を持たない人間でした。


同僚たちは毎日”お局さん”の顔色を伺い、
萎縮し、怒鳴り声を聞かないように、
必死に機嫌を取る毎日。

どっちが仕事なのか分からないくらい。



その姿を見るたびに、
「辞める」という選択肢は
少しずつ消えていったんです。


本当ならすぐに辞めたほうが、
自分の心には良かったんだと思います。
頭では分かっていたけど、
どうしても辞められなかった。



理不尽に耐えて辞めていった人たちの
悔しさも、
怯えながら働く同僚たちの気持ちも、

全部自分の中に流れ込んできてしまって。



だから私は、どうしても止めたかったんです。




■ 証拠を集めるだけの1年間


逃げ出したい気持ちより、
止めたい気持ちのほうが
強かったんだと思います。


本当はすぐにでも辞めたいくらい、
毎日が辛かったはずなのに。
それでも私は、
「ここで終わらせるのは私」
という気持ちを支えに、
1年間必死で耐えながら、働き続けました。


意味もなく怒鳴られた日も、
見せしめにされた日も、
涙が出るほど悔しかった日も、
ずっとされてきたことを記録し続けてきた。


そしてその記録を元に労働審判を起こし、
時間はかかりましたが、
パワハラは正式に認められました。

〈※詳細はまた書きたいと思います〉


予定通り1年後に退職。
すべて終わった瞬間、
ようやく深く息が吸えた気がしました。


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私がパワハラに遭って感じた
毒親育ちがパワハラに遭いやすい理由⬇️


■ “変わった”という知らせ


退職から1ヵ月後、
元同僚から連絡をもらいました。


「職場の体制が変わったよ」
「お局がほとんどしゃべらなくなった」
「新しく入った人へのパワハラもなくなった」


その言葉を聞いた瞬間、
涙が出るほど嬉しかった。




あの1年間、頑張ってきて
本当に良かった。
心からそう思えました。



■ 辞めなかった理由


あの職場で起きていることを
”見なかったこと”にはできなかった。
ただそれは強かったわけでも
正しかったわけでもなくて
あの時の私は何かに触れた瞬間のように、
反射的に動いてしまったんだと思います。


そしてひとつだけ伝えたいことがあります。



行動することが正しいわけではありません。
無理して動かないほうが、
自分を守れるときもあります。



「立ち向かう優しさ」も、
「動かずに自分を守る優しさ」も、
どちらも同じくらい大切です。



■ あとがき


正義感が強い人ほど、
他人の痛みを自分ごとのように
感じてしまいます。
だから「誰かを守りたい」という思いが、
自分を責めたり、無理をさせたりしてしまう。
優しさが強いほど、苦しさも深くなる。
それが私が感じた
「正義感が強すぎて生きづらい理由」です。



正直今回はだいぶ無理をしてしまったので
自分には優しくなかったと思います。
それでも自分を褒めてあげたい気持ちと、
どうしてそこまで頑張れたんだろう
という気持ちが、
まだ自分の中で混ざり合っています。



感じやすい私たちは、
どんな選択をしても
「これでよかったのかな?」と
悩んでしまうことがあると思います。

でも、その悩める優しさこそが、
私たちの良さでもあるのかなと感じています。



行動することも、立ち止まることも、
どちらも大切。
でもそれ以上に、
どんな自分も認めてあげることが、
もっともっと大切なことだと思います



どんな迷いも優しさも、そのままで大丈夫。
その経験はいつか必ず力になっていきます
🌱



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