33年ぶり御開帳×磐座×桜の旅!下鴨神社の妻であり上賀茂神社の祖母◆兵庫⑦京都丹波⑩◆
この旅行記は桜の時期の丹波王国旅行リベンジです。2023年は1週間遅く、2025年は1週間早かった・・・。2023年の旅行記は「桜巡り!丹波/丹波篠山/福知山へ!!織田家所縁の柏原と八幡丹波篠山城ブラリ◆兵庫⑥京都丹波⑨◆|やんまあ@旅行記」です。
この旅行記のテーマは次の通り。
33年に一度の秘仏公開!!兵庫県丹波市の高山寺へ
但馬牛と神戸牛
桜!!
神社の社殿が素晴らしい!!
下鴨神社の妻であり上賀茂神社の祖母を祀る神社へ
社殿を飲み込む磐座
この旅行記の神社仏閣は写真中心です。神社仏閣の詳細はもうひとつのNOTEを参照ください。
やんまあ|note
神社仏閣の詳細は別NOTE参照という構成です。旅行記は写真で感じてください。

▼ルート&見どころ
▽2025年04月04日(金):兵庫県丹波篠山市~丹波市
#波々伯部神社 :丹波の祇園さんは神仏習合「波々伯部神社」広峯神社or八坂神社から勧請?
兵庫県丹波篠山市 波々伯部3−2
「ほうかべじんじゃ」と読み、丹波の祇園さんですね。958年か1098年、京都・八坂神社から勧請説と広峯神社が遷座される際の途中の休憩所に社を建てた説がある。私の認識は岡山・素戔嗚神社から兵庫・広峯神社、広峯神社から京都・梛神社と岡崎神社、最後に八坂神社と思っている。








詳細は次のNOTE参照ですが、まだ未公開です。1年以内に公開します。
#弓月神社 :弓月大神と秦氏「弓月神社」神社ファンタジー
兵庫県丹波篠山市八上上669
弓月といえば京都・広隆寺にある大酒神社ですね。弓月氏は秦氏の祖なんだそうな。秦氏の氏社・松尾大社(私のNOTE)から南に5分ほど歩くと「月読神社(私のNOTE)」があり祭神はツクヨミ。
私のNOTE『大酒神社』
祭神は「秦始皇帝」、「弓月王」、「秦酒公」で、中国の戦乱を避けて日本にやってきたそうな。
その後、功満王の子「弓月王」が大勢を率いて帰化し、天皇に宝物を献上。さらに弓月王の孫「秦酒公」が、秦氏一族を率いて養蚕から絹を生み出し、その他多くの技術や文化を広めて日本に貢献し、ここを譲り受けたとされる。松尾大社と月読神社の関係がわかる気がする。
この神社に来ると秦氏の繋がりを感じ、高い位置にアマテラスとトヨウケを祀ると思われる「神明社」で、低い位置にスサノオを祀る「広峯社」で、主祭神は「弓月大神」って、弓月大神をツクヨミを指すなら三貴神集合なのだが真相はいかに??







詳細は次のNOTE参照ですが、まだ未公開です。1年以内に公開します。
#西紀サービスエリア
外から入れるようになったのでランチへ!!







#大歳神社 :丹波王国は大歳祭り「大歳神社(青田大歳神社)」檜皮葺と桜のコントラスト
出雲と大和の通り道だと思っている丹波王国の丹波篠山市と丹波市は「大歳神社」が多い。そのため、頭に住所をつけている。ここは「青田大歳神社」です!!
2024年に丹波王国へ花見へ来たが1週間ほど遅かった。2025年は反省を活かして、1週間早くに花見に来たが、1週間早かった・・。この神社の右側にある桜地帯の満開時は最高だと思う。





祭神:オオトシ
詳細は次のNOTE参照ですが、まだ未公開です。1年以内に公開します。
#慧日寺 :桜と紅葉名所「慧日寺」重厚な茅葺屋根を持つ本堂
慧日寺は紅葉の名所としても知られており、春から夏にかけての青紅葉めぐり、秋から冬にかけての赤紅葉めぐり、さらには姫ボタルが6月頃に境内周辺を舞う姿など、散り始めた色とりどりの葉っぱが、土や緑の地面を覆って綺麗です。
が、私は重厚な檜皮葺の本堂が好きだなと。







詳細は次のNOTE参照ですが、まだ未公開です。1年以内に公開します。
#大歳神社 (太田):素晴らしい社殿と彫刻「大歳神社(太田大歳神社)」ここに参れば禁煙達成100%
境内に「禁煙塚」があった!!!禁煙したい方は是非是非!!こちらは「太田」の大歳神社です。「青田」の「大歳神社」はこちらです。さて、なぜここに仁徳天皇を祀る??



詳細は次のNOTE参照ですが、まだ未公開です。1年以内に公開します。
次の場所へ!!桜は1週間早かった・・・









#伊都伎神社 (梶):こちらも中井権次一統「伊都伎神社(梶)」狭宮神社が兼務「也足寺」もどうぞ
イザナギ💛イザナミの神社!!竹田にも伊都伎神社があり、そちらの祭神もイザナギ💛イザナミ!と言いたいが、そうじゃないんですよね。。鬱蒼とした杜の中を階段で上がると、良い空気感の境内となる。
竹田の方は次のNOTEです。










詳細は次のNOTE参照ですが、まだ未公開なので箇条書きで簡単に説明しておきます。
#狹宮神社 :延喜式の古社!さみやさん「狹宮神社」若沙那売命?七宮参り!檜皮葺エレガント
平安時代には国から幣帛をいただく延喜式内社!!主祭神は若沙那売命と珍しい神様。神社アトラクション「七宮参り」だ!!




本宮を紹介しておきます!
一の宮:猿田彦神社:方除け・鬼門除け・縁結ぴ
二の宮:恵比寿神社:商売繁盛・家業繁栄
三の宮:稲荷神社:商売繁盛・病気平癒
四の宮:弁財天:水の恵・水難除け・芸術
五の宮:愛宕神社:火難除け・火の恵・防火
六の宮:厄除神社:厄除け・無病息災
七の宮:天満宮:受験合格・スポーツ・書道上達












詳細は次のNOTE参照ですが、まだ未公開なので箇条書きで簡単に説明しておきます。
アクセス:〒669-3157 兵庫県丹波市山南町和田138
祭神:
主祭神:若沙那売命(ワカサナメノミコト):米作りの神
相殿神:八幡大神:厄除け、交通安全、心願成就の神
若沙那売命は、稲の神・田植えの神で、詳細は次の通り。
若沙那売命は、稲作、特に田植えを司る女神
「沙那売」は「稲の女」を意味するとされ、田植えをする女性、すなわち早乙女を象徴するとの説がある
また、神に捧げる稲に仕える巫女、あるいは苗を採る田植女の象徴とする説もある
若沙那売命は、大年神(オオトシノカミ)の系譜
羽山戸神(ハヤマトノカミ)が大気都比売神(オオゲツヒメノカミ)を娶って生んだ八柱の一柱
若年神と対をなす神とも
若年神:兄にあたり、同じく稲の神として信仰されている
大年神:祖父にあたり、穀物の神として信仰されている
#丹波の手作りお煎餅 - #いづみや製菓







#次の場所へ
1週早かった・・・。





#大年神社 (応地):出雲でしょ「応地大年神社」蛇ないじゃないそうじゃない!?神仏習合だ
またまた大年神社です!!長さ10メートルの大蛇が町内を巡るお祭り!!出雲から丹波・丹後・奈良には藁で出来た蛇を神輿のような扱いで練り歩くお祭りが多いのはなんなのか??ここにもあるな~。
では参拝です。













そして、狛犬が見つめる先に大きな桜の木がある。







#高山寺 :★特殊公開★高山寺 三十三年に一度の秘仏本尊御開帳!龍に乗った十一面観音坐像
2025年4月18日ぐらいに公開です。
#賀茂神社 :上賀茂神社との繋がり「賀茂神社」本殿左右の龍の彫刻!干支がいる
明後日公開する「神野神社」の由緒に、現在は「円通寺」がある山中に鎮座した賀茂大明神が室町時代に円通寺の創建とともに遷座させたようで、遷座先は北田井の「賀茂神社」と北御油の「賀茂野神社(神野神社)」である。この神社は、高座神社が兼務している。
明後日公開する「神野神社」は下鴨神社の妻を祀る神社の1つで、候補のもう1社は「宮川神社」である。

















詳細は次のNOTE参照ですが、まだ未公開なので箇条書きで簡単に説明しておきます。
創立年月日は不詳
782年から805年、京都・賀茂社の御神霊を祀ったと伝えられている
古来より鴨郷九ヶ村の総社
境内には蛇池があり、龍の形を彫刻した「神石」を池中に埋納し祀られているとか
大干ばつの時には、この神石を掘り出し神前へ奉斎し雨乞い祈願が行われる
境内に、春日神社、八幡神社、貴船神社が鎮座し、本社の4社を合わせて「賀茂四座明神」「賀茂四社明神」と称した
一の鳥居の脇に『乳の木』 という御神木がある
これを削り、乳少き婦に呑ませば即ち乳垂るといわれている
#円通寺
過去に参拝済みで、時間もないし桜も早いのでスキップ!!境外の御堂を訪れた。

私のNOTEは次の通り。秋に行っていますね。
#神野神社 :下鴨神社の妻であり母「神野神社」上賀茂神社の祖母
現・円通寺がある山中に鎮座していたが、こちらに遷座した歴史がある。創建と勧請は、周辺に滞在した左大臣・源融によるものとされ、父の嵯峨天皇と賀茂別雷命を奉斎したとか。
現在では祭神にはいないが、ずっと「伊賀古夜比売命」を祀る説があり、これが本当なら下鴨神社の祭神・賀茂建角身命の妻で、「上賀茂神社」の祭神・賀茂別雷命の祖母となる。伊賀古夜比売命の比定地としては宮川神社ととここが主と言われている。が、あと鴨社も比定地候補になっていることを記す。
賀茂建角身命@下鴨神社(八咫烏)💛伊賀古夜姫命@丹波王国
↓
玉依日売@下鴨神社💛不詳(松尾大社?向日神社(角宮神社)?乙訓神社)
※不詳だが『新撰姓氏録』では火雷別
↓
賀茂別雷大神@上賀茂神社













詳細は次のNOTE参照ですが、まだ未公開なので箇条書きで簡単に説明しておきます。
「かんのじんじゃ」と読む
890年、伝承によれば、嵯峨天皇の皇子・河原左大臣によって創建
河原左大臣は源氏物語のモデルとも言われている源融
延喜式神名帳に記載される古社で、京都・賀茂神社の荘園であった
1424年、円通寺(私のNOTE)の山中に鎮座していたが、円通寺創建の際に土地を譲り、現在の場所に遷座
同時に北田井にも分祀されたよう
神野神社はもともと神野伊加許也姫神を祀っていたとの説もある
#高座神社 (東芦田):想い石/絶望狛犬/龍蛇「高座神社(東芦田)」高倉下命ではなくオオヒルメ
高座と来ると高倉下命かニギハヤヒかなと思ってしますが、まさかのオオヒルメ・・。そして春日系の祭神たちと仲哀天皇と面白い組み合わせですね。
あと、謎の巨大みくじ「巨大おみくじ | 高座神社の公式ホームページ」や神社アトラクション「思い石(おもかる石)」があり、絶望狛犬がいた!?
オオヒルメはアマテラスの別名で日本書紀で1箇所だけ出てくる・・・。





















詳細は次のNOTE参照ですが、まだ未公開なので箇条書きで簡単に説明しておきます。
公式HP:高座神社の公式ホームページ | 延喜式内社。兵庫県丹波市青垣町東芦田2283鎮座。別名『蟻の宮』と称され、古来より病気平癒、子宝に恵まれる神社として崇敬されている。
アクセス:〒669-3801 兵庫県丹波市青垣町東芦田2283
高座神社正面に第1駐車場(自動車約10台)
東側に第2駐車場(約20台)
祭神
大日靈尊(オオヒルメノムチ)
天児屋根命(アメノコヤネノミコト)
経津主命(フツヌシノミコト)
武甕槌命(タケミカヅチノミコト)
仲哀天皇
『延喜式神名帳』にある「高座神社(丹波国・氷上郡)」に比定される式内社
1800年前!?、仲哀天皇が創建
813年、嵯峨天皇より勅額を賜る
中国地方の穴門へ行幸の前年に、この地が流行病で難渋しているのを心配し武内宿禰と参拝され「病気平癒」を祈願された
そこから「高座(たかくら)神社」と名付けられた
1601年、別所豊後守吉治により、神燈田の寄進を受ける
1670年、高座谷に鎮座したが遷座した
江戸時代中期、柏原藩主・織田家からも崇敬され、藩主より自筆の扁額が奉納された
1846年、失火のため古記・宝剣・勅額等は焼失
別名を『蟻の宮』
村民が参拝し七昼夜、雨乞いの祈願をした
七日目の夕方、村人の1人が大きな蟻が御社殿から這い出て、列を作っているのをみつけた
蟻の列をたどっていくと蟻が窪みの所で消えていなくなっていた
蟻が消えた窪みを掘り返してみると、清水がコンコンと湧き出てきた
村民は驚き感激して、溝を通し田に水をたたえ枯れかけた稲は青く蘇る
この年、芦田の谷では豊作の年を迎えることが出来た
蟻は一度にたくさんの子を産み、子孫を繁栄していくと云うところから子宝に恵まれる『子授け神社』として古来より伝えられている
#蘆井神社 :天押雲根命!社殿彫刻「蘆井神社」中井権次一統の5代目と6代目の合作とか
「あしいじんじゃ」と読み、祭神は久しぶりに天押雲根命!!社殿の彫刻は中井権次一統の5代目正忠と6代目正貞の合作ではないかと言われている。













詳細は次のNOTE参照ですが、まだ未公開なので箇条書きで簡単に説明しておきます。
822年、創立
祭神は天押雲根命(アマノオシクモネノミコト)
地下水が豊富で皇族が使う水をここで採った
仲哀天皇、タケノウチノスクネなども訪れた地は水なのかも??
当初は、野々宮大明神で、明治になって蘆井神社と改めたといわれている
→賀茂氏の荘園だった地域の近くで、丹後王国でもあるので、ここにも斎王制度があったとか??
#道の駅あおがき :






#次の場所へ


#佐地神社 :ここに芸能の神アメノウズメ「佐地神社」境内に清流が流れ良い感じ!丹波十七式内社に入る古社
延喜式によると丹波十七式内社に入る古社。境内は清流が流れ、石橋が架けられているのが少し松尾大社っぽい気がした。








詳細は次のNOTE参照ですが、まだ未公開なので箇条書きで簡単に説明しておきます。
710年、坂上田村磨呂が神勅を奉じ社殿造営
1767年、造営
聖武天皇(在位:724年-749年)の御代、五畿七道の諸国に中臣と斎部の両氏を遣わし、幣を奉じた一社とされる
江戸時代までは「神樂大明神」「志牟良大明神」と呼ばれていた
もとの鎮座地は「村の奥、但馬堺の峯」とも、「宮ケ谷の中腹」とも伝える。
#ホテルエリアワン和田山 :兵庫県朝来市和田山町玉置767
所在地:兵庫県朝来市和田山町玉置767
宿泊プラン:【1泊2食付き】特選但馬牛を焼肉で味わう醍醐味♪朝・夕食付プラン
部屋タイプ ◇禁煙◇トリプルルーム【無線LAN対応】
料金明細:
小計:24,200円
利用クーポン:2,500円
クーポン利用後21,700円(税込)
支払料金:21,700円(税込・サービス料込)












▽2025年04月05日(土)
朝食です!!雲海??





#海鮮せんべい但馬







#青倉神社 :運転注意!!社殿を覆う磐座エグッ「青倉神社」目の神様
巨石信仰!磐座信仰!巨岩を御神体とし、神社はそれに張り付くように建築されている。拝殿から高さ12mの一枚岩である磐座を拝む!!式内社・伊由神社はココではないかとも言われている。私見だが、古社であることは間違いないなと思うし、ここの参拝は大変なので、山麓に分霊したとするのがしっくり来る。
車で山を上がると駐車場があり、そこから徒歩になる。熊が出るんじゃないかなと少し怖さを感じながら、社伝に行くと急な階段と謎の建物に凄い!と思いつつ、不思議な感覚になる。噂の磐座は見えず、近づくにつれて姿が見えてきて凄い!と思う見せ方!?である。
紅葉も良いが新緑の方が良い気がするな~。ちなみに奥宮もありますが私は行かなかったです。












#伊由神社 :伊由神社の分霊が青倉神社?「伊由神社/善隆寺」の奥の院が青倉神社?
式内社・伊由神社は青倉神社なのかも?青倉神社が伊由神社で、ここは青倉神社の里宮なのでは?とも。魅惑の神社である。ただ、青倉神社との位置関係を考えると里宮のように感じない。奥宮や元宮などの諸説は善隆寺との関係なのだろうか?






詳細は次のNOTE参照ですが、まだ未公開です。1年以内に公開します。
#道の駅 :道の駅 但馬のまほろば【公式サイト】お土産・ランチが人気






































































!?

#赤淵神社 :国重文の彫刻!大海龍王神・赤渕足尼神・表米宿彌神??「赤淵神社」神仏習合!勅使門ある!?式内社
ここの由緒と祭神を見たらアマテラスがどこかに隠れているのではないか?と思ってしまうのだが・・・。この神社を参拝して、確実に力のある神社であり、歴史の表から消されたのだろうと思った。厳密にいえば、歴史の勝者に都合が悪かった。ただ、地元の方は英雄であり、消すことはなかったという感じだろうかと。なので、この三柱は謎めいているのではと思う。












あと勅使門がある。勅使門=お祭りのときに皇族関係の方のみが通る場所で、なぜ勅使がここに来ていたのか?ここに面白さがある。ズバリ但馬王国と丹後王国の繋がりも分かるとこ。















詳細は次のNOTE参照ですが、まだ未公開なので箇条書きで簡単に説明しておきます。
枚田内高山の麓に鎮座する式内社
勅使門の彫刻は五代目「中井丈五郎正忠」のもの
楼門の彫刻は六代目「中井権次橘正貞」のもの
但馬に多い笈形式妻飾りという社殿様式の先駆的建築物
645年、表米宿彌命が丹後、白糸の浜に来襲した新羅の賊を討伐した際、沈没しかけた命の船が、海中から浮かび上がった無数のアワビに助けられたので、命はそのアワビを持ち帰り、赤淵神社に祀った
その後、赤淵神社の祭礼にはアワビの神事が行われ、近隣では今でもアワビを食べない風習が残っている
主祭神の1柱である海神・大海龍王は、アワビを使い難を救う神であるといわれている
赤淵神社の別当寺・神淵寺の本尊・阿弥陀如来坐像が安置されているようで、鎌倉時代の作といわれている。毘沙門天立像も神淵寺から移されたものであるようだ
『赤淵神社由来記』には、日下部宿禰から、朝倉、絲井、奈佐、日下、八木、本山、太田垣、宿南の各氏が生じたとする
#粟鹿神社 :但馬の主?2000年以上の古社!勅使門あり「粟鹿神社」日子坐王伝承!本殿背後って古墳でしょ
「あわがじんじゃ」は出石神社(私のNOTE)と並ぶ但馬国一宮とする。または二宮とも言われたり。祭神はレアで、オオクニヌシの子「天美佐利命(アメノミサリノミコト)」、開化天皇の第三皇子「日子坐王命(ヒコイマスノオオキミノミコト)」、「日子穂穂手見尊(ヒコホホデミノミコト)」の3柱!!出雲と大和が混合しており面白い。
粟鹿神社は粟鹿山に建つ古社で、但馬国一の宮と言われる。彦火火出見命(ひこほほでみのみこと)、龍神、豊玉姫(とよたまひめ)を祭神とする延喜式内社で、『延喜式』には早くからその名が記録されている。伝承には、この地を制定した彦火火出見命が国見山に登った際、アワの穂をくわえた鹿が命のもとにやってきたとある。粟鹿神社が所蔵する「田道間国造日下部足尼家譜大綱(たじまのくにのみやつこくさかべのそこねかふたいこう)」には、但馬国造の日下部氏の氏神であったと伝えられている。
1万坪を越える面積の境内は非常に広く、この神社の社格を窺わせる。平成に入ってから自動車道に関する発掘調査が行われ、鳥居から続く参道の跡が発見された。
赤淵神社とセットで行くべき神社です。
















詳細は次のNOTE参照ですが、まだ未公開なので箇条書きで簡単に説明しておきます。
創建は次の通りで2説ある
第11代・垂仁天皇の時代に、天美佐利命が荒振る神であるために大彦速命が朝廷に申し出て祀ることとなり、大彦速命の曾孫が「神部直」の氏姓を賜って但馬国造に定められたとする(『粟鹿大明神元記』より)
第10代・崇神天皇の時代に、粟鹿山の荒ぶる神「天美佐利命」を鎮めるために祀ったのが始まりとも
本殿裏の小丘は「御陵」・「神墓」・「御塚」として日子坐王の墓と伝える
粟鹿山から粟をくわえた鹿が現れた!村の人々に農耕を教えてくれた!ので「栗鹿神社」なんだとか
紋は「抱き茗荷」という珍しい紋で、茗荷と菊の合せたデザインで、茗荷紋は、境内社・茗荷神社に由来するらしい
→出雲国津神と天津神の融合ならば「鶴と亀が統べる」場所とも妄想できる気が・・。朝廷からの信頼が厚く、「神功皇后」が朝鮮半島にわたって新羅の征伐(三韓征伐)を行った際にご加護を得られたことから、国の大難に対して4度の勅使が遣わされたそうで「勅使門」がある
以前は上社、中社、下社とわかれていたらしく、上社に山幸、中社に龗神、下社に玉依姫を祀ったとも
応仁の乱以降、戦火む含めて焼失と再建を繰り返しており、記録等も焼失しているので詳細は不明なことが多い。。。
→七不思議
旧暦2/4の祈念祭に、境内の茗荷神社の池に毎年必ずみょうがが芽を出し、その長短によってその年の稲作の豊凶を占う
勅使門の彫刻2羽の鳳凰が毎夜鳴くので、作者の左甚五郎が1羽の首を切り落とすと、以降鳴かなくなった
御手洗の池を3回まわって手をたたくと大蛇がでる
「もみ火の御供さん」と呼ばれるかまど形の石があり、ここで御供さんを炊いた後、土を盛っておくと翌年まで暖かさが残る
玉の井の水は天下の名水で、どんな大飢饉の年にも枯渇したことがない
亀を放すとよいといわれている四角い池の水は、奈良の二月堂(私のNOTE)の水に通じている
東大寺ですよね・・・若狭も通じており、お水送りがある。詳細は次のNOTE『若狭彦/若狭姫神社!東大寺・お水取り! 若狭「お水送り」から始まる-神宮寺【福井シリーズ】|やんまあ』参照
御手洗の池に丸木の橋をかけ、その上に俵を置いてお祈りすると必ず雨が降った
#當勝神社 :但馬一宮粟鹿神社から独立「當勝神社(当勝神社)」天津神と出雲の影!社殿彫刻
「まさかつじんじゃ」と読む。「當麻寺」の「當」だと思っていた・・・。読み方は主祭神から来ているのだろう。但馬一宮粟鹿神社と横ぐしで見比べると凄く面白い。
随身門と本殿の彫刻美、30mを超える大杉が立つ社叢、粟鹿神社の一部で独立した由緒ある神社!!
















詳細は次のNOTE参照ですが、まだ未公開です。1年以内に公開します。
#三谷神社 :粟鹿神社周辺「三谷神社」苔と小川の神社






#高倉神社 (日置):藤原定家自筆の短冊「日置高倉神社」コトシロヌシだった




詳細は次のNOTE参照ですが、まだ未公開です。1年以内に公開します。
桜と額田のダシ「 #一宮神社 / #東光寺 」日子坐王終焉の地?









詳細は次のNOTE参照ですが、まだ未公開です。1年以内に公開します。
#天照玉命神社 :京都福知山の古社「天照玉命神社」アマテラスじゃなくて天照国照彦天火明櫛玉饒速日尊
丹後と但馬の間にある丹波で「天照国照彦天火明櫛玉饒速日尊」を祀る神社だ。やっぱ海部氏の籠神社は色々なところに広がっていたんだなと思う神社。



創建については3説
16年、倭姫命が勧請したのが始まりとされる
第十三代成務天皇の時代、天火明命十二世の孫・建稲種命の四世の孫・大倉伎命が丹波国造に任ぜられ、祖神を祀ったのが起源
天火明命27世が郡司となり、当社を創建
和久庄にあるため「和久神社」とも書かれた神社で雨乞いの神として「雨乞いの宮」「雨の宮」とも称される
808年、丹波直人が当社に仕えたという。
927年、延喜式神名帳に記載されている式内社
戦国時代、一時衰退
江戸時代、福知山藩主から崇敬庇護される
江戸時代には天照大神(アマテラス)を祀る社と思われていたらしい
1309年、藤原長清撰の『夫木集』に「丹波国天照る乃社にて」と題して、丹波忠茂朝臣の歌「大江山昔のあとの絶せぬは天照神もあはれとや見む」が載っているらしい
アマテラスが丹後から伊勢へ遷座される時に当地に泊まりになったという元伊勢伝説も残っているらしい。
元伊勢といえば籠神社だが、場所的には由良あたりとの繋がりもあるのかも
1653年、松平忠房が社殿を造営
1882年、15ヶ村と産土神17社の総社となり、現在も本殿の左右に九神社、八神社が鎮座する
1920年、現在の本殿を再建
天照玉命神社
祭神は天火明命(饒速日命) 社格は元郷社延喜式内の古社で天田四座の一にして創建は人皇第十三代成務天皇「四世紀」 の御代丹波国造大倉岐命が宗家の祖先を祀られたものである
その後戦国時代の 混乱と荒廃により一時期衰微していたが 承応二年(一六五二)時の藩主松平主殿守 忠房公は崇敬の念特に篤く同年十一月 荘厳な本殿及び拝殿を建立された
現在の建物は大正九年氏子の寄進により 三ケ年の歳月を賞して再建したものである
尚本殿西に現存の校倉造の宝庫は近在唯一のもので享保十四年(一七一六)の造営に よるもので非常に高い文化資料と称されている
当神社は五穀豊饒(穂赤熟)の神としても名高く豊富庄を中心とした十三地区民の 崇敬をあつめ雨乞の練込みは今もって 我々の記憶に新である
例祭は十月
丹波忠重朝臣の和歌「大江山昔のあとの絶えせぬは 天照神もあわれとや見む」







詳細は次のNOTE参照ですが、まだ未公開なので箇条書きで簡単に説明しておきます。
#長安寺 (もみじ寺)
桜はまだでした。また来ます!!





#福知山城 栗を知り尽くした洋菓子店 ~ #足立音衛門 京都本店~























詳細は次のNOTEです。写真フルでどうぞ!!
▼旅行記一覧
桜巡り!丹波/丹波篠山/福知山へ!!織田家所縁の柏原と八幡丹波篠山城ブラリ◆兵庫⑥京都丹波⑨◆|やんまあ@旅行記 (note.com)
京都側の旅行記です。「丹波王国」を参照です。
兵庫川の旅行記です。「兵庫東」を参照です。
▼セットで行くところ
丹波国は京都と兵庫を跨ぐ大きなところですね。
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