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但馬主?2000年以上でオオクニヌ息子「粟鹿神社」日子坐王伝承!本殿背後は古墳で勅使門あり【丹波国(丹波王国)シリーズ/但馬シリーズ】

 「あわがじんじゃ」は出石神社(私のNOTE)と並ぶ但馬国一宮とする。または二宮とも言われたり。祭神はレアで、オオクニヌシの子「天美佐利命(アメノミサリノミコト)」、開化天皇の第三皇子「日子坐王命(ヒコイマスノオオキミノミコト)」、「日子穂穂手見尊(ヒコホホデミノミコト)」の3柱!!出雲と大和が混合しており面白い。
 実はここで和睦したのでは?記紀ではオオクニヌシの時代としているが違うかもね。いや、天美佐利命オオクニヌシだったのかも。オオクニヌシは役職名なのかもね。

粟鹿神社は粟鹿山に建つ古社で、但馬国一の宮と言われる。彦火火出見命(ひこほほでみのみこと)、龍神、豊玉姫(とよたまひめ)を祭神とする延喜式内社で、『延喜式』には早くからその名が記録されている。伝承には、この地を制定した彦火火出見命が国見山に登った際、アワの穂をくわえた鹿が命のもとにやってきたとある。粟鹿神社が所蔵する「田道間国造日下部足尼家譜大綱(たじまのくにのみやつこくさかべのそこねかふたいこう)」には、但馬国造の日下部氏の氏神であったと伝えられている。
1万坪を越える面積の境内は非常に広く、この神社の社格を窺わせる。平成に入ってから自動車道に関する発掘調査が行われ、鳥居から続く参道の跡が発見された。

名所めぐり:粟鹿神社 | 兵庫県立歴史博物館:兵庫県教育委員会

 赤淵神社とセットで行くべき神社です。

 但馬国一宮といえば出石神社ですね。ピンチだ!そうだ日本行こう!?のアメノホビコです。

変更履歴

  • 2025/11/05:初版


▼HP▼アクセス▼祭神・本尊と脇時

  • 公式HP

  • アクセス:〒669-5125 兵庫県朝来市山東町粟鹿2152

  • 祭神

    • 天美佐利命(アメノミサリノミコト)

      • 出雲大社(私のNOTE)のオオクニヌシの子

      • 崇神天皇の時代に荒ぶり崇神天皇におとなしくされたとも。送られたのは日子坐王命

    • 日子坐王命(ヒコイマスノオオキミノミコト)

      • 開化天皇の第三皇子

      • この地を開発した四道将軍の一人として丹波(現在の京都府、兵庫県)一帯を平定した
        ※粟鹿神社の由緒上は日子坐王を四道将軍とするが「日本書紀」には子・丹波道主命が四道将軍として丹波に派遣されたとする

      • 当地で亡くなった「日子坐王命」の墳墓と伝わる
        ※宮内庁では岐阜県岐阜市岩田西に鎮座している伊波乃西神社の境内の隣地にある墳墓を治定している

    • 日子穂穂手見尊(ヒコホホデミノミコト)
      諸産業発展・五穀豊穣・縁結びの神だが、彦火火出見命(私のNOTE)こと山幸彦。

▼見どころ

→由緒

  • 創建は次の通りで2説ある

    • 第11代・垂仁天皇の時代に、天美佐利命が荒振る神であるために大彦速命が朝廷に申し出て祀ることとなり、大彦速命の曾孫が「神部直」の氏姓を賜って但馬国造に定められたとする(『粟鹿大明神元記』より)

    • 第10代・崇神天皇の時代に、粟鹿山の荒ぶる神「天美佐利命」を鎮めるために祀ったのが始まりとも

  • 本殿裏の小丘は「御陵」・「神墓」・「御塚」として日子坐王の墓と伝える

  • 粟鹿山から粟をくわえた鹿が現れた!村の人々に農耕を教えてくれた!ので「栗鹿神社」なんだとか

  • 紋は「抱き茗荷」という珍しい紋で、茗荷と菊の合せたデザインで、茗荷紋は、境内社・茗荷神社に由来するらしい
    →出雲国津神と天津神の融合ならば「鶴と亀が統べる」場所とも妄想できる気が・・。

  • 朝廷からの信頼が厚く、「神功皇后」が朝鮮半島にわたって新羅の征伐(三韓征伐)を行った際にご加護を得られたことから、国の大難に対して4度の勅使が遣わされたそうで「勅使門」がある

  • 以前は上社、中社、下社とわかれていたらしく、上社に山幸、中社に龗神、下社に玉依姫を祀ったとも

  • 応仁の乱以降、戦火む含めて焼失と再建を繰り返しており、記録等も焼失しているので詳細は不明なことが多い。。。

→七不思議

  1. 旧暦2/4の祈念祭に、境内の茗荷神社の池に毎年必ずみょうがが芽を出し、その長短によってその年の稲作の豊凶を占う

  2. 勅使門の彫刻2羽の鳳凰が毎夜鳴くので、作者の左甚五郎が1羽の首を切り落とすと、以降鳴かなくなった

  3. 御手洗の池を3回まわって手をたたくと大蛇がでる

  4. 「もみ火の御供さん」と呼ばれるかまど形の石があり、ここで御供さんを炊いた後、土を盛っておくと翌年まで暖かさが残る

  5. 玉の井の水は天下の名水で、どんな大飢饉の年にも枯渇したことがない

  6. 亀を放すとよいといわれている四角い池の水は、奈良の二月堂(私のNOTE)の水に通じている

    1. 東大寺二月堂ですよね・・・若狭も地下で通じており、お水送りがある。丹後王国と但馬王国の子の共通項は気になりますね。若狭のお水送りの詳細は次のNOTE『若狭彦/若狭姫神社!東大寺・お水取り! 若狭「お水送り」から始まる-神宮寺【福井シリーズ】|やんまあ』参照

  7. 御手洗の池に丸木の橋をかけ、その上に俵を置いてお祈りすると必ず雨が降った

→境内へ

 鳥居の前に立砂がある。

 立砂でよいのかな?

→鳥居・勅使門・日の出門(随神門)

 赤淵神社(私のNOTE)に続きここにも勅使門が・・・。年に1度、秋季例大祭の時に開門されるそうで、神功皇后が新羅から凱旋して当社に参拝したことに因むものという。神功皇后の父は但馬国一之宮の出石神社の主祭神など繋がりが強い地域でもあるので、違和感はないけどね。勅使門と並行で随神門がある。

勅使門の前には「立砂(たてずな)」ですね。立砂はありそうでなかなかお目にかからないですね。立砂あるとこ100%古社な気がするな~。少し紹介しておきます。水尾神社は継体天皇所縁の神社ですね。

7不思議:勅使門の彫刻2羽の鳳凰が毎夜鳴くので、作者の左甚五郎が1羽の首を切り落とすと、以降鳴かなくなった

 日の出門(随神門)へ行きましょう。

→土俵・手水舎・玉の井

 随神門をくぐると境内が広がり、お相撲の土俵があります。って、ここも赤淵神社(私のNOTE)と同じだ。井戸・玉の井は粟鹿神社の七不思議の1つの場所ですね。

→本殿・拝殿/本堂

 拝殿前の石標?がなんか兵庫っぽいんですね。なお、拝殿の後ろに本殿は一宮感がりますね。本殿の裏側には丘があり、御祭神の日子坐王の墳墓と言われている。

主祭神は次の三柱です。

  • 天美佐利命(アメノミサリノミコト)
    オオクニヌシの子

  • 日子坐王命(ヒコイマスノオオキミノミコト)
    開化天皇の第三皇子この地を開発した四道将軍の一人として丹波を平定した

  • 日子穂穂手見尊(ヒコホホデミノミコト)
    山幸彦

配祀神は次の通りで、アマテラス系と神武天皇祖神系(日向系)であることが分かる。

  1. 阿波奈岐尊:イザナギ

  2. 伊弉奈岐尊:イザナミ

  3. 籠神

  4. 天照大日孁尊:アマテラス

  5. 鵜葺草葺不合尊:神武天皇の父。山幸の息子。

  6. 月讀尊:三貴神の1柱ことツクヨミ

  7. スサノオ:三貴神の1柱

  8. 豊玉姫尊:鵜葺草葺不合尊の妻

 本殿背後は古墳にしか見えない。丹後王国もそうだが円墳だなと。そのうち大和側になり前方後円墳に遷るのだろうけど。

→境内社・夫婦杉

○稲荷神社

○床浦神社:大巳貴神
主祭神の父・オオクニヌシですね。

○茗荷神社
草野姫を祀る。

但馬の茗荷神社と草野姫命
 この茗荷神社には、「お茗荷祭り」という珍しい神事があります。但馬の七不思議の一つとも言われ、毎年2月11日(旧暦1月7日)の厳冬期に、境内の「めぬ池」に生えるミョウガの芽を摘み、その形や大きさ、色などからその年の豊凶や景気を占うというものです。ミョウガは通常、春から夏にかけて芽を出す植物ですが、この地では冬に芽生えることから、神秘的な現象として信仰されています。
このお祭りからわかるように、但馬の茗荷神社でも、草野姫命が植物、特にミョウガの生命力や、そこからくる豊かな実り、そして長寿・延命の象徴として信仰されていることがうかがえます。

草野姫命
記紀神話に登場する神様で、一般的には磐長姫命(イワナガヒメノミコト)と同一視されています。磐長姫命は、大山津見神の娘であり、木花開耶姫命の姉にあたります。

七不思議:旧暦2/4の祈念祭に、境内の茗荷神社の池に毎年必ずみょうがが芽を出し、その長短によってその年の稲作の豊凶を占う
七不思議:旧暦2/4の祈念祭に、境内の茗荷神社の池に毎年必ずみょうがが芽を出し、その長短によってその年の稲作の豊凶を占う
七不思議:旧暦2/4の祈念祭に、境内の茗荷神社の池に毎年必ずみょうがが芽を出し、その長短によってその年の稲作の豊凶を占う

 社殿の堀だがウサギに見えたのは気のせいか??

七不思議:旧暦2/4の祈念祭に、境内の茗荷神社の池に毎年必ずみょうがが芽を出し、その長短によってその年の稲作の豊凶を占う

○猿田彦神社

→天満宮

→御神木

→境外社

  • 當勝神社:神功皇后(現在は独立社)

  • 住吉神社:底筒男命

  • 三谷神社:船穂足尼命(現在は独立社)

▽日子坐王巡り

私のNOTEは次の通りです。ただ、ちょっと整理します。私自身もww

麻呂子親王と日子坐
どちらも丹波・丹後地方の鬼退治伝説に登場する人物です。
日子坐(ひこいます)
崇神天皇の皇子で、大江山の鬼(土蜘蛛)退治を命じられました。
・『丹後国風土記残欠』に、日子坐が陸耳御笠(くがみみのみかさ)という土蜘蛛を討伐したという記述が残っています。
・日子坐の鬼退治は、ヤマト王権に従わない地方豪族を討伐したという説もあります。
麻呂子親王(まろこしんのう)
用明天皇の皇子で、聖徳太子の異母兄弟にあたります。
・大江山に現れた英胡(えいこ)、軽足(かるあし)、土熊(つちぐま)という鬼を退治したと伝えられています。
・麻呂子親王の鬼退治は、仏教との関わりが深く、七仏薬師の法を修めたという伝説があります。
二人の共通点
どちらも大江山の鬼退治伝説に登場する人物です。
・どちらも朝廷から鬼退治を命じられています。
二人の相違点
日子坐は崇神天皇の皇子、麻呂子親王は用明天皇の皇子と、生きた時代が異なります。
・退治した鬼の種類や、鬼退治の方法も異なります。

▽瓶子渡:10月17日

 毎年10月17日に、「さあござれ」とも呼ばれる「瓶子渡」の儀式が行われる。200年以上も続く但馬の伝統行事で例大祭。

 本殿前の階段で、麻の裃を着た4人のうち、2人ずつ階上·階下に分かれ、下の者は稲・茄子・御陵柿の三宝を持ち、「さあござれ」「さあ」「さあ」と左右交互に差し違えながら近づく。数回繰返し、意気があった時に三宝を階上の者に渡し、瓶子を社殿に納めて儀式が終わる。

▼メディア情報

これ以降は本NOTEの下にあるコメント欄で追記します。

▼旅行記

33年ぶり御開帳×磐座×桜の旅!下鴨神社の妻であり上賀茂神社の祖母◆兵庫⑦京都丹波⑩◆|やんまあ@旅行記

兵庫川の旅行記です。「兵庫東」を参照です。

▼セットで行くところ

 丹波国は京都と兵庫を跨ぐ大きなところですね。


▼仏像展


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