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丹波の祇園さんは神仏習合「波々伯部神社」広峯神社or八坂神社から勧請?【丹波国(丹波王国)シリーズ/丹波シリーズ】

「ほうかべじんじゃ」と読み、丹波の祇園さんですね。958年か1098年、京都・八坂神社から勧請説と広峯神社が遷座される際の途中の休憩所に社を建てた説がある。私の認識は岡山・素戔嗚神社から兵庫・広峯神社、広峯神社から京都・梛神社と岡崎神社、最後に八坂神社と思っているので「休憩所に社を建てた説」ですかね。

波々伯部氏
 
兵庫県丹波篠山市に起源を持ち、中世、同地の在地領主だった。
詳細は『波々伯部氏』や『ハハカ献上する部民「波々伯部」 討幕挙兵の尊氏方として行動 【丹波の戦国武家を探る】(17)』をどうぞ。

変更履歴

  • 2025/10/25:初版


▼HP▼アクセス▼祭神・本尊と脇時

  • 公式HP:--

  • アクセス:兵庫県丹波篠山市波々伯部3−2(兵庫県丹波篠山市宮ノ前3-2)

  • 祭神:スサノオ

▼見どころ

→由緒

  • 680年、創建

  • 一説によると、859年から877年とも

  • 当初は、薬師如来を祀る竜王山萬楽寺という寺だったよう

  • 吉備真備や多田満仲と所縁があったとか

  • 958年か1098年、京都・八坂神社から勧請説と広峯神社が遷座される際の途中の休憩所に社を建てた説もある

    • 社伝では、堀河天皇が波々伯部村を京都・八坂神社に寄進したことで波々伯部神社に分霊したとする

  • 牛頭天王を祀ることから祇園様とも称された

  • 1427年、波々伯部宗光より日光月光木造懸仏を奉納される

  • 1517年、波々伯部氏の妙光比丘尼より木造薬師像懸仏を奉納される

  • 波多野氏の祈願所となり、江戸時代には前田茂勝や松平康重らから橋や鳥居を寄進する

  • 明治維新で「八坂神社」に改称し祭神も牛頭天王からスサノオにした

  • その後、「波々伯部神社」に戻している

波々伯部神社での聞き取り調査@京都府立大学文学部歴史学科』はなかなか読み応えあり。

→境内へ

 参道は長いです。私たちが参拝したときに氏子らしき人が参拝していましたね。

 鐘楼跡ですね。牛頭天王は今でこそスサノオを祀る神社が多いですが、原則、仏教の要素も強く、神仏習合時代の名残が残っている神社が多いのも特徴。

→本殿・拝殿

本殿左の不動堂からですね。

 やっぱ、彫刻が凝っているよな~。

本殿右の摂社・末社からですね。

→護摩堂:不動明王

 本堂左です。

あああああ~不動明王!!!やっぱ神仏習合が残っている。

→摂社・末社

 本殿に向かって右です。

 一番手前は「蛭子社」と「稲荷社」という珍しい組み合わせです。

 次に、この周辺に多い「春日社」とレアな「筒井社」です。「津島社」も合祀したようで、あと2柱も祀っているがなんて書いているか読み取りにくかった。

▽例祭(祇園祭)

 「おやま行事」とも呼ばれる。前日の宵宮祭は午前中に幕掛けが行われ、夜にはダンジリヤマと呼ばれる山車の宮入りがあり、宵宮の儀が執り行われる。

▼メディア情報

これ以降は本NOTEの下にあるコメント欄で追記します。

▼旅行記

33年ぶり御開帳×磐座×桜の旅!下鴨神社の妻であり上賀茂神社の祖母◆兵庫⑦京都丹波⑩◆|やんまあ@旅行記

桜巡り!丹波/丹波篠山/福知山へ!!織田家所縁の柏原と八幡丹波篠山城ブラリ◆兵庫⑥京都丹波⑨◆|やんまあ@旅行記 (note.com)

◆兵庫東③◆丹波スイーツ/紅葉/33年に一度の秘仏/快慶と定慶(丹波/篠山)

京都側の旅行記です。「丹波王国」を参照です。

兵庫の旅行記です。「兵庫東」を参照です。

▼セットで行くところ

 丹波国は京都と兵庫を跨ぐ大きなところですね。

▼仏像展


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