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2026年60回記念「京の冬の旅」と「数珠巡礼」非公開文化財特別公開オススメ紹介

「京の冬の旅」は、毎年1月から3月にかけて行われる京都の冬季限定特別公開企画です。普段は非公開の寺院や文化財が公開され、静かな冬の京都で歴史と信仰にじっくり向き合えるのが魅力。毎年恒例のイベントです。その裏で行われる「数珠巡礼」は、指定寺院を巡拝し数珠玉を集めることで、ひとつの数珠を完成させる体験型の巡礼です。御朱印巡りとは異なり、参拝の積み重ねが形として残る点が特徴。完成を目的にするだけでなく、寺ごとの由緒や仏教文化を知りながら巡ることで、京都の奥深さを実感できます。観光と信仰が自然に重なり合う、冬ならではの京都の楽しみ方といえるでしょう。

毎年恒例の1月から3月の特別公開。私のNOTEを見ながら拝観・見仏・参拝すると1.2倍楽しめるかも。要は見どころが増えるはず。

2026年は「豊臣兄弟」がテーマですね。私の「豊臣兄弟所縁の神社」は次の通り。

変更履歴:

  • 2026/01/12:初版


▼公式HPなど

#京の冬の旅

60回記念「京の冬の旅」では、2026年の大河ドラマ「豊臣兄弟!」の主人公・豊臣秀長と兄・秀吉ゆかりの地をテーマに、彼らが生きた時代にスポットをあて「京の冬の旅」初公開の文化財などを含む15ヶ所で、普段は見学できない庭園、仏像、襖絵、建築など様々な文化財が期間限定で特別公開されます。

https://ja.kyoto.travel/specialopening/winter/#special

#数珠巡礼

 記念品を頂くのにはちょっとハードル高い気がする。

京都・滋賀・兵庫・福井の社寺を参拝しながら、各社寺の刻印の入った数珠玉を集め、数珠の完成を目指す数珠巡礼。
「京の冬の旅」期間中、数珠巡礼会82ヶ寺のうちの対象寺院では、参拝時に「京の冬の旅イベントガイドブック」を提示のうえ、数珠玉を購入した方にそれぞれ記念品が授与されます。

https://ja.kyoto.travel/event/single.php?event_id=5665

京都・滋賀・兵庫・福井の社寺を参拝しながら、各社寺の刻印の入った数珠玉を集め、数珠の完成を目指す数珠巡礼。
「京の冬の旅」期間中、数珠巡礼会82ヶ寺のうちの対象寺院では、参拝時に「京の冬の旅イベントガイドブック」を提示のうえ、数珠玉を購入した方にそれぞれ記念品が授与されます。

https://ja.kyoto.travel/event/single.php?event_id=5665

「京の冬の旅」数珠巡礼(じゅずじゅんれい)は、京都の冬の観光企画「京の冬の旅」と連動して行われる寺院巡拝イベントです。

概要

  • 京都市内の「特定の寺院(主に非公開文化財公開寺院)」を巡る企画

  • 各寺院で参拝すると、「数珠玉(じゅずだま)」や朱印を授かる

  • すべて集めると、満願の数珠が完成する

特徴

  • 冬季限定で、普段非公開の寺院・文化財に触れられる

  • 観光と信仰を組み合わせた、京都らしい巡礼形式

  • 歩いて巡ることで、町の歴史や季節感を体感できる

期間

  • 例年 1月〜3月頃(年により異なる)

魅力

  • 御朱印巡りとは違い、「形として残る信仰体験」

  • 数珠が完成する達成感

  • 静かな冬の京都を味わえる

▼参加する神社仏閣-2026年-

 謎なのは丹波・丹後王国以外にも福井が入っていることか・・良い仏像を持つ寺なので興味はあるが、御開帳でないなら行かないな。

<京都府>

#方広寺#豊国神社 @京の冬の旅:豊臣秀吉の思ひ「豊国神社」大仏「方広寺」

~幻の「京の大仏さん」と秀吉公の大黒天像~
豊臣秀吉が、奈良の東大寺にならって大仏を祀るために創建。大仏と大仏殿は失われたが、「国家安康 君臣豊楽」の銘文が「大坂冬の陣」のきっかけとなった梵鐘(重文)は今も残っている。本堂には、かつての10分の1の大きさで江戸期に造られた盧舎那仏坐像や、大仏殿の欄間に施されていた左甚五郎作の龍の彫刻(部分)などが残る。大黒堂では、秀吉が護持したという手のひら大の小さな大黒天像が特別公開される。また大黒堂の天井画として描かれた巨大な掛軸「神龍図」も特別展示。

「京の冬の旅」非公開文化財特別公開 方広寺|【京都市公式】京都観光Navi

私のNOTEは次の通り。

#大徳寺 @京の冬の旅:京都五大閣「大徳寺」制覇?通常非公開&拝観謝絶「聚光院」など千利休の茶室

~開創700年!戦国武将ゆかりの禅刹 「鳴き龍」と経蔵~
千利休はじめ茶人が参禅し、茶の湯文化と縁が深い臨済宗大徳寺派大本山。特別公開される法堂(重文)の迫力ある天井画「雲龍図」は、狩野探幽35歳の時の力作といわれ、手を叩くと龍が鳴いたように響くことから「鳴き龍」とも称される。合わせて公開される経蔵(重文)は寛永13年(1636)に建てられた。内部に3,500巻の経典を収めることのできる八角形の輪蔵があり、これを回転させると収めた経典を全て読み上げたのと同じ功徳を得ることができるという。

「京の冬の旅」非公開文化財特別公開 大徳寺 法堂・経蔵|【京都市公式】京都観光Navi

私のNOTEは次の通り。

#興聖寺 @京の冬の旅:◆参拝予定◆

~日本最大級の「達磨図」 古田織部公ゆかりの禅寺~
臨済宗興聖寺派の本山。茶道織部流の祖でもある武将・古田織部との関わりから「織部寺」とも呼ばれる。江戸時代に建てられた本堂(仏殿)には天井に「雲龍図」が描かれ、本尊・釈迦如来像や、豊臣秀長の家臣であった藤堂高虎が寄進したと伝わる達磨像を安置。また、毎年「達磨忌」の日にのみ掛けられる日本最大級の巨大な「達磨図」の掛軸も特別展示される。青い海中写真の襖が納められた方丈や、茶室「雲了庵(うんりょうあん)」、地面を深く掘り下げ螺旋状の石段の下に手水鉢(ちょうずばち)を据えた「降り蹲踞(おりつくばい)」もみどころ。

「京の冬の旅」非公開文化財特別公開 西陣 興聖寺|【京都市公式】京都観光Navi

#福勝寺 @京の冬の旅:◆参拝予定◆

~秀吉公ゆかりの「ひょうたん寺」~
弘法大師空海が創建、鎌倉時代に京都へ移転したという真言宗の古刹。本堂には、50年に一度のみ御開帳の秘仏(非公開)・薬師如来立像や、平安時代の聖観音菩薩(しょうかんのんぼさつ)像などが安置されている。聖天堂に祀られる秘仏(非公開)・歓喜天(聖天)は、豊臣秀吉が厚く信仰し、出陣の度に「武運長久」を祈願して瓢箪を奉納した。戦勝後、その瓢箪を持ち帰って「千成瓢箪」を作り旗印にしたといわれ、福勝寺は別名「ひょうたん寺」とも呼ばれている。また家内安全、無病息災、闘病平癒、学業成就、商売繁盛、金運上昇など様々な御利益で信仰を集め「京都の融通(ゆうづう)さん」とも称される。

「京の冬の旅」非公開文化財特別公開 福勝寺|【京都市公式】京都観光Navi

#華光寺 @京の冬の旅:◆参拝予定◆

~秀吉公信仰の毘沙門天と出水七不思議の「時雨松」~
天正11年(1583)、豊臣秀吉の外護を受けて創建された日蓮宗寺院。本堂の厨子の中には、平安時代後期、鞍馬寺の毘沙門天像と同木で作られたと伝わる毘沙門天像を祀る。甲冑をまとい三叉戟(さんさげき)を手にした像高約160㎝の木像で、秀吉が伏見城で信仰していたものと伝えられ「開運勝利・財運招福」の御利益で知られる。また秀吉が植えた松は、晴天でも枝から水滴が落ちたということから「時雨松(しぐれのまつ)」と呼ばれ「出水の七不思議」の一つに数えられたが、現在はその古株が残る。今回は書院にて「日蓮聖人御真筆断簡」をはじめ所蔵の寺宝も特別に公開される。

「京の冬の旅」非公開文化財特別公開 華光寺|【京都市公式】京都観光Navi

#光清寺 @京の冬の旅:◆参拝予定◆

~重森三玲の庭と出水七不思議「浮かれ猫」の絵馬~
寛文9年(1669)、伏見宮貞致親王により創建。平安時代の聖観世音菩薩立像(しょうかんぜおんぼさつりゅうぞう)を安置する本堂の前には、昭和の名作庭家・重森三玲作庭の「心和の庭」が広がる。白砂に苔と石で、光清寺の山号「心和山」にちなんだ「心」の字を表した枯山水で、他に類を見ない創作庭園。庫裏前には重森三玲晩年の作の「心月庭」も残る。また猫が絵から抜け出たという伝説があり、「出水の七不思議」の一つに数えられた江戸時代の絵馬「浮かれ猫図」も拝観できる。

「京の冬の旅」非公開文化財特別公開 光清寺|【京都市公式】京都観光Navi

#仁和寺 @京の冬の旅 観音堂:御室桜🌸「仁和寺」🌸三十三間堂×御所!御室10回言うとオムロン!?

真言宗御室派総本山で世界遺産。代々皇室から住職を迎えた門跡寺院である。寛永21年(1644)再建の観音堂(重文)は、仁和寺の最重要儀式「伝法灌頂(でんぽうかんじょう)」が行われる場所。荘厳な堂内に本尊・千手観音や両脇侍仏の不動明王、降三世明王(こうざんぜみょうおう)が安置され、周囲に眷属の二十八部衆や風神・雷神がずらりと並ぶ様は圧巻。江戸初期の絵仏師・木村徳応が描いた柱や壁の絵は、保存状態が良好で約380年前の色彩を留めている。
★僧侶による堂内解説付き(日によって寺係員による案内となる場合があります)★

「京の冬の旅」非公開文化財特別公開 仁和寺 観音堂|【京都市公式】京都観光Navi

私のNOTEは次の通り。

#西本願寺 @京の冬の旅 飛雲閣(外観):京都駅すぐ親鸞「西本願寺/東本願寺/興正寺」隠れスポット

~「京の三名閣」の一つに数えられる非対称(アシンメトリー)建築の美~
世界遺産・西本願寺は、浄土真宗本願寺派の本山で正しくは「龍谷山本願寺」。数多い国宝・重要文化財の建造物のなかでも、飛雲閣(国宝)は、鹿苑寺「金閣」と慈照寺「銀閣」と合わせて「京の三名閣(三閣)」に数えられる名建築である。不規則な中にも巧みに調和が保たれた非対称の姿形や、全体的に柱が細く障子が多いために空に浮かぶ雲のようだということから名づけられた。周囲に広がる約4900㎡の庭園「滴翠園」(名勝)には、田舎家風の外観の茶室「澆花亭(ぎょうかてい)」や四阿(あずまや)「胡蝶亭(こちょうてい)」などが建つ。

「京の冬の旅」非公開文化財特別公開 西本願寺 飛雲閣(外観)|【京都市公式】京都観光Navi

私のNOTEは次の通り。

#東寺 @京の冬の旅 五重塔:桜🌸紅葉「東寺」完全制覇!おはぎ🍓大福「六孫王神社」

~京都の象徴(シンボル) 日本一高い国宝・五重塔~
世界遺産に登録された真言宗総本山で、正式名称は「教王護国寺(きょうおうごこくじ)」。平安京造営時に創建され、のちに弘法大師空海に下賜された。江戸時代再建の五重塔(国宝)は、高さ約55mで木造の古塔としては日本一高い。特別公開の初層内部は極彩色の文様で彩られ、大日如来に見立てた心柱を囲んで金剛界四仏が安置されている。また薬師三尊像を祀る金堂(国宝)、21体の仏像が立体曼荼羅を形成する講堂(重文)も拝観できる。

「京の冬の旅」非公開文化財特別公開 東寺 五重塔|【京都市公式】京都観光Navi

私のNOTEは次の通り。

#醍醐寺 @京の冬の旅 三宝院:超美仏!快慶・弥勒菩薩「醍醐寺」世界遺産&国宝!30分凝視!昼⇔夜

~秀吉の栄華を偲ぶ建築美と弥勒菩薩坐像~
真言宗醍醐派総本山で世界遺産。三宝院は歴代座主が居住する「本坊」で、表書院(国宝)から望む庭園(特別史跡・特別名勝)は、名石「藤戸石」をはじめ石組と刈込が見事な、桃山時代を代表する池泉式庭園である。今冬、快慶作の優美な弥勒菩薩坐像(重文)を安置する弥勒堂(重文)に外陣まで入って拝観できるほか、庭の中に建つ茶室「枕流亭(ちんりゅうてい)」も「京の冬の旅」では40年ぶりに特別公開。聚楽第からの移築と伝えられ、棕櫚(しゅろ)や栗など珍しい材が使われた秀吉好みの風情ある茶室である。

「京の冬の旅」非公開文化財特別公開 醍醐寺 三宝院|【京都市公式】京都観光Navi

私のNOTEは次の通り。過去と同じく内陣見仏が出来たら行こうかなと思うが。

#清水寺 @数珠巡礼:京都vs播州vs安来「清水寺」対決!子嶋寺に伝わる坂上田村麻呂は青い目!次回2033年御開帳!

音羽山清水寺の開創は778年。大きな慈悲を象徴する観音さまの霊場として、古くから庶民に開かれ幅広い層から親しまれてきました。古い史書や文学のなかには、多くの人々が清水寺参詣を楽しむ様子が描かれています。
京都の東、音羽山の中腹に広がる13万平方メートルの境内には、国宝と重要文化財を含む30以上の伽藍や碑が建ち並びます。創建以来、10度を超える大火災にあいそのたびに堂塔を焼失しましたが、篤い信仰によって何度も再建されました。現在の伽藍はそのほとんどが1633年に再建されたものです。1994年にはユネスコ世界文化遺産「古都京都の文化財」のひとつとして登録されました。

清水寺

#鞍馬寺 @数珠巡礼:毘沙門信仰!牛若丸が修行「鞍馬寺」2012年と2022年見比べ!火祭り「由岐神社」って熊野?

鞍馬弘教の総本山。770年(宝亀元)鑑真和上の高弟 鑑禎上人が毘沙門天を本尊として奉安したのが起こりです。牛若丸(源義経)が修行をした地として著名であり、能の『鞍馬天狗』でも知られています。

鞍馬寺

#桂林寺 @数珠巡礼:若狭の仏像-円隆寺/桂林寺/笑原神社/大川神社-舞鶴市内の素晴らしい神社仏閣

曹洞宗中本山であり、七堂伽藍を有する寺院。
関ヶ原の戦いに際し6世住持の大渓は田辺城に籠城した細川幽斎を支援し、その功績に対し仏涅槃図や梵鐘が細川家から寄進された。

桂林寺

#三千院 @数珠巡礼:京都の観光・紅葉代表「三千院」代々皇子・皇族が住職を務めてきた門跡

創建は伝教大師最澄が比叡山延暦寺建立の際、草庵を結ばれたのに始まります。別名、梶井門跡、梨本門跡とも呼ばれる天台宗五箇室門跡の一つで、皇子、皇族が住職を勤めた宮門跡です。
大原の地は千有余年ほど前より魚山と呼ばれ、声明(仏教音楽)の発祥の地であり、また、念仏聖による浄土信仰の聖地として今日に至ります。
院内には有清園、聚碧園、二つの池泉式庭園を有し、宸殿より往生極楽院を眺める有清園は、天を突くように伸びる杉木立の中を青々と茂る広い苔庭が広がり、春には山桜と石楠花が庭園を淡く染め、夏の新緑、秋の紅葉、そして雪景色と季節毎にその色を変えます。
江戸時代の茶人・金森宗和による修築と伝わる聚碧園は季節ごとに山野草が咲き、緑に彩りを添えます。

三千院門跡

#正壽院 @数珠巡礼:快慶作💛不動明王「正寿院(風鈴寺)」50年に一度の秘仏は2040年公開

創建はおよそ800年前、寺伝によると医王教寺(養老元年(717)創建)の塔頭寺院として建立された古刹です。本尊は十一面観世音で、50年に1度のみ開扉される秘仏です。また不動明王坐像(重要文化財)は鎌倉時代に活躍した日本を代表する仏師の1人である快慶の作です。
夏には2000個あまりの風鈴が境内に吊るされる風鈴まつりが催され、多くの参詣者で賑わうことから風鈴寺とも呼ばれています。
春は桜、夏は風鈴や樹齢400年のサルスベリ、秋は紅葉、冬は雪景色など、四季を通して花や自然の豊かさを感じることができます。

正壽院(風鈴寺)

#泉涌寺 @数珠巡礼/ #雲龍院 @数珠巡礼:唯一の天皇菩提寺「泉涌寺(御寺)」秘仏が少ない仏像!塔頭に運慶・快慶・湛慶あり

真言宗泉涌寺派の総本山で、皇室との関連が深く『御寺(みてら)』とも呼ばれています。
「泉涌寺」は、もと仙遊寺と称されていましたが、鎌倉初期に月輪大師俊芿(しゅんじょう)が宋の法式を取り入れて、大伽藍を営むことを志した際、敷地の一角から清水が湧き出たことから「泉涌寺」に改称されました。
総門内の参道両側をはじめ山内一円には塔頭寺院が建ちならび、奥まった境内には大門、仏殿、舎利殿を配した中心伽藍と天智天皇、光仁天皇そして桓武天皇以降の天皇・皇族方の御尊牌をお祀りする霊明殿と御座所、庫裡などの建物が甍を連ねています。
全山が木々に包まれて静かに佇む堂宇、玉砂利の境内は、春は新緑、秋は紅葉に色どられて、一種別天地の雰囲気をかもしだします。
また、泉涌寺は、皇室の御陵に香や花を供える役割を担う「香華院」とされ、泉涌寺を祖流とするいけばな「華道 月輪未生流」や、「香道 泉山御流」の特別体験会も開催されています。

御寺 泉涌寺

泉涌寺の山内 一番奥、泉涌寺別院の雲龍院。
南北朝時代の北朝第四代天皇、後光厳天皇の勅願で作られたお寺で、真言宗泉涌寺派の別格本山とされています。
御本尊は本堂龍華殿に安置されている薬師三尊像で、西国薬師霊場第四十番札所です

御寺泉涌寺 別院 雲龍院

#狸谷山不動院 @数珠巡礼:コワッ石仏不動明王「狸谷山不動院」狸オブジェを探せ

狸谷山不動院は1718年,、木食正禅養阿上人により創建されました。狸谷霊山斜面の神秘に包まれた洞窟内に、眼力鋭い石像不動明王が安置されています。また1604年、剣豪 宮本武蔵が滝に打たれて修行を続けた場所でもあります。
「タヌキダニのお不動さん」の名で親しまれ、交通安全・厄よけ・ガン封じ祈願で知られる修験道の寺です。

狸谷山不動院

#華観音寺 @数珠巡礼:

觀音寺は1300年もの間、多くの善男善女によって拝まれてきた本尊 霊仏観世音菩薩が祀られているお寺です。境内には7つの観音様が祀られていて、諸願成就を願う参拝者が多く訪れます。
また、関西随一の花のお寺(関西花の寺霊場 第一番札所)として知られ、立春の蝋梅、5月の藤、梅雨のあじさい、晩秋の紅葉など四季折々の草花が訪れる人を迎えます。特にあじさいの美しさには有名で「あじさい寺」とも呼ばれます。一方で真言宗寺院として毎月不動護摩祈祷をしています。

華觀音寺(あじさい寺)

#長安寺 @数珠巡礼:

西国薬師霊場第26番札所
丹波古刹十五ケ寺霊場第13番札所
丹波大文字(姫髪山)の山腹にあり、特に秋の紅葉は見事で
「丹波のもみじ寺」と呼ばれるように、晩秋の境内は真っ赤な紅葉と諸堂の甍が鮮やかなコントラストを描きます。
山門をくぐると、左手にあるのが文化九(一八一二)年再建の薬師堂です。
厨子に安置されている薬師如来立像は、三十三年ごとに開帳される秘仏で、本尊の前立仏となっている薬師如来坐像の胎内仏だったとも言われています。
また、重森完途作庭による枯山水様式の「薬師三尊四十九燈の庭」、樹齢約六百年の「授乳のイチョウ」か、四季折々の風情を求めて多くの参拝者が訪れる。

長安寺

#二尊院 @数珠巡礼:嵐山「二尊院」「常寂光寺」

百人一首にも詠われた小倉山のふもとに広がる二尊院。紅葉の名所と名高く、千二百年の時を超えて美しい景観に包まれてきました。二尊院はその名の通り、「釈迦如来」と「阿弥陀如来」の二尊を祀る寺院であり、正式には「小倉山二尊教院華臺寺」といいます。開創したのは承和年間(834~848)のこと。嵯峨天皇の勅願により慈覚大師が建立しました。明治維新までは天台宗・真言宗・律宗・浄土宗の四宗兼学の道場でしたが、明治以降 は天台宗に属しています。約五万坪の境内には、本堂、勅使門(唐門)、総門、八社宮、湛空廟、鐘楼が配されており、重要文化財の本尊二尊をはじめ、多くの寺宝が京都市指定文化財として残されています。二尊院と関わりのある天皇(嵯峨天皇、土御門天皇、後土御門天皇、後嵯峨天皇、亀山天皇)の御分骨を納めると伝わる三帝陵があり、また、法然上人ゆかりの寺として二十五ヵ霊場の第十七番札所となっています。

二尊院

#仁和寺 @数珠巡礼:御室桜🌸「仁和寺」🌸三十三間堂×御所!御室10回言うとオムロン!?

仁和寺は仁和4年(888)に創建された寺院であり、現在は真言宗御室派の総本山です。 境内には五重塔や二王門など江戸時代に建立された建造物が並びます。 同時期に植えられた御室桜は4月中旬に見頃を迎えますが、建物と同様、 当時と同じ姿を現在に伝えています。平成6年には世界遺産に登録されました。

総本山 仁和寺

#百萬遍知恩寺 @数珠巡礼

浄土宗八総大本山の一つ。賀茂宮司の懇請によって浄土宗宗祖の法然上人が止宿し、念佛弘通、布教をされた地に創建されました。法然上人の恩を知る寺「知恩寺」と名付られ、賀茂社の神宮寺としての起源を持ちます。
元弘元年(1331)に都に疫病が流行した際、勅命により善阿空圓上人が宮中に参内し、七日七夜の念仏を修したところ功あって疫病が止みました。その念仏の数が百万遍におよんだことから「百萬遍」の勅号を、また弘法大師筆の大利剣名号の軸と五百四十顆の念珠を下賜されました。それ以来、諸祈願の際にはこの大利剣名号を掲げ、僧俗が輪になり念仏を称えながら大念珠を繰る「百萬遍大念珠繰り」として全国各地に広まりました。特に京都の人々からは「百萬遍さん」として親しまれ地名にもなっています。
重要文化財に指定されている御影堂や釈迦堂をはじめ、数多くの貴重な文化財を所蔵しています。

百萬遍知恩寺

行きたいと思いつつ、いつでも行けるという感じですね。2026年行こうかなと。

#遍照寺 @数珠巡礼:五山送り火嵐山・「遍照寺」定朝父・康尚の仏像

遍照寺は、平安中期(989年)に寛朝(かんじょう)僧正が広沢池畔の山荘を改め寺院にしたことに始まります。端麗な遍照寺山を映す広沢池を庭とし、池畔には多宝塔、釣殿、八角堂等数々の伽藍を有する広大な寺院でした。応仁の乱(1467~1477)で廃墟と化すも、寛永年間に現在地に移り、文政13年(1830)舜乗律師により再興されました。
古歌にも詠われた広沢池はこの地域の一景観をなす風光明媚な場所で、地域住民の憩いの場。毎年8月16日にはこの池で灯籠流しが行われ、お盆に迎えた先祖を見送ります。
また、寺宝である不動明王坐像と十一面観世音立像(重要文化財)は、平安時代の名仏師 定朝の父、康尚(こうじょう)の作。

遍照寺

#曼殊院門跡 @数珠巡礼:紅葉と新緑!北野天満宮と繋がる「曼殊院門跡」皇族所縁!黄不動ラスト公開

曼殊院門跡は京都五箇所門跡のひとつで洛北屈指の名刹です。門跡というのは、皇室一門の方々が住職であったことを意味し、勅使門の両側の塀に残る五本の白い筋はその格式を今に伝えるものです。

曼殊院門跡

#萬福寺 @数珠巡礼:国宝寺に!俺釈迦の子ラゴラ「萬福寺(万福寺)」黄檗宗大本山!布袋さんの日は入山料無料

黄檗山萬福寺は1661年に中国僧「隠元隆琦(いんげんりゅうき)禅師」によって開創されました。禅師は中国明朝時代の臨済宗を代表する僧で、中国福建省福州府福清県にある黄檗山萬福寺のご住職をされていました。その当時、日本からの度重なる招請に応じ、63歳の時に弟子20名を伴って1654年に来朝されました。宇治の地でお寺を開くにあたり、隠元和尚は寺名を中国の自坊と同じ「黄檗山萬福寺(おうばくざんまんぷくじ)」と名付けました。
隠元隆琦禅師は、中国明代末期の臨済宗を代表する費隠通容(ひいんつうよう)禅師の法を受け継ぎ、臨済正伝32世となられた高僧で、中国福建省福州府福清県の黄檗山萬福寺(古黄檗)の住持でした。日本からの度重なる招請に応じて、承応3年(1654)、63歳の時に弟子20人他を伴って来朝。のちに禅師の弟子となる妙心寺住持の龍渓禅師や後水尾法皇そして徳川幕府の崇敬を得て、宇治大和田に約9万坪の寺地を賜り、寛文元年(1661)に禅寺を創建。古黄檗(中国福清県)に模し、黄檗山萬福寺と名付けて晋山されることになりました。
禅師の将来された文物は、美術、医術、建築、音楽、史学、文学、印刷、煎茶、普茶料理等広汎にわたり、宗教界だけにとどまらず、広く江戸時代の文化全般に影響を及ぼしました。この他、隠元豆(いんげんまめ)・西瓜(すいか)・蓮根(れんこん)・孟宗竹(たけのこ)・木魚なども禅師の請来によるものです。

萬福寺

#妙顯寺 @数珠巡礼:快慶作?阿弥陀三尊「報恩寺」崇徳・淳仁天皇&蹴鞠の神様「白峯神宮」通常非公開門跡「光照院」「妙頸寺」

全国日蓮宗寺院の大本山7ヵ寺のひとつで、関西地域の大拠点です。日蓮宗の宗祖は日蓮大聖人。その孫弟子である日像上人によって元亨元年(1321)に創建されました。後醍醐天皇より勅願寺として認められ、日像晩年には二代目を大覚に継承します。
京都大旱魃の際に朝廷より雨乞い祈祷の依頼が入り、大覚は桂川まで300余人の僧侶を引き連れ祈祷に入りますが、その最中、八房大龍神が顕れ雨を降らしました。その功績を讃えられ、後光厳天皇より日蓮聖人には「大菩薩号」、日朗上人・日像上人には「菩薩号」、大覚には「大僧正」の位が授けられました。
その後、妙顕寺は大きく発展し「京中おおかた題目の巷」と言われ、京都の三分の二以上の町衆に信仰されるほどになりました。
天皇がお参りしていた「天拝鬼子母神」なども祀り、そういった偉烈を讃えるかの如く「妙顯寺は霊験無双の聖跡なり」と言われ、昔から効験ある祈祷寺院として全国に名を轟かせました。

妙顕寺

#妙心寺退蔵院 @数珠巡礼:西の御所?46塔頭「妙心寺」衣笠山「東林院」

京都の西に位置する妙心寺の山内には40余りの塔頭がありますが、退蔵院はそのうちでも屈指の古刹として知られています。境内には、国宝「瓢鮎図(ひょうねんず)」(模本)や史跡名勝・枯山水庭園「元信の庭」、そして四季折々の景色が美しい池泉回遊式庭園「余香苑(よこうえん)」などがあります。

妙心寺 退蔵院

#妙満寺 @数珠巡礼

顕本法華宗の総本山で開祖は日什大正師。日什上人は後円融天皇から二位僧都の位と「洛中弘法の綸旨」を賜り、康応元年(1389)に当山を創建しました。
妙満寺には紀州道成寺の安珍・清姫伝説ゆかりの釣鐘が納められており、本坊には俳諧の祖・松永貞徳造営の「雪の庭」を有します。境内にはインド・ブッダガヤの仏塔を模した仏舎利大塔がそびえ、本堂からは壮大な比叡連山を一望することができます。また、四季折々の景色が豊かで、特に桜園の枝垂れ桜(4月上旬)と躑躅(5月上旬)が有名です。

妙満寺

#六道珍皇寺 @数珠巡礼:小野篁伝承対決「京都/六道珍皇寺」昼は朝廷!夜はあの世「奈良/矢田寺」小野妹子・岑守・道風一族

京都では、「六道さん」の名で親しまれ、お盆の精霊迎え(しょうりょうむかえ)に参詣する寺として世に名高い当寺は、山号を大椿山と号し、臨済宗建仁寺派に属する。
当時の門前あたりが、平安京の東の墓所であった鳥辺野(とりべの)に至る道筋の入口付近に位置したことより、「野辺の送り(のべのおくり)」の地とされ、「人の世の無常とはかなさを感じる場所」であった。
そんな歴史的な背景をもって、いわゆるこの世とあの世の境(さかい)(接点)の辻「六道の辻」が、当寺の境内あたりであるといわれ、冥界への入口とも信じられてきた。
夏に行われるお盆行事「六道まいり」は先祖の霊をお迎えする「お精霊(しょらい)さん迎え」ともいわれ、大勢の参詣者で賑わう京の夏の風物詩となっている。

六道珍皇寺

#廬山寺 @数珠巡礼:紫式部邸宅!角大師「廬山寺」節分祭!藤原道長所縁「清浄華院/本禅寺」雅な寺

京都御所にほど近い場所にある天台圓浄宗の大本山。 938年(天慶1)延暦寺中興の祖、元三大師良源が開基。幾多の変遷を経て、1245年(寛元3)法然上人に帰依した住心房覚瑜によって船岡山麓に復興され、廬山天台講寺(ろざんていだいこうじ)と改められ、圓、密、戒、浄土の四宗兼学寺院となりました。その後、後醍醐天皇の勅願寺となりましたが、応仁の兵火に遭い、天正年間(1573~1592)現在の地に移りました。
皇室とのゆかりが深く、天明の大火(1788・天明8)で失った堂宇は、皇室の援助で復興。
紫式部ゆかりの場所に建つ寺院ということで、源氏庭と名付けられた庭や、紫式部の歌碑がある。6月から9月にかけて源氏庭は桔梗の花が咲き誇る。
節分会では宮中で元三大師の修法を妨害する悪鬼を退散させた故事にちなむ節分行事‘追儺式鬼法楽’通称「鬼おどり」が実施される。

廬山寺

<滋賀県>

#石山寺 @数珠巡礼:快慶と紫式部「石山寺」は日本唯一勅封観音!制覇!

奈良時代、聖武天皇の勅願により良弁僧正が開山した真言宗の大本山。安産・福徳・厄除・縁結に霊験あらたかな観音霊場で、西国三十三所の十三番札所です。また月の名所としても知られ、「石山の秋月」は近江八景の一つに数えられます。本尊は勅封秘仏の如意輪観音菩薩。造像例としては珍しい二臂の姿をしています。
多くの貴顕の尊崇を受け、特に平安時代、紫式部が参籠し『源氏物語』の着想を得たという伝承は有名。
本尊をはじめとする仏像、本堂、多宝塔などの建造物、そして歴代の座主や学僧らによって収集された聖教類などが国宝、重要文化財に指定されています。

石山寺


#園城寺 @数珠巡礼( #三井寺 ):「三井寺」制覇!唯一無二の黄不動/如意輪観音など

日本最大の湖・琵琶湖を望む滋賀県大津市にある天台寺門宗の総本山。正式には、長等山園城寺(おんじょうじ)と称し、7世紀に天智天皇ゆかりの寺として創建された。
三井寺の名称は、天智・天武・持統の三天皇が産湯に用いられたという湧水(三井の霊泉)があり「御井の寺」と呼ばれていたことに由来する。その後、三井寺の開祖・智証大師円珍が、この霊泉を密教の三部潅頂の法水に用いたことから三井寺と呼ばれるようになった。三十五万坪に及ぶ広大な境内には、国宝、重要文化財の堂塔伽藍が建ち並び、古来より近江を代表する景勝の地として、また桜の名所として親しまれている。

三井寺(園城寺)

<福井県>

#中山寺 @数珠巡礼:若狭の仏像・中山寺「馬頭観音座像@重文」はNo.1馬頭である!◆本尊見仏可能なら行くかも◆

若狭湾が一望できる青葉山頂の東、海抜約100メートルに立つ、真言宗御室派、北陸三十三ヶ所 観音霊場 第一番の古刹。
大同年間(806~810)平城天皇の勅願によって泰澄が創建したと伝えられる。ご本尊馬頭観音坐像(重要文化財)は、33年ごとに御開帳される秘仏である。
また、よく晴れた日には境内から白山を望むことができ、山門からは高浜の絶景も楽しめる。

中山寺


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